少し離れたところには広島に投下されたウラン型原子爆弾「リトルボーイ」をB29/エノラ・ゲイ号に搭載した場所があり、同じように鉄骨を組んでガラスで保護されていて、中には写真が飾られていた。
吉田守男『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』(朝日文庫)によれば、1945年5月10日と11日の二日間にわたって、原爆投下の目標選定委員会が、アメリカ・ニューメキシコ州ロスアラモスのオッペンハイマー博士の執務室 . . . 本文を読む
サイパン島、テニアン島を攻略することによって、米軍はB29爆撃機による日本本土の空襲が可能となった。平坦な地形のテニアン島は飛行場建設に打ってつけであり、米軍はすぐに日本軍の飛行場を整備拡張し、B29の発進基地として使用する。以後、日本はB29の空襲にさらされることになる。
写真は長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾「ファットマン」をB29/ボックス・カー号に搭載した場所。深さ2メートル程の . . . 本文を読む
ホテルの前は島を南北に貫く直線道路が走っていて、上陸した米軍はブロードウェイと名付けたという。テニアン島の形がマンハッタン島に似ているのでそう名付けた、とガイドの女性は話していたが、当然「マンハッタン計画」との関連もあるのだろう。道路沿いにある日本海軍通信所跡や日の出神社跡をバスの中から見学し、潮吹き海岸に寄ってから島の北部にあるハゴイ飛行場(ノースフィールド飛行場)に向かった。
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追悼式を終えたあとホテルに向かい、チェック・インと昼食をすませたあとに、島内観光に参加した。
写真はテニアンで宿泊したテニアンダイナスティホテル&カジノ。一階のホールの横にカジノがあり、普段安ホテルしか利用しない私にとっては、かなり豪華なリゾートホテルだったのだが、沖縄から来た墓参団の他には客の姿がほとんど見られなかった。
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