「信じられるか? ネイビー時代のドラッグの影響で頭がおかしくなったんだろうか?」
「信じるわ。あなたがこの何ヶ月かわたしに隠れてタトゥーショップに通いつめてたんじゃなければ」
「どういう意味だ?」
「鏡で背中を見てご覧なさい」
ケネスが後ろの鏡を振り返ってみると背中一面に立ち上がって爪を今にも敵に伸ばそうとするマーライオンの勇姿が彫り込まれていた。
「おい、お前もオレと同じことを考えてるのか?」
夏海はうなずいた。「忘れたの、わたしの実家?」
動転して忘れていたが、夏海は日本でもめずらしい人魚を祭った湘南の比丘尼(びくに)神社の一人娘だった。得体のしれない海軍兵上がりに娘を奪われて逆上した父親とはずっと絶縁状態の二人だったが。
「こっちにいらっしゃい」
夏海が赤ん坊を抱き上げると部屋全体が白い光に包まれて、気づいた時には尾ビレはなくなっていた。
「きっとこの子、すくすくりっぱに育つわ」夏海が言った。
「何でそんなことがわかるんだ?」
「今日は九月四日よ、お誕生日がくいしんぼじゃない」
日本語が完璧でないケネスはポカンとしていたが、夏海がジョークを言ったことだけはわかった。
こうして二人はマーメイドの赤ん坊を育てることにした。彼女の見せた母性にホッとすると共に自分自身の隠れた父性にも驚くケネスだった。
二人は赤ん坊にナオミと名前を付けた。名付け本によると「ナオミ」とは、旧約聖書に出てくるルースの姑で「感じのよい人(the pleasant one)」の意味だった。
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