夜中近くにもかかわらず電話が鳴った。恐る恐る受話器を取り上げる。
「社長、もう大丈夫です。集団起訴を起こした連中が訴えを取り下げると言ってます。被害者全員のむくみがすっかり取れて今までにないすがすがしい気分だと言うんです」
あまりの興奮で最初はわからなかったが、電話の主は最後まで残っていた父の代からの忠臣ゴールウィンだった。
「それから裏切り者の役員たちと組んで訴えてきたグッテンバーグ弁護士ですが・・・・・・」
「ふん、示談でも持ちかけてきたか」
話しながらジェフは自信満々だった頃の気分が戻ってくるのを感じていた。
「もう示談を持ちかけることは不可能でしょうな。別荘で首をくくっているのが見つかったそうです。遺書が発見されて、裏切り者たちと組んで資料をねつ造したことや起訴を起こした連中にあることないこと吹き込んだと告白したそうです。逆に、あいつらには損害賠償を請求できそうです」
ジェフは、自然とほくそ笑むのを止められなかった。自分がついさっきまで飛び降り自殺を考えていたことは棚に上げて、フン、負け犬め、と吐き捨てる。明日、くわしい説明を聞くことにしたが、当面の危機は脱したようだ。
フー、早まらなくてよかったとジェフはふと考えた。
この赤ん坊マクミラのせいか? さっそく霊験あらたかってわけだ。それならそれで不満はない。ここ一年で人生で味わう不幸のすべてを味わったんだ。少しくらい運を取り戻させてもらっても、罰は当たるまい。この程度は奴にとっては、軽く指を鳴らして天罰を与える内にも入らないかもしれないし。
腕を伸ばして赤ん坊を抱きあげた。
「ハロー、ベイベー! わたしがパパだよ」
その時、マントに隠されていた赤ん坊の両腕が養父に向けて突き出された。
鷹よりするどい爪が首筋に深々とくいこんだ。
ジェフは大声を上げようとしたがうめき声さえあげられなかった。肺の中の空気は激痛とショックで吐き出された。大男のプロレスラーに捕まれたかのように、首がぐいっと赤ん坊に引き寄せられた。
あっ、あっ、た、す、け、て・・・・・・
ジェフが声にならない声で今晩何度目かの助けを求める。
赤ん坊が、回りきらない舌でしゃべった。
「こわがることはないでちゅ。あなたは、わたちのさいちょのしもべ」
彼はすでに意識を失っていて幸いだった。もしそうでなかったら、この後、赤ん坊の爪に掴まれた時以上の恐怖を経験しただろう。
彼女のおちょぼ口が開かれるとすでに上下生えそろった歯があった。
狼のようにとがった牙が首筋に突き立てられた。血をすする音が薄暗いオフィスにこだまするそれにつれてジェフの顔から血の気が失われて、逆に赤ん坊の頬に赤みがさしていく。
魂の抜け殻になった男に抱かれたまま赤ん坊はつぶやいた。
「ワインあじのち、まじゅいでちゅ」
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