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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第6章−6 夏季ディベートセミナー

2019-12-20 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 聖ローレンス大学は、カンザスシティ空港から車で三十分ほど東に行ったカンザスシティの東のはずれに位置していた。

 空港からシャトルバスに乗ってミズーリからカンザスの州境に入ると、Ad astra per aspera. Welcome to the state of Kansas! (「星へ困難な道を。カンザス州にようこそ」)という州のモットーを使った看板が高速道路上に見えてきた。

 シャトルバスがわずか十五ドルで、彼女たちが住む予定の学生寮まで送ってくれることになっていた。学生総数が数千人というから米国では小規模の部類に入るが、地元では名門私立大学だった。

 小高い丘の頂上を占めるキャンパスは、やっかみをこめて「スノッブヒル」と呼ばれていた。広大なキャンパスを歩くと目の前を野生のリスが横切った。平原地帯特有の気候で五月から十月までTシャツで過ごせる一方、十二月から三月までは厳しい寒さが続くために春と秋が極端に短い。

 夏真っ盛りの七月、夜中だというのに学生寮はディベート・セミナーに参加する高校生の熱気であふれていた。ある者は指導員の大学生にアドバイスを求め、ある者は昼に図書館で収集した記事のコピーを刻んで資料作成に夢中になっている。

 初対面の時は知らなかったが、マウスピークスは聖ローレンス大学ディベート部監督だった。まだ入学前のナオミは正式指導員ではなかったが、彼女のすすめでヘルパーをしていた。

「マウスピークス先生、すごい数の高校生が参加しているんですね」

「どうぞナンシーと呼んで。二百名以上が全米中から参加しているわ。うちは二年連続で全米ディベート選手権準決勝まで進んでいるから、今年はかなり有望な子も来ているわ」

 この年に、全米選手権初優勝の栄冠をもたらすことになるマーチン・マーキュリーとロイド・アップルゲイトというスターがいたこともあり聖セントローレンス大学ディベート部は三十人を越える大所帯だった。

 米国では多くのディベート部が学校の支援下に置かれており、フットボールやバスケットボールと同じく対抗試合が行われている。ディベート部は一個師団を意味する“スクワッド”と呼ばれていたが、彼らの熱中振りを見ているとまさに戦場の兵士たちを思わせた。

 ディベートが体育系クラブと大きくちがうのは、ディベートにはプロリーグが存在せず多くのディベーターが卒業後、法科大学院に進んで弁護士を目指すことである。ケネディ大統領は高校時代にディべートの名手として知られていたし、ジョンソン大統領はかつて高校でディベートとスピーチの教師をしていた。このように将来、政界に進むことを目指すディベーターも少なくない。

 名門大学ディベート部は活動費を稼ぐためと、これはと思う学生をリクルートするため秋のシーズン開始前に三週間程度の高校生向けのセミナーをおこなう。逆に、ディベートの強豪校に進もうと考えている学生にとって夏のセミナーはどの大学に行くかを決める情報収集の場にもなっていた。

 一九八九年秋から翌春のシーズンに採用された高校生向け論題は、「連邦政府は刑務所に関する政策を変革すべし」だった。今回のセミナーには大学院に進んだ多くの歴戦の勇者たちも雇われインストラクターとして参加していた。聖ローレンス大学は学部教育中心のリベラルアーツカレッジで、大学院敷設の総合大学でなかったためにインストラクターには他大学出身者も多い。最初はマウスピークスが論題の分析方法について、次に外部から呼ばれた有名コーチたちが戦略面のレクチャーをした。

 ナオミは二百人からの高校生を預かるのは地獄を内に抱え込むことだと知った。彼らはわずかひと月にも満たないキャンプ中でも親を恋しがりチーム同士やチーム内でもつまらないことで張り合った。一言で言って、彼らは子どもだった。毎日が息をつく間もないほど忙しかった。

 食事に遅刻したり夜中に入れ込みすぎて体調を崩す学生がいるとパニックになりそうだった。もっともセミナーを手伝うことでナオミは自分自身がホームシックにかかることがなかったし、ディベート部の連中とも仲良くなれた。

 セミナーが中盤にさしかかり来週からチーム対抗の練習試合が始まろうという週末。

 夕方まで高校生たちのリサーチを手伝ったナオミとケイティが、図書館を出て寮まで帰ろうと歩き出した時だ。

 ナオミは、目の前で繰り広げられる光景にめまいを起こした。

 

          

 

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