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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第6章−4 マクミラと愛

2019-12-13 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 五百四十五年前、トルコ軍の看守がマクミラの父ドラクールに同情を禁じ得なかったように、この一族には周囲の人間を惹きつける何かを持っていた。

 ヌーヴェルヴァーグ・シニアが残したヴェニスのカーニバルの貴婦人の仮面を前に、暗闇の中でジェフは飾りのついた年代物の椅子にかけて思った。

 あれほどの美貌、知性、才能を兼ね備えたマクミラが、よりによってすでに結果の見えたゲームに限られた人生をかけねばならないとは・・・・・・

   やりきれない。不老不死のヴァンパイアならよい。どうやらマクミラはどうしたわけか、ヴァンパイアにもかかわらず人間同様に成長して人間同様に寿命を迎えるらしい。それは自分も同様だが。

 神々とは、なんときまぐれで勝手な存在なのだろうと天に向かって、あるいはプルートゥのいる冥界に向かって唾を吐きたい気分だった。

 マクミラに使えた十八年間で思い知らされたのは、彼女がどれだけ魅力的で、それにもかかわらずまったく愛に興味がないことであった。あまりにエキゾチックで魅力的過ぎるため、本質を理解しようとする者などおらず外見の美しさだけに惹かれてくる者たちばかりであった。まさに、過ぎたるは及ばざるがごとしであった。

 それもそのはず、マクミラはファーザー・コンプレックスだった。

 母親でサラマンダーの女王ローラは、自分の血を色濃く引くアストロラーベとスカルラーべ兄弟を溺愛しており、マクミラとミスティラの娘二人にはまったくと言っていいほど興味を示さなかった。

 同時に、幼き頃より神官としての比類なき才能を示したマクミラは英才教育を受けるためにあまり両親と時を過ごすことがなかった。また、マクミラ同様の才能を持ちながら心がやさし過ぎるため足手まといになることが多かった妹のミスティラをかばううちに、強気で冷血なポーズが身についてしまい「誰も愛さず、誰からも愛されず」がトレードマークになってしまった。およそ冥界中の使い魔(ファミリア)に好かれるミスティラと比較すると、動物たちにさえ恐れ避けられるようになってしまったのだ。

 そんなマクミラの唯一の友が魔犬ケルベロスの息子たち、ルルベロス、カルベロス、キルベロスだった。地獄の門番職にかかりきりの父親にうち捨てられたようになっていた三匹を拾って育てたのはマクミラだった。

 ある時、ジェフはマクミラにきいたことがある。

 誰かを愛したことはないのですかと。

 マクミラは微笑みを浮かべて、そんなものは不要だしじゃまなだけと答えた。

   しかし、ジェフは思った。もしや父のような人物に出会うことがあれば、父を心から誇りに思っているマクミラなら愛を知ることが出来るのではないかと。

 実際、マクミラが一番幸福だったのは冥界で父ドラクールと悪魔たちを氷結地獄コキュートスに閉じこめるために闘った時期だった。マクミラから見ると、人間時代に一片の私心も無しに民のために働き、冥界の大将軍時代にも職務以外には見向きもしないドラクールこそ理想の男性であった。だが、そんな男は人間界にはもちろん冥界にも存在しなかった。

 めずらしくマクミラが、笑い声を上げたことがあった。

 ジェフがどうされましたとたずねると、フロイトの「エディプス・コンプレックス」は笑えるという答えが返ってきた。オイディプス王が父を殺害し母を妻としたギリシャ神話にちなんで、子供が無意識のうちに異性の親に愛着を持ち、同性の親に敵意や罰せられることへの不安を感じる傾向をしめした心理学用語である。

 神話は、真実を知ったオイディプス王が自ら両眼をくり抜き荒野にさすらい出て行くことで終わっている。生まれながらにして盲目のわたしが荒涼たる人間界にさまよい出ていくとは、まさに神話のパロディではないかとマクミラは言った。

 

          

 

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