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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第5章−1 残されし者たち

2019-10-21 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 強がりながらも夏海を失って、ケネスはすべてにどうでもよくなってしまった。

 何をするわけでもなく飲んだくれているケネスにナオミが言った。

「ねえ、海に連れてって」

「うるせえ。そんなに行きたきゃ一人で勝手に行け。どうせクソ野郎に拾われたことを後悔してるんだろ。とっとと海の底に戻っちまえ!」

 下を向いているナオミにケネスが言った。

「おい、自分でも口が悪いのはわかってるんだが、今のは言い過ぎた」

「違う・・・・・・」

「違うって何だ?」

「ナオミはね、ケネスを、元気づけられなくて悲しいんだよ」

 今度はケネスがうつむく番だった。

「ねえ」

「何だ?」

「ナオミを拾って後悔してる?」不安を隠せない風に言った。

「バカ言ってんじゃねえ。こんないい子が他のどこにいるってんだ」

 ケネスは照れ隠しにナオミの髪をクシャクシャにした。

「ウッキッキー! 海に行こうよ」猿まねをしながらナオミが言った。

「オッシャー、シーモンキー!」

 ナオミを肩車するとケネスは海岸に走り出した。

 

 実は、ナオミもケネス同様にショックを受けていた。

 いつも水深数十メートルの素潜りをしていたナオミが、この日は水深百メートルを超えて海の底を目指してどこまでも潜っていった。

 かつて限界四十メートルと言われた人間の閉塞潜水(素潜り)は、天才ダイバーのジャック・マイヨールによって一九七六年十一月十一日に百メートルの記録が作られていた。しかし、彼でさえ水深六十メートルを六六年に達成してから、水深七十メートルを達成するのに二年、百メートルまでには十年の歳月を要した。

 禅やヨーガを学んだマイヨールは、「自然と寄り添い調和することで、初めて無限の可能性が生まれる」と語った。彼も海神界の血筋を引く人間の一人だったのかも知れない。

 しかし、わずか十才にも満たない少女が百メートルの素潜りを達成したのは世に知られたなら世界的なニュースだったろう。

 生命維持に必要な器官に血液を集中させて酸素を確保する「ブラッド・シフト」と呼ばれるイルカやアザラシのような水棲ほ乳類動物の特性が、元々マーメイドだったナオミには不要だった。

 音もなく光さえほとんど届かない百メートルの深海が今日のナオミには心地よかった。

 アッ、涙がでちゃう。

 冷たい海中でもあたたかい涙が出るのがわかるのが意外だった。

 その時、祖母トーミの声が聞こえた。

 


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