読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

エスピオナージ作品の新たな旗手による良質のサスペンス、「沈底魚」(曽根圭介著/講談社)

2007-12-24 08:58:02 | 本;小説一般
「長期間身を潜め、社会的地位を得てから諜報活動を開始するスパイ―沈底魚。その沈底魚が、日本の大物国会議員の中にいるという情報が、米国に亡命した中国外交官からもたらされた。それを裏付けるように、ホトトギスという謎の情報提供者が、沈底魚が中国に漏らしたという機密文書を外務省に送りつけてくる」。

「警視庁外事課は沈底魚捜査本部を設置して、捜査に乗り出すことに。重要容疑者は、次期首相候補との呼び声が高い芥川健太郎。だが、捜査過程で、沈底魚の事件は彼を陥れるための中国の偽情報工作であることが判明。機密文書を漏洩した日本人スパイも割り出し、事件は解決したかに見えたのだが…」。(2007.10.15紙面掲載)

登場人物が20数人。自分の中でキャラを想像するのに、ほぼ限界に近い人数です。次期首相芥川は、おそらく安倍さんのことを想定してモデル化されたと思うんですが、著者も想定外の現実の政変は本書のシンクロ効果を若干薄めてしまったかもしれません。

ちょっと見落としてしまうが、本書の装丁が揮っていますね。表紙に本書のキーワードである「ヨコタ・ペーパー」、「ホトトギス」、「モグラ」、「海坊主」、「S」、「肉まん」、「マクベス」、「ディス・インフォメーション」のことばが控え目に刻印されています。装丁者を確認すると、多田和博さん。装丁や多田さんについての関心もありますが、また別の機会に譲ってプロフィールだけを引用。

多田和博(ただかずひろ);1948年、兵庫県生まれ。マスコミ関係の短期大学を中退後、広告やイラスト会社、フリーランサーのアートディレクターとして活動する。15年前、手塚治虫さんの「BLACK JACK」の装丁を手がけたのをきっかけに、装丁家へ。翌年フィールドワーク設立。代表作に「マークスの山」({|村薫)「OUT」(桐野夏生)「永遠の仔」(天童荒太)など。

さて、著者の曽根圭介さん。ちょっと変わった受賞のコメントを書いています。

「大学時代、『ありきたりな人生は嫌だな』と考えた。やりたいことが思いつかなかったので、とりあえず身を持ち崩して退路を断つにした。じつは安定志向が強いため、いったん就職してしまえば定年まで勤めてしまうだろうと思ったからだ・・・・」

ちょっと意味深なコメントです。「ありきたりの人生」とはどんな人生か?「身を持ち崩して」しか「退路」は断てないのか?「安定志向」と「就職」は同質なのか?といろいろちゃちゃを入れたくなりますが、まぁ大学時代の心象ということなので、深入りはしません。

それにしても、「いつの間にか、身を持ち崩すことが人生の目的と化していることに気づき、一発発起して図書館に通い、長編二作目で幸運にもデビューすることができた」というのはそのまま受け取れない部分があります。こういう作品を書く力とセンスが、「一発の発起」くらいでは裏打ちされぬことぐらいわかります。

「沈底魚」、私はまさに曽根圭介さんに、その像を見ます。「今後はありきたりな人生ではなく、ありきたりな価値観に抗う、作家をめざしたい」という曽根さんに期待したいと思います。

〈曽根圭介〉1967年静岡県生まれ。早稲田大学商学部中退。サウナ従業員、漫画喫茶店長を経て、その後無職に。「鼻」で第14回日本ホラー小説大賞短編賞、「沈底魚」で第53回江戸川乱歩賞を受賞。

*エスピオナージ【espionage】スパイ。スパイ活動。スパイ組織。


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