作雨作晴


日々の記憶..... 哲学研究者、赤尾秀一の日記。

 

西行 山家心中集1

2016年01月31日 | 西行考

『山家心中集 千人万首』

 

西行 山家心中集

西行法師の 自撰歌集『山家心中集』全首を収めた。『山家心中集』の本文は『西行全集』(久保田淳編・日本古典文学会刊)所収の伝冷泉為相筆本をもとに作成した。その 際『中世和歌集 鎌倉篇』(岩波新日本古典文学大系)所収の「山家心中集」(近藤潤一校注)を参照した。ただし仮名は適宜漢字に置き換え、また送り仮名をふった。仮名遣い は歴史的仮名遣いに統一した。

   雑上     雑下

1  なにとなく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山

2  山さむみ花咲くべくもなかりけりあまり兼ねても訪ね来にける

3  吉野山人に心をつけがほに花よりさきにかかる白雲

4  咲かぬまの花には雲のまがふとも雲とは花の見えずもあらなん

5  いまさらに春をわするる花もあらじ思ひのどめて今日も暮らさん

6  白河の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を

7  おしなべて花のさかりになりにけり山の端ごとにかかる白雲

8  吉野山梢の花をみし日より心は身にもそはずなりにき

9  あくがるる心はさても山ざくら散りなんのちや身にかへるべき

10  花に染(そ)む心のいかで残りけむ捨てはててきと思ふわが身に

11  ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ

12  仏にはさくらの花をたてまつれ我が後の世を人とぶらはば

13  勅とかやくだす帝のおはせかしさらばおそれて花やちらぬと

14  浪もなく風ををさめし白河の君の折もや花はちりけん

15  風越(かざごし)の峰のつづきに咲く花はいつさかりともなくや散るらん

16  吉野山風こす岫(くき)にちる花は人の折るさへ惜しまれぬかな

17  散りそむる花のはつ雪ふりぬれば踏みわけ参来(まうき)志賀の山道

18  春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山越え

19  吉野山谷へたなびく白雲は峰のさくらの散るにやあるらん

20  たちまがふ峰の雲をばはらふとも花を散らさぬ嵐なりせば

21  木(こ)のもとに旅寝をすれば吉野山花のふすまを着する春風

22  峰にちる花は谷なる木にぞ咲くいたくいとはじ春のやまかぜ

23  あだに散る梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる

24  風あらみ梢の花のながれきて庭に波たつ白河の里

25  春ふかみ枝も揺るがで散る花は風のとがにはあらぬなるべし

26  風にちる花のゆくへは知らねども惜しむ心は身にとまりけり

27  ちる花を惜しむ心やとどまりてまた来ん春のたねになるべき

28  惜しまれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や

29  うき世にはとどめおかじと春風のちらすは花を惜しむなりけり

30  もろともに我をも具して散りね花うき世をいとふ心ある身ぞ

31  思へただ花のちりなん木(こ)のもとをなにを蔭にて我が身すぐさん

32  ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそかなしかりけれ

33  なにとかくあだなる花の色をしも心にふかく思ひそめけん

34  花もちり人も都へかへりなば山さびしくやならむとすらん

35  吉野山ひとむら見ゆる白雲は咲きおくれたる桜なるべし

36  ひきかへて花みる春は夜はなく月見る秋は昼なからなん

八月十五夜

37  かぞへねどこよひの月のけしきにて秋の半ばを空に知るかな

38  秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月は澄めども

39  さやかなる影にてしるし秋の月十夜(とよ)にあまれる五日なりけり

40  うちつけにまた来む秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな

くもりたりしとしの十五夜を

41  月まてば影なく雲につつまれてこよひならずは闇に見えまし

九月十三夜

42  雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名に負へりける

43  こよひとは所得がほに澄む月の光もてなす菊の白露

後九月に

44  月見れば秋くははれる年はまた飽かぬ心もそふにぞありける

月の歌あまたよみ侍りしに

45  秋の夜の空にいづてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな

46  うれしとや待つ人ごとに思ふらん山の端いづる秋の夜の月

47  あづまには入りぬと人や惜しむらん都にいづる山の端の月

48  待ちいでて隈なきよひの月見れば雲ぞ心にまづかかりぬる

49  播磨潟灘のみ沖にこぎいでてあたり思はぬ月をながめん

50  わたのはら波にも月はかくれけり都の山をなにいとひけん

51  天の原おなじ岩戸をいづれども光ことなる秋の夜の月

52  行く末の月をば知らず過ぎ来ぬる秋またかかる影はなかりき

53  ながむるも実(まこと)しからぬ心地して世にあまりたる月のかげかな

54  月のため昼と思ふがかひなきにしばし曇りて夜をしらせよ

55  さだめなく鳥やなくらん秋の夜は月のひかりを思ひたがへて

56  月さゆる明石の瀬戸に風ふけばこほりのうへにたたむ白波

57  清見潟沖のいはこす白波に光をかはす秋の夜の月

58  ながむればほかの影こそゆかしけれ変はらじものを秋の夜の月

59  人も見ぬよしなき山のすゑまでも澄むらん月のかげをこそ思へ

60  身にしみてあはれ知らする風よりも月にぞ秋の色はありける

61  秋風や天つ雲井をはらふらん更けゆくままに月のさやけき

62  なかなかに曇ると見えて晴るる夜は月のひかりのそふ心地する

63  夜もすがら月こそ袖にやどりけれ昔の秋を思ひいづれば

64  月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる

65  いづくとてあはれならずはなけれども荒れたる宿ぞ月はさびしき

66  行方なく月に心のすみすみて果てはいかにかならんとすらん

67  なかなかに心つくすも苦しきにくもらば入りね秋の夜の月

68  水のおもにやどる月さへ入りぬるは浪のそこにも山やありける

69  有明の月のころにしなりぬれば秋は夜なき心地こそすれ

70  いとふ世も月すむ秋になりぬれば永らへずはと思ひなるかな

71  何事もかはりのみゆく世の中に同じかげにてすめる月かな

72  世の中のうきをも知らで澄む月のかげは我が身の心地こそすれ

73  弓張の月にはづれて見しかげのやさしかりしはいつか忘れん

74  知らざりき雲井のよそに見し月のかげを袂に宿すべしとは

75  月まつと言ひなされつる宵のまの心の色を袖にみえぬる

76  あはれとも見る人あらば思はなん月のおもてに宿す心を

77  嘆けとて月やはものを思はするかこちがほなる我が涙かな

78  思ひ知る人有明の夜なりせばつきせず身をばうらみざらまし

79  数ならぬ心のとがになし果てじ知らせてこそは身をもうらみめ

80  怪(あや)めつつ人知るとてもいかがせむ忍びはつべき袂ならねば

81  今日こそは気色を人に知られぬれさてのみやはと思ふあまりに

82  身の憂さの思ひ知らるることわりに抑へられぬは涙なりけり

83  もの思へば袖に流るる涙川いかなるみをに逢ふ瀬ありなん

84  けさよりぞ人の心はつらからで明けはなれぬる空をうらむる

85  消えかへり暮待つ袖ぞしほれぬる置きつる人は露ならねども

86  ことづけて今朝の別れはやすらはん時雨をさへや袖にかくべき

87  逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりける我が心かな

88  なかなかに逢はぬ思ひのままならばうらみばかりや身につもらまし

89  さらにまた結ぼほれゆく心かな解けなばとこそ思ひしかども

90  昔よりもの思ふ人やなからまし心にかなふ嘆きなりせば

91  夏草のしげりのみゆく思ひかな待たるる秋のあはれ知られて

92  あはれとて問ふ人のなどなかるらんもの思ふ宿の荻の上風

93  くれなゐの色にたもとの時雨れつつ袖に秋ある心地こそすれ

94  けふぞ知る思ひいでよと契りしは忘れんとての情けなりけり

95  日にそへてうらみはいとど大海のゆたかなりける我が涙かな

96  難波潟波のみいとど数そひてうらみの干ばや袖のかはかん

97  日をふればたもとの雨の脚そひて晴るべくもなき我が心かな

98  かきくらす涙の雨の脚しげく盛りにものの嘆かしきかな

99  いかにせんその五月雨のなごりよりやがて小止まぬ袖のしづくを

100 さまざまに思ひみだるる心をば君がもとにぞ束(つか)ねあつむる

101 身を知れば人のとがとも思はぬにうらみがほにも濡るる袖かな

102 人はうし嘆きはつゆも慰まずさはこはいかにすべき心ぞ

103 かかる身をおほしたてけんたらちねの親さへつらき恋もするかな

104 とにかくに厭はまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな

105 もの思へどもかからぬ人もあるものをあはれなりける身の契りかな

106 迎はらばわれが嘆きの報ひにて誰ゆゑ君がものを思はん

107 あふと見しその夜の夢のさめであれな長きねぶりは憂かるべけれど

108 あはれあはれこの世はよしやさもあらばあれ来む世もかくや苦しかるべき

雑 上

109 なにとなく芹と聞くこそあはれなれ摘みけん人の心知られて

110 はらはらと落つる涙ぞあはれなるたまらずものの悲しかるべし

111 わび人のなみだに似たる桜かな風身にしめばまづこぼれつつ

112 吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人やまつらん

113 こがらしに木の葉の落つる山里は涙さへこそもろくなりけれ

114 つくづくとものを思ふにうちそへて折あはれなる鐘の音かな

115 暁のあらしにたぐふ鐘の音を心のそこにこたへてぞ聞く

116 訪(と)ふ人も思ひ絶えたる山ざとのさびしさなくは住みうからまし

117 谷の底にひとりぞ松も立てりける我のみ友はなきかと思へば

118 松風の音あはれなる山里にさびしさ添ふる日ぐらしのこゑ

119 山ざとは谷の筧(かけひ)のたえだえに水恋鳥のこゑ聞こゆなり

120 古畑のそはの立つ木にゐる鳩の友よぶ声のすごき夕暮

121 み熊野の浜木綿おふるうらさびてひとなみなみに年ぞ重なる

122 いそのかみ古きを慕ふ世なりせば荒れたる宿に人すみなまし

123 ふるさとは見し世にも似ずあせにけりいづち昔の人ゆきにけん

124 風吹けばあだに破(や)れゆく芭蕉葉のあればと身をもたのむべき世か

125 待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かんとすらん

126 入日さす山のあなたは知らねども心をかねて送りおきつる

127 柴の庵は住みうきこともあらましを伴ふ月のかげなかりせば

128 わづらはで月には夜もかよひけり隣へつたふ畔の細道

129 光をば曇らぬ月ぞみがきける稲葉にかかる朝日子のたま

130 影きえて端山の月は漏りもこず谷は梢の雪と見えつつ

131 あらし越す峰の木の間を分け来つつ谷の清水にやどる月影

132 月をみるほかもさこそは厭ふらめ雲ただここの空にただよへ

133 雲にただ今宵は月をまかせてん厭ふとてしも晴れぬものゆゑ

134 来る春は峰にかすみを先立てて谷の筧をつたふなりけり

135 小芹つむ沢のこほりのひま絶えて春めきそむる桜井の里

136 春浅みすずの籬に風さえてまだ雪消えぬ信楽(しがらき)の里

137 春になる桜の枝はなにとなく花なけれどもむつましきかな

138 すぎてゆく羽風なつかし鶯よなづさひけりな梅の立枝に

139 うぐひすは田舎の谷の巣なれども訛(だび)たる音をば鳴かぬなりけり

140 はつ花のひらけはじむる梢より戯(そば)へて風のわたるなるかな

141 おなじくは月のをり咲け山ざくら花見る夜のたえまあらせじ

142 空はれて雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば

143 花ちらで月はくもらぬ世なりせばものを思はぬ我が身ならまし

144 なにとなく汲むたびに澄む心かな岩井の水にかげうつしつつ

145 谷風は戸をふきあけて入るものをなにとあらしの窓たたくらん

146 番(つが)はねどうつれる影を友にして鴛鴦(をし)すみけりな山がはの水

147 音はせで岩にたばしる霰こそ蓬の窓の友になりけれ

148 熊のすむ苔の岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはぬ

149 里人の大幣(おほぬさ)小幣(こぬさ)立て並(な)めて馬形(うまがた)むすぶ野つ子なりけり

150 くれなゐの色なりながら蓼の穂のからしや人の目にも立てぬは

151 楸おひて涼めとなれる蔭なれや波うつ岸に風わたりつつ

152 折りかくる波の立つかと見ゆるかな洲崎にきゐる鷺の群鳥(むらどり)

153 浦ちかみ枯れたる松の梢には波の音をや風は懸くらん

154 潮風に伊勢の浜荻ふせばまづ穂ずゑを浪のあらたむるかな

155 さもとゆく舟人いかに寒からん熊山岳をおろす嵐に

156 おぼつかな伊吹おろしの風先(かざさき)に朝妻船は逢ひやしぬらん

157 いたけもるあまみが時になりにけり蝦夷が千島をけぶりこめたり

158 もののふの馴らすすさみは面立たしあけその退(しぎ)り鴨の入れ首

 

 


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