日本国憲法論メモノート1
X(ツイッター)@soratineと@myenzyklo に投稿したメモを、このブログの方にも記録しておきます。
昔のツイッターとブログのGOOとが連携できていた頃は、ツイッターに投稿した記事も自動的にブログにも保存できていたので便利でした。
Twitter が X に変わってから、確かに言論の検閲はなくなったかもしれないけれど、新しくX に変わってから多くの点で使い勝手が悪くなったようです。
①
樋口陽一氏の憲法学は、日本国憲法の「護憲」的解釈を強く支持し、特に 立憲主義 と 憲法の平和主義 に重点を置いています。そのため、日本国をイギリスやアメリカ、イスラエルのような普通の主権国家へ改革する際の大きな障害となる点がいくつかあります。
②
樋口陽一氏の憲法解釈においては 「立憲主義=国家権力の制限」 という視点が強調されるため、国家が自己防衛のために持つべき 「積極的主権」(軍事的・経済的な主権行使)が制約される方向に議論が進みます。その結果、国家が 自律自律的に外交・防衛政策を決定する能力 を持つことが否定されます。
③
普通の主権国家は、自国の防衛や外交政策を自律的に決定する権限を持ちます。しかし樋口憲法学の枠組みでは、国家主権を制限すること自体が「立憲的」だと正当化されています。日本国の独立国家としての正当な国家主権の行使さえ制限され、日本国の主体性を回復する上での大きな障害となっています。
④
樋口憲法学では 憲法9条の平和主義 を絶対視し、憲法改正や防衛力強化に対して否定的な立場を取っています。 彼は日本国憲法9条を、「戦後日本の根本原理」 と捉え、軍事力を国家主権の不可欠な要素として位置づけることに強く反対しています。
そのため、自衛隊の存在や集団的自衛権の行使についても、極めて消極的であり、憲法改正論議に対しては基本的に「護憲」の立場から反対しています。
⑥
現実には、イギリス・アメリカ・イスラエルのような国家は、すべて強固な軍事力を持ち、それを国家主権の基礎としています。しかし、樋口氏の憲法解釈では、日本は「武力を放棄すること」が憲法の本質とするために、日本国の普通の主権国家としての在り方を否定することにつながっています。
⑦
もし、日本が普通の主権国家としての性格を取り戻すのであれば、安全保障政策を憲法の制約から解放し、国際環境に適応する形での国家戦略を立案できるようにすることが不可欠ですが、 しかし、樋口憲法学の枠組みでは、憲法の理念が優先され、国家の生存戦略が二の次にされてしまっています。