作雨作晴


日々の記憶..... 哲学研究者、赤尾秀一の日記。

 

12月25日(月)のつぶやき

2017年12月26日 | ツイツター
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今日はクリスマス

2017年12月25日 | 日記・紀行

Orthodox Music ♫ Voice of an Angel ♫ - (Manastir Ravanica)

 

今日はクリスマス。

今朝、古紙を回収に出すために家を出ようとして階段の降り口に立ったとき、なぜかそこに小さな小鳥がいた。私の気配に気づいて小鳥は急に飛び立った。ガラス窓に当たるような小さな音がした。そのとき私は小鳥のことを見ていなかった。

外には霧雨が降っていた。そのまま古紙を回収場所に出して、再び私が階段の踊り場にもどると、小鳥は少し羽を広げてうずくまるようにしてそこにいた。黒い体に柿色の羽の名も知らぬ小鳥はどこか傷ついたようで、近づいても飛び去ることもなかった。ヒナではないけれども成鳥のようでもない。私のせいなら気の毒なことをしたと思いながら、近づいて小鳥を包むようにして手のひらにもつと、少しあがらうように身もだえした。

持ち帰って小鳥の様子を見る時間もない。それで仕方なく窓を開けて、そこから思い切り遠く小鳥を放りなげた。柔らかいビロードの鞠を掴んだような感触が手のひらに残った。小鳥は羽ばたいて飛んで行ったがすぐに私の視界からは消えた。どうか無事で、カラスなどに狙われることなく生き抜いてほしいと思いながら。

こうして今朝の出来事をブログの記事に書いていて、ずっと昔、子供の頃にセキセイインコを殺してしまったことを思い出した。

 

「二羽の雀は一銭にて売るにあらずや。然るに汝らの父の許しなくば、その一羽も地に落つること無からん。汝らの頭の髪までも皆かぞへらる。」(マタイ書10章29:30)

 

今日は不運な巡り合わせで、小鳥を傷めてしまったらしいことを悔い詫びながら、今年のクリスマスは、パンとぶどう酒で静かにお祝いすることにします。みなさん、クリスマスおめでとう。来たる年も平安でありますように。

 

 

 

 

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12月23日(土)のTW:国民のコンプライアンスの精神と言語感覚の水準

2017年12月24日 | ツイツター

※ 以前に、「退位か、ご譲位か」という小さな論考の中で、皇室典範の第一章、第一條「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」との規定からすれば、今上天皇の再来年のご譲位を「退位」や「生前退位」などと表現するのは、法の規定に即した正しい用語ではないことを論証したことがあります。 マスコミなどはほぼ確信的に「ご譲位」という用語を避けて「退位」という用語で報道していると思います。また内閣や宮内庁などの官庁にもその判断と自覚はありません。

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12月22日(金)のTW:エセ#立憲主義

2017年12月23日 | ツイツター
 
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12月21日(木)のTW:自由と平等について

2017年12月22日 | ツイツター

 

※追記20190531

「自由」と「平等」は、フランス革命において掲げられた理念であるとされています。しかし、上記のゲーテの言説にも明らかに述べているように(その出典は不明ですが)自由と平等は二律背反の関係にあるようです。

しかし、いずれにせよ「自由」であれ「平等」であれ、それらが悟性的概念として、時、場所をわきまえず、その概念の抽象性を狂信的に振り回すとき、おぞましく恐ろしい現実を招いた歴史的な事実があります。フランス革命の末期、カンボジア、クメール・ルージュの独裁と粛清による大量虐殺や、毛沢東中国の文化大革命など。

ゲーテが次のようにも語ったのもおそらく彼がフランス革命の現実を、とくにその負の側面を見てのことだと思います。

 Allgemeine Begriffe(普遍的概念)がもたらす恐ろしい不幸

ここでは、自由と平等の概念について、詳細に具体的に考察できませんが、この両者を価値的に対等なものとして扱うことはできません。人間の本質からいって、自由は、とりわけ、言論の自由は「至高の価値」ですから。「平等」のために「自由」を犠牲にすることはできません。「自由」は「平等」に優先すると思います。

 

 

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12月18日(月)のTW:#文武両道

2017年12月19日 | ツイツター
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12月15日(金)のつぶやき

2017年12月16日 | ツイツター
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12月12日(火)のTW:国民的課題としてのNHKの改革

2017年12月13日 | ツイツター
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退位か、ご譲位か

2017年12月07日 | ニュース・現実評論


先日、現在の内閣総理大臣である安倍晋三氏のFacebookをたまたま見ていた時に、皇室典範特例法の施行日が、平成31年4月30日とすべき旨の皇室会議の意見が決定されたことを、安倍晋三氏が皇室会議の議長として報告されている記事を読みました。その時に、この記事に何となく違和感を感じたので、以下の記事をコメントとして投稿したものです。

安倍 晋三
12月1日 13:41 ·
FaceBook

https://www.facebook.com/abeshinzo

本日、皇室会議が開催され、皇室典範特例法の施行日について、平成31年4月30日とすべき旨の皇室会議の意見が決定されました。

天皇陛下の御退位は、約200年ぶりのことであり、憲政史上、初めての事柄であります。本日、滞りなく皇室会議の意見が決定され、皇位の継承に向けて大きく前進したことに、深い感慨を覚えております。

政府といたしましても、この皇室会議の意見を踏まえ、速やかに施行日を定める政令を制定するとともに、天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位が、国民の皆様の祝福の中でつつがなく行われるよう、全力を尽くしてまいります。

 

退位か、ご譲位か

総理である安倍晋三氏や新聞、テレビなどのマスコミは、意図的にか無自覚にか、このたびの天皇陛下の「ご譲位」について「退位」としか表現していません。

しかし、 皇室典範、第一章 第一條  の「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」との規定からすれば、この度の天皇陛下の「ご譲位」をもって「退位」と表現し、説明するのは、明らかにこの皇室典範、第一條に違反しています。少なくとも、この皇室典範の規定に即した正しい用語ではないことは明らかです。

安倍晋三内閣総理大臣はじめ政府関係者にはこの点についての明確な判断と自覚がありません。また、新聞やテレビなどのマスコミ関係者や大学教授などの学識経験者は意図的か無自覚かは問わず、ご「譲位」という用語が正しいにも関わらず、「退位」という誤った表現を多用しています。

· 返信 · 12月2日 19:28


皇室典範、第一章 第一條  の「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」との規定からすれば、「退位」という用語は、誤りではないけれども正確ではないということになると思います。数学的に表現すれば、必要条件は満たしているけれも、十分条件は満たしてはいません。皇室典範、第一條の規定を説明する際に、「退位」という概念は、たしかに退位という一面は満たしていますが、皇位の継承の意義を含んでいない点で不正確、不十分で、この点において誤っています。この第一條の規定の意義を必要十分に説明する概念をもつ用語は「譲位」しかないと思います。
裁判官、弁護士などの法曹家、政治家、新聞記者や大学教授などの、いわば「言葉のプロ」である人たちが、こうしたことを知らないはずがないと思います。

 

 

 

 

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12月5日(火)のつぶやき

2017年12月06日 | ツイツター
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