作雨作晴


日々の記憶..... 哲学研究者、赤尾秀一の日記。

 

ヘーゲル『哲学入門』第二章 義務と道徳 第三十五節 [道徳と個人]

2021年12月06日 | 哲学一般

善きサマリア人のたとえ - Wikipedia https://go.ly/buMSC

§35

Die moralische Handlungsweise bezieht sich auf den Menschen nicht als abstrakte Person, sondern auf ihn nach den allgemei­nen und notwendigen Bestimmungen seines besondern Da­seins. (※1)

第三十五節 [道徳と個人]

道徳的な行為規範は抽象的な人格としての人間に関わるのではなく、人間の 特殊なその存在 の普遍的にして必然的な使命を通して人間に関わる。

Sie ist daher nicht bloß verbietend, wie eigentlich das Rechtsgebot, welches nur gebietet, die Freiheit des Andern un­angetastet zu lassen, sondern gebietet, dem Andern auch Posi­tives (※2) zu erweisen. Die Vorschriften der Moral gehen auf die einzelne Wirklichkeit.

だから、道徳的な行為規範は、法的な命令が本来的に他者の自由を侵害しないことを命じるように、ただ単に禁じるのみではなくて、むしろ、他者にまた肯定的なもの を与えることを命じる。道徳の規則は個々の現実にかかわる。

 

※1
 die besondern Da­sein. 特殊な定在、特殊なそこにある存在。
ここでは「人間の特殊なあり方」のこと。より具体的には
「医師」とか「法律家」とか「教師」など、各個人がかかわる職業の形態のことを考えてみればいい。
個人は自身の従事する職業における道徳的な義務を果たすことを通して、普遍的な事業に、国家生活にかかわってゆく。
道徳的な行為規範は、人間のこうした特殊なそれぞれの職業がもつところの普遍的かつ必然的な使命に関わるものである。

※2
Posi­tives 肯定的なもの、積極的なもの
「己の欲する所を人に施せ」

※3
道徳的行為は、抽象的なものではなくて個々の現実に関わる具体的なものである。

新約聖書ルカ伝

<10:33> 
  ところが、この人のそばを通りかかった、一人の旅をするサマリヤ人が彼を見て気の毒に思い、
<10:34>
近寄って、その傷にオリーブ油とぶどう酒とを注いでほうたいを巻き、自分のロバに乗せて宿屋に連れて行って介抱した。

 

※4
いわゆる実存主義の立場からヘーゲル哲学に投げかけられる批判に、ヘーゲル哲学には「個人がない」というものがある。自身の具体的な生き方や決断を蔑ろにして、体系的思考に終始している、というのである。

また、もう一つの立場、マルクス主義の立場からのヘーゲル哲学批判もある。これはヘーゲル哲学が「「観想」に終始して、実践を欠いている」というものである。

これらは、いずれもヘーゲル哲学の「非実践的性格」に対する批判であると思われるけれども、これらの批判は確かに「ヘーゲルオタク哲学」に対しては妥当するかもしれないが、少なくともヘーゲル哲学自体に対しては成立しない。

「精神現象学」の序文でもヘーゲルは次のように書いている。「むろん個人は自身がなりうるものと成り、また自身にできることをなさなければならない」と。

現象学の中においても論証しているように、青年時代から老成していた彼の哲学は終始「ロマンティカー」に対しては批判的であった。キルケゴールをはじめ実存主義者たちの主張する個人(=個別)などは、普遍や特殊から切り離された悟性的な個人であって、そうした個人の「実存」や「実践」は客観性と必然性を欠いた低いものである。彼らの「実存」や「実践」は要するに「若造」のものでしかない。

ヘーゲル哲学それ自体に対するこうした多くの批判は的外れなものである。実存主義やマルクス主義などから行われるヘーゲル哲学批判についての反論はすでに幾つか書いているが、それらの問題については、いずれさらにまた詳しく考察する機会もあると思う。

 

ヘーゲル『哲学入門』第二章 義務と道徳 第三十五節 [道徳と個人] - 夕暮れのフクロウ https://go.ly/WjDdm

 

 

 


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