☆フェアリーベルの暖輪室☆・・・♪京都風日和♪

時空のキラメキのなかで、感性を研ぎ澄ませ、
吹く風のままに・・・ちょっと不思議な話も・・・ 

お水取り・・・花ごしらえ

2011-02-26 00:24:42 | 徒然・・・お水取り

大輪の白い椿を活けけることはあまりなかったが
壷に活けて見ると枝振りの見事さに感心する
眺めているとなかなかいいもので
初釜の茶花にされるのも納得

東大寺の修二会(お水取り)が始まっている
「花ごしらえ」の季節だ

3月1日からの本行に向けて
練行衆(籠もりの僧)や童子(お世話役)によって
二月堂の須弥壇を飾る椿の造花が造られる
それが「花ごしらえ」だ
和紙を赤はべにばな、黄色はくちなしで染め、
黄色を芯に赤や白の花びらを添える
それを本物の椿の木に飾り付ける
 
「花ごしらえ」いい響きだ

東大寺にはたしか「東大寺椿」と呼ばれる椿が
あったように思う
紅赤の花弁に白が混ざっている

そうそう、「花ごしらえ」の時、
練行衆があやまって真っ赤な花びらの上に
糊をこぼしてしまった
ちょうどその時
開山堂に咲いていた「赤に白が混ざった椿」が
「のりこぼし椿」とも
開山の祖にちなんで「良弁椿」とも
呼ばれるようになった・・・
そんな話をを思い出した

今年はS師が籠もられないようなので
参籠見舞いには行かないことになった
このところ毎年出かけていたので
ちょっと寂しい気がする
もちろん「お松明」には出かけるけれど

木へんに春と書いて「椿」
あらためて「つばき」の花を見る・・・ 

          
                                     

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ハンロンの剃刀

2011-02-22 00:04:11 | 夢話

  『問題は悪意より無知から生じる』
 
 「ハンロンの剃刀」とは
 「相手の行為が単なる愚かさで説明できるのであれば、

 必要以上に悪意を想定してはいけない」
 と いうことを表した定理らしい
 勝間和代氏がA新聞の「人生を変える『法則』」にかいていた
 氏は個人的にはあまり好みではないのだが

 この定理には思い当たることが多々ある気がした

 「私もこれを知って日常的に思い浮かべるようになってから

 さまざまな怒りを静めるのに役立っています・・・」

 よく分かる気がする・・・相手の言葉や出方に瞬時に反応する時、
 無意識に「悪意」を想定して、「怒り」や「憤り」の感情が生じる

 「ハンロンの剃刀を知ると、何か不満が生じたり

 トラブルに遭ったりした場合
  相手の態度が本当に悪意に基づくものなのか
 純粋に無知や愚かさに基づくものなのか
 一瞬待ってから判断する癖がつくようになります」  
  「そしてほとんどの場合、実は悪意によるものは大変少なく

 ほとんどが後者なのです・・・
    愚かさは、知識不足とか、

 専門外という言葉に置き換えてもいいいかもしれません」

 ビジネスに関わるの場合は、「悪意」は相手の自覚的な行為であり
  「無知や愚かさ」は無自覚なものであるので

 かえって対処に手こずる場合もあるだろう

 しかし日常の人間関係においてはこの定理が身につき習慣化すると
 「怒り」や「憤り」は生じにくくなり

 「赦し」の感覚も随分持ちやすくなる感じがする

 「多角的にものを見よ」「判断には時間をかけて・・・」

 「待つことが大切」とか言うより
 このような定理として表現された方が随分わかりやすい気がする
 生きていく上で、有効且つ有益な定理・・・
 こころして活用できれば・・・
 
 

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雪が降っている・・・

2011-02-15 00:15:51 | 夢話

 しんしんと雪が降っている
 午後に降る雪は今年初めてだ

 しんしんと降る雪を眺めていたら
 三好達治の「雪」を思い出した

 太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪降り積む
 次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪降り積む

 はじめに「しんしんと」がついていると思っていたが
    思い違いのよう
 きっと太郎と次郎の屋根に降り積む雪は
 「しんしんと」したにおいを幼い私に残したのだろう

 清めの雪
 雪景色を見ると心持が真っ白になる

 雪の中を歩いていると
 いつもの景色が一変して
 何処を歩いているのかわからなくなる
 一瞬遠い世界にただ一人来てしまったような・・・
 ふと立ち止まって
 辺りを見回してしまう瞬間があるのも「いとをかし」だ

 雪と言えば、清少納言の枕草子の雪の場面も思い出す
 しみじみと降る雪を器に盛って
 梅の一枝を挿し
 月明かりにそれを見ながら歌詠みをする
 なんともの風情であること・・・

 地球も
 自分の身の内も
 浄化の雪ですっかりと洗い落としたいもの
   新しい明日に向かって

   雪がしんしんと降っている・・・                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

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風の中で

2011-02-09 15:47:58 | 夢話

 久方ぶりの雨、
 まだ一雨ごとに暖かく・・・とはいかないようだ
 氷雨、冷たい雨が降る
 
 でも少し
 優しさの香りがする
 やはり春は息づいている

 木々は薄紫から薄桃へ
 新芽がゆっくりと伸び始めている
 四季ある国のありがたさを思う
 
 酷暑から極寒へ
 季節性インフルの発生レベル
 鳥インフルから厳しい花粉情報 ・・・
 季節に関してだけでも、様々な情報が溢れる 

 自分の立ち居地を何処に持っていくのか
 何処で自分の姿勢をを保つのか
 自己の中心を何処におくのか

 問われる時
 試される時
 選べるときとも言えなくない
 
 風の強さの中で
 風の温かさを知る
 あふれる光の中で
 ひかりの輝きを知る
 
 時折強く吹く風の中で
 春に向かう雨が降っている                           
  
 

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水仙の香りて今日は・・・

2011-02-03 00:16:28 | 徒然

 2月、如月 ひかりが輝き始める
 風は冷たくても 日差しに春の気配が漂う
   ピンクのチューリップと色とりどりのスプレーカーネーションを活けた
 辺りに明るさが香る
 去年の暮れにi活けた玄関(外)の蝋梅は今も健在・・・
 今日も優しい香りがこぼれる
 
 「なぜ明るい面をみないのか」
 朝日新聞に池上彰氏が書いていた
 殺人事件数が去年・一昨年連続で戦後最低だったらしい
 何はともあれ明るい大きなニュースとして取り上げられてもよさそうなものだが
 大手新聞社をはじめとして 何処の新聞にも大きく取り扱われてはいない
 私ももちろん知らなかった・・・多くの人が知らないと思う
 「どうして新聞は、ニュースの明るい面を見ないで

 暗い部分ばかりにスポットを当てるのか。
   そんな不満をもってしまった」・・・

   近頃はなんともがなの殺人が多くセンセーショナルに報道され、
 「世はこんな風に変わってしまった・・・」と多くの人は

 そんな不安な気分を煽られているけれど
 「
戦前の慮奇殺人等々たるや今の比ではない」というような本が
 数年前出版されてたことがある
 
 知らず知らずの間に
 人は日々今日を生きていく上での不安や恐怖を煽られている

    人が我々がより大きく「不安や恐怖」に反応してしまう

 習性を持っているからだ

 「もうそろそろやめませんか」ということなのだが
 長く慣れ親しんだ習性はなかなか手ごわいもの
 長い習性を変えるには大きな決意と理解がいる

 誰しもいや多くの人が、
 「幸せ」や「優しさ」や「温かさ」を求めているのは明らかなこと
 不安や恐怖に焦点を当てすぎるることに
   せめて注意を向けてみるでけでも
 少しは何か違ってくるような気がする

 無自覚に向かう意識の方向性に気をつけること   
 「転ばぬ先の杖」もほどほどに・・・
 と思う今日この頃
 
        水仙の香りて今日は風日和
                                           
  

 

 

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