前回は本題に入る前に翻訳者竹内久美子さんの事で終わってしまいました。所がその記事をUPするとご覧頂いたフォロワーの方々数名の人達から竹内久美子さんの逸話や周辺情報を知らせてくれました。それによると、竹内さんは可なり独創的な個性の強い方のようです。
「一人ごち」さんの最新のブログに「採用時の男女の能力差」や「オスライオンの生態」の事が書かれています。これらの事は、今、話題としている「進化論の現在シリーズ」で取り上げられている問題です。「採用時の男女の能力差」についてはシリーズ第2弾「女より男の給料が高いわけ」で、オスライオンが「メスが働いて子育てをしている横でオスは欠伸をして寝ているなぁ」と「怠惰」であることは「農業は人類の原罪である」でその「怠惰」の理由を、また「オスは種族保存と戦闘だけにしか役立たない」とも書かれていますが、オスが群れを乗っ取った時、以前のボスの子供を妊娠していたり或いは授乳期であれば、乗っ取ったオスは交尾ができません。その時、群れに起こることは・・・。この問題は「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」で扱われています。
「農業は人類の原罪である」はイギリスの動物学者「コリン・ダッシ」が著したものです。原題「Neanderthals,Bandits And Farmers - How Agriculter Really Began」で「ネアンデルタール人、ならず者、農民」と訳すのが本来ですが邦訳を「農業は人類の原罪である」としたのは翻訳者の卓越したセンスだと思います。
原生人類の直接の祖先と言われるクロマニヨン人とネアンデルタール人は、少なくとも5000年、恐らく1万年以上にわたって並行して生きていたと言われています。この2種類の人類が一方のネアンデルタール人は今から2万数千年前に絶滅し、クロマニヨン人は南北アメリカ大陸をはじめオーストラリアなど全世界に進出し繁栄を極めています。ネアンデルタール人の滅亡した原因・理由はよく分かっていませんが多くの仮説ががあります。コリン・ダッシはそれらの仮説にもう1つのアイディアを提案しています。それはクロマニヨン人は「農業わ始めた」ということです。人類が農業を始めたは1万年前、新石器時代になってからとされています。コリン・ダッシが主張する旧石器時代に農業が営まれたという証拠はありません。この本の魅力はその部分を説得力のある分析で推論している所です。
今から1万年前、氷河期が終わり新石器大革命と言う大きな変化が人類史に起こりました。寒冷のため大量の水が氷として陸地に閉じ込められたため、海面は200mも下がっていたそうです。その氷河期が終わると気温上昇に伴い陸地に閉じ込められていた氷は海に流れ出し、海水面は一挙に上昇しました。それは僅か数十年の出来事だと言われています。
8千年前ペルシャ湾の大部分はまだ陸地だったそうです。その人類の楽園を洪水が襲い人々は高台であるメソポタミアに避難します。狩場を失くし、難民で溢れたメソポタミアでは生き残る手段として組織的に大規模な農業を始めたとされています。考古学的に人類の最古の農業遺跡がこの地域で見つかっていることからもこの推論は支持されています。その一連の出来事と聖書の創世記の記述「ノアの方舟」「エデンの園」が似通っている事などの論考も非常に面白いところです。
人類がライオンなどと同じ「ハンター」であった頃は、ライオン同様「怠惰(ならず者)」であった。それが農業を始めてか
からは「勤勉な働き者」になりました。農業は環境を操作して作り出される食物の量を増やします。食料が増えれば人口は当然増加します。増加した人口を養う方策は農業を拡大する以外にありません。こうして農業と言うものは「悪環境の螺旋」に人類を追いやったともいえます。
「勤勉」は良い、「怠惰」は悪、と言う道徳観は、人類が農業を始めたからであり、ハンターのままであれば「勤勉」は「無意味な徒労」と言えるでしょう。
「今こそ我々は、この指数的な人口増加がこの先どれくらい続くのだろうかと疑問を投げかけてみなければならない。さらに言えば、今や、アベルを殺したカインに象徴されるような頑固さや愚かさ、勤勉さ、つまり新石器時代の人間とその子孫を成功に導いたやり方、そういうものがこれからもずっとふさわしいかどうか問い直すべき時である。我々の遠い祖先の狩人は、ライオンと同じように、あくせくとは働かなかったに違いない。我々はそういう祖先からこそ学ぶべきではないだろうか。」
蛇足:農業が景観や自然環境を守っている、として農業保護論を展開する人たちがいます。しかし、農業が自然環境を破壊してきた張本人であることは各分野で証明されています。今、農業擁護論の中に「農業が自然環境を保全する」と主張するのは「全くおかしな理論」です。農業保護を環境保護にすり替えなければならないところに今の農業保護論者の正当性のなさが窺えます。
「一人ごち」さんの最新のブログに「採用時の男女の能力差」や「オスライオンの生態」の事が書かれています。これらの事は、今、話題としている「進化論の現在シリーズ」で取り上げられている問題です。「採用時の男女の能力差」についてはシリーズ第2弾「女より男の給料が高いわけ」で、オスライオンが「メスが働いて子育てをしている横でオスは欠伸をして寝ているなぁ」と「怠惰」であることは「農業は人類の原罪である」でその「怠惰」の理由を、また「オスは種族保存と戦闘だけにしか役立たない」とも書かれていますが、オスが群れを乗っ取った時、以前のボスの子供を妊娠していたり或いは授乳期であれば、乗っ取ったオスは交尾ができません。その時、群れに起こることは・・・。この問題は「シンデレラがいじめられるほんとうの理由」で扱われています。
「農業は人類の原罪である」はイギリスの動物学者「コリン・ダッシ」が著したものです。原題「Neanderthals,Bandits And Farmers - How Agriculter Really Began」で「ネアンデルタール人、ならず者、農民」と訳すのが本来ですが邦訳を「農業は人類の原罪である」としたのは翻訳者の卓越したセンスだと思います。
原生人類の直接の祖先と言われるクロマニヨン人とネアンデルタール人は、少なくとも5000年、恐らく1万年以上にわたって並行して生きていたと言われています。この2種類の人類が一方のネアンデルタール人は今から2万数千年前に絶滅し、クロマニヨン人は南北アメリカ大陸をはじめオーストラリアなど全世界に進出し繁栄を極めています。ネアンデルタール人の滅亡した原因・理由はよく分かっていませんが多くの仮説ががあります。コリン・ダッシはそれらの仮説にもう1つのアイディアを提案しています。それはクロマニヨン人は「農業わ始めた」ということです。人類が農業を始めたは1万年前、新石器時代になってからとされています。コリン・ダッシが主張する旧石器時代に農業が営まれたという証拠はありません。この本の魅力はその部分を説得力のある分析で推論している所です。
今から1万年前、氷河期が終わり新石器大革命と言う大きな変化が人類史に起こりました。寒冷のため大量の水が氷として陸地に閉じ込められたため、海面は200mも下がっていたそうです。その氷河期が終わると気温上昇に伴い陸地に閉じ込められていた氷は海に流れ出し、海水面は一挙に上昇しました。それは僅か数十年の出来事だと言われています。
8千年前ペルシャ湾の大部分はまだ陸地だったそうです。その人類の楽園を洪水が襲い人々は高台であるメソポタミアに避難します。狩場を失くし、難民で溢れたメソポタミアでは生き残る手段として組織的に大規模な農業を始めたとされています。考古学的に人類の最古の農業遺跡がこの地域で見つかっていることからもこの推論は支持されています。その一連の出来事と聖書の創世記の記述「ノアの方舟」「エデンの園」が似通っている事などの論考も非常に面白いところです。
人類がライオンなどと同じ「ハンター」であった頃は、ライオン同様「怠惰(ならず者)」であった。それが農業を始めてか
からは「勤勉な働き者」になりました。農業は環境を操作して作り出される食物の量を増やします。食料が増えれば人口は当然増加します。増加した人口を養う方策は農業を拡大する以外にありません。こうして農業と言うものは「悪環境の螺旋」に人類を追いやったともいえます。
「勤勉」は良い、「怠惰」は悪、と言う道徳観は、人類が農業を始めたからであり、ハンターのままであれば「勤勉」は「無意味な徒労」と言えるでしょう。
「今こそ我々は、この指数的な人口増加がこの先どれくらい続くのだろうかと疑問を投げかけてみなければならない。さらに言えば、今や、アベルを殺したカインに象徴されるような頑固さや愚かさ、勤勉さ、つまり新石器時代の人間とその子孫を成功に導いたやり方、そういうものがこれからもずっとふさわしいかどうか問い直すべき時である。我々の遠い祖先の狩人は、ライオンと同じように、あくせくとは働かなかったに違いない。我々はそういう祖先からこそ学ぶべきではないだろうか。」
蛇足:農業が景観や自然環境を守っている、として農業保護論を展開する人たちがいます。しかし、農業が自然環境を破壊してきた張本人であることは各分野で証明されています。今、農業擁護論の中に「農業が自然環境を保全する」と主張するのは「全くおかしな理論」です。農業保護を環境保護にすり替えなければならないところに今の農業保護論者の正当性のなさが窺えます。