2015年6月17日『理学療法雑誌』掲載
「一般の筋骨格障害へのマッサージ療法は無治療群と比較して短期的効果がある:システマティック・レビュー」
Massage therapy has short-term benefits for people with common musculoskeletal disorders compared to no treatment: a systematic review
Diederik C Bervoetsa, Pim AJ Luijsterburga, Jeroen JN Alessieb, Martijn J Buijsb, Arianne P Verhagena
Journal of Physiotherapy『理学療法雑誌』
Available online 17 June 2015
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26093806
(全文無料オープンアクセス)
↑
以前、理学療法士(PT:Physical Therapist)さんとお話しした際に、「理学療法の学校では、マッサージはリンパ・マッサージしか習わない。マッサージはエビデンスが無いと教わっている」と聞いて、仰天しました。EBM(科学的根拠に基づいた医療)の立場から言えば、この数年、マッサージが痛みなどに有効であるというエビデンスが積まれて、それが海外でのマッサージ・ブームにつながっているからです。そして、理学療法士さんが学校で習う「リンパ・マッサージ」「リンパ・ドレナージ」はむしろ、相対的には、科学的根拠があまり無いマッサージだからです。要するに、理学療法士さんが持っているマッサージについての知識は全てデタラメで科学的根拠がありませんでした。これは驚愕の事実でした。これは、その理学療法士さんの責任ではなく、彼を教えた教育者たちの責任です。
日本の法律でマッサージを病気の患者さんに出来るのは、国家資格の「あん摩マッサージ指圧師」と「理学療法士」のみです。昔は、理学療法士さんが少なかったので、「あん摩マッサージ指圧師」が病院でリハビリを担当していました。それが、「マッサージ師」が病院では少なくなり、「理学療法士」さんが病院でのリハビリを担当するようになりました。しかし、マッサージに関して、きちんと科学的な知識を持った理学療法士さんに会ったことが無いのです。
もっとも「あん摩マッサージ指圧師」でも、マッサージの歴史について、正確な知識を持った先生に会ったことが無いです。教科書が科学的・学問的に間違っており、教える側も、きちんと根拠のあることを教えていないからです。
2008年にコクラン・システマティックレビューでは、「腰痛へのマッサージ」(※1)が有効で、クラシカル・マッサージ(スウェーデンマッサージ)より、ツボ指圧が効果的と論じています。2012年のコクラン・システマティック・レビュー「機械的頚部障害へのマッサージ」も「マッサージ単独でメカニカルな頚部の障害を治療することは即時的・短期的には痛みと圧痛について効果的であることはわかった」としています。
※1:「腰痛へのマッサージ」『コクラン・システマティックレビュー』
Massage for low-back pain.
Furlan AD, Imamura M, Dryden T, Irvin E.
Cochrane Database Syst Rev. 2008 Oct 8;(4)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18843627
※2:「機械的頚部障害へのマッサージ」『コクラン・システマティックレビュー』
Massage for mechanical neck disorders.
Patel KC, Gross A, Graham N, Goldsmith CH, Ezzo J, Morien A, Peloso PM.
Cochrane Database Syst Rev. 2012 Sep 12;9:
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22972078
さらに、2014年の「ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン(BJOSM)」では、『非特異性肩痛への軟部組織マッサージと運動の効果:メタアナリシスとシステマティックレビュー』において、痛みと関節可動域への効果を論じています。
※3:『非特異性肩痛への軟部組織マッサージと運動の効果:メタアナリシスとシステマティックレビュー』
Effectiveness of soft tissue massage and exercise for the treatment of non-specific shoulder pain: a systematic review with meta-analysis
Br J Sports Med., 48 (2014), pp. 1216–1226
P.A. van den Dolder, P.H. Ferreira, K.M. Refshauge
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22844035
2014年には安全性に関してもマッサージの有害事象のシステマティック・レビューが初めて発表されました。
※4:「痛みに関連した状態のマッサージ治療の有害事象:システマティックレビュー」
Adverse Events of Massage Therapy in Pain-Related Conditions: A Systematic Review
Evid Based Complement Alternat Med. 2014;Published online Aug 12, 2014.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25197310
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4145795/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4145795/pdf/ECAM2014-480956.pdf
↑
「マッサージのプロフェッショナル」を名乗るなら、上記は最低限の知識になります。
運動痛に関しても、リンク先は、エツァート・エルンストが1998年の『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン(BJOSM)』に発表した「運動後のマッサージ・トリートメントは筋肉の硬さを減らすのか?システマティック・レビュー」があります。
※5:「運動後のマッサージ・トリートメントは筋肉の硬さを減らすのか?システマティック・レビュー」
Does post-exercise massage treatment reduce delayed onset muscle soreness? A systematic review
E. Ernst
Br J Sports Med. Sep 1998; 32(3): 212–214.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9773168
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1756095/
「結論:マッサージ療法は遅発性筋痛症(DOMS:Delayed onset muscle soreness:)のための有望な治療法かもしれない。」
CONCLUSIONS: Massage therapy may be a promising treatment for DOMS.
このようなマッサージに関する研究では、エモリー大学医学部のマーク・ヒンマン・ラパポート(Mark Hyman Rapaport )教授は、2010年(※6)と2012年(※7)にマッサージに関する研究のターニング・ポイントとなる研究を行いました。
※6:2010年論文
「健康人への一回のスウェーデン・マッサージが視床下部ー脳下垂体ー副腎皮質系統と免疫機能に及ぼす影響の初歩的研究」
A preliminary study of the effects of a single session of Swedish massage on hypothalamic-pituitary-adrenal and immune function in normal individuals
Rapaport MH, et al.
J Altern Complement Med. 2010.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/20809811/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3107905/
↑
クラシカル・マッサージ(スウェーデン・マッサージ)は、軽いタッチ・マッサージと比較して、血液検査でバゾプレッシン、オキシトシン、ACTH、コルチゾール、インターロイキンなどを顕著に変化させています。
※7:2012年論文「反復マッサージが視床下部ー脳下垂体ー副腎皮質系統と免疫機能に及ぼす影響の初歩的研究:メカニズムとドーゼの研究」
A Preliminary Study of the Effects of Repeated Massage on Hypothalamic–Pituitary–Adrenal and Immune Function in Healthy Individuals: A Study of Mechanisms of Action and Dosage
Rapaport MH, et al. J Altern Complement Med. 2012.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3419840/
↑
クラシカル・マッサージ(スウェーデン・マッサージ)による血液の数値の変化は、週一回または、週二回のドーゼによって異なっています。これは、私の実感とあっています。週2回のマッサージを継続していくと、身体の変化は顕著に感じるからです。患者さんに説明する際に一つの根拠になります。
2012年2月にはカナダのマクマスター大学のジャスティン・クレインらが「運動による筋肉ダメージのあとの炎症シグナルへのマッサージ治療の影響」を書き、はじめて筋肉損傷からの回復における炎症性サイトカインの減少による回復の促進という機序を明らかにしました。
同じく2012年2月にはオハイオ州立大学のハースたちが、「ウサギモデルでの運動後の筋肉回復と炎症に対するマッサージ・タイミングの影響」を書き、運動直後の10分程度のマッサージの有効性を動物で証明しました。
2015年5月28日には、トーマス・ベストが「マッサージは筋線維再生と血管新生を促し、エキセントリック運動障害後の線維症を減らす」を発表しています。
そして2015年6月17日には、『理学療法雑誌』に「一般の筋骨格障害へのマッサージ療法は無治療群と比較して短期的効果がある:システマティック・レビュー」が掲載されました。このように、臨床医学・基礎医学の両面で、筋骨格障害へのマッサージの効果は、2008年から2015年にかけて、研究が進展しました。
「運動による筋肉ダメージのあとの炎症シグナルへのマッサージ治療の影響」
Massage Therapy Attenuates Inflammatory Signaling After Exercise-Induced Muscle Damage
Justin D. Crane et al.
Science Translational Medicine 01 Feb 2012:
Vol. 4, Issue 119, pp. 119ra13
http://stm.sciencemag.org/content/4/119/119ra13.abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22301554
「ウサギモデルでの運動後の筋肉回復と炎症に対するマッサージ・タイミングの影響」
Massage timing affects postexercise muscle recovery and inflammation in a rabbit model.
Haas C et al.
Med Sci Sports Exerc. 2013 Jun;45(6):1105-12.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23274593
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3632662/
「マッサージは筋線維再生と血管新生を促し、エキセントリック運動障害後の線維症を減らす」
Massage Increases Muscle Fiber Regeneration And Angiogenesis And Decreases Fibrosis Following Eccentric Exercise Injury
Thomas M. Best et al.
Musculoskeletal Injury and Muscle Damage
http://www.abstractsonline.com/Plan/ViewAbstract.aspx?sKey=731c51ca-1976-4944-95f9-3dfdbcda4381&cKey=e8bfba87-5d09-4362-8a8f-8d20dbc4b8c5&mKey=8ba47590-f6fa-424e-a609-471a2e1de3bc
また、2009年にエツァート・エルンストが「がんの緩和サポートケアのためのマッサージ療法:ランダム化比較試験のシステマティック・レビュー」(※10)を書き、2014年には中国の研究者によって「乳がん治療の副作用とマッサージ介入:システマティック・レビューとメタ・アナリシス」(※11)が書かれています。マッサージはガンの痛みや不安をとり、疲労感をとります。2010年には「線維筋痛症」にもマッサージの効果が有望という研究が発表されました(※12)。
※10:「がんの緩和サポートケアのためのマッサージ療法:ランダム化比較試験のシステマティック・レビュー」
Massage therapy for cancer palliation and supportive care: a systematic review of randomised clinical trials.
Ernst E.
Support Care Cancer. 2009 Apr;17(4):333-7.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19148685
2014年には「乳がん治療の副作用とマッサージ介入:システマティック・レビューとメタ・アナリシス」(※8)が。
※11:「乳がん治療の副作用とマッサージ介入:システマティック・レビューとメタ・アナリシス」
Massage interventions and treatment-related side effects of breast cancer: a systematic review and meta-analysis.
Pan YQ, et al. Int J Clin Oncol. 2014.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/24275985/
↑
以下、引用。
「結論:現在のエビデンスはマッサージが乳がん患者のネガティヴな感情や疲労感に利用可能な介入であるというマイルドなエビデンスがある」
CONCLUSIONS: The current evidence demonstrates that there was mild evidence that massage may be a useful intervention in alleviating negative emotions and fatigue in patients with breast cancer.
※12:「線維筋痛症の症候へのマッサージ治療」
Massage therapy for fibromyalgia symptoms.
Kalichman L.
Rheumatol Int. 2010 Jul;30(9):1151-7. doi: 10.1007/s00296-010-1409-2. Epub 2010 Mar 20.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20306046
また、「インファント・マッサージ」の分野では、マイアミ大学医学部のティファニー・フィールド教授が未熟児の体重増加・不眠・喘息などにマッサージが有効であるという研究を行いました(※13、※14)。2013年にはイギリスのプリマス大学の研究者たちによるコクラン・システマティックレビュー「生後6ヶ月の乳児の精神的・身体的健康の発達におけるマッサージの促進」(※15)が発表されました。
※13:「小さな子どもの肌のコンディションへのマッサージ治療」
Massage therapy for skin conditions in young children.
Field T.
Dermatol Clin. 2005 Oct;23(4):717-21.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16112449
※14:2014年11月4日『マイアミ・ヘラルド』
「マイアミ大学の研究者は未熟児のマッサージが成長を刺激することの先駆者」
UM researcher pioneered massaging premature infants to stimulate growth
http://www.miamiherald.com/living/health-fitness/article3556835.html
※15:「生後6ヶ月の乳児の精神的・身体的健康の発達におけるマッサージの促進」
Massage for promoting mental and physical health in typically developing infants under the age of six months.
Bennett C, Underdown A, Barlow J.
Cochrane Database Syst Rev. 2013 Apr 30;4:CD005038.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23633323
上記が、マッサージのプロフェッショナルが最低限、知っておくべき知識になります。マッサージの科学的研究は、2005年頃から2015年の15年間で激変しました。