リンク先は、2015年2月の『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン(BJSM)』掲載の論文。
内容は「スポーツ前の高負荷ダイナミック・エクササイズのウォームアップはやったほうが良い」というものです。
「上半身のウォームアップにおけるパフォーマンスとスポーツ障害への効果のシステマティックレビュー」
A systematic review of the effects of upper body warm-up on performance and injury
McCrary JM et al.
Br J Sports Med. 2015 Jul;49(14):935-42.
Epub 2015 Feb 18.
http://bjsm.bmj.com/content/49/14/935.long
(全文無料オープンアクセス)
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まず、ストレッチの歴史的には、2011年のコクラン・システマティック・レビュー「運動後の筋肉痛を防止・減少するためのストレッチング」(※1)は運動前後のストレッチングが、運動後の筋肉痛を減らすのに何の効果も無いことを指摘したことが重要です。
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※1「運動後の筋肉痛を防止・減少するためのストレッチング」
Stretching to prevent or reduce muscle soreness after exercise.
Herbert RD et al.
Cochrane Database Syst Rev. 2011 Jul 6;(7):CD004577.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD004577.pub3/abstract;jsessionid=4ACB61D55032453784F1EB7D8F57EDBF.f01t04
2015年の『イギリス・スポーツ医学雑誌』のシステマティック・レビューは現状の証拠を検討していきます。
【スタティック・ストレッチ(Static Stretching:静的ストレッチ)】
「『スタティック・ストレッチ』は、ひろく、パフォーマンスを強める方法としては、効果的でないことが発見された」
Static stretching was found to be a largely ineffective method for performance enhancement.
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※「スタティック・ストレッチ(Static Stretching)」は1975年にボブ・アンダーソンが提唱したストレッチングであり現在、もっとも一般的なものです。
(ボブ・アンダーソン著『ボブ・アンダーソンのストレッチング(初版) 』ブックハウスHD、1981年、http://www.amazon.co.jp/dp/4938335786)
【ダイナミック・ストレッチ(Dynamic Stretching:動的ストレッチ)】
現在、サッカーなどのスポーツ領域ではからだを温めるウォームアップとして「ダイナミック・ストレッチ」が主流です。しかし、検証された2つの実験は矛盾する結果を示しており、さらなる研究が求められます。
【PNFストレッチ(PNF Stretching)】
「2つの研究が含まれ、上半身のPNFストレッチング・ウォームアップは、ストレングスの結果について何の効果も無かった」
The two included studies ,of upper body proprioceptive neuromuscular facilitation (PNF) stretching warm-ups found that PNF stretching had no effect on strength outcomes
「上半身におけるPNFストレッチング・ウォームアップが柔軟性に与える効果については調査した研究が存在しない、そして、上半身におけるウォームアップ・モードの効用については、効果が不明瞭なままである」
No studies investigated the effects of upper body PNF stretching warm-up on flexibility outcomes—the main reported benefit of PNF stretching—so the utility of this warm-up mode in the upper body remains unclear.
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「『PNFストレッチング(Proprioceptive Neuromuscular Facilitation Stretching:プロプリオセプティブ・ニューロマスキュラー・ファシリテーション・ストレッチング)』は、1940年代に神経学者のハーマン・カバット(Herman Kabat:1913–1995)さんが理論を創始しました。ハーマン・カバット(Herman Kabat1913–1995)さんは、1932年にニューヨーク大学を科学の学士で卒業し、1935年にはノースウエスタン大学で神経学の博士号、1942年には生理学で2つ目の博士号を取得していますが、医師免許も理学療法士免許も持っていませんでした(※2)。
1940年にハーマン・カバット博士は研究を開始し、1945年にアシスタントだった理学療法士のマーガレット・ノット(Margaret Knott)に出会います。1946年にワシントンDCのカイザー・カボット研究所の部長となり、1946年にカルフォルニア州でカイザー・ファウンデーション・リハビリテーションセンターを創設し、研究を続けます。1951年には最初のPNFセミナーを始めます。1952年には理学療法士のドロシー・ヴォス(Dorothy Voss)が研究に参加しました。1954年にハーマン・カバット博士は研究所を去って失踪し、それから1994年まで40年間消息不明となり、1995年に亡くなりました。
1956年に理学療法士のマーガレット・ノット(Margaret Knott)とドロシー・ヴォス(Dorothy Voss)が最初の『PNF第1版』を出版します。1968年にノットとヴォスが『PNF第2版』を出版し、ここで現在のようなPNFの形ができたそうです。第2版では、ハーマン・カバット博士の考えよりも、ノットとヴォスの考え方がかなり入っているようです。
日本でPNFは、1969年に高知リハビリテーション学院の清水ミシェル・ワイズマンさんによって紹介され、1972年に府中リハビリテーション学院のエリック・ビエール(Eric Viel)さんによって「ファシリテーション・テクニック(FacilitationTechnique:促通手技)」という名前で紹介されました(※3)。
日本のスポーツ領域でPNFは、1989年に立花龍司(たちばな・りゅうじ)さんが近鉄のコンディショニング・コーチとして野茂や吉井をPNFストレッチでコンディショニングしたことで有名になりました。立花龍司さんは、大阪商業大学経済学部を1986年に卒業、1987年天理大学スポーツ科学単位取得、同1987年ダイナミック・スポーツ医学研究所(大阪)に入所し、2年後の1989年に近鉄コンディショニングコーチという経歴です。ですから、立花龍司さんは個人的に尊敬していますが、PNFストレッチに関しては、最初は2年程度の独学のはずですし、医療資格は持っていません。
スポーツ分野の理学療法士さんの間で人気の高いPNFテクニックですが、臨床的なエビデンスは全く無いようです。日本においても「脳卒中ガイドライン」において、PNF法や他のボバース法、ブルンスストローム法を比較していますが、PNF法がリハビリとして優れているという証拠は存在しません(※4、※5)。また、90パーセントの理学療法士学校がPNFを教えていますが、授業時間は5時間から15時間程度で、卒後教育に頼っているのが現状です(※6)。 5時間で出来るわけないやん!
全体として、PNFは1940年から1954年というわずか14年の間に、臨床経験の無い神経学者のカバット博士が開発した理論を、(カバット博士の失踪後に)理学療法士のノットとヴォスが発展させたものです。PNFは最初の出版から60年が経ちますが、基礎理論が正しいという確証はなく、臨床のエビデンスも無いのです。PNFストレッチは、基礎研究(Basic Reseach)も臨床試験も非常に質が低いですし、他のストレッチと比較しても、優れた結果を残していません。EBMの手法で調査した限りでは、理学療法士さん達の間で、PNFストレッチが人気なのは理解に苦しむ現象だと感じてしまいます。
あと、日本PNF学会のホームページに「1940年代の後半に、医師であるKabat博士がポリオ後遺症患者の筋収縮を高めるための生理学的理論を構築し、KnottとVossの理学療法士と一緒に開発した運動療法PNF(proprioceptive neuromuscular facilitaition;固有受容性神経筋促通法)である。」と書かれています。
http://www.pnfsj.com/pnf%E3%81%A8%E3%81%AF/
ところが、人間総合科学大学リハビリテーション学科の学科長である秋山純和(あきやま・すみかず)教授が2003年に『理学療法科学』に書かれた論文「神経筋促通法(PNF)と筋力トレーニング」には、「Kabat博士は医師免許も理学療法士免許も持っていなかった。理学療法士であるKnot氏に協力を求めた原因かも知れない」と明記してあります(24ページ)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/18/1/18_1_23/_pdf
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どちらが本当なのでしょう?
エビデンスを調べていくと、現在の理学療法のエビデンスは「怪しい」ことだらけです。最近は、話半分で眉唾で聞いて、あとでエビデンスを検証するようにしています。おそらく、いまだにアタマの中が「メカニズム派」であり、EBM革命についていけていないのです。あと、かなり大量のウソや捏造をみつけることができます。これが故意なのか単なるミスなのかは、教えられる側、教育を受ける側には重要だと思います。
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※2:「神経筋促通法(PNF)と筋力トレーニング」
秋山 純和『理学療法科学』Vol. 18 (2003) No. 1 P 23-28
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/18/1/18_1_23/_pdf
※3:「 ファシリテーション・テクニック」
『リハビリテーション医学』Vol. 11 (1974) No. 1 P 29-31
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrm1964/11/1/11_1_29/_pdf
※4:「総説 リハビリテーション医学の革新の提案 神経筋促通法の機序の回顧と反省 」
福井 圀彦,et al.
『バイオフィリア リハビリテーション研究』 Vol. 3 (2006) No. 1 P 27-32
https://www.jstage.jst.go.jp/article/brj/3/1/3_1_27/_pdf
※5:「片麻痺回復のための促通反復療法の理論と効果」
川平 和美
The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine
Vol. 50 (2013) No. 2 p. 118-123
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/50/2/50_118/_pdf
※6:「固有受容器神経筋促通手技(PNF)の学内教授活動の変遷と現状」
佐藤 仁『理学療法科学』Vol. 25 (2010) No. 4 P 483-486
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/25/4/25_4_483/_pdf