新静岡県知事の川勝平太氏は西洋流の資本主義に対して一定の疑問を表明しいてる学者である。
『西ヨーロッパが経験した資本主義への移行は一国がかならず通過する「世界史の基本法則」といったものではなく、むしろ西ヨーロッパにおける一回きりの歴史的経験であったという結論がでてくる。いいかえれば、日本における資本主義の発展を説明するには、新しい理論が必要だ、ということである。』
(日本文明と近代西洋 川勝平太著 NHKブックス P151)
そこで川勝平太氏が注目しているのが、今西進化論で有名な、今西錦司の『棲み分け』理論である。
『生物の世界には約百七十万の種が存在すると言われる。もし種同士が弱肉強食の関係にあるならば、生物の歴史三十二億年のうちに弱いものは淘汰され、わずかの数の強い種だけが残ることになったであろう。実際は、その膨大な数が示しているように、弱い種は滅ぼされて強い種だけが残っているのではない。』
(日本文明と近代西洋 川勝平太著 NHKブックス P159)
今西錦司はダーウィン流の弱肉強食の進化論が主流を示すなかで、それとは違った進化論を初めて提唱した。
昭和15年に書かれた『生物の世界』である。今西錦司はこれを戦争に行く前の遺書として書いている。
『生物がいたずらな摩擦をさけ、衝突を嫌って、摩擦や衝突の起こらぬ平衡状態を求める結果が、必然的に同種の個体の集まりをつくらせたとも考えられる。』
(生物の世界 今西錦司著 講談社文庫 P88)
彼は弱肉強食による自然淘汰が生物進化の原因ではないとした。生物は弱肉強食による自然淘汰をさける形で『棲み分け』ながら進化してきたというのである。
同じころ経済に関して一冊の本が出ている。
ヴェルナー・ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』(国際日本協会 昭和18年発行)である。
戦後はこの本はより直訳に近い形で『ユダヤ人と経済生活』という題名で荒地出版社から刊行されたが、残念ながら今は絶版になっている。
この本にも今西錦司の発想と同じようなことが書かれていて、近代資本主義が発達する前のヨーロッパ社会では、
『国内においては個々の経済人のどんな競争もお互いに根本的に排除せられていた。個々人はそれぞれの経済領域を持っており、道徳や伝統が命ずるままに彼はそれを支配し管理することができる。しかし彼は隣人の富に目をくれてはならないのである。隣人は彼と同様にそこでその生存権を安寧に誰にも妨げられずに保っているのである。』
(ユダヤ人と資本主義 ゾンバルト著 P214)
『最も厳しく禁じられていたのはあらゆる種類の「客引き」である。それは彼の隣人から顧客を奪い取る「非キリスト教的なもの」非道徳的なものと考えられていたのである。』
(ユダヤ人と資本主義 ゾンバルト著 P216)
太平洋戦争以前には、日本でも西洋でも、このようなことを正当な学問的論証を持って主張することができた。
戦前は思想統制がなされ十分学問が発展しなかったとよく言われるが、私はこのような本を読むと、戦後世界にはまた別の意味で思想統制がなされているのを感じる。
今西錦司の『生物の世界』にしても、ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』(ユダヤ人と経済生活)にしても、今の日本人が忘れた世界に目を向けた戦前の名著である。
『生物の世界』は今でも手にはいるが、『ユダヤ人と資本主義』(ユダヤ人と経済生活)は今ではなかなか手に入らない。
新静岡県知事の川勝平太氏は、ゾンバルトには言及していないが、今西錦司の『生物の世界』を高く評価している。
前にあげた『日本文明と近代西洋』という本の中で、川勝氏がマックス・ウェーバーに言及していることを考えれば、
そのライバルであったゾンバルトのことを知らないはずはないと思う。
資本主義思想はそれをプロテスタンティズムからたどっていくと、自由放任・自由競争・規制緩和重視の弱肉強食の思想を正当化するロジックにはまってしまう。
ゾンバルトは資本主義のルーツをそれとは違った角度から解明しようとした学者である。その態度は純粋に学問的である。
社会主義が崩壊し、そして資本主義の矛盾が表面化している今、過去にこのような社会学者が資本主義の根元を探ろうとしていたことは重視されるべきことだと思う。
ともかくも川勝平太氏は世間でよく見られる竹中平蔵のような通俗的な資本主義賛美の学者ではない。かといって彼の思想はマルクス主義とは何の関係もないところで思想を展開している。
資本主義か社会主義かという単純な二項対立のうえで彼が思想を展開しているのでないことだけはいえる。
市場原理主義や新自由主義という弱肉強食の資本主義思想により、日本はここ10年で壊滅的な打撃を受けた。
政治家としてデビューした川勝平太氏の思想がその政治的実践のうえでどのように生かされるか、そしてその思想が民主党の政策とどのような関係を持っていくのか、期待を込めて見守りたいと思う。