徒然なるまままに

展覧会の感想や旅先のことを書いてます。

9月の記録と10月に訪れたい展覧会

2006-09-30 | 美術(Index)
9月の記録と10月に訪れたい展覧会

展覧会(日付は鑑賞日)

  • 3日 夏季展 明代陶磁と能装束 畠山記念館(終了)
  • 8日 モダン・パラダイス 大原美術館+東京国立近代美術館 東西名画の饗宴 東京国立近代美術館(-10/15)
  • 8日 平成18年度第2回所蔵作品展(前期) 東京国立近代美術館(-10/15)
  • 8日 リール近代美術館所蔵 ピカソとモディリアーニの時代 Bunkamura ザ・ミュージアム(-10/22)
  • 9日 院展 東京都美術館(終了)
  • 9日 世界遺産・ペルセポリスの栄華 ペルシャ文明展 煌く7000年の至宝 東京都美術館(-10/1)
  • 10日 館蔵 秋の優品展 絵画・墨跡と李朝の陶芸 五島美術館(前期は終了、古写経手鑑「染紙帖」は10/13まで、会期は10/22まで)
          古写経絵画、とくに歌仙絵墨蹟茶道具 李朝の陶芸
  • 14日 国宝 風神雷神図屏風 ―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造― 出光美術館(-10/1)
  • 16日 開館一周年記念特別展 赤と黒の芸術 楽茶碗 三井記念美術館(-11/12)
  • 18日 東京国立博物館
          中国絵画・書跡 特集陳列「中国書画精華」(絵画、前期)(-10/1)
          中国絵画・書跡 特集陳列「中国書画精華」(書跡)(-10/29)
          中国の漆工(-10/22)
          特集陳列 佐竹本三十六歌仙絵(-10/1)
          常設展 浮世絵と企画展示 特集陳列 懐月堂派の肉筆浮世絵(それぞれ-10/9、-10/22)
  • 18日 歌麿と栄之-歌麿没後200年・栄之生誕250年-(前期) 太田記念美術館(終了)
  • 29日 平成18年度第2回所蔵作品展(後期) 東京国立近代美術館(-10/15)
  • 30日 NHK日曜美術館30年展 東京藝術大学大学美術館(-10/15)
  • 30日 黒田記念館
  • 30日 東京国立博物館 特集陳列 佐竹本三十六歌仙絵(-10/1)、国宝 山越阿弥陀図(-10/26)
  • 30日 ベルギー王立美術館展 東京国立西洋美術館(-12/10)
  • 30日 館蔵日本美術による Gold ~ 金色(こんじき)が織りなす異空間(後期) 大倉集古館(-10/1)

    おまけ
  • 佐竹本三十六歌仙絵 一覧表

    10月に訪れたい展覧会
  • ウィーン美術アカデミー名品展 9/16-11/12 @損保ジャパン東郷青児美術館 10/1は無料
  • クリーブランド美術館展 9/9-11/26 @森アーツセンターギャラリー
  • 生誕100年記念 ダリ回顧展 9/23-1/4 @上野の森美術館
  • 開館20周年記念 ルソーの見た夢、ルソーに見る夢 10/7-12/10 @世田谷美術館
  • 大エルミタージュ美術館展 10/19-12/14 @東京都美術館
  • シャガールとエコール・ド・パリコレクション 11/1まで@青山ユニマット美術館 (Takさんの記事)

  • 国宝 国宝 伴大納言絵巻展 ―新たな発見、深まる謎― 全巻展示 10/7-10/15, 10/31-11/5 出光美術館 
      深まる謎とは?について記事を書きました。
  • 歌麿と英之 歌麿没後200年・英之生誕250年- 10/1-10/26(後期) @太田記念美術館 
  • 竹内栖鳳とその弟子たち―重要文化財《班猫》登場― 9/30-11/19 @山種美術館
  • ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展「江戸の誘惑」 10/21-12/10 @江戸東京博物館
  • 花鳥画への誘い 前期9/9-10/26, 後期10/31-12/23 @松岡美術館 

  • 仏像 一木(いちぼく)にこめられた祈り 10/3-12/3 @東京国立博物館
       国宝 菩薩半跏像(伝如意輪観音) (京都・宝菩提院願徳寺蔵)は11/5まで
       国宝 十一面観音菩薩立像(滋賀・向源寺蔵)は11/7から
  • 特集陳列 茶の湯釜を楽しむ 東京国立博物館(-10/29)

  • 特集陳列 中国書画精華 後期 10/3-10/29 @東京国立博物館
  • 秋季展 中国宋元画の精華  前期10/3-10/29、後期10/31-11/12 畠山記念館
  • 秋の優品展 絵画・墨蹟と李朝の陶芸(後期)9/26-10/22 @五島美術館 (「紫式部日記絵巻」は10/14-10/22)
  • インペリアル・ポースレン・オブ・清朝 -華麗なる宮廷磁器- 9/30-11/19 @静嘉堂文庫美術館

  • 南方熊楠 -森羅万象の探求者- 10/7-11/26 @国立科学博物館 みどり館地下1階展示室

    11月ですが、
  • 浦上玉堂展 11/3-12/3 千葉市美術館(会期中に展示替がある!!遠いのに!)

    遠いけど行きたいのは、
  • 光悦と樂道入 二つの樂茶碗 ふたりの交友 9/21-11/26 @樂美術館
  • 生誕120年 前田青邨展 岐阜美術館(-10/7), 浜松市美術館(10/21-11/23)
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    中国の漆工 @東京国立博物館

    2006-09-28 | 美術
    中国の漆工
    2006/8/22~ 2006/10/22
    東京国立博物館 東洋館

    南宋時代から明時代にかけて作られた漆工作品の展示。とくに南宋時代の彫漆3点を中心に紹介されていた。
    相国寺で堆朱や堆黒の香合を拝見し、中国から漆工作品が伝来したことに気がついた次第。興味深くその技術の高さを拝見しました。

  • 花鳥堆朱長方形箱(かちょうついしゅちょうほうけいはこ) 1合 「洪福橋呂甫造」銘 南宋時代・13世紀 TH-362
    端正にととのえた長方形の箱で,底裏を除いた器面全体に四季の花をあらわしている。蓋表にはさらに一対の鳳凰を左右に配しており,それはこの作品の大きな見どころとなっている。蓋裏に「洪福橋呂鋪造」の針刻銘が施されており,この箱が南宋時代の杭州で製作されたことがわかる。これと同様の銘,あるいはこれと同じ作風を示した彫漆器はいくつか知られているが,作行きの点で本品より優れた作品は見受けられない。


  • 花鳥堆朱重合子 1合 南宋時代・13世紀 TH-41
  • 雲龍堆黒合子 1合 南宋時代・13世紀 TH-502


  • 重美 花鳥鎗金手箱 1合 明時代・15世紀 TH-302
  • 黒漆輪花盆 1枚 南宋時代・13世紀 TH-381
  • ち龍堆朱楕円盆 1枚 元時代・14世紀 TH-494
    朱漆を厚く塗り重ね、螭龍の文様を彫り表している。生き生きとした文様表現や立ち上がりの外面に香草文を配する文様構成など元時代の堆朱の典型的な作風を示している。螭龍文はしばしば元時代の堆朱や堆黒に見られるが盆に表された例は珍しい。

  • 屈輪盆 1枚 元時代・14世紀 TH-397
  • 重美 柳水禽螺鈿合子(やなぎすいきんらでんごうす) 1合 明時代・15世紀 團伊能氏寄贈 TH-289

    高さを少し抑えた大ぶりの盒子で,蓋表には水辺でのびやかに遊ぶ水鳥たちをあらわし,肩と尻の部分には窓枠を配し,その内に花文,外に幾何風の文様をうめている。そして,合口部と高台にキーフレットの文様をまわしている。現存の明時代の螺鈿作品を通してみると,このように明時代中期の螺鈿の作風を示したものは存外少なく,本品はことのほか重視されるものである。

  • 龍鳳堆朱長方形箱 1合 「大明宣徳年製」銘 明時代・宣徳年間(1426~35) TH-489
    蓋表に稜花形の窓枠を設け、枠内の中央に龍を配し、下方に寿花福海、上方に霊芝(れいし)雲をうめる。窓枠の四隅に鳳凰を各一羽ずつ表す。明初官営工房出来の典型的な堆朱の作風を示した優品。


  • 龍螺鈿盆  1枚 「大明隆慶年御用監造」銘 明時代・隆慶年間(1567~72) TH-394
  • 龍彫彩漆盒子 1合 「大明萬暦年製」銘 明時代・万暦年間(1573~1620) TH-475
    龍の彫りが深く立派です。

  • 人物螺鈿八角合子 1合 明時代・16~17世紀 原秀廣氏寄贈TH-507
    蓋表に八稜角の窓枠を設け、内に人物図、外に花入七宝繋文が表されている。人物、花唐草文も配されている。明代後期の螺鈿技法を如実に示す作品


  • 楼閣人物漆絵螺鈿長方形箱 1合 明時代・崇禎13年(1640) TH-485
    螺鈿で描かれた楼閣人物図。


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    国宝 伴大納言絵巻 深まる謎とは?

    2006-09-27 | 美術
    伴大納言絵巻

    出光美術館で、「国宝 伴大納言絵巻展 ―新たな発見、深まる謎―」が2006年10月7日(土)~11月5日(日)に開催されます。(全巻展示は、最初と最後の2週のみです。つまり10/7-10/15, 10/31-11/5のみ。10/10は除く。今回は10時から17時まで、金曜日は19時まで)上巻は、開館40周年記念 出光美術館名品展Iにて拝見しました。(記録はこちら)。今回は、全巻展示ということで、「思いっきり味わいつくす伴大納言絵巻」*1で、予習をしました。

    プロデューサと作者
    後白河院の求めに応じて、宮廷絵師常盤光長が作成か?

  • 後白河院(1127-1192)は、昨年(2005年)のNHK大河ドラマでの平幹二朗のイメージがあまりにも強く、政治家としては源頼朝をして「日本国第一の大天狗」と言わしめた通りと思い込んでしまっていたが、この夏の京都への旅で、随分修正させられた。

    鳥羽天皇の第四皇子。皇位継承順位は低く、激しい継承争いのなか幸運にも即位。そんなわけで、はじめから帝王学は受けてはいないでしょう。院政は「内裏から離れた仙洞御所を根拠としながら、熊野や厳島までしばしば足を運び、ひとびとと自由に接触する開かれた王という側面をになっていた」*3という面もあるようで、院政後は、政治にはそれほど関わらずに済んだようだ。信仰に厚く(蓮華王院本堂を平清盛に作らせ、神護寺の文覚四十五箇条起請文を許可した。)、遊びごとを好み、今様(当時の流行歌)を集成して「梁塵秘抄」を編纂したほか、「年中行事絵巻」など多くの絵巻物を作らせた。こちらの方が本当の後白河院かもしれない。

    『平治物語』によれば「今様狂い」と称されるほどの遊び人であり、「文にあらず、武にもあらず、能もなく、芸もなし」と父・鳥羽法皇に酷評されていたというが、逆に天下のプロデューサであったようだ。

  • 常盤光長について:常磐源二光長が仕えていた藤原隆信の母は、美福門院の女房加賀。
    (藤原隆信(1142-1205)は似絵の名手で、神護寺所蔵の国宝・源頼朝像・平重盛像・藤原光能像などの肖像画は『神護寺略記』に隆信の作と伝えらる。父は長門守藤原為経。母は若狭守藤原親忠女。母の再婚相手である藤原俊成に育てられる(歌人・藤原定家は異父弟にあたる)。子に似絵画家の藤原信実がいる。)
    小松茂美氏は、光長と為業(歌人で「大鏡」の作者にも擬せられる。出家して寂念と名乗る)・隆信一族の関係を次のように推定している。とのこと。*3
    「その隆信に、絵心の火を注いだのは、いったいたれなのか。また、その芽生えはいつであったのだろうか。まったく根もない茎に花が咲くであろうか。為業の家臣たる絵師常磐源二光長こそ、若き日の隆信に絵の手ほどきを伝授したのではなかろうか。と、私の空想はめぐるのである」(小松茂美氏「日本絵巻聚稿」、中央公論社、1989年)

    後白河院の母は待賢門院ですが、美福門院も同時期に女院となっている時代があります。(おまけ:後白河院の時代と身の上をご覧ください)このように女性が競う時代があると文化が花開くのでは、という気もするわけで、そのサロンの中で、似絵や絵巻物が生まれ、その伝統を受け継いだのが、後白河院ではなかったと思ってしまうわけです。院政期の文化という用語が、文化史では使われることが多いようですが、言いえて妙です。

    伝来
  • もっとも古い記録は後崇光院(1372-1456)の『看聞御記』。嘉吉元年(1141)4月26日付で若狭国松永荘 (福井県小浜市周辺) 新八幡宮にあり、後花園天皇にご覧にいれたと記される。
  • 松永荘から若狭国小浜藩主酒井忠勝に献上。酒井家所有に。
  • 1983年に出光美術館の所蔵に

    登場人物*1
  • 清和天皇
  • 太政大臣 藤原良房(804-872)。当時摂政。藤原北家の藤原冬嗣の二男。歴史的には、嵯峨天皇の皇女源潔姫を妻とし、妹の順子を女御として権勢を振るう。承和の変、応天門の変(貞観8年(866年))を経て、その後の藤原氏の地位を確立した。
  • 左大臣 源信(みなもとのまこと)。伴善男に目の敵にされていた。
  • 右大臣 藤原良相(ふじわらのよしみ)。良房の弟。政治的には有望な男。伴善男と対立関係になかったらしい。
  • 大納言 伴善男(とものよしお)(809-868)。俊才でつぎつぎに出世する。野心家できれもの。源信を陥れようと画策する。

    各巻の内容
    【上巻】31.5×827cm 詞書なし 866年閏3月10日放火された応天門に向かう群衆。応天門の燃え上がる水墨と丹、朱による迫真の炎の描写。風上で炎を高みの見物うをする官人と検非違使の様子。「すやり霞」。放火の首謀者と思しき、たたずむ公卿。(紙の継ぎ目)。清和天皇に火事について奏上する藤原良房。それを盗み聞く藤原良相。
    【中巻】31.5×849cm 詞書(13C《宇治拾遺物語》巻十「伴大納言応天門をやく事」に同じ) 左大臣源信の屋敷に馳せつける赦免の使い 「すやり霞」 まだ赦免を知らず、祈り続ける左大臣源信。屋敷内の女房の悲嘆 赦免をしって喜ぶ女房 詞書 棟割長屋での子どものけんかから火事の真相が暴露(異時同図法)
    【下巻】31.5×918cm 静まる棟割長屋 紅葉の木々 伴大納言の取調べ 詞書 検非違使一向が伴大納言の逮捕に向かう。沈痛な面持ちの老家人。伴納言の屋敷では、悲しみの女房たち、泣き崩れる家来たち、連行される伴大納言。

    見所
  • 「すやり霞」(なにもかかれていない空気の塊)による場面転換、遠近感、時間経過の技法。伴大納言絵詞では、かすれているので、注目しないとよく判らない。
  • 「異時同図法」同一人物の異なる時間の場面を1つの画面に描く図法。動画を見ているようにする効果がある。伴大納言絵詞では、子供の喧嘩の場面で用いられている。
  • 炎の表現:青不動(京都 青蓮院)、平治物語絵巻 三条殿夜討の巻(ボストン美術館)、地獄草子 雲火霧(東博所蔵)などにならぶ炎の表現。
  • 表情の百科全書。人物をかたどる線は短く、肥痩に富んでいる。豊かな表情、筋肉の動きが微妙に細かく表現されている。
  • 対比:上巻:混乱した群集と高みの貴族たち。中巻:源信の屋敷の悲嘆 赦免をしって喜ぶ女房。下巻の逮捕に向かう緊張した検非違使たちと、逮捕後の余裕の検非違使たち。
  • 遊び:上巻、尻をかく公卿。中巻:シースルーの女房。
  • 謎:上巻のたたずむ公卿はだれか(通説は伴大納言)。公卿の横の継ぎ目は、詞書削除のためか。良房の体が剥落しているのは何故か。赦免の使者の頭中将が切り取られているのは何故か。詞書の最後には「(伴善男は)いかに悔しかったのだろうか」とある。応天門の変の真相は。そして、最大の謎は、プロデューサは何を意図していたのか。
  • 深まる謎 上巻の剥落のひどかった良房の装束の文様や色彩が光学的調査によって、明らかになり、それが連行される伴大納言と装束と非常に近いことが判明しました。それはいったい何を意味しているのか。絵巻の興味はつきることはありません。とのこと。詞書では、「(伴善男は)いかに悔しかったのだろうか」と書いておいて、良房こそが連行されるべき真犯人だといっているのは、ほとんど明らかでしょう。いやだからこそ、伴大納言の顔が最後に書かれていないのでしょう。犯人は闇だというメッセージです。

    P.S.後白河院の母は待賢門院で、閑院流藤原氏の出身であり、藤原北家ではありません。逆に継母である美福門院(藤原北家出身)に対しては特殊な感情をいだいていたのではと、身の上(おまけ:後白河院の時代と身の上を参照)からは想像に難くない。後白河院がプロデューサとしたら、藤原北家批判的な内容を含むとしても、不思議はありません。

    参考
    *1
    思いっきり味わいつくす伴大納言絵巻

    小学館

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    *2 詳細画像:http://kikyo.nichibun.ac.jp/emakimono/。国際日本文化研究センターの絵巻物データベース

    *3 如月さん「院政期社会の言語構造を探る」

    *4
    謎解き 伴大納言絵巻

    小学館

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    如月さんは、こちらの本を引用していました。





    おまけ:後白河院の時代と身の上

    後白河院の母である待賢門院璋子(1101-45)(閑院流藤原氏の出身)は、白河院(1053-1029)とその寵姫・祇園女御に養われた。父方の従弟鳥羽天皇(1103-56)に1117年12月に入内、中宮となり、5月に後の崇徳天皇(1119-64)を出産。(つまり白河法皇の落胤)。璋子は後に後白河院を生む。

    白河天皇は、1107年に鳥羽天皇に譲位した院政を振るっていたが、1123年にはさらに崇徳天皇に譲位させた白河法皇となり権勢を振った。天下の三不如意「(賀茂川(鴨川)の水・双六の賽(・山法師(比叡山の僧兵)」だけと嘆いたという故事があるほど。また、平清盛(1118-1181)も白河院の落胤とする噂も広く信じられている。(吉川英二原作、溝口健二監督の映画新・平家物語(1955)(詳細はgoo 映画)をNHK-BSで先月見たばかり)

    鳥羽上皇は、崇徳天皇を疎んじていたが、白河法皇の亡き後、美福門院得子(1117-60)(藤原北家末茂流)が子を生むと、崇徳天皇に退位を強要し、1142年に近衛天皇を三歳で即位させる。このため、後白河院の母である待賢門院璋子は落飾。(待賢門院の逆修供養ための写経が 法華経(久能寺経)(以前の説明)。

    しかし、美福門院得子の子の近衛天皇は、1155年に夭折。崇徳上皇の子である重仁親王が次期天皇の有力候補であったが、このとき、「近衛が若死にしたのは崇徳の呪詛のせいだ」という風説が流れる。美福門院は激怒。鳥羽法皇は、近臣藤原信西(藤原通憲)の推す自分の第四皇子である後白河天皇を即位させる。

    鳥羽崩御の直後である1156年、崇徳上皇はクーデタを起こしたが失敗に終わる。保元の乱。さらに1159年に平治の乱が起こり、信西は殺される。このクーデターは平清盛によって鎮圧され、後の平氏政権の基礎が固まった。(これが「平治物語絵巻」として絵巻物になりました。(信西巻の記録はこちら)、六波羅行幸巻の記録はこちら))
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    月に雁

    2006-09-25 | 美術
    月に雁

    東京国立博物館 常設展 浮世絵
    2006/9/12~ 2006/10/9
    企画展示 特集陳列 懐月堂派の肉筆浮世絵
    2006/9/12~ 2006/10/22

    東博は、今月も浮世絵は、発色の鮮やかな優品揃い。春信「雨夜の宮詣(見立蟻通明神)」広重「月下木賊に兎」「月に雁 」など。10/9まで。特集陳列 懐月堂派の肉筆浮世絵も。こちらは10/22まで。


    東京国立博物館の浮世絵。今回のMY BESTは、「月に雁」です。
    見返り美人図と月に雁。切手趣味週間シリーズの記念切手の図案であったこの2点。昔の切手のカタログでは、冒頭に掲載されていてました。高値の記念切手で、昔の切手ブームを立役者です。そんなわけで小さい頃からよく知っていたわけですが、この2つの記念切手は、戦後直後に発行されたため、実は褐色と藍色の単色刷り。そんなわけで私にとっては、この2点は単色のイメージ。そのうちの見返り美人図には4月のお花見の頃にこの東京国立博物館ではじめてみた(記録はこちら)わけですが、何と9月になって、今度は「月に雁」です。とても興奮しました。偶然にも2点の本物に合えたわけです。

    それは、別にしても、今月の浮世絵も、名品揃い。

    鈴木春信が3点。
    3枚とも、とても発色が素晴らしい。
  • 重美 雨夜の宮詣(見立蟻通明神) 中判 錦絵
    錦絵の創始者とされる鈴木春信(1725-70)は,可憐な美人画風と高度な見立絵の手法で,明和期の浮世絵界をリードした。本図は,当世風俗の美人を謡曲の蟻通明神に見立てたもので,恋の成就を祈る少女のけなげな姿に見事に置き換えられている。 画面は赤い神社の柵と鳥居の前を娘一人が黄と緑色の傘を差しかけた娘一人が通りかかる。風雨の様子に裾と提灯が翻る。

  • 五常・智 1枚 鈴木春信筆 錦絵
    家の中で手習いする娘と、それをみる母と姉。桃色の縁側の先には、庭とエンジ色の垣根の色合いが鮮やか。
  • 鏡恨 1枚 鈴木春信筆 中判 錦絵
    鏡を使う娘の図。萌黄色の畳の色が見事。

    喜多川歌麿
    歌麿の優品が3点。
  • 大木の下の雨宿り 3枚 喜多川歌麿筆 大判 錦絵 
  • 名所腰掛八景・浪の花 1枚 喜多川歌麿筆 大判 錦絵
  • 名所腰掛八景・髪結い 1枚 喜多川歌麿筆 大判 錦絵


    歌川広重
  • 葡萄に鸚鵡 1枚 歌川広重筆 江戸時代 中短冊判 錦絵
  • 重美 月下木賊に兎(げっかとくさにうさぎ) 1枚 歌川広重筆 中短冊判 錦絵;十五夜に薄と芋、十三夜に木賊と栗や豆を供え、秋の名月を祈りました。ここでは月にすむ兎が満月を見上げています。月夜に木賊と兎を描く主題も好まれました。
  • 重美 月に雁 1枚 歌川広重筆 中短冊判 錦絵
    広重といえば、風景画という頭があって、ちょっと機知にとんだ花鳥画があったとは。もちろん、中短冊判に斬新な構図です。月下木賊に兎は、兎が可愛らしく描かれています。月に雁では藍色の使い方が目を見張ります。発色が素晴らしかった。今、切手趣味週間を発行するならば、月下木賊に兎かなと時代の移り変わりを感じました。(愛知医科大のHPへのSRCリンクです。今回の展示ははもっと素晴らしい発色です。)
    >

  • 近江八景 8枚 唐崎夜雨、粟津晴嵐、矢橋帰帆、瀬田夕照、石山秋月、堅田落雁、比良暮雪、三井晩鐘 横大判 錦絵
    こちらの8枚組みも、発色が素晴らしい。
    大津歴史博物館に寄れば、「広重は、生涯で20種類あまりの近江八景シリーズを手がけたが、中でも傑作とされるのが、〈保永堂・栄久堂板〉である。彼の絶頂期の作「東海道五拾三次」の直後に制作され、海外で「雨と雪と霧の芸術家」と称賛された広重の真骨頂が、遺憾なく発揮されている。」とのこと。東博のは、どの版か不明。下記は大津歴史博物館SRCリンク

    歌川広重 近江八景 石山秋月図 〈保永堂・栄久堂板〉

    歌川広重 近江八景 三井晩鐘図 <保永堂・永久堂版>

    鳥文斎栄之
    3枚組みで展示されていました。艶やかな衣裳といい優品です。
  • 松葉屋内瀬川,たけの,さゝの 1枚 鳥文斎栄之筆 大判 錦絵
  • 丁字屋内千山,やそじ,いそじ 1枚 鳥文斎栄之筆 大判 錦絵
  • 扇屋内花扇,よしの,たつた 1枚 鳥文斎栄之筆 大判 錦絵

    企画展示 特集陳列 懐月堂派の肉筆浮世絵
    2006/9/12~ 2006/10/22
     笹雪模様の瀟洒(しょうしゃ)な衣装をまとい、ゆっくりと身を屈め耳打ちする遊女。この堂々たる印象的な姿には、他の肉筆浮世絵にはない存在感があります。宝永年間(1704~1711)頃、懐月堂安度(かいげつどうあんど)は浅草諏訪町に工房を構え、5人の優れた門人を従えて数多くの肉筆浮世絵を制作しました。研ぎ澄まされた大胆な筆致と明快な彩色によって描き出された立美人図は、同時代のみならず後々の絵師にも大きな影響を与えました。
     このたび、江戸で一世を風靡した懐月堂派の作品を特集陳列いたします。まるで浅草にあった安度の工房に迷い込んだような感覚に襲われることでしょう。江戸の人々を魅了した懐月堂美人の揃い踏みを、ぜひご堪能ください。
     懐月堂安度の直接の門人は、長陽堂安知、懐月堂度辰、懷月堂度繁、懷月堂度種、懐月堂度秀。懐月堂派の影響を受けた画師としては、松野親信、東川堂里風、梅翁軒永春などがいる。

  • 遊女と禿図 1幅 懐月堂安度筆
    懐月堂安度(生没年不詳)は工房を主宰して肉筆美人画を量産した。肥痩のある様式化された衣紋線と,豊かな体躯を持つ美人画を特色とする。本図もその懐月堂様式を見せるものだが,禿にそっと耳打ちする遊女の身体が作る大きな動きが印象的である。とのこと。

  • 重美 立美人 1枚 懐月堂度辰筆 江戸時代・18世紀 A-10569-412 大々判 墨摺絵
    フェノロサが絶賛したようですが、あまりに同じスタイルの肉筆浮世絵が並ぶと、圧巻というか、一寸飽きてしまいました。
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    歌麿と栄之-歌麿没後200年・栄之生誕250年-

    2006-09-22 | 美術
    歌麿と栄之-歌麿没後200年・栄之生誕250年-
    2006年9月1日から26日
    太田記念美術館

    18世紀の終わり、生き生きとした女性たちを描き、浮世絵界にその名を轟かせた絵師、喜多川歌麿。その名前は葛飾北斎と並び、現在でも日本のみならず広く海外まで知れ渡っています。特に、女性の胸元から上を大きくクローズアップして描くその大胆な構図は、わずかな描線や色彩にもかかわらず、女性たちの細やかな内面までを捉えたものとして、江戸っ子たちからの絶大な賞賛を浴びました。

    歌麿のライバルとして、同じ時代に活躍した美人画の名手が、鳥文斎栄之です。栄之は、浮世絵師には珍しく、旗本という身分の高い武士という特異な経歴を持つ絵師としても知られています。栄之の美人画は、その出自を反映してか、上品で風雅な落ち着きに満ち、歌麿の美人画とは異なる味わいをもたらすものとして、当時は歌麿に拮抗するほどの人気を博していました。

    本展覧会では、浮世絵美人画の世界を代表する二大巨匠・歌麿と栄之の世界を、同時代の絵師や門人たちの作品を交え、さまざまな角度から紹介いたします。歌麿没後200年、また、栄之生誕250年にあたる記念の今年、歌麿と栄之が描き出す江戸情緒あふれる華やかな美人たちの姿をごゆっくりご堪能下さい。

    ※ 総展示作品数130点弱。前期と後期で全て展示替えいたします。
    ※ 尚、9月は歌麿、10月は栄之を中心に展示いたします。


    さて、8月に東京国立博物館で喜多川歌麿の「婦人相學十躰・浮気の相」(記録はこちら)を鑑賞した。歌麿の大首絵ってやはり女性の表情やしぐさをよく捕らえていていいなあ、と思っていたら、太田記念美術館で、歌麿と栄之-歌麿没後200年・栄之生誕250年-の企画。開館当時はよく通ったものですが(といっても綺麗、発色がいいぐらいの観点でしか見ていなかったのですが)久々に原宿の賑々しい中にある太田記念美術館を訪れました。ここはスリッパに履き替えないといけないので、朝一番に訪れました。

    喜多川歌麿ですが

    まずは、床の間に展示してある肉筆画。歌麿とその弟子たちの肉筆画ならびます。歌麿は《美人読玉章(たまずさ)図》。手紙を読む女性の立ち姿です。

    喜多川歌麿は、はじめは絵本の絵師だったとのこと、2F展示室に絵本が並びます。潮干のつとは先般千葉市美術館で拝見しました。(記録はこちら
  • 絵本江戸爵 1786、白黒
  • 麦生子 1787(歌麿他)
  • 和歌夷 1789(正確には別の字です)
  • 潮干のつと 1789
  • 狂月星 1789、白黒
  • 絵本吾妻遊 1790、白黒
  • 絵本駿河舞 1790、白黒
  • 四季花 1801(2冊);これは摺り色もよい素晴らしい絵本でした。
  • 青楼絵本年中行事 1804

    そして、それ以降の版画が、まず1Fの展示室に展示。
  • 《三保松原道中》(天明年間)
  • 《婦女人相十品 文読む女》(寛政年間);雲母摺りの解説の例として。とはいっても、あまり雲母摺りのようすは判りません。白地というだけ。出世作のシリーズのひとつ。(目が悪いわけでもないでしょうに、)文を近づけて真剣に読んでいますし、巻物を広げずに隠しているので、恋文でしょうか?

  • 《娘日時計 午の刻》(寛政年間);黄つぶしの解説例として。娘二人の湯上り姿。昔は昼間に銭湯に通ったようです。
  • 《北国五色墨 てっぽう》(寛政年間);大首絵の解説例として。てっぽうは身分の低い遊女。
  • 《青楼十二時続 卯の刻》
  • 《青楼十二時続 午の刻》
  • 《高名美人見立て忠臣蔵 弐段目》
  • 《高名美人見立て忠臣蔵 四段目》
  • 《高名美人見立て忠臣蔵 八段目》
    何が忠臣蔵なのか、よく判りませんが女性が二人ずつ。源氏名でしょうか?
  • 《五人美人愛敬競 八ツ山平野屋》;
  • 《五人美人愛敬競 兵庫屋花妻》
    判じ絵が二枚。題名の八ツ山平野屋や兵庫屋花妻が判じ絵になっています。八ツ山平野屋は、品川宿水茶屋平野屋の評判娘を描く。手ぬぐいを銜(くわ)える美人図。兵庫屋花妻は、枕をつかむ手の仕草に艶があります。
  • 《新製五色墨》
  • 《当世風俗八景》 バックギャモンに娘たちが興じています。

    以降2F展示室。
  • 《祭の二美人》 髪の生え際が細かい
  • 《蚊帳の男女》 
    このころから享和年間の作品。寛政の改革の影響で風俗の取締りが厳しくなり、髪そりのような何気ない日常風景を描いた作品が作られるようになったそうだ。
  • 《髪そり》
  • 《音曲志の楼 小柴権八》
  • 《美人五面相 うれし泪》 
  • 《太閤五妻洛東遊観の図》;秀吉と五人の妻(北政所、淀殿、松の丸殿、三條殿、加賀殿)の醍醐の花見を描く。秀吉の側室とか醍醐寺の花見とかを拝見すると、三條殿ではなく三の丸殿が醍醐の花見にはでていたようです。醍醐寺の花見の盃争いという争いが絵に描かれていたかは不明です。
    筆禍事件が1804.5がおきる。
  • 《夏衣裳当世美人 松坂屋仕入れしぼり向き》(文化年間)松坂屋の宣伝
    筆禍事件の失意のうちに1806.3没。

    天明年間:1781-1789
    寛政年間:1789-1801
    享和年間:1801-1803
    文化年間:1804-1817

    鳥山石燕という狩野派の画師が、歌麿の絵の師匠ということで、何点か並びます。

    その次に
    鳥文斎栄之。鳥文斎栄之は、旗本という身分の高い武士という特異な経歴を持つ絵師。上品で風雅な落ち着きに満ちた画風。栄川院典信に手ほどきを受けた。

    肉筆
  • 吉原十二時之図 絹本二巻のうち
  • 燈火の遊女 扇;こちらは結構色っぽい遊女
  • 朝妻舟 扇

    版画
  • 舟上二美人図(縦長の判)
  • 金龍山花見図
  • 御殿山花見図(3枚の内)
  • 新大橋下納涼舟(5枚組);兵庫屋の舟が、新大橋の下に差し掛かる。舟の上の賑わい、橋桁の様子など緻密に描かれている。
  • 絵馬堂(3枚組)
  • 若那初模様 扇屋瀧橋



    これ以降、古典に題材をとった作品。上品な女性が描かれています。
  • 浮世源氏八景 松風夜雨


  • 略三幅対 小野小町、衣通姫、女三之宮;たしかに上品に女性が描かれています。
  • 濤衣(とうい)玉川 名所盃合;「松の風 音だに秋は さびしきに 衣うつなり 玉川の里」(千載集・源俊頼)ということで砧が描かれ、砧の玉川の図。

    (18日)

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    佐竹本三十六歌仙 一覧表

    2006-09-21 | 美術 List
    佐竹本三十六歌仙 一覧表と原所蔵者です。私の記録も兼ねています。
    (現時点ではさらに流転しているかもしれません。)

    佐竹本三十六歌仙
    番号 歌 人所有者本年の展示*1
     一番 柿本人麿出光美術館歌仙の饗宴
     二番 凡河内躬恒個人 
     三番 大伴家持松下幸子 
     四番 在原業平湯木美術館  
     五番 素性法師個人 
     六番 猿丸大夫個人 
     七番 藤原謙輔個人 
     八番 藤原敦忠中埜又左右衛門 
     九番 源公忠京都・相国寺 
     十番 斎宮女御文化庁歌仙の饗宴(後期)(未)、TMN1203
    十一番 源宗于サンリツ企画株式会社 
    十二番 藤原敏行関戸佳基 
    十三番 藤原清正個人 
    十四番 藤原輿風八馬はな歌仙の饗宴(前期)、東博特集陳列(未)、TMN1203
    十五番 坂上是則個人 
    十六番 小大君大和文華館歌仙の饗宴(前期)、所蔵日本絵画名品展
    十七番 大中臣能宣サンリツ服部美術館 
    十八番 平兼盛MOA美術館MOA美術館所蔵名品展(2007/2/25) 
    十九番住吉大明神東京国立博物館東博 特集陳列
    二十番 紀貫之耕三寺博物館 
    二一番 伊勢岡崎 恒雄 
    二二番 山部赤人個人 
    二三番 僧正遍照出光美術館歌仙の饗宴
    二四番 紀友則野村文華財団歌仙の饗宴(後期)(未)
    二五番 小野小町藤木鐵三東博 特集陳列
    二六番 藤原朝忠三浦一宏 
    二七番 藤原高光逸翁美術館 
    二八番 壬生忠岑東京国立博物館東博 特集陳列
    二九番 大中臣頼基遠山記念館歌仙の饗宴 
    三十番 源重之岡崎恒雄 
    三一番 源信明泉屋博古館 
    三二番 源順寿不動産人 
    三三番 清原元輔五島美術館館蔵秋季展(後期)(予定)
    三四番 藤原元真文化庁歌仙の饗宴(1/22-29除)(未)
    三五番 藤原仲文北村美術館 
    三六番 壬生忠見中島徳太郎歌仙の饗宴
    三七番 中務青山企業株式会社 


    *1 私が鑑賞したもののみ。ただしは未は、未見。
    太字は、今後鑑賞できそうな美術館所蔵
    赤字は、姫君

    佐竹本三十六歌仙絵巻の断簡はの経緯については、こちらに詳しい。図版あり。
    佐竹本三十六歌仙の流転一覧表は、こちらに詳しい。それを簡略化して私のメモを作成しました。

    鑑賞記録
  • 歌仙の饗宴
  • 大和文華館 所蔵日本絵画名品展
  • 東京国立博物館 特集陳列 佐竹本三十六歌仙絵
  • MOA美術館 所蔵名品展(2007/2/25)
  • 東京国立博物館 TNM1203 2012年3月20日~ 4月22日

    UPDATE 2012年3月24日
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    特集陳列 佐竹本三十六歌仙絵  東京国立博物館

    2006-09-20 | 美術
    特集陳列 佐竹本三十六歌仙絵
    2006年9月5日~10月1日
    東京国立博物館 本館特別1室

     華麗な女房装束に、流れるような漆黒の髪が映える、優雅この上ない女人の後ろすがた。歌人としても名高い小野小町が、詩作にふける一瞬をとらえたこの作品は、佐竹本三十六歌仙絵の中でも白眉の1点といえましょう。

     古来の名だたる歌人(歌仙)たちの和歌に、その絵姿を描き添える「歌仙絵」は、中世より連綿と制作されてきました。この佐竹本は、数ある歌仙絵のなかでもっとも古く、また優れた逸品として知られ、もと、秋田の佐竹侯爵家に伝来した由来からこの名で呼ばれています。この度の特集では、拡大写真のパネルも用いて、やまと絵の粋を凝らした佐竹本を細部までご覧頂き、書と画が織り成す歌仙絵の世界をご紹介します。


    佐竹本三十六歌仙絵は、1月に出光美術館(記録)、小大君を再度、大和文華館で(記録)で拝見しました。今回は、小野小町が展示されるというので、いそいそと会いにいきました。



    今回展示されていた佐竹本は、
  • 重文 佐竹本三十六歌仙絵巻断簡(住吉明神) 1幅 松永安左エ門氏寄贈 A-10570



  • 重文 佐竹本三十六歌仙絵巻断簡(小野小町) 1幅 個人蔵
  • 重文 佐竹本三十六歌仙絵巻断簡(壬生忠峯) 1幅 原操氏寄贈 A-12054
    右近番長壬生忠峯
    右衛門府生 泉大将定国随身也
    はるたつといふばかりにやみよしのの
    やまもかすみてけさは見ゆらん

    壬生忠峯は随身だったと気づきました。随身庭騎絵巻を観たときには、随身って誰と思いましたが、壬生忠峯も随身だったとは。

    9/20-10/1の間は、
  • 重文 佐竹本三十六歌仙絵巻断簡(藤原興風) 1幅 個人蔵
    も展示されています。

    住吉明神は、下巻の巻頭。人物像の前にやはり神様が冒頭ということらしい。拡大写真のパネルで解説してあったので、小野小町の裾の模様が青が剥落してしまったこととか、壬生忠峯の顔の辺りの描き方が似絵の技法とよくわかりました。(壬生忠峯)黒装束に緌(おいかけ)をつけた冠を被り武官らしいきりりとした面構えで彼方を見やっている。目鼻や眉、髭などを精細に書き込んで個性的な表情を作り出すのはまさに似絵の本領。とこと。

  • 佐竹本三十六歌仙絵巻(模本) 1巻 中山養福模 江戸時代・19世紀 A-1602 2巻のうち巻下
    が展示されていました。いままで余り摸本など注意して見ていなかったのですが、色調など江戸時代の頃はまだ残っていたのでしょうか、小野小町など比較すると、たしかに裾の模様が赤以外の青で藻草模様が入っています。赤ばかり目立つオリジナルの印象とは違い、摸本は本当に艶やかです。とはいえ、それほど色を想像したり、別の岩絵の具をもちいた訳ではないので、オリジナルと本当によく似通っています。鎌倉時代13世紀に、こんなに華麗な絵巻を作成していたのかと、侘びさびとは違う、艶やかな日本文化の伝統が伝わってきます。

    佐竹本三十六歌仙絵巻の断簡は、御殿山にあった益田鈍翁の屋敷の中にあった書院・応挙館で行われた。応挙館の写真が展示されていました。



    さて、佐竹本三十六歌仙絵を取り巻く、そのほかの歌仙絵です。五島美術館の「秋の優品展 絵画・墨跡と李朝の陶芸」で、いくつか歌仙絵をじっくりと拝見したので、すこし楽しめるようになりました(拙BLOG)。今回もすこし勉強のため、メモしてきました。

    後鳥羽院本、業兼本、時代不同歌合絵はどちらにも展示されていますが、今回の展示の目玉は、稚拙な人物絵の光長本、彩色の綺麗で南朝の文芸史を知る上で貴重な宣房本でしょう。東北院職人歌合絵巻は、釈教三十六歌仙絵巻、いずれも筆致が確かで興味深いものです。女房三十六歌仙絵巻は、下絵ながら描線が美しいです。

    五島美術館の現在開催している「秋の優品展 絵画・墨跡と李朝の陶芸」での歌仙絵は、単に美しさからいえば、時代不同歌絵合絵ですら、優品を選んで展示していたようで、東博の展示より楽しめるかも気がします。五島美術館では、9月26日から10月22日には、佐竹本三十六歌仙絵 清原元輔像も展示されます。

  • 後鳥羽院本三十六歌仙絵巻断簡(藤原元真) 1幅 鎌倉時代・1紀 松永安左エ門氏寄贈 A-10587;書画双方を後鳥羽院と伝える歌仙絵だが、実際には鎌倉後期の制作になる。撰歌は佐竹本とは異なり、書風と歌仙の姿は軽妙。これは和歌観の変化、さらに歌仙絵自体が稀少品から賞玩対象に移り行く状況を示す。とのこと。

  • 業兼本三十六歌仙絵巻断簡(源順) 1幅 鎌倉時代・13世紀 A-15;端正な歌仙の姿や書の配置に古様をとどめる一方、書画ともに簡素を進めて新風を吹き込んでいる。特に歌仙絵には似絵の速写的な趣が強い。新旧両様を巧みに摂取したその画面形式は、後の歌仙絵に好んで継承された。とのこと。

    時代不同歌合絵
    後鳥羽院の撰になる「時代不同歌合」は、古今の歌人百人の和歌各三首、計三百首からなる。「時代不同歌合絵」は、中世を通じてたびたび制作され、膨大な規模で遺品も多い。現在はその多くの断簡となっている。こういった「時代不同歌合絵」が佐竹本のようない歌仙絵の成立の契機になったという説がある。
  • 時代不同歌合絵巻 1帖 鎌倉時代・14世紀 A-19;2巻の絵巻の上巻と推測される。 19.20,21番は、小町と正三位家隆。12,13,14は業平朝臣と後京極??、15,16.17は??と丹後、18,19,20は、伊勢と藤原清輔。(番号がおかしな気もします。)
  • 時代不同歌合絵巻断簡(源重家) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-12; 一歌仙に一首のみをそえる彩色本。
  • 時代不同歌合絵巻断簡(在原行平) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-10488 ;歌仙を墨のみで描き、その上方に和歌三首を墨書する。

  • 光長本三十六歌仙絵巻断簡(藤原元真) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-14;絵を土佐光長(1185-90頃に活躍)とする極めからこの名が。和歌を二首が掲げることから二首本とも称し、4断簡が伝わる。親しみ易い歌仙の表情や一種稚拙な描写に妙味がある。歌仙の位署(経歴など)は、上畳本のそれを簡略化している。とのこと。本当に稚拙な表情の人物絵です。

  • 俊成本時代不同歌合絵巻断簡(素性法師) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-11;書は筆者とされる法性寺流の藤原俊成(1114-1204)は、千載集の撰者も務めた。俊成本自体の成立は鎌倉後期とされる。繊細な描線は白描絵巻の伝統を感じさせる。とのこと。
  • 為氏本三十六歌仙絵巻断簡(柿本人麻呂) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-12288;御子左為氏(みこひだりためうじ)(1222-1286)筆とする近世の鑑定からこの名がある。御子左家は平安末期以来の和歌の宗匠家。絵は古朴で穏やかな表現を特色とする。この人麻呂像は、藤原兼房(平安後期)の夢想像の系統。

  • 宣房本三十六歌仙絵巻断簡(清原元輔) 1幅 鎌倉時代・14世紀 A-12346;書の筆者を万里小路宣房(までのこうじのぶふさ 1253-1336)と伝えるがその子息藤房(1291-1375)を筆者とみなす藤房本(後醍醐本とも)もあり、濃彩で位署が詳細など共通点が多く、共に南朝の文芸史を知る上で貴重である。とのこと。今回の(佐竹本を除く)歌仙絵の中で一番彩色が綺麗でした。


  • 西行法師像 1幅 室町時代・16世紀 ベルナルト・V・A・レーリンク氏寄贈;遺品の少ない西行画像のひとつ。歌仙絵の伝統を引き継ぐ精緻な技法で描く。賛は伝 後小松天皇。とのこと。
  • 柿本人麻呂像 1幅 鎌倉時代・13世紀 松永安左エ門氏寄贈 A-10580

  • 三十六歌仙絵巻(模本) 烏丸光広 奥書本 1巻 狩野養信他模 江戸時代・天保11年(1840) A-1650
    狩野養信による摸本で烏丸光広による奥書(寛永14年(1637)記)も写している。歌仙の歌や略歴、書風、絵姿などが後鳥羽院本と多く共通し、後鳥羽院系統の流行を偲ばせる貴重な作品。女房歌仙は華麗に描写され、中世の謹厳な原本を推測させる。

  • 重文 東北院職人歌合絵巻 1巻 鎌倉時代・14世紀 A-1399; 職人歌合絵の最古の遺品。序文によると建保二年(1214)東北院の十三夜の念仏に集まった職人たち催した歌合せに基づくという。奥書に花園院(1297-1348)の所蔵品もあり、筆者も花園院自身とみなす説があり、北朝の文芸史を考える上でも貴重。

  • 重文 釈教三十六歌仙絵巻 1巻 南北朝時代・14世紀 A-10486;類似三十六歌仙絵の一つ。勧修寺栄海の撰。他にも断簡が伝わるが、ここでは、達磨、聖徳太子、僧正菩提、行基を描く。筆勢を生かした描写。とのこと。

  • 女房三十六歌仙絵巻(模本) 1巻 江戸時代・19世紀 A-6881; 類似三十六歌仙絵の一つ。この作品は装束の色目も細かく記入した粉本で、歌仙絵制作の実態を窺わせる。歌仙の姿や衣の文様などが土佐光起(1617-1691)筆「女房三十六歌仙画帖」(三井文庫)とほぼ一致する。とのこと。


    (18日)
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    特集陳列「中国書画精華」(書跡) 東京国立博物館

    2006-09-19 | 
    中国絵画・書跡 特集陳列「中国書画精華」(書跡)
    2006年9月5日から10月29日
    東京国立博物館 東洋館

    全リスト

    唐時代の端麗な筆跡の写本が展示されていた。内容については不案内。
  • 国宝 碣石調幽蘭第五 唐時代・7~8世紀
  • 国宝 古文尚書巻第六 唐時代・7世紀
  • 国宝 世説新書巻第六残巻 唐時代・7~8世紀
  • 国宝 王勃集巻第二十九・三十 唐時代・7~8世紀

    名跡が並ぶ。文徴明の書は数々見るが、行書は素晴らしいです。
  • 行書居庸賦巻 馮子振筆 元時代・延祐4年(1317) TB-1460


  • 草書詩書巻 とうとう筆 元時代・14世紀
    康里トウトウ筆李白詩古風 縦35.0 横63.8 自作七言古詩 縦28.9 横82.2 唐人絶句六首 縦30.0 横101.6
    康里トウトウ(1295-1345)は,西域の康里部出身。漢人同様の教養を身につけ,書にも巧みであった。李白古詩・自作古詩の各1首と,唐人の五言絶句6首の3種を1巻に装幀したもの。犀利な露鋒と遒勁流美な筆致で,間に元の張雨や明の文徴明等の跋がある。


  • 行書遊天池詩巻 文徴明筆 明時代・嘉靖17年(1538) 個人蔵


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    特集陳列「中国書画精華」(絵画、前期)東京国立博物館

    2006-09-18 | 美術
    中国絵画・書跡 特集陳列「中国書画精華」(絵画、前期)
    2006年9月5日から10月1日
    東京国立博物館 東洋館

    東京国立博物館の秋の恒例。中国書画精華展。今年初めて鑑賞しました。今年は中国絵画に少しはまっています。

  • 国宝 紅白芙蓉図 2幅 絹本着色 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197) 各縦25.2 横25.5
    TA-137
    柔らかな芙蓉のさまは、惚れ惚れしました。国宝とから傑作というに値します。
    「李迪(りてき)は中国・南宋の宮廷に仕えた画家(画院画家)で、この時代を代表する1人。現存作品の年記や、やはり画院画家となった子の李徳茂の経歴などから、その活躍時期は南宋時代前半の12世紀後半と思われる。
     李迪は花や鳥や動物を描くことを得意としたが、この芙蓉図は現存する李迪の最高傑作である。各図に押された「慶元丁巳歳李迪画」の落款から、南宋の慶元3年(1197)の作とわかる。
     芙蓉は、初め白い花をつけ、しだいに紅色を帯びていく酔芙蓉とみられ、きわめて写実的であるが、繊細な筆と微妙な階調の色彩で描かれているため情趣にあふれ、余白を生かした空間も自然で静謐である。
     2幅の図は、本来はそれぞれ独立した冊仕立の作品であったと思われるが、日本の茶の湯の美意識から生まれた唐絵鑑賞に合わせて、対幅に改装された。(e国宝)」


     
  • 国宝 十六羅漢図(第三尊者) 1幅 北宋時代・10~12世紀 京都・清凉寺蔵
    全16幅のうち8幅は東博に、8幅は京博に寄託。

  • 重文 十六羅漢図(第三尊者) 1幅 絹本着色 金大受筆 南宋時代・12世紀 縦118.8 横51.7 TA-298
    「金大受は南宋の寧波(浙江省)の仏画師。「大宋明州車橋西金大受筆」の落款により金大受は寧波が慶元府とよばれる慶元元年(1195)より前の明州とよばれていた頃の画家であることがわかる。原三渓旧蔵品。(東博(文化遺産オンラインに画像が その他の画像の3番目)
    東博では十六羅漢図の10幅を所蔵。本図は、滝を尊者眺める図。

  • 重文 二祖調心図 2幅 伝石恪筆 南宋時代・13世紀 TA-162
    「石恪は五代後蜀の画家。画火の名人である張南本に師事して水墨人物画をよくした。石恪の面貌は細緻,衣紋は粗筆という飄逸な画風は逸品といわれ,その後の中国の水墨人物画の基本となった。この二祖調心図は石恪の水墨画風を最もよく彷彿させる作品。中国禅宗の二祖慧可というよりも,豊干,布袋などの散聖を描いたものともいわれる。(東博)」 左幅は虎にもたれる人物がユーモア。



  • 重文 雛雀図 1幅 伝宋汝志筆 南宋時代・13世紀 TA-355
    「本図の画家は,籠の内と外の雛雀の一瞬の動きを,じつに巧みな筆により見事に表現している。伝称筆者である宋汝志は南宋末の画院画家。幕末の狩野養川院惟信の箱書には宋汝志筆とされているが明らかでなく,筆者は不明である。しかし,水墨と淡い色彩を用いた繊細な表現は,本図が南宋時代の名手の作であることを示しているようである。浅野家旧蔵品。(e国宝)」精緻な籠から飛び出しそうな雛と親雀。


  • 重文 寒江独釣図 1幅 絹本墨画淡彩 伝馬遠筆 南宋時代・13世紀 縦26.7 横50.6 TA-140
    「小舟に乗る釣人を広漠とした寒江の中に描く本図は,余白のもつ効果を最大限に生かした馬遠派の傑作といわれる。しかし,舟のやや上方のあたりで絹つぎがあり本来はもっと大画面の作品であった可能性もある。南宋の寧宗妃恭聖皇后の所居である坤寧殿に由来する「辛未坤寧秘玩」印がある。(e国宝)」一寸腰を屈めて舟に乗る。釣り糸のたらし方の描きぶりは絶妙の曲線。


  • 山水図 1幅 絹本墨画 伝夏珪筆 南宋時代・13世紀 縦22.5 横25.4 TA-339
    「夏珪は南宋の中期の画院画家。山水画をよくし馬遠とともに「馬・夏」と並称された。本図は近衛家煕の「槐記」に記載される作品といわれ唐絵の最上のものとして珍重された。本来向かって左方にさらに景観が展開していたことが本図と同図様の山水図(静嘉堂文庫)を写した探幽縮図によりわかる。近衛家旧蔵。(東博)」
    小品だが中央に樹木を配して手前に水流を描く。


  • 重文 維摩図 1幅 元時代・14世紀 京都・東福寺蔵
    ぱっと目に見ると、放心状態か考える人か。Wikipediaによれば、維摩経とは、中インド、バイシャーリーの長者ヴィマラキールティ(維摩詰、維摩、浄名)が病気になったので、釈迦が菩薩や弟子達に見舞いを命じるが、以前に維摩にやりこめられているため、誰も理由を述べて行こうとしない。そこで、文殊菩薩が見舞いに行き、維摩と対等に問答を行い、最後に維摩は究極の境地を沈黙によって示した。全編戯曲的な構成の中に旧来の仏教の固定性を批判し、在家者の立場から大乗の空の思想を高揚した初期大乗仏典の傑作である。とのことなので(この説明ではよく理解できていませんが)、維摩経の教えを説くには、もっともな表情なのですね。 (たとえば、「維摩黙然」下村観山筆を大倉集古館で鑑賞したときは、別のところに目がいってこんな黙然の意味を考えなかったのですが。最澄と天台の国宝で、維摩居士坐像 1躯 平安時代・9世紀 滋賀・延暦寺蔵を拝見したときも、きりっとした顔立ちぐらいにしか感じなかったのですが。)ともあれ、裕福な維摩居士の台座は豪華。模様を細かく描く様は見事。

  • 祖師図 1幅 暁そう筆 元時代・14世紀 TA-613
    粗筆。着衣は薄墨で輪郭を、腰紐を濃墨で描く。顔、手、耳、足は細筆で描く。着衣の流れるさまに風を感じる。

  • 重文 雪汀遊禽図 1幅 羅稚川筆 元時代・14世紀 TA-340
    冬景色の樹木。雪景色。鳥が14羽ほど空に舞う。枝に止まる鳥も5羽ほど。岸辺には鴨が2羽。

  • 重文 翠竹図 1幅 顧安筆 元時代・14世紀 東京・吉祥寺蔵
    笹を鋭いタッチで画面いっぱいに描く。手前にはシュールな岩が。

  • 山水図 2幅 伝閻次平筆 元時代・14世紀 TA-49

  • 栗鼠図 1幅 松田筆 元時代・14世紀 TA-364
    松田山人九十ヽ歳筆。細やかな筆で栗鼠(リス)の体毛を再現。

  • 国宝 瀟湘臥遊図巻 1巻 紙本墨画 李氏筆 南宋時代・12世紀 縦30.3 横400.4 TA-161
    北宋末の文人李公麟の作として伝世した宋代水墨山水画の名品。清の乾隆帝が愛蔵した四名巻の一つであった。筆者は南宋の乾道6,7年(1170,71)の章深などの跋文より李公麟ではなく,同郷の舒城の李という画家であることがわかる。景勝の地として名高い瀟湘の山川をきわめて微妙な水墨の濃淡により大観的に見事に描いている。菊池惺堂旧蔵品。 」
    乾隆帝筆「気呑雲夢」の題。菫其昌觀并題(?)の題のあと、水墨の濃淡で瀟湘を描かれる。さらに跋が延々と並ぶ。4メータ余りの全編が展示されている。中国の伝世品の貫禄と歴史を感じさせる作品。なぜこのような立派な作品が日本に伝来しているのでしょうか?菊池惺堂が関東大震災の中で救った作品という跋もあるようです。Googleするといろいろ中国語で書いてあるようなのですが、ちんぷんかんぷん。瀟湘臥遊図巻: 乾隆宝蔵 東京大地震災禍下菊池惺堂先生救出此巻。とかでてきます。Googleで見つけたのは蘇軾 寒食帖。こちらも同じく菊池惺堂旧蔵で東京大震災から救った名品。こちらは現在は台湾の国立故宮博物院に戻りました。内藤湖南の中国絵画史でも読むと判明するでしょうか?清の乾隆帝が愛蔵した四名巻というのもわかるでしょうか?
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  • 重文 五龍図巻 1巻 紙本墨画淡彩 伝陳容筆 南宋時代・13世紀 縦45.2 全長299.5 TA-363
    「陳容は南宋末の文人画家。長楽(福建省)の人で所翁と号した。一説に所斎とも号したという。端平2年(1235)の進士。水墨の龍を得意とし宝祐年間(1253-58)に名を馳せたという。本図は巻末に「所斎」印があり,陳容の作といわれる。(e国宝)」


  • 重文 山水図(唐絵手鑑「筆耕園」の内) 1枚 絹本墨画 伝夏珪筆 南宋時代・13世紀 縦25.9 横34.3
    TA-487
    夏珪は馬遠とともに南宋中期を代表する画院画家。馬遠の「筆」に対して「墨」,とくに滋潤な墨色の美しさを最大の特色とした。本図は,数多い伝夏珪山水図の中で,その滋潤で茫々とした水墨表現が一段とすぐれており,その墨法は最も夏珪に近いものであるといわれる。前景の樹林の部分に「夏珪」といわれる落款がある。黒田家旧蔵品。(東博)」


  • 重文 羅漢図(唐絵手鑑「筆耕園」の内) 1枚 元時代・14世紀 TA-487
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    赤と黒の芸術 楽茶碗  三井記念美術館

    2006-09-16 | 茶道具
    開館一周年記念特別展
    赤と黒の芸術 楽茶碗
    2006年9月16日から11月12日
    三井記念美術館

    素晴らしい樂茶碗展です。

    長次郎の茶碗が13点のと三代道入(ノンコウ)の茶碗が8点も出展されています。さらに本展では樂家初代長次郎から現代の十五代樂吉左衞門氏までの作品のなかから各代の代表作が一堂に紹介されています。さらに、樂家にかかわる文書類も出展されています。

    楽茶碗

    淡交社

    このアイテムの詳細を見る


    楽茶碗を読んだ上で鑑賞に臨みます。

    さて、展示室1,2は、長次郎のみです。
    小振りの手に納まるような長次郎作。利休の侘び茶の精神を実現するために、丹念に無駄をそぎ、負の方向への徹底した意識化。でも、何も飾り気がないようで、造形にこだわっています。無一物の徹底したそぎ落とした造形と、俊寛の意識的な造形の間をいったりきたりできるなんて、なんと素晴らしい展覧会でしょう。当初の予定ではなかった大黒まで特別展示されています。(パンフレットにも掲載されていません)

    長次郎 
    赤楽茶碗 銘 無一物 長次郎作 (重文 頴川美術館蔵)
    赤楽茶碗 銘 一文字 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 ムキ栗 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 大黒  長次郎作 (長次郎七種 重文)(9/16-10/1, 10/21-11/12展示予定)
    黒楽茶碗 銘 あやめ 長次郎作 (MOA美術館)
    黒楽茶碗 銘 まきわら 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 利休 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 小手巻 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 つつみ柿  長次郎作
    黒楽茶碗 銘 俊寛  長次郎作 (重文、三井記念美術館)
    黒楽筒茶碗 銘 杵ヲレ 長次郎作 (樂美術館)
    黒楽茶碗 銘 蝸牛 長次郎作
    黒楽茶碗 銘 面影  長次郎作 (樂美術館)

    二彩獅子像 長次郎作 樂美術館蔵
    三彩瓜文平鉢 長次郎作 東京国立博物館(9/16-10/1展示) 

    展示室3は、宗慶、二代常慶、三代道入

    文献、参考出品として、
  • 「宗入文書」三通(1688) 宗入筆 樂家の系図
  • 消息 吉左宛 本阿弥光悦筆
  • 聚楽第図屏風 (三井記念美術館)
    が並ぶ。

    光悦は、1点。
    黒楽茶碗 銘 村雨(樂美術館)

    三代道入
    道入の景色に釉で変化をつけ、大振り、しかし薄く削られた茶碗は、絢爛。

    黒楽茶碗 銘 升 三代道入 (ノンコウ七種)
    黒楽茶碗 銘 あら磯 三代道入
    黒楽茶碗 銘 此の花 三代道入 (ノンコウ加賀七種 出光美術館)(9/16-10/29)
    黒楽茶碗 銘 山ノ端 三代道入
    赤楽茶碗 銘 鵺 三代道入 (ノンコウ七種 三井記念美術館)
    赤楽茶碗 銘 寒菊 三代道入
    赤楽茶碗 銘 僧正 三代道入 (樂美術館)
    白楽葵紋茶碗 三代道入 (不審菴)
    赤樂葵紋茶入 三代道入(樂美術館)
    緑釉鶴首花入 三代道入(樂美術館)
    赤楽兎香合 三代道入 (樂美術館)
    飴釉葛屋香合 三代道入 (樂美術館)
    緑釉割山椒向付 三代道入 (北村美術館)

    四代一入
    長次郎の小振りの作風に回帰。しかし釉薬は厚い。

    黒楽茶碗 銘 金毛
    黒楽茶碗 銘 浪まくら
    黒楽樵文茶碗 銘 山里
    赤楽茶碗 銘 山里

    五代宗入
    釉薬がこつごつしている

    黒楽茶碗 銘 亀毛
    黒楽茶碗 銘 糸遊
    赤楽茶碗 銘 独楽
    赤楽茶碗 銘 天晴




    当代、十五代吉左衛門氏の茶碗は、お茶を嗜むというよりは、花入れのように鑑賞したほうが素晴らしいかも。ゴツゴツシタ質感の「焼き貫水指(1997)」は、見事。

    初日なので、ゆっくりと鑑賞できました。茶碗に興味のない方にも、是非お勧め。

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