徒然なるまままに

展覧会の感想や旅先のことを書いてます。

5月の記録と6月に行きたい展覧会

2006-05-31 | 美術(Index)
5月の記録と6月に行きたい展覧会

展覧会(日付は鑑賞日)
  • 1日  プラド美術館展 東京都美術館(6/30まで)

  • 5日  日本芸術院賞受賞作品展 杉岡華邨書道美術館(奈良)(7/23まで)
  • 5日  日本絵画名品展 -信仰の美・世俗の美- 大和文華館
  • 5日  大絵巻展(の長蛇の列)京都国立博物館

  • 6日  「花鳥-愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>」(第2期) 宮内庁三の丸尚蔵館
  • 6日  「桜さくらサクラ・2006展」山種美術館
            横山大観「夜桜」

  • 14日  開館40周年記念 出光美術館名品展I(前半)

  • 18日  藤田嗣治展 東京国立近代美術館(二回目) 一回目はこちら
  • 18日  石橋財団50周年記念 雪舟からボロックまで ブリヂストン美術館(6/4まで)
           洋画藤田嗣治石山切因陀羅 禅機図断簡

  • 20日 ナポレオンとヴェルサイユ展 江戸東京博物館(6/18まで)
  • 21日 播磨ゆかりの江戸絵画 大倉集古館
  • 21日 近代陶磁器にみる東と西 泉屋博古館分館

  • 27日 平成18年春季展I-かがやく漆- 蒔絵の美 畠山記念館
           井戸茶碗 銘信長
  • 27日 「素顔の伊東深水」展 ~Y氏コレクションから 目黒区美術館(6/4まで)
           藤田嗣治

    6月に行きたい展覧会

    神奈川県でいくつか面白そうな展覧会があるようです。いけるかどうか。

    「開館40周年記念 出光美術館名品展I」5月27日~6月18日 @出光美術館
    「春季展Ⅱ 墨跡と古筆-書の美」 6月2日~7月9日 @畠山記念館
    「花鳥-愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>」(第3期) 6月3日~7月2日 @三の丸尚蔵館
    「ポンペイの輝き」4月28日~6月25日 @Bunkamuraザ・ミュージアム
    「書の国宝 墨跡」(前期)6月17日~7月9日 @五島美術館
    「京焼の名工~永楽保全・和全~」4月11日~7月2日 @三井記念美術館

    「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」4月15日~6月25日 @横浜美術館
    「特別展・下村観山展 - 観山と三溪」6月1日~7月2日 @横浜三渓園
    「アルベルト・ジャコメティ展」6月3日~7月30日 @神奈川県立近代美術館 葉山
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    「素顔の伊東深水」展 @目黒美術館

    2006-05-29 | 美術
    「素顔の伊東深水」展  ~Y氏コレクションから
    2006年4月8日~6月4日
    目黒区美術館

    Y氏収集による水彩、スケッチを中心にした170余点の深水作品です。伊東深水展で先月鑑賞した《湯気》(1924)。スケッチでは、普通に女性がしゃがんでいる姿です。しかし、最終的な作品では、うつむき加減に、そして、女性らしい臀部の質感とするように手を入れています。スケッチをした上で、深水は、女性の所作を追求した過程がよくわかります。伊東深水展を先月鑑賞していなかったらあまり楽しめなかったかも。

    完成した作品としては
  • 夜桜(1931)
  • 御点前(1937-41)
  • 線香花火(1946-49)
  • 夕涼み(昭和初期) 軸装 トンド形式
  • 宵(1931)紙本着彩 軸装 
  • 雪柳(1948-49)桜色の着物 Y氏の深水コレクションの始まり
  • 聴秋(不明)
  • 舞妓(不明)
  • 花菖蒲(1958)着彩・紙
  • むし能音(不明)墨・着彩・紙
  • 寒椿
    など。
    (5月27日)

    (引用)30年前の1976年、目黒区上目黒の一画廊を継承、現在は銀座や世田谷にも店舗を構えるにいたった画廊主・Y氏。やがて、日本画家・伊東深水の作品、とりわけ彼の素描に魅せられたY氏は、一途に、そのコレクションの形成に努めてきました。現在、本画も含めれば170点余りにも及ぶコレクションは、深水美人画を知る人びとにとっても、殆どが未見の作品群となっており、このたび、広く美術愛好家の方々に向けて披露していただけることになりました。

    美人画で知られる伊東深水(1898-1972)。帝展、日展の審査員、理事、日本芸術院会員を歴任、日本画壇の重鎮として不動の地位を築いた作家です。昭和期に絶大な人気を誇り、今も人気の衰えることのない深水の展覧会は、折に触れ開催されてきました。それらは主に、多数の日本画、木版画によるもので、スケッチや下図も紹介されてはいますが、あくまで本画中心でした。近年、全版画展やスケッチ・素描、下図展など日本画の本画以外にスポットをあてた展覧会が、ようやく散見されるようになりました。Y氏収集による水彩、スケッチを中心にした170余点の深水作品は、線描による的確な描写の中に制作過程やイメージの源泉をうかがい知ることができるもので、深水の創作の秘密を理解する上で格好のコレクションといえるでしょう。

    目黒区美術館では、目黒区の美術を顕彰する目的で、開館以来毎年、区内在住作家の近年の仕事ぶり、あるいは、故人となった作家の軌跡の回顧を紹介する展覧会を開催してまいりました。本展も、その流れを踏まえた企画ですが、今回は、近代日本画の一作家に焦点を絞ったコレクション、すなわち美術の受容層である個人コレクターの長年にわたる成果を取り上げる展覧会といたしました。と同時に、美人画家として広く知られる伊東深水の、日々の制作姿勢、作家としての視線、関心の所在、さらには構想から制作への過程などの解読を構成の主眼とすることで、日本画愛好家のみならず、広く美術を愛好する方々に、一日本画家が真摯に制作に取り組む日常の素顔を御覧いただければ幸いです。

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    藤田嗣治@ Y氏コレクション

    2006-05-28 | 美術
    藤田嗣治@ Y氏コレクション

    「素顔の伊東深水」展
    ~Y氏コレクションから
    2006年4月8日~6月4日
    目黒区美術館

    Y氏コレクションの展示の1階は、Y氏の近代日本画、洋画のコレクション。そのなかで3点の藤田嗣治作品。

  • 《動物達の円舞》(1949)(着彩・カット紙):マティスに影響を受けたのでしょうか?切り絵細工。猫、象、かば、鳥、犬、熊、馬、狼、ワニ、ガチョウ。同年に《動物宴》を描いていますが、それの切り絵です。
  • 《猫を抱く婦人》(1938)(インク・着彩紙):パリから南米に同行したマドレーヌは、1936年に亡くなったあと。堀内君代と結婚したも1936年。そうするとこの西洋の女性は誰でしょう。そういえば、《カフェにて》も西洋の若い女性を描いていますよね。君代夫人がモデルではないですね。お店の名前にクレールと君代夫人の洗礼名が記されたバージョンも藤田嗣治展で展示されていましたが。
  • 《草原》(不明):画面の中央を水平に横切る地平線。その上空と草原を描く。《優美神》(1946-48)と同様の色彩感覚の風景。(5月27日)

  • 藤田嗣治展(1回目):感想はこちら
  • 藤田嗣治展(2回目)+ブリヂストン美術館の藤田:感想はこちら
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    井戸茶碗 銘信長 @畠山記念館

    2006-05-27 | 茶道具
    井戸茶碗 銘信長 @畠山記念館

    平成18年春季展I
    -かがやく漆-
    蒔絵の美
    畠山記念館
    2006年4月1日から5月28日

    畠山記念館で、重要美術品の井戸茶碗 銘信長を拝見。
    外箱蓋裏貼紙書は、紹淪。

    信長井戸由来記
    織田内府信長公御物也、
    京極殿ニ傳リ太閤殿下御所持、
    其後古田織部正重勝之ヲ拝領、
    以後淀屋个庵ノ重器ナリ
    故有テ我ニ傳フ、子孫永寶ナスベキ也

    流石、信長公、秀吉公と伝わった如何にも武人好みの井戸茶碗。これが井戸茶碗かと納得。明日まで。

    他に茶道具として、
  • 千利休作 茶杓 銘落雲 豊臣秀吉所持 里村紹巴筒書
  • 瀬戸茶入 銘滝浪 小堀遠州・松平不昧箱書
  • 古銅龍耳花入 銘九州 柳営御物 徳川将軍家伝来
    古銅の花入っていつも渋くて結構趣味です。
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    近代陶磁器にみる東と西

    2006-05-21 | 陶磁器
    近代陶磁器にみる東と西
    泉屋博古館 分館(東京)
    2006年4月1日から5月21日

    住友家のコレクションを展示する泉屋博古館は初めての訪問。モダンな建物です。

    板谷波山 「葆光彩磁珍果文花瓶」(重文)が出品されているので訪問。「近代陶芸名品展」の図録によると大正6年題57回日本美術協会展に出展して一等賞金牌を受賞。住友家により1800円の破格の値段で購入。桃、枇杷、葡萄、双鳳文などが描かれている。

    今年新指定の重要文化財「彩磁禽果文花瓶」(1926)(新潟・敦井コレクション)も先般見ましたが、こちらの「葆光彩磁珍果文花瓶」がやはり貫禄です。

    板谷波山 「彩磁更紗花鳥文花瓶」(1919)も葆光彩ではないのですが、濁った色合いが不思議な貫禄です。

    このほかに宮川香山、三代清風与平、清水六兵衛の作品が多数出品されていた。はじめて知る工芸家ばかり。

    宮川香山は明治の初めに横浜で開窯。暁雲釉龍画図花瓶、藤花絵菊花形共蓋壺、青花紅彩桃樹文双耳花瓶、など色合いの綺麗な花瓶などから、依仁清意色絵金彩孔雀、さらに祥瑞を模した作品まで幅広い作品が展示されていた。

    三代清風与平、清水六兵衛は京焼き。

    三代清風与平:錦彩磁牡丹之画壺、青磁爪に虫彫花瓶などが展示されていた。
    清水六兵衛:色絵鴛鴦置物、依仁清意作鳳凰茶碗など。京焼らしい作品。

    板谷波山(茨城県下館の出身)、宮川香山が東。三代清風与平、清水六兵衛が西。ということになります。
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    「ナポレオンとヴェルサイユ展」 江戸東京博物館

    2006-05-20 | 美術
    ヴェルサイユ宮殿美術館
    「ナポレオンとヴェルサイユ展」
    Napoleon et Versailles
    江戸東京博物館
    2006年4月8日から6月18日

    ナポレポンについては、ベルバラも読んでいませんので無知。でもナポレオンの生涯を辿る勉強になる企画展示でした。ダヴィッド、ジェラール、グロといった時代を代表する画家たちの勇壮な油彩画を堪能してきました。西洋絵画としては凄い展示内容ですね。
    そのまま、絵画の情景を鵜呑みにしたら、大本営発表なので、歴史の実像は違うのでしょうが、メディアとしての絵画の時代を感じる展示内容。

  • ジャック=ルイ・ダヴィッドの《マラの死(1793年7月13日)》
  • アントワーヌ=ジャン・グロ《共和国》(1794)
  • アントワーヌ=ジャン・グロ《アルコル橋のボナパルト将軍、1796年11月17日》
  • ジャック=ルイ・ダヴィッド《サン=ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト1800年5月20日》
  • アンヌ=ルイ・ジロデ・=トリオゾン《第一統領Premier consul、ボナパルト》(c.1800)
  • アンヌ=ルイ・ジロデ=トリオゾンとフランソワ=ルイ・ドゥシュインヌ《フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン(1768-1848)》
  • フランソワ・ジェラール《戴冠式の正装の皇帝ナポレオン1世》(1805)
    などなど

    マリー=エティエンヌ・ニトがデザインしたシャルルマーニュの王冠(1804)、教皇ピウス7世の冠(1804)、ナポレオン皇帝の剣のデザイン画も良かったです。マリー=ルイーズの宝飾品(1811)などを経て、今日のショーメがあるのですね。Musee Chaumetという博物館もあるのですね。

    セーヴル製作所の戦争主題の花瓶(1805)、アウステルリッツの戦いを描いた花瓶(1806)、皇帝の狩猟が描かれた花瓶(1809)、皇妃マリー=ルイーズの昼食セットをみて、セーヴルの素晴らしさを再認識しました。

    帝が執務し生活した宮殿室内を再現。ナポレオンは、意識してやはり王族のように単に煌びやかではなく、控えめだが威厳のある色使い、装飾。フランス人のセンスのよさはこの辺から来ているのでしょうか。

    ジャック・ギヨ《ナポレオン1世の遺灰の帰還(1840年12月15日)》をみて、どうしていまアンバリッドのナポレオンのお墓があんなに立派なのかも漸く理解しました。敵国のイギリスのセント・ヘレナ島から交渉により取り戻したのですね。フランスの威厳なのですね。(昨年訪れたときの記録、理解していませんでした。)

    現在ヴェルサイユ宮殿は工事中で、ほぼこのままの構成でヴェルサイユで展示されるとのこと。日本人はお金持ちですね。

    スコールのような夕立が予報されていたので、江戸東京博物館には車で来場しました。予報通り降ってきましたが、濡れずに済みました。

    (5月20日)
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    「雪舟からボロックまで」(洋画) @ブリヂストン美術館

    2006-05-19 | 美術
    「石橋財団50周年記念 雪舟からボロックまで」
    ブリヂストン美術館
    2006年4月8日から6月4日

    青木繁の《海の幸》が展示されているとは知っていたのですが、あまり何が展示されているか調べもせずに鑑賞しに行きました。黒田清輝と青木繁と藤島武二の作品群には圧倒されてしまいました。ここまで一緒に展示されると、ルーブル美術館で感じる名品ばっかりというショックと同じショックを受けます。

    黒田清輝(1866-1924) 《針仕事》(1890)

    藤島武二(1867-1943) 《天平の面影》(1902)重要文化財(2003年指定)(石橋美術館):1902年白馬会第7回展、1905年第10回展出展。直接的には1901年(明治34年)の奈良旅行がきっかけ、明治20年代から30年代の古美術調査が進められ、そのようななかで一般人の古代への関心が高まる中で、美術の中でも古代に取材した作品が登場したとのこと。(「ふたつの重要文化財」(2003年)から)。和製ロマンティシズムの作品なのですね。
    別室の展示だったが、《黒扇》(1908-09)重要文化財(1969年指定)、留学中のローマでの作品

    青木繁(1882-1911)《天平時代》(1904)、《海の幸》(1904)(重文)(石橋美術館)、《わだつみのいろこの宮》(1907)(重文)(石橋美術館):若さに溢れていて何回見てもいいですよすね。

    藤田嗣治については、すでに書いた

    そして古賀春江が3点出展されていた。
    《素朴な月夜》(1929)(石橋美術館)
    《鳥籠》(1929)(石橋美術館)
    《単純な哀話》(1930)(石橋美術館)

    《鳥籠》は、廻りは近代化するのに鳥籠に閉じ込めらた憂いだ裸の女性を描く。
    《単純な哀話》は、映画女優と思しき女性を描くが、映画のストーリはお涙頂戴のお話だは、とでも言っているのだろうか。
    当時の先鋭だが繊細な女性の感覚を描いているのでしょうが、カラッとした明るい色彩が、笑い飛ばしているようで元気がでます。
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    石山切 @ブリヂストン美術館

    2006-05-19 | 
    石山切 @ブリヂストン美術館

    ブリヂストン美術館で開催中の「石橋財団50周年記念 雪舟からボロックまで」(2006年4月8日から6月4日まで)。いくつか石橋美術館所蔵の平安時代の古筆が展示されていました。

    《古今和歌集巻一断簡 高野切第一種》も展示されていましたが、目を引いたのは、石山切の3点。
    《伊勢集断簡 石山切(みそめすも)》(下記SRCリンク)斜め左上の淡い茶をベースとした空間の色合いが美しい装飾料紙が目を見張ります。色合いのグラデーションが日本的な美を感じます。

    《伊勢集断簡 石山切(にさへや)》は、金泥で一面が覆われ、右端にすこし白と緑の装飾料紙。
    《伊勢集断簡 石山切(ももしきの)》は、白い雲母刷りの料紙。

    今月は彩色された装飾料紙の石山切を鑑賞する機会に多く恵まれています。
    大和文華館にて開催されていた「日本絵画名品展 -信仰の美・世俗の美-」では里山の意匠の装飾料紙の一点。(下記のSRCリンク)。この料紙には、絵画が完璧に描かれていて目を見張りました。(拙BLOG)


    出光美術館で開催中の「出光美術館名品展I(前半)」での一点。(下記のSRCリンク)出光の料紙は解説によれば、料紙は、唐草文を雲母刷りにした唐紙、布目打ちの唐紙、三色の染め紙を”破り継ぎ”と呼ばれる手法で継いで、銀泥で蝶、小鳥、折枝を描いていたもの。(拙BLOG)


    遊行 七恵さんのBLOGを見ていたら、チケットに石山切。逸翁美術館の春季展「-王朝の息吹- 歌ごころの世界」では、重要美術品の伊勢集断簡石山切(ぬきためて)が展示されている由。(SRCリンク)


    最近、鑑賞始めたのでよくわかりませんが、このような美しい装飾料紙の石山切は、あとはどなたかが所有されているのでしょうか?

    (5月18日)
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    藤田嗣治展+ブリヂストン美術館の藤田

    2006-05-18 | 美術
    藤田嗣治展+ブリヂストン美術館の藤田

    藤田嗣治展
    LEONARD FOUJITA
    東京国立近代美術館
    2006年3月28日~5月21日

    石橋財団50周年記念 雪舟からボロックまで
    ブリヂストン美術館
    2006年4月8日~6月4日

    18日の木曜日の夕方、もう一度藤田嗣治展に行ってきました。木曜日夜開館もだんだん知られるようになってきたのか、十分問題なく見れるもののかなり込んでいました。そのあとブリヂストン美術館を回りました。藤田嗣治展についていえば一回目は、藤田の一生を辿るうちにだんだん涙してしまったのですが、今回は、音声ガイドなしで、素直に絵に向かいました。ブリヂストン美術館では3点の藤田の作品が展示してあり、今まで見落としていたことを発見、感動新たに鑑賞できました。

    藤田嗣治展。意外にも面白かったのは、はじめの一室「パリとの出会い」。藤田がピカソ、モディリアニやスーチンなどの影響を受けていた時代。
    《幻想風景》(1917)横顔の女性にギリシャやエジプト美術の影響はすぐに見て取れるのですが、たしかに山水画のような険しい山を見つけて東洋美術の伝統も取り入れているとは、なるほど。
    白と黒の対比に拘った作品。《礼拝》(c.1918);白のベールと黒のベールを被った二人の女性の礼拝する姿。白のベールの女性の足が細く、衣装から足が透けて見えるよう。《聖誕 於巴里》(1918 松岡美術館)。こちらの作品もよく見ると、白と黒の対比をした作品。白のジョセフと黒のベールに褐色の衣装をまとったマリア。白と茶と黒の3頭の馬が描かれています。
    《二人の女》(1918 北海道立近代美術館)は、アーモンドの目などにモディリアニの表現を見て取れるとあるが、隣の《花を持つ少女》(1918 栃木県立美術館 )は、目がピカソです。
    初めて自分だけの絵が出来て「でんぐり返しを打って喜んだ」と藤田が語っていた作品《巴里城門》(1914年)。前回はよくわからないと思っていたのですが、《パリの要塞》(1917)、《パリ風景》(1918 東京国立近代美術館)と何度も行き来するとなるほどと思えてきます。ルソーを目指していたという藤田が、色合いを変えてオリジナリティを発揮しています。

    そして、「裸婦の世界」。「乳白色の肌」を持つ裸婦像がやはり藤田のオリジナリティなのでしょうが、肌合いを意識した画面にやはり目が行きます。細筆で木目を描いたワックスをかけた床板の表現、いかにも塗っただけの壁、猫の毛の表現。《眠れる女》(1931 平野政吉美術館)の墨で塗られた黒の空間。 細筆で描いた細密な模様の花。


    当時のブームだったようだが、藤田は大作を模索する。パリで描いた《ライオンのいる構図》 (1928エソンヌ県議会、フランス)、日本に戻ってきて描いた《銀座コロンバン壁画》(迎賓館)が並ぶ。これらは決して構図的には成功しているとはいえない。(後者の作品は、その完璧でないところとロココ調のところが個人的には好みだが)そして「戦時下で」のコーナの戦争画5点がつながる。この1942年から1945年の5点の作品は、いかにも絵画としては西洋絵画の伝統に則った作品。構図も以前の藤田とは見違えるほどだ。《神兵の救出到る》は映画の1シーンを見ているようだし、《サイパン島同胞臣節を全うす》など、三角形に人々を配置し、動きを捉えた構図は藤田のアカデミック絵画の研究の成果だという。

    解説では、「1930年代に入ると、藤田は、それまでの繊細な線描の作品から、より写実的な作品へと移行します。こうした傾向は、パリを離れ、中南米をまわって日本に帰国したあたりからより明らかになってきます。色彩は強くなり、また人やものの描写は重量感を増しました。こうした表現は、二科会での活動を経て、戦時中に描いた戦争画で頂点に達したように見えます。」とあるが、それ以上にこの時期に藤田は、西洋絵画の技法を取得している。

    年譜によれば、藤田が従軍画家として活動をはじめたのは1938年。この従軍画家の経験をつんだ後に1939年5月に一旦パリに戻っている。この2度目の(実は短い)パリ時代(と思われる)の作品を、ブリヂストン美術館で2点見つけた。1点は、実は、私にとっての藤田といえばこの作品という《猫のいる静物》(1939-40)。初心に戻ったような白と黒をベースにした作品。ただし人物は描かれていない。鳥、果物、蝦、野菜などが白い板の上に並び、それを猫が狙っている。後年の《ラ・フォンテーヌ頌》を想像させるような題材。静物といいながら、それまでの例えば《五人の裸婦》のような藤田とは違って猫には動きを感じる。鳥にも動きが。そして、もう1点は、《ドルドーニュの家》である。1939年9月ごろから過ごしたドルドーニュ州レゼジー村の室内風景だろう。がらんとした真っ白な部屋の様子を描いているが、中央の壁に銃がかかっている。人生をはかなむ時計。消えた蝋燭。異邦人としてフランスに生活する恐怖感を描いたのだろうか。戦争で帰国しなければならなくなった無念だろうか。1938年に描かれた《私の画室》(1938、平野政吉美術館)とは様変わりである。そして1940年5月に戦争が激しくなりフランスを離れる。

    しかし、このパリ滞在は、藤田にとって別の意味で大きかったと想像する。ドラクロワのような戦争画を描きたいと座談会で述べていたという。この言葉が1940年帰国以降なのかは調べてもいないので想像の域をでないが、1938年に従軍画家を経験した藤田は、パリに戻り、ルーブルでドラクロワやジェリコーの作品を見たとき、このような作品を描きたいと思ったのではないか。そして、ドラクロワなどの躍動的な作品の構図を研究していたのではないか。

    そして、1940年に描かれたもう一点の絵画が《猫》(1940 東京国立近代美術館)。14匹の猫の動きを描いた作品。《猫のいる静物》では、動きのある猫1匹と鳥一羽であったものが、14匹の猫の動きにより画面を構成している。この動的な画面、14匹の猫による画面構成は、このあとに描かれる戦争画の習作ではなかったか。

    でも、このような観点で戦争画を眺めてみれば、《サイパン島同胞臣節を全うす》や《アッツ島玉砕》(1943)は、バロック的、ドラクロワ的作品。一方、《神兵の救出到る》は、《猫のいる静物》に近い動的要素のはいった写真的な世界だろうか。




    戦後の藤田の作品。主題で言えば、《ラ・フォンテーヌ頌》は、フランスへの帰属の思いを秘めた作品。アメリカへ脱出し、フランスに帰化したメランコリーを主題にした《カフェにて》。また子供のいない夫妻の思いを秘めた作品。キリスト教への帰依を示す作品が並ぶ。

    《ラ・フォンテーヌ頌》や《黙示録》の細かな造形による画面の構成は、戦争画の構図に通じる。この細かさは、藤田がフランスで絵にだけ没頭した表れだろうか。それとも鳥獣戯画以来の日本の伝統の表れだろうか。

    西洋絵画伝統の技法もいくつか見られて面白い。《すぐ戻ります(蚤の市) 》(1956)は、プッサンかセザンヌかという構成。《礼拝》(1962-63)の画面下に、画枠の縁にちょこんと止まる鳥たちの表現は、ルネサンスの作品の遠近法表現を髣髴とさせる。

    戦争画でトライしたバロック的な動的な技法で戦後に描いたのは、《黙示録》ぐらい。《アージュ・メカニック》(1958-59)でも《校庭》でもちょっと動的要素のある静止画といった風情に戦後は、また戻っている。



    いつの日か、1966年に完成したランスのノートル・ダム・ラ・ペ礼拝堂と現在は記念館になっているというヴィリエール・バクルの住居兼アトリエ(パリ南西20kmのエソンヌ県)を訪れたいものだ。

    P.S.結局、東京会場は、20日土曜日に30万人目の入場者があったと報道があった。
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    出光美術館 40周年記念 年度計画はすごい

    2006-05-15 | 美術
    出光美術館の今年度の計画をよく見るとすごいですね。
    TAKさんが2.13に書かれていたときには、ぴんときていなかったのですが、展覧会案内のパンフレットを読むとすごいです。HPにも載っています。
    http://www.idemitsu.co.jp/museum/

    名品展I 4.29-6.18

    青磁の美 7.22-9.3

    風神雷神図屏風 なんと宗達・光琳・抱一の3つの屏風が60数年ぶりにならぶ
    9.9-10.1

    伴大納言絵巻展 全巻・全場面の公開!!
    10.7-11.5

    名品展II 競い合う個性 等伯・琳派・浮世絵・文人画と日本陶磁
    11.11-12.24 

    書のデザイン 1.12-2.12

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