徒然なるまままに

展覧会の感想や旅先のことを書いてます。

2009年5月の記録

2009-05-31 | 美術(Index)
2009年5月の記録

  • 9日 春の優品展 国宝 源氏物語絵巻 @五島美術館
  • 9日 日本の美・発見I 水墨画の輝き ―雪舟・等伯から鉄斎まで― @出光美術館

  • 16日 芸大コレクション展 春の名品選(前期)@東京藝術大学大学美術館
  • 16日 皇女たちの信仰と御所文化 尼門跡寺院の世界 @東京藝術大学大学美術館
  • 16日 日本の美術館名品展(前期)@東京都美術館
  • 16日 三井家伝来 茶の湯の名品(前期) @三井記念美術館
  • 16日 芳年 -「風俗三十二相」と「月百姿」- @太田記念美術館 
      
  • 22日 平常展 東京国立博物館 
  • 23日 所蔵作品展「近代日本の美術」@東京国立近代美術館
  • 23日 木に潜むもの @東京国立近代美術館
  • 23日 「国の花,華やぐ」(第三期)@三の丸尚蔵館
  • 23日 追悼103歳 天に献げる地上の花 片岡球子展 @日本橋高島屋

  • 29日 国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア @Bunkamuraザ・ミュージアム
  • 30日 平戸・オランダ通商400周年記念特別展 松浦家とオランダ残照 @五島美術館
  • 30日 三井家伝来 茶の湯の名品 (後期)@三井記念美術館
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    読書:瀬木慎一の浮世絵談義

    2009-05-24 | 絵画
    瀬木慎一の浮世絵談義
    瀬木 慎一
    毎日新聞社

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    瀬木慎一の浮世絵談義 (単行本)
    瀬木 慎一 (著)

    いろいろ教えられるところがありました。参考になったところ、観賞していない作品などをメモとして記述します。

    美人画とその文化的源流 小野小町

    伝承:
    仁明天皇(833-850)の時代に宮仕えし、采女あるいは更衣。
    続日本後記 に小野吉子という名の更衣が記されており、小町自身か、姉の小野町(すなわち妹の小町)という推定が有力
    仁寿年間に退職して幽居。
    古今集仮名序(紀貫之): 「古の衣通姫の流れなり。あはれなるようにて、強からず。いはば、よき女の、なやめる所あるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。 」と評される。

    絵画史:
    歌仙絵で登場
    佐竹本三十六歌仙絵巻:小野小町は後ろ向きに描かれる 
    正面ないし斜面にて描いた早期の作例
     三十六歌仙絵巻 烏丸光広奥書(東京国立博物館)
     岩佐又兵衛 三十六歌仙額 仙波東照宮
     土佐光起 女房三十六歌仙図貼 三井文庫

    小野小町装衰絵巻 鎌倉時代 十図一巻;六道絵

    七小町
    鸚鵡小町:「もとの身のありしすみかにあらねども此の玉だれの内やゆかしき」に返歌「もとの身のありしすみかにあらねども此の玉だれの内ぞゆかしき」「阿佛鈔」出典 
    雨乞小町:「千早ふる神もみまさば立ちさわぎ天のとがはの樋口あけ給へ」三十六人集所載
    通小町 :暁のしぎの羽がきももはがき君が来ぬ夜は我ぞ数かく(古今761).
    草子洗小町 :まかなくに何をたねとてうき草の浪のうねうねおひしげるらん
    関寺小町:わびぬれば身をうきくさの根をたへてさそふ水あらばいなんとぞおもふ 伊勢物語愚見抄に基づく
    卒都婆小町:謡曲の一節「たとひ朽木なるとも花咲きし木はかくれもなし、いわんや物体に刻める木、なそかしるしのなかるべき」「我も賤しき埋木なれども心の花のまだ有れば、手向にかあんどならざらん」
    清水小町:「何をして身をいたづらに帯とけんたきのけしきはかはらぬものを」大和物語が出典

    (なお、http://www.yc.ycc.u-tokai.ac.jp/2k/offtime/tsukui/komachi.htmとは若干異なる)

    風流七小町という表題で描かれた浮世絵作品
    鳥居清倍、鈴木春信、礒田湖龍斎、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川豊国、同国貞

    尾形光琳 草子洗小町
    高嵩谷 雨乞小町
    上村松園 草子洗小町
    松本楓湖 卒都婆小町
    菊池契月 花野(卒都婆小町) 

    喜多川歌麿 天涯孤独の人気絵師

    天明から寛政前期が絶頂期
    婦人人相十品、婦人相学十躰、歌撰恋之部、姿見七人化粧、当時全盛似顔絵揃、青楼十二時、娘日時計、艶本歌まくら
    自負:五人美人愛敬競 兵庫屋花妻、錦織歌麿新形模様

    写楽

    大童山土俵入(3枚続)なる相撲絵があるとのこと。姫路酒井家当主の忠正伯爵家から発見されたとのこと。

    葛飾北斎

    五美人図、舟まんじゅう について言及

    石燕・北斎・国芳 妖怪絵の民族学
    鳥山石燕 
    画図百鬼夜行(安永五年1776)、今昔続百鬼(同八年)、今昔百鬼拾遺(同十年)、画図百器徒然袋

    絵画史における”馬”
    絵馬
    浅草浅草寺 国芳《一つ家》など5点
    下目黒 成就院 鳥居清長《矢の根五郎》
    石神井 長命寺 鳥居清長《双葉蝶》
    王子権現 鳥居清長《達弓色引方》(焼失)
    雑司ヶ谷鬼子母神 鳥山石燕《大森彦七》
    小石川 簸川神社 鳥山石燕《樊噲排闥》
    赤坂氷川神社 月岡芳年《ま組消防隊》

    円山応挙 繋馬図 京都 小幡神社


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    所蔵作品展「近代日本の美術」 @東京国立近代美術館

    2009-05-23 | 工芸
    所蔵作品展「近代日本の美術」@ 東京国立近代美術館

    平成20年度第5回所蔵作品展「近代日本の美術」 
    2009年3月14日(土)ー6月7日(日)
    東京国立近代美術館

    目にとまった作品
     下村観山 大原御幸 1908

     伊東深水 対鏡(ついかがみ) 1916 木版(多色)
     伊東深水 春 1917 木版(多色)
     橋口五葉 温泉宿 1920 木版(多色)

     平櫛田中 鶴氅(かくしょう) 1942

     北脇昇─思考のプロセス
     特集 細江英公「薔薇刑」11点
     特集 ガラスの叙情 に 長谷川潔が数点

     北脇の数学的な思考、細江のラディカルな作品、線の厳しい長谷川潔に目が行った。

    木に潜むもの@東京国立近代美術館
     橋本平八 幼児表情 (1931)他
     岡村桂三郎 玄武 1992
     岡村桂三郎 黄象 2005
     岡村桂三郎 黄象 2005

     岡村桂三郎《白象図》1989年

     橋本平八は、
    「芸大コレクション展 春の名品選」にて 裸形の少年像 1927 など数点を
    「日本の美術館名品展」にて猫A 1922 (三重県美)
    を観賞して注目していたところ。木の質感がアニミズム的でいい。

    P.S.
    「国の花,華やぐ」(第三期)@三の丸尚蔵館

    結局第二期の「国之華」池上秀畝 を見逃した。「四季草花図」 児玉希望 六曲一双 (昭和11年)が秀逸。
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    日本の美・発見 水墨画の輝き @i出光美術館

    2009-05-09 | 絵画
    日本の美・発見 水墨画の輝き -雪舟・等伯から鉄斎まで
    2009年4月25日から5月31日
    出光美術館

    第一章
    雪舟と詩画軸
    1.待花軒図 画・伝周文、賛・大岳周崇 他八僧
    2.重美 山水図 伝周文
    4.破墨山水図 画・雪舟、賛 景徐周麟
    5.赤衣達磨図 伝雪舟
    6.重美 武陵桃源・李白観瀑図 岳翁蔵丘
    2007年の京都五山と禅の文化では、1.は出展されていた。あとは初見。6.の色合いは美しい。
    2006年の出光美術館名品選では、1,4,7,9,17は出展されていた。

    第二章 
    能阿弥・相阿弥と東山御物
    7.重文 四季花鳥図屏風 能阿弥 1469 四曲一双
    8.廬山観瀑図 画・相阿弥 賛・彦龍周興
    9.瀟湘八景図 相阿弥 双幅
    10.腹さすり布袋図 相阿弥 (牧谿の腹さすり布袋図を写す)
    11.重文 平沙落雁図 牧谿
    12.重文 山市青嵐図 玉憪
    13.叭々鳥図 牧谿
    東山御物の3点は素晴らしいです。

    第三章 長谷川等伯など
    16.竹虎図屏風 長谷川等伯
    17.竹鶴図屏風 長谷川等伯

     浦上玉堂、鉄斎となども楽しめる。
     昨年の正木美術館、未来をひらく福澤諭吉展での、水色巒光図、そして先日の静嘉堂文庫といい、詩画軸、山水画の優品を見る眼が肥えてきました。

     リストされていないが、
    重文 青磁下蕪花生
    粉引茶碗 銘 朏明(HIMEI) 
    唐物文琳茶入 銘 奈良 

    端渓海馬硯 銘 天空海闊
    色絵龍文筆 大明萬暦年製
    堆朱堆黒筆管
    青花龍文筆 大明萬暦年製

    なども、さり気なく展示されていた。
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    読書:なぜ多摩は東京都となったか

    2009-05-06 | 歴史
    なぜ多摩は東京都となったか (けやきブックレット)
    梅田 定宏
    けやき出版

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    なぜ多摩は東京都となったか
    梅田定宏著
    けやきブックレット13
    けやき出版 1993年

    三多摩は明治4年の廃藩置県の際に入間県への編入が決定して間もなく神奈川県への管轄が変更された。神奈川県知事であった陸奥宗光の強い要求のためという。

    三多摩とは北多摩郡、南多摩郡、西多摩郡。廃藩置県時に郡はなかったが、明治11年に郡区町村編成法で復活。多摩郡は東西南北に分割された。東多摩郡は廃藩置県時(明治4年)から東京府にされていた。

    明治26年(1893年)、三多摩は東京都に移管。
    要因は
    1.玉川上水の水源確保のため、という東京府側の要因
    2.神奈川県知事が県議会で手こずった神奈川自由党の分断という神奈川県の要因
    3.甲武鉄道(中央線)開通(1889)による東京圏への結びつきという三多摩側の要因
    4.自由党の衆議院議長星亨が自由党を現実主義路線へ変えるとともに首都東京の自由党による乗っ取りのため、三多摩自由党もその星に近づきつつあったという自由党側の要因
    だという。

    都制がひかれたのは昭和18年、東京府と東京市がひとつになり東京都発足。三多摩は東京都に編入された。これは、三多摩側の強い要望による。戦後、三多摩が東京のベッドタウンとなるにつれ、区部との格差が、三多摩格差として認識され、是正運動が起きた。という。

    自由民権運動の盛んだった三多摩地域、横浜開港と結びついた生糸で栄えた三多摩というイメージがあったが、これは、神奈川県下での時代の話だったようだ。いみじくも中央線120年のイベンドがJRによって行われているが、歴史的に三多摩にとって中央線の果たした役割がこれほど大きかったというのも初めて知った。
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    熊野詣

    2009-05-05 | 日記
    熊野詣

    宿の都合で逆回りだったが、はじめての熊野詣。

    5月2日

    白浜へJALで
  • 南方熊楠記念館
  • 円月島を臨む
  • 幸鮨 江戸前、美味
  • 千畳敷
  • 三段壁

  • 無量寺 串本応挙芦雪館
     蔵の中に、
      応挙 波状群仙図
      芦雪 龍虎図
     など
  • 潮岬灯台
  • 橋杭岩

    5月3日
  • 大門坂
  • 熊野那智大社
     本社社殿
      第一殿滝宮(大巳貴神)
      第二殿証誠殿(家都御子神)
      第三殿中御前(速玉神)
      第四殿西御前(夫須美神)
      第五殿若宮(天照大神)
      第六殿八社殿(天神地祗)
     後白河上皇御手植の枝垂れ桜
     平重盛の手植の大楠(胎内めぐり)
     宝物殿 那智山熊野権現宮曼荼羅など
  • 青岸渡寺 (西国三十三札所 第一番礼所)
     本堂 如意輪観世音菩薩
     三重の塔
  • 那智の滝
     延命長寿の水
  • 那智ねぼけ堂にて昼食
  • 補陀落山寺
  • 熊野速玉大社
     平重盛の植えた、なぎの木
     神宝館
      彩絵檜扇
      玉佩 など
  • 神倉神社 熊野速玉大社の摂社 磐盾(あめのいわたて)の山 お勧め ただし余りの急坂を登らないといけない。
  • 徐福公園
  • 浮島の森 熊野速玉大社もこちらもサカキカズラの季節でよい香りがする

    5月4日
  • 発心門王子
     水吞王子
     伏拝王子
     展望台 お勧め 大斎原の大鳥居がよく見える。
     祓戸王子 2時間弱で到着。発心門王子からはほぼ下りなのでそれほど苦ではない。
  • 熊野本宮大社
       第一殿 熊野牟須美神(伊邪那美大神)
       第一殿 相殿 事解之男神
       第二殿 速玉之男神
       第二殿 相殿 伊邪那岐大神
       第三殿 家津美御子大神 (素盞鳴尊) 本宮大社の主祭神
       第四殿 天照皇大神
      宝物殿 鉄湯釜(源頼朝奉納 鎌倉大仏と同じ素材とのこと)
        明治22年、昭和28年の水害の写真
  • 大斎原(旧社地)
       中四社、下四社が鎮座する
  • 昼食はどこも混雑していたため、めはり寿司を
  • 牛馬童子(牛馬童子入口から登る)花山院の旅姿とのこと
  • 滝尻王子 発心門王子と滝尻王子には皇太子殿下ご来訪したとのこと。

    白浜空港に早く着きすぎたが、レストランも売店も貧相で暇潰しが大変。
    白浜からJALで帰着
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