見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

文学的あるいは体験的民主主義論/丘の上のバカ(高橋源一郎)

2016-12-07 22:57:07 | 読んだもの(書籍)
○高橋源一郎『丘の上のバカ:ぼくらの民主主義なんだぜ2』(朝日選書) 朝日新聞社出版 2016.11

 朝日新聞に2015年4月から1年間、月1回掲載された「論壇時評」と、同じ時期に書かれた文章で構成されている。私は、高橋源一郎さんは文学と文学評論の人だとずっと思ってきた。近ごろは社会時評的なものを多く書いており、しかもなかなか面白いと気づいたのは、ごく最近のことだ。昨年、本書に先立つ『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日選書、2015年)を読んで、2011年から朝日の「論壇時評」を担当されていたことを初めて知ったくらいである。

 高橋さんの思想的な立ち位置は、大きく括れば「リベラル」ということになるだろう。だから「好き」という人も「嫌い」という人もいると思う。だが、そんなふうに「大きく括って」しまったら、指の間からこぼれてしまうような魅力が、著者の文章には感じられる。前著に続いて、著者は繰り返し「民主主義」に言及している。それは「もしかしたら、読者のみなさんが聞いてきた、あるいは、教わって来た『民主主義』とは異なったものに見えるかもしれない。その『ちがい』を考えることが、いまいちばん必要であるようにわたしには思えた」と著者はいう。

 著者は「民主主義」あるいは「政治」を語るのに、いつも特殊で個別的な、自分の体験を出発点にしている。そして著者が共感をもって紹介するのは、同じように自分の体験に基づいて語り、創作する思想家や芸術家たちである。会田誠が妻と息子と三人で共作した『檄文』、戦場の狂気を記録した大岡昇平の『野火』、それを映画化した塚本晋也、戦争の災禍を前にして死者を弔うとは何かを考え続けた柳田国男、そして著者が最も多く参照した鶴見俊輔。彼らの語るものは、彼らのコンテクストと切り離すことができない。遠い天の上から、普遍的な基準に基づき「正しい」「正しくない」と判断できる思想ではないのだ。

 著者自身については「論壇時評」に書いた「伯父さんはルソン島に行った」と、同じテーマを少しふくらませた「死者と生きる未来」が白眉である。若くして戦死した伯父を慰霊するため、ルソン島を訪ね、不意に「伯父が想像した、平和に満ちた未来とは、いまわたしがいるこの現在のことなのだ」と発見する。この二つの文章は、発表当時にネットで読んで、強い衝撃を受けた。いまの日本社会が生んだ「文学」として、後世に読み継がれなければならない作品だと思った。

 しかし、こうしたものは「文学」だから、経典にはならないのだ。著者は、会ったこともない「伯父さん」が死の間際に考えていたことを理解し、そこから戦後社会の意味を、自分が生きる意味を理解する。でもそれは著者の全く個人的な体験でしかない。読者はそれぞれ、自分の生きている意味を、自分の(または自分の家族の?)過去から掬い上げなければならない。すぐにそれができる人もいるだろうが、できない人もいる。できない人間は、著者の語りに羨望を感じながらも、途方にくれて、じっと立ち尽くすしかない。

 本書には、実際に大きな問題の前で立ち尽くしている人々の姿が印象的に描かれている。「安保関連法案」の採決の夜、著者は国会の近くいて、法案に「反対」していたが、コールに唱和はしなかった。同じように少し離れて、それぞれ異なった割合の思いを抱えて、黙って立っている人たちがいた。こういう人たちに届く「政治のことば」はどうすれば生まれるのか、それを考えるのも大事だことだ。同時に、ことばに耳を傾けながら、でも主体を守って立ち続けることも大事だと思う。自分が「歩き出す」理由を自分で見つけられるまで。
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今やろう!防災アクション/東京防災(東京都)

2016-12-05 22:54:10 | 読んだもの(書籍)
〇東京都総務局総合防災部防災管理課編『東京防災』 東京都 2015.9

 『東京防災』は、東京都が「30年以内に70%の確率で発生すると予測されている首都直下地震」に向けて、災害に対する日頃の準備や発災時の対処法をまとめた冊子本である。2015年9月に東京都防災局の特設サイトにPDF版が公開されると、広く全般的に好意的な反響を呼んだ。しかも各家庭に無料配布されると聞いて、都民がうらやましかった。私は、今でも舛添都政はそんなに悪くなかったと思っているが、その中でも、この防災冊子の刊行と配布は、特筆してよい成果だと思う。

 さて、本書は11月から都内各書店で販売が開始されたが、品不足ですぐ中止になり、今年3月、ようやく販売が再開されたのだそうだ。私は、この秋、つくば市内の書店で平積みになっていた本書を見つけて、すぐ購入した。レジに行ってはじめて、本体130円という超良心価格であることに気づいた。これはぜひ、各家庭に1冊ではなく、小中学校でひとりに1冊配付してもらいたい。東京都民に限らなくてもいいのではないか。ネットで見たときは、もっと大判かと思っていたが、A5サイズで持ち運びの邪魔にならず、またゴミに埋もれない程度の存在感がある。300ページ余りあるが、紙質がよくて(水濡れにも強そう)軽い。内容は、どのページも無駄がない。絵も文章も達意を旨としている。

 読んでいると、長ズボンでつくるリュックサックとか、アルミ缶とアルミホイルなどでつくる簡易コンロなどの緊急時の工夫を、しみじみ面白いと思ってしまったが、本当に大事なのは「今やろう」マークのアクションである。家具の転倒・落下防止対策、避難経路の確保、それに備蓄である。私はモノを貯め込むのが嫌いなので、食料でも何でも買い置きしないことを美学としているのだが、少し生活態度を改めないといけない。被災後の生活再建支援制度と手続きがまとまっているのも役に立ちそうだ。

 あと、周辺の地形や避難経路を知っておくことの重要性はよく分かっているのだが、いまの住居のまわりは、歩いても楽しいことがないので、あまり探検していない。この地で災害に遭遇しないことを願うのみだ。
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康熙帝の宰相/紫禁城の月(王躍文)

2016-12-03 15:10:20 | 読んだもの(書籍)
〇王躍文著;東紫苑、泉京鹿訳『紫禁城の月:大清相国 清の宰相 陳廷敬』(上下) メディア総合研究所 2016.9

 原作は2013年に中国で出版された歴史小説。中国の現代作家の作品(それも歴史小説)を読んだことがあまりないので、珍しいと思い、読んでみた。主人公は、清の康熙帝時代の大政治家・陳廷敬(1638-1712)。清朝は、臣下のトップに権力が集中することを嫌って宰相を置かなかったが、名君・康熙帝に仕えた陳廷敬は、事実上の宰相(相国)とよばれた。汚職と権力闘争のはびこる朝廷で、多くの同僚が官界の荒波に沈む中、彼は「待つ(等)」「耐える(忍)」「穏健に行動する(穏)」だけでなく「無情に決断する(狠)」「控えめに立ち振る舞う(陰)」という五字の行動原理を堅持することによって、74年の生涯をまっとうした。

 というわけで、歴史小説といっても、胸おどる天下分け目の合戦もないし、英雄豪傑も出てこない。何が面白いのか、と思うが、中国人はこういう「官場小説」が大好きなのだそうだ。「官場小説」というのは現代小説だけかと思っていたが、時代物にもいうと初めて知った。確かに、私が時々見る中国のドラマでも、時代設定にかかわらず、官界ならではの「腹の探り合い」とか「丁々発止の弁論」が、アクション以上の見どころだったりする。

 物語は清の順治14年(1657)秋に始まる。山西省沢州の豪商の息子・陳敬は、科挙の第一関門である郷試に合格し、挙人となるが、不正を憎むまっすぐな気性のため、さまざまなトラブルに巻き込まれる。翌春、京師での会試に合格して進士となり、順治帝から「廷」の字を賜って、名乗りを改める。まもなく順治帝の急死によって、幼い康熙帝が即位。陳廷敬は、次第に「待つこと」「耐えること」を身につけて官界を渡っていく。

 その後の陳廷敬の活躍は、舞台を変えたいくつかの「小さな物語」によって描かれる。
【山東】 今年は豊作のため、収穫の一部を朝廷に寄付したいと民が申し出ているという奏上があったので、確かめに行くと、悪徳官僚と商人の作り話に順撫が騙されていたことが分かる。
【山西】 陽曲県から皇帝の徳を称える龍亭建立の願い出があったこと、「大戸統籌」といって、地域の有力者に責任を負わせる収税法が成功しているとの奏上を確かめに行き、その虚偽を見破る。しかし、雲南での戦費の調達に悩む康熙帝は「大戸統籌」法を全国で行わせようとする。
【京師】 銅価の高騰によって、民間の市場から銅銭が消えてしまった。宝泉局の銭法侍郎となった陳廷敬は、長年の腐敗をあばき、貨幣相場を安定させる。
【雲南】 ガルダン(ジュンガル部のハーン)討伐の準備を進めていた朝廷に、雲南から軍糧の調達を整えた旨の奏上が届く。陳廷敬が調べてみると、雲南衙門の帳簿管理は杜撰で、最後は民に負担を押し付けるつもりだったことが分かる。
【杭州】 康熙帝の南巡に先立ち、無用な歓迎準備が行われないよう、密かに派遣された陳廷敬は、杭州で不穏な動きを発見する。

 この中では、銅銭の鋳造をめぐる物語が異彩を放っていて面白かった。後半にいくほど、不正にかかわる官僚のステイタスが上がっていき、陳廷敬も慎重になる。康熙帝は暗君ではないが、自分が信任した官僚がことごとく不正を働いていたという報告は好まない。粛清の結果、行政を任せられる官僚がいなくなっては困るのである。民に対する朝廷の「対面」もある。トップリーダー(皇帝)は「正義の断行」だけを心掛けていればいいわけではなく、その補佐役(宰相)は、リーダーの心中を推し量りながら、腐敗官僚の弾劾を行わなければならない。多くの中国人は、小説やドラマを通じて、こういう政治の機微をよく分かっているんだろうなあ。廷臣らの長年の権力闘争が、ついに康熙帝の面前で一気に噴出する杭州の場面は、なかなかの衝撃力である。舞台劇かドラマで見たら面白いだろうと思う。

 一方、日本人の私からすると、せっかく中国各地を舞台にするのだから、その土地の風俗がもう少し書き込まれてもいいのに、と思うのだが、そのへんの描写は少ない。こういう「官場小説」の読者は地理や風俗に興味がないんだろうか。また、登場人物の内面描写も少ない。陳廷敬の手足あるいは耳目となって働く従者の馬明と劉景、山東の事件で陳廷敬に救われ、そのまま押しかけて第三夫人になる珍児など、彼らのキャラクターがもう少し描き込まれていると、小説の面白さが倍増すると思うので、残念である。

 杭州の事件の後、陳廷敬は高齢と病気を理由に引退を願い出て許可され、故郷に戻る。明清の歴史を読んでいると、「位人臣を極めた」官僚はそれなりにいても、その上で「生涯をまっとうする」ことの難しさがよく分かるので、この幕引きにはほっとする(まえがきでネタバレしないほうがいいのに)。

 なお、私は陳廷敬という名前に覚えはあったが、あまり明確なイメージは持っていなかった。いろいろ調べていて、山西省晋城市に陳廷敬の旧居であった「皇城相府」が残っているという記事を見つけた。山西省には複数回行っているので、訪ねていると思うのだが、記憶が定かでない。山西省は、ほかにも好きな観光地がたくさんあるので、久しぶりにまた行きたくなった。
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NHKの冒険/『獄門島』と『シリーズ横溝正史短編集』

2016-12-01 22:10:20 | 見たもの(Webサイト・TV)
○NHK BSプレミアム 『獄門島』(2016年11月19日放送)、『シリーズ横溝正史短編集 金田一耕助登場!』(11月24日~26日放送)

 NHKが横溝正史づいている。と言ってもBS放送の話なので、自宅に視聴環境のない私には関係ないか、と思っていたら、11月19日はちょうど旅先のホテルで『獄門島』を見ることができた。終戦直後の瀬戸内海の孤島で、俳句に見立てられた奇妙な連続殺人が起き、復員したばかりの金田一耕助が謎解きに奔走する。…という説明が必要ないくらい、日本の推理小説の古典中の古典といえよう。犯人もトリックも分かっていても、映像化の出来栄えを確かめたくなる、今なお新鮮な魅力に満ちた作品である。

 金田一耕助を演じたのは、個性派俳優の長谷川博己。ちょっとイケメンすぎないか?と思ったが、それなりに「汚し」て「やつし」ていた。そして、このドラマの金田一耕助は「戦争でトラウマを抱え、心に空いた穴を埋めるため、取り憑かれたように事件を解明しようとする」人物と設定されており、精神的に不安定で、ときどき感情が爆発して、相手かまわず攻撃的になるあたりの演技が、さすが巧い。原作の設定をギリギリ逸脱せず、しかし解釈で魅力ある金田一耕助像を作り出した脚本(喜安浩平)と演出(吉田照幸)、そして長谷川博己の力量に唸った。

 見立て殺人はどれも映像的に美しくて満足できた。最初の殺人で了念和尚がつぶやく「きちがいじゃが仕方がない」を原作どおり言わせたことは、すぐにSNSで話題になった。私もそこは感心したのだが、なぜ「きちがいだから」でなく「きちがいじゃが」仕方ないなのか、と訝るシーンはあったかしら。それから、つぶやきを聞きとがめられた和尚が顔を覆うのを、金田一は図星を刺されて狼狽したと受け取るのだが、あとになって、金田一の見当違いを笑っていたのだと気づく、というのが原作の謎解きシーンにあったはずなのに、ドラマにはなかった。これは了念和尚の性格を表すエピソードでもあって好きだったのに。

 翌週末には三夜連続で『シリーズ横溝正史短編集 金田一耕助登場!』が放映された。私は第2回「殺人鬼」(演出:佐藤佐吉)を旅先で見て、第1回「黒蘭姫」(演出:宇野丈良)と第3回「百日紅の下にて」(演出:渋江修平)はNHKオンデマンドで視聴した。これはすごかった。ドラマは各回30分、原作の文章をそのまま朗読するかたちで進行する。紙芝居を見ているような感覚だ。映像も舞台のように実験的で象徴的だった。「百日紅の下にて」では、淫靡な男女関係が、二枚の布団のからみあいで表現されていて笑ってしまった。なぜか金田一耕助はクマ(?)のぬいぐるみを背負っているが、理由は聞かない。もう「こういう映像が撮りたかった」でいいんじゃないかと思う。雪舟の絵みたいに。

 金田一耕助役の池松壮亮は、ふわふわした空気を身にまとい、癒し系でかわいい。でもむちゃくちゃ汚い。ドラマに登場するのは、ミュージシャン、芸人、作家、モデルなどで、本職の俳優さんがほとんどいないのもこのドラマの「異世界」ぶりを際立たせている。その中で、普通に「異世界」の住人を演じている嶋田久作は相変わらずの怪優である。

 長谷川博己の『獄門島』は、いかにも次回作の期待をもたせた終わり方だったけど、私はどちらかというと池松壮亮の続編が希望だ。1年後くらいに3話くらい新作を作ってくれたらNHKに大感謝である。こういうドラマを見ると、テレビは決して「終わったコンテンツ」ではないと思う。
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情けは望ましい社会の為/現代貧乏物語(橋本健二)

2016-11-30 19:54:43 | 読んだもの(書籍)
○橋本健二『現代貧乏物語』 弘文堂 2016.11

 冒頭の問題提起は強く共感できるものであった。2005年に「格差社会」が流行語になってから10年以上が過ぎ、貧困や格差に関する研究レベルは確実に上がり、研究の裾野も広がっている。しかし、研究が進んだだけでは現状を変える力にならない。研究が社会に影響力を持ち得るのは、第一に研究者が審議会に入るなどして政府や自治体の政策決定にコミットすること、第二に論文や学術書ではなく「一般向けの作品を通じて人々に訴え、その認識を変えること」によってだという。著者は、そのような優れた「作品」(専門の壁を越えて広く訴えるもの)の一例として、100年前の1916年に書かれた河上肇の『貧乏物語』をあげる。

 私は河上の名著を読んでいないので、著者の要約に従うと、上編は貧乏の定義を論じ、中編は貧乏の原因を論じ、下編では貧乏を根絶するための方策として、(1)富者が自ら奢侈贅沢を廃止すること、(2)貧富の格差を是正すること、(3)生産を私人の金もうけにまかせず、軍備や教育と同様に国家が担当することを提言したものだ。著者いわく、貧困を論じて、これほど長く読み継がれ、社会に影響を与えた「作品」はほかにない。草創期の中国共産党の指導者たちも河上の本を(中国語訳で)読んでおり、毛沢東が河上を高く評価していたことを、私は初めて知った。

 以下、著者は『貧乏物語』の構成に倣って、現代日本の貧困を論じていく。まず貧困と格差の現状について。河上は、肉体を保持することのできない「第一級の貧乏人」のほかに、収入がほぼ貧困線上であるため、職業生活や子育てに必要な出費をすることができない人々を「第二級の貧乏人」と定義する。これは現代の貧困概念に近い。現代の貧困研究では「標準的な生活様式」を維持することができない(それによって人間関係などが失われる)状態は相対的貧困であると考える。けれども、相対的貧困概念を認めようとしない人々は少なくない。

 貧困者と被保護層(≒生活保護受給者)の関係について。著者によれば、日本の生活保護の不正受給比率は驚くほど低く、金額も慎ましいものである。むしろ生活保護を受ける権利があるにもかかわらず、受けられていない人々を著者は問題視する。日本の生活保護の補足率は国際的に見ても異常に低い(補足率15.3%って…)。一例かもしれないが、妻の葬儀のためにとってある100万円の貯金があるために生活保護を受けられない男性の実話には、やり切れない憤りを感じた。

 では、貧困は社会にどのような影響をもたらすか。貧困率と平均寿命はかなりの程度まで対応するという。貧困と格差のどちらが大きく影響するかについては、さらに詳しい研究が紹介されている。他人より大幅に所得の低い人々は強い不満を持ちやすいので、たとえ豊かな社会でも経済格差が大きいと、公共心や連帯感が育ちにくく、犯罪が増え、精神的なストレスが高まり、平均寿命は下がるのだという。これを与太話と思って鼻で笑う人もいるんだろうな。

 これに比べると、貧困層の子どもは成績が低いことが多いという指摘は、体験的に納得しやすい。しかし、これを本人の損失とだけ考えてはいけない。いま、高校を中退した男性が、就職を断念し、生涯、生活保護を受ける場合と、直ちに生活保護費を支給し、2年程度の職業訓練を施すことによって、正社員の職を獲得し、税金と社会保険料を納め続ける場合を比較すれば、後者のほうが間違いなく社会の利益になるのである。経済格差が拡大し、貧困層が増大すると、内需が伸び悩み、経済成長が困難になる。近年の日本の経済停滞は「格差拡大不況」の性格が強いという指摘は、とても納得できるものだった。

 次に貧困と格差拡大の原因について。高齢化、グローバリゼーション、労働運動の衰退など複合的な要因があげられているが、1980年代に始まった格差拡大に最初は気づかず、その後は無視あるいは容認した政府の罪は大きいと著者は指摘する。この状況を克服するために、まず必要なのは「貧困はあってはならない」「格差の縮小が必要である」という合意をつくることだ。著者は、格差拡大を正当化する代表的な四つの理論、「機会の平等」論、「自己責任」論、「努力した人が報われる社会」論、「トリクルダウン」論をひとつずつ論駁し、具体的な施策として、(1)正規雇用と非正規雇用の均等待遇、(2)最低賃金の引き上げ、(3)労働時間短縮とワークシェアリングなどを提唱する。空理空論ではなく、たとえば給付型奨学金制度の導入のために、「国民の平均収入を相当程度上回る収入を得ている大卒者」および「大卒者を採用した企業」から大学教育税を徴収してはどうか、という提案がなされているのも面白い。ベーシック・インカムは、突飛な話と思われがちだが、生活保護、基礎年金、児童手当、膨大な数のケースワーカーの配置などを節約できるという説明を聞くと、真面目に検討してもいいのかもしれない、と思えてきた。

 最後に著者は、市場メカニズムを否定するのではなく、人々が市場メカニズムに翻弄されない仕組みをつくることの重要性をあらためて説く。期待されているのは新中間層であり、私もその一人であることはよく自覚しておく。そして、社会に向けて、こういう「作品」を書いてくれる研究者がもっと増え、もっと評価されますように。
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2016年11月@関西:高麗仏画(泉屋博古館)など

2016-11-28 23:25:58 | 行ったもの(美術館・見仏)
東寺(教王護国寺) 2016年秋期特別公開・灌頂院(2016年10月28日~12月4日)

 週末、駆け足で見てきたもの。東寺は宝物館の『東寺の明王像』展が見たかったのだが、行ってみたら前日の金曜で会期が終わっていた。がーん。しかし、五重塔・小子房・灌頂院が特別公開されており、灌頂院には、あの夜叉神像一対がお出ましになっていると知って、拝観することにした。

 灌頂院に入るのは、2015年秋の『十二神将のすべて』以来。なるほど、ここは儀式のための道場で、ふだんは空っぽの建物なので、こういう出開帳に積極的に使っていくのは面白いかもしれない。目が慣れるまで人影も定かでない薄暗い空間、スポットライトに浮かび上がるのは、右に阿形(俗にいう雄夜叉、髪が逆立っているほう)、左に吽形(雌夜叉、巻き髪)の夜叉神像。十二神将展で使われていた八角形(?)の木桶のような展示台に乗っている。そして、まわりには可憐な盛り花が山のように飾られ、お花畑の中の夜叉神という、めまいのするような光景である。なんだこれは…(笑)。しかし、夜叉神の側面を見ることができたのは貴重な機会だった。

泉屋博古館 特別展『高麗仏画-香りたつ装飾美』(2016年11月3日~12月4日)

 高麗王朝後期(13-14世紀)に生み出された類いまれな仏教絵画「世にも美しきみほとけたち」を特集。確認されている現存作品は世界にわずか160点あまりだという。来春、東京の根津美術館に巡回する展覧会だが、東西で出品作品が異なると聞いて、見に行ってしまった。図録に掲載の出品目録は57件(絵画以外の参考作品も含む)である。あまり広くない展示室が、華麗な仏画で満たされていて、至福のひととき。高麗仏画って、実は日本国内にこんなにあるんだなあ、ということを初めて実感した。

 根津美術館の『地蔵菩薩像』(被帽地蔵菩薩)は、私が高麗仏画というジャンルを初めて意識した作品。なんと徳川美術館に同図があるのか。大徳寺の『水月観音像』は宝物曝涼のときにお会いしている。繊細優美な作品が目立つ中で、太い腕をにゅっと伸ばした『阿弥陀如来像』(団体所有とあり)は面白かった。鮮やかな色を長持ちさせる裏彩色の技法とか、さまざまな地域・時代の美意識を取り入れたふところの深さも興味深いと思った。

白鶴美術館 2016年秋季展『大唐王朝展』(2016年9月17日~12月11日)

 同館が所蔵する唐王朝の美術品を大公開。確かに『鍍金龍池鴛鴦双魚文銀洗』(フィンガーボール?)や『唐三彩鳳凰首瓶』『白銅海獣葡萄鏡』など、他所ではなかなか見られない優品が公開されている。ただ、個人的にいうと(美術館の所蔵品としては「しょぼい」と言いたくなるような)小さな鏡とか壺、杯、装飾品などがごちゃごちゃ並んでいるのが、かえって唐王朝を身近に感じられて面白かった。所蔵品の正確な由来はよく分かっていないようであった。

 いちばん気に入ったのは『白大理石台座』(北斉・武平元年/570)というもので、八角形の植木鉢のような形をしており、以前は上部に仏像がはめ込まれていたのではないかと考えられている。鉢(台座)の周囲には獅子や従者や獣面人身の神?などが座っている。その座り方がまたいろいろでかわいい。白い大理石に主に赤とわずかな黒で顔などを描いているのが飴細工みたいだった。

大阪市立美術館 開館80周年記念展・特別陳列『壺中之展(こちゅうのてん)-美術館的小宇宙』(2016年11月8日~12月4日)

 昭和11年(1936)5月1日の開館から80周年を記念し、約300件の館蔵・寄託作品を展示する。同館のコレクションの素晴らしさはよく知ってるが、バラエティに富んでいて、あらためて見ても飽きない。工芸品、中国の石仏、日本の仏像、中国絵画、桃山絵画、琳派、浮世絵など…。多くは関西に縁のある実業家のコレクションを譲り受けたもの。むかしの富豪は文化の保護者だった。ポスターになっている橋本関雪の『唐犬(からいぬ)』は同館の第1号収蔵品。「かたちをたのしむ 8(は)・0(まる)・壺(ツボ)」は、いろんなジャンルの作品を持っているからできる試みで面白かった。

国立民族学博物館(みんぱく) 特別展『見世物大博覧会』(2016年9月8日~11月29日)

 細工物・軽業・曲芸・動物見世物など、江戸から明治・大正・昭和を経て現代に至る多種多様な見世物の姿を紹介する。というと聞こえがいいが、かなりアブナイ世界に片足を突っ込んだ展覧会である。ポリティカル・コレクトネスに弱い私は、「シベリアから来た熊女」(うろ覚え)などと聞くと、大丈夫か?とドキドキしてしまう。しかし、その後ろめたさがあるからこそ、見世物は甘美なのである。

 でも先入観でものを見るのは危険で、「女相撲」なんて際物だと思っていたが、女力士たちの明るい表情の写真を見て、意外と健康的な娯楽だったのかもしれないと考え直した。日本各地の祭礼に取材した「軽業」の映像も面白かった。うまく継承していけるだろうか。あと、西洋のサーカスが入ってくる以前も、日本に「曲馬」ってあったのだな。時代劇では再現しにくいから、意識したことがなかった。
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大坂・真田丸跡を歩く

2016-11-27 22:12:33 | 行ったもの(美術館・見仏)
週末、関西で見たい展覧会があって行ってきた。直前に運よく取れたホテルが鶴橋駅前で、地図を見たら、少し北に「真田山」という地名があり、真田丸跡に近いと分かったので歩いてきた。

高台の上の小さな三光神社には真田幸村の銅像が立つ。人が腰をかがめて覗いているのは、大坂城に通じる真田の抜け穴の跡と伝える。御朱印もいただいてきた。



北から南へゆるやかな坂(心眼寺坂)を上がる。左側(東)は寺町で、ぬっとそびえ立つ興徳寺の千手観音像が、巨大化した宇宙人みたいで不気味。その手前が、真田幸村(信繁)と大助を弔うために建立された真田山心眼寺。あらためてネットで調べたら「真田幸村」の御朱印をもらえるらしい。



右側(西)は大阪明星学園。今年2月に立派な「真田丸顕彰碑」が設置された。



大阪のこんな中心部に「真田」の地名が残っているなんて、今年になるまで知らなかった。大坂の陣の歴史って、いまでも身近なんだなー。

玉造を応援する情報サイト:三光神社でもらった玉造地図が散策の役に立った。
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忍性菩薩(金沢文庫)+鎌倉meets東大寺(鎌倉国宝館)

2016-11-24 23:33:22 | 行ったもの(美術館・見仏)
神奈川県立金沢文庫 生誕800年記念特別展『忍性菩薩-関東興律七五〇年-』(2016年10月28日~12月18日)

 来たる2017年、東国を中心に真言律宗を広め、各地の社寺の復興に携わった忍性(1217-1303)の生誕800年を迎えることを記念する特別展。この春、奈良博で開催された『忍性-救済に捧げた生涯-』展とは、重なる展示物もあるが、別の展覧会と考えてよいようである。あまり広くない展示室に、多数の仏像がひしめきあう状態で壮観だった。主役の忍性菩薩坐像は極楽寺から。本堂内に叡尊像とともに安置されているとのことだが記憶にない。一直線の眉骨、大きな鼻と口は、セサミストリートのキャラクターみたいに親しみやすい。

 釈迦立像と十大弟子像が二組。極楽寺の釈迦像はさわやかで若々しく、称名寺の釈迦像は頭部が大きく重厚である。十大弟子像はどちらも癖者ぞろい。善か悪かよく分からない面相も混じっている。絵画では極楽寺所蔵のシンプルで大きな墨画『釈迦如来像』(鎌倉時代)が印象に残った。あと、忍性が多田院別当だったことを初めて認識した。源氏ゆかりの多田神社(兵庫県)には行ったことがあるが、真言律宗の拠点だったとは思ってもみなかった。神社なのに。

鎌倉国宝館 特別展『鎌倉meets東大寺-武家の古都と南都をつなぐ悠久の絆-』(2016年10月22日~12月4日)

 治承4年(1180)平重衡の南都焼き討ちにより灰燼に帰した東大寺の復興を推進した大勧進・重源に対し、手厚い援助を行ったのが源頼朝。ということで、鎌倉と東大寺との密接な関係は、鎌倉時代初頭にさかのぼる。これには反論のしようがないが、先日、呉座勇一さんの『応仁の乱』を読んで、大和国では摂関家ゆかりの興福寺が圧倒的な支配権を持っていたことを知ったので、東大寺-鎌倉幕府というのは、その対抗軸を作るタッグだったのかな、と思ったりする。

 会場の冒頭で、東大寺の重源上人坐像が目に入り、お!と思ったが、これは模刻。源頼朝坐像も複製だった(図録には本物の写真が載っていて紛らわしい)。鶴岡八幡宮の古神宝に菩薩面や舞楽面があるのは知っていたが、頼朝が東大寺の落慶供養に参列した際に手向山八幡宮から贈られたものと聞くと、一層ありがたさが増す。しかし、東大寺再建に関する頼朝の書状(東大寺所蔵)は、解説によれば「後白河法皇の決定により朝廷が主導すべきこと」を繰り返し述べているらしく、あまり積極的な意欲が感じられない。実は政治的かけひきがあるのだろうか。

※(おまけ)鎌倉駅から八幡宮への途中に、鳩サブレ―の豊島屋の洋菓子舗「置石」がオープンしていた。鳩サブレ―の粉を混ぜたソフトクリームが美味。鎌倉散歩の楽しみになりそう。そして豊島屋のホームページで見つけた「鳩クッション」(完全注文生産)が可愛くて、欲しい。

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医学史と科学史と美術史/小田野直武と秋田蘭画(サントリー美術館)

2016-11-23 23:55:05 | 行ったもの(美術館・見仏)
サントリー美術館 『世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画』(2016年11月16日~2017年1月9日)

 噂を聞いて、ずいぶんチャレンジングな展覧会だなあと思った。こんなマイナーなテーマでお客が入るんだろうかと心配したが、立地がいいのか、そこそこ入っていた。江戸時代半ばの18世紀後半、「秋田藩士が中心に描いた阿蘭陀風(おらんだふう)の絵画」ゆえに現在「秋田蘭画」と呼ばれている作品群の特集である。中心的な描き手である小田野直武(1749-1780)のほか、秋田藩主の佐竹曙山(1748-1785)、角館城代の佐竹義躬(1749-1800)などの作品を紹介する。

 秋田蘭画は、ひとことでいえば、かなりヘンな絵である。日本と中国と西洋が融和し切れずに共存しており、その結果、どこでもない幻想の風景が現れている感じがする。小野田の『不忍池図』(秋田県立近代美術館)は、湖畔に置かれた紅白の牡丹の鉢(と草花の鉢)を大きく描き、遠景に湖上の弁天堂と向こう岸の森がぼんやり見えている。凍りついたように静謐で、あまり生命を感じないのだが、牡丹のつぼみに小さな蟻がいるなんて気づいたことがなかった。

 風景画に比べると、人物画はかなりエキセントリックだ(嫌いではない)。微妙にリアリズム描写の佐竹曙山『蝦蟇仙人図』、安っぽいポスターのような田代忠国『三聖人図』など。後期(12/14-)展示の作者不詳の『関羽像』は、むかし見たことがあり、こんな江戸絵画があるのかと忘れがたかったものだ。古い名作絵本の挿絵のようでもある。

 小野田の写生帖や青年期の習作も面白かった。佐竹曙山の写生帖には、円山応挙展で見たのと同じ品種と思われる、赤と緑のツートンカラーのインコが描かれていた。佐竹曙山とは「博物大名つながり」のある細川重賢の『毛介綺煥(もうかいきかん)』は、オオカミ、マンボウからワニの剥製(紅毛人持来とある)まで、多彩な博物スケッチを貼り付けたもの。永青文庫所蔵というが、見た記憶がない。

 初めて認識したのは、平賀源内が秋田に招かれた(銅山開発のため)ことが、秋田蘭画を生み出したと考えられていること。のちに江戸に出た小野田直武は、杉田玄白らの『解体新書』の扉絵と挿絵を描く。源内が玄白に直武を紹介したと言われているそうだ。そして、源内の知人には南蘋派の画家・宋紫石もいた。展覧会冒頭に、関連人物の住まいをマッピングした江戸地図があって、杉田玄白と宋紫石が、同じ「日本橋通南4丁目」に住んでいたというのには、ほんとに息が止まるほど驚いてしまった。医学史とか科学史とか美術史とかを別々に考えているようだと、江戸の文化人ネットワークの全体が見えてこないのだな、と思った。

 石川大浪・孟高『ファン・ロイエン筆花鳥図模写』(秋田県立近代美術館)も興味深い。徳川吉宗はオランダ商館に5点の油彩画を注文し、うち2点が本所の五百羅漢寺(明治時代に目黒に移転)に下賜された。これはその1点を模写したものだという。縦2メートルを超す大幅で、原画もそのくらい大きかったのだろう。大きな花瓶に多種多様な花がうずたかく盛られており、床には木の実と果物、派手な羽色の鳥がそれをついばみ、花の間から顔をのぞかせている。オランダの植物画といえば、なんとなく原画の趣きは想像できる。こんな西洋画の大作が江戸の町中にあったというのも知らなかった。
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画の中の小宇宙/円山応挙(根津美術館)

2016-11-22 03:18:13 | 行ったもの(美術館・見仏)
○根津美術館 開館75周年特別展『円山応挙 「写生」を超えて』(2016年11月3日~12月18日)

 考えてみると、私の中で円山応挙(1733-1795)という画家のイメージもずいぶん変わった。むかしは、全く面白くない画家だと思っていた。京博の蕭白展の名コピー「円山応挙が、なんぼのもんぢゃ!」みたいな感じである。それが、今ではむしろ「奇想派がなんぼのもんぢゃ!」と言いたい衝動に駆られる。

 本展の見どころは、同館所蔵の名品『藤花図屏風』に加えて、三井記念美術館の『雪松図屏風』が展示されること。しかし、出品目録を見ると、ほかは「個人蔵」がすごく多い。美術業界って不思議だなあと思う。入ってすぐ『雨中山水図屏風』ですでに魅了される。画面のほとんどは雲か霧にかすみ、端の方にわずかに見える渓流と樹木、舟を操る人の姿。図録を見たら『雪中山水図』(後期展示)と対になるもので、以前にも見たことがあるのを思い出した(奈良県立の『応挙と蘆雪』展)。私は応挙のひろびろした空間把握が好きで、山水画がすごく好きだ。淡彩の『三井春暁図』も美しかった。

 一方、花鳥画や人物画はいまいちで、『牡丹孔雀図』は、早い時期に応挙の名前と結びついた作品だが、好きになれなかった。しかし、ベルベットのような羽毛の光沢、無駄や迷いのないブルーの使い方は素晴らしいと思う。『雪中残柿猿図』のサルはかわいい。

 墨画の『雨竹風竹図屏風』(圓光寺所蔵)は、細い竹の濃淡で、竹林の深い奥行きを描き出す。墨色の薄い竹ほど奥にあるように見える。実際に描くときは、濃い竹から描いていくのだろうか? 『藤花図屏風』はむかしから大好きな作品なので、今回、図録の表紙にもなっていて嬉しい。青・白・紫など複雑に色を重ねた藤の花は、モネの睡蓮を思い出させる。黄金の池に浮かぶ睡蓮だ。そして極度に抽象化されて、ほとんどリボンにしか見えない藤の幹と枝。展示室の角を隔てて『雪松図屏風』。これも確固とした空間表現が評価される作品だが、ふと、先月、和歌山で見てきた『雪梅図』(草堂寺)を思い出す。

 再び小品が続く中では、静岡県立美術館の『木賊兎図』がかわいい。白ウサギ2匹と黒ウサギ(鼻先は白い)1匹が、木賊の陰に身を潜めている。絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」みたいだ。『老松鸚哥図』は、伝統的な老松の枝に、赤と緑のツートンカラー(頭は黒)のインコが止まっている。その唐突感に笑ってしまった。

 展示室2も応挙特集。数々の写生帖が展示されていた。株式会社千總(京友禅の会社)が所蔵する『写生図巻』には、白ウサギ、黒ウサギの図あり。ウサギの口元を丹念に写生している。東博の『写生図帖』にはニホンザルの図。何かの手本を写したのかと思ったが、「猿 三才」とあるから本物を写したのかな。全身像のほかに、サルのお尻を書き留めているのが応挙先生らしい。

 さらに展示室5では、相国寺の『七難七福図巻』全3巻を展示(※詳細は承天閣美術館で全場面を見たときの記録参照)。いずれも巻頭から途中までが開いている。「人災巻」は、強盗~心中した男女遺体の検証まで。まあそこを選ぶよな、と思ったが、後期(11/29~)から巻替えがあるというので、もっと血みどろな問題シーンも展示されるかもしれない。外国人客が多いけど大丈夫かな…と、余計な心配をしてしまっている。

 展示室6は、気の早いことに「茶人の正月」。 展示ケース内の床の間に因陀羅筆『布袋蔣摩訶問答図』が掛かっているのが珍しく、嬉しかった。
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