今月の薬師詣では、先月につづいてさいたま市の桜区を歩いてきました。
京浜東北線北浦和で下車。西武バスに乗ります。
このバスの終点は大久保ですが、時間によっては浦和北高まで行く便があります。
先月の薬師詣で ―。
帰るとき、バスに乗った(系統は違いますが)のが浦和北高でした。
埼玉県の天然記念物・薬師堂のマキがあることで有名な塚本薬師堂を訪ねて、すぐ近くまで行きながら、それまであまりにも歩き過ぎていたために、腰痛に見舞われてしまいました。捜すのを諦めて、帰途に就こうと戻ったところが浦和北高バス停だったのです。
北浦和まで電車に乗ると決めたとき、そこまで行って、もう一度塚本薬師堂を捜してみようかと、ふと考えたのでした。
ただし、浦和北高バス停と塚本薬師堂間は往復約3キロ、時間にすると四十分。一昔前ならともかく、いまの私にとっては、なるほど四十分ですか、などと気安くいえるような距離ではありません。
この薬師堂が有名なのは、天然記念物のマキがあるからではなく、むろん薬師堂でもなく、幽霊が出るらしいという心霊スポットであるからなのだそうです。
何人かがブログに取り上げていて ― さすがに幽霊が写った画像の紹介はありませんが ― そのうちのいくつかには入口に当たるらしきところに「薬師堂のマキ」という立て看板があるのが写っています。
と、いうことなら、グーグルのストリートビューを見れば、入口がどんな様子なのかわかるはず ― そう思って、グーグルマップを開いてみましたが、荒川堤防を下るところから進んで、薬師堂の真横にきているはずなのに、立て看板はない。
先月途中で案内を乞うた人も「作業小屋のような小屋があって、看板がある」と教えてくれたのですが、何度か行き帰りを繰り返してみても、看板はない!
昨日もストリートビューを開いて挑戦してみたのですが、やはり看板は見当たらない。
このような経緯があったので、行くのは諦めるか ― なかばそう思いながら電車に乗っていたのですが、乗っていた武蔵野線は新三郷の駅で六分も発車待ち。さらに南越谷でも四分延発。
車掌は後続の電車が遅れているので、時間調整のため……とアナウンスするだけで、なぜ遅れているのか理由をいわない。まあ、理由を聞かされたところで仕方がないのではありますが。
電車が時刻どおりであれば、一本前の浦和北高行のバスに乗れたのですが、次に浦和北高まで行くバスは一時間後。とても待てません。やはり諦めるしかないようです。
私にとっては別の意味での心霊スポットなのかもしれません。
北浦和駅から乗車二十四分。終点の二つ前・片町バス停で降りました。
バス停から程近いところに今日最初の目的地・大久保領家薬師堂がありました。
しかし、上の画像にあるように、立派な石碑が建立されているのに、自治会館らしき建物があるだけで、肝心の御堂が見当たりません。しかも、入口にはチェーンが張られていて、入れません。グルリと廻って自治会館の横から入って境内を見渡してみましたが、墓所があるだけで、御堂はありません。
石碑をよくよく見てみると、標題は「薬師如来由来」とあって、「薬師堂由来」ではありません。踵を返して自治会館を眺めてみれば、縁台に賽銭箱が置かれてありました。雨戸が立てられてあって、中を窺うことはできませんが、きっとこの奥に薬師如来が祀られているのであろう。そう考えてお賽銭を投じました。
先の石碑には、明治五年の廃仏毀釈令によって廃寺になるまで薬王山光明院満願寺という寺があり、本尊の薬師如来は行基の作、と記されています。
自治会館後ろにあるヒイラギ(柊)の樹。さいたま市指定の天然記念物で、高さ9メートル、幹周り1・72メートル。説明板には「十月にキンモクセイよりも穏やかな香りがする白い小花を咲かせ」とありましたが、見たところ花らしきものは何もありませんでした。
次に目指すのは重圓寺です。
途中、通りがかった道路には街路樹にハナミズキ(花水木)が植えられていて、真っ赤な実が熟していました。
大久保領家薬師堂から重圓寺までは徒歩二十七分。途中で左に折れるべきところを右に折れ、しばらく気付かぬまま歩いてしまったので、事前のシミュレーションより十分も多くかかってしまいました。
重圓寺は無住でしたが、真言宗智山派の寺。「新編武蔵風土記稿」には「新義眞言宗、與野(与野)町圓乗院の末、薬王山と號す、本尊薬師を安じ、傍に運慶が作れる如意輪観音を安ず」とあります。
文中にある圓乗寺は2010年の十一月五日、与野へオオカヤ(大榧)を見に行ったついでに参拝しています(与野の大榧を見に行く)。
最後に訪ねるのは上ノ宮薬師堂です。今回はすべて北から南へ下る行程でした。
昔はプリントした地図を持ち歩いていましたが、スマートフォンを持つようになってからは地図アプリが頼り。北から南に向かうときはスマートフォンの上下をひっくり返さなければなりません。文字が見づらくなるのと面倒臭いのとで、つい頭の中だけでひっくり返していると、右と左を間違えてしまいます。それに歩きつづけていると、当然のことながら疲れも発生。足腰だけではなく、脳も疲れるとみえて、逆方向に曲がってしまったことにはすぐに気づかず、無駄足を踏むということになります。それも一度のみならず、二度も三度も……。
この薬師堂に到着する前も右に曲がるべきところを左に曲がる始末。必要以上に疲れて辿り着きました。
上ノ宮薬師堂の創建年代等は不詳。「新編武蔵風土記稿」には「醫王寺(真言宗智山派)の持」と記されているだけで、詳細はよくわかりません。
さいたま市を中心として十三ある関東東向寅薬師の第三番で、この薬師堂を最後に十三すべて参拝済ということになりました。
帰りは埼京線の中浦和駅に出ることにしました。上ノ宮薬師堂からは十分足らずのところですが、この行程も北から南に向かう形になるので、ここでも右折と左折を取り違え。
しかし、随分長く歩いた割に腰痛は出ず、それほどの疲労にも見舞われませんでした。
出だしは電車の遅れに祟られた上、幾度も方角を間違えるというミスを犯しながら、ヘトヘトにならずにお勤めを終えられたというのは、やはり薬師如来のご加護があったからなのかもしれません。
→この日、歩いたところ(大久保領家薬師堂から中浦和駅まで)。
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