goo blog サービス終了のお知らせ 

四生の盲者日記

妄想による愉快な国際時事ネタ解釈

【妄言】中国軍艦寄港―新たな歴史の第一歩に【和文/朝日社説】

2007-11-30 19:47:50 | 妄言

http://www.asahi.com/paper/editorial20071130.html#syasetu2

 日中間の防衛交流で、中国海軍のミサイル駆逐艦「深セン」が東京港を訪れた。中国の軍艦が日本に来るのは中華人民共和国の建国以来、初めてのことだ。

 この訪問が実現するまでには長い曲折があった。

 両国が海上自衛隊と海軍の艦艇の相互訪問に合意したのは98年のことだった。橋本首相、江沢民主席の時代だ。いったん02年春に中国軍艦の訪問が計画されたものの、その直前に小泉首相が靖国神社に参拝し、キャンセルされた。

 再び機運が盛り上がったのは昨秋、安倍首相の訪中で日中関係が改善に動き始めてからだ。4月の温家宝首相の訪日で相互訪問が再確認され、福田首相になってようやく実現にこぎつけた。合意以来、9年もの年月がかかったわけだ。

 関係修復の流れの、いわば象徴のような形である。約350人の乗組員を含め、今回の訪問を歓迎する。来年は海上自衛隊の艦艇が訪中する番だ。これを弾みに防衛交流をさらに広げ、両国関係の安定化につなげてもらいたい。

 とはいえ、軍事に関する両国間の不信は、一度や二度の往来でぬぐえるものではない。日本側は、中国軍の急速な増強や活動の活発化に不安を募らせている。中国側も、ミサイル防衛をめぐる日米協力や台湾への関与の可能性などに神経をとがらせる。

 結局、交流と対話を重ね、相互の信頼を培っていくしか方法はないのだ。艦船の相互訪問はその一歩である。少しずつでも相手側の実情に触れることが、無用な緊張を解くことになる。

 大筋で合意されている当局間のホットラインの設置も早く実現すべきだ。誤解による偶発的な事件を防げるし、日常的に意思疎通ができるようになればさらに相互理解は進むだろう。

 軍事の面での信頼醸成は、両国関係だけでなく、アジア全体の安定にも好影響を及ぼす。中国は積極的に国連の平和維持活動(PKO)に参加しているが、要員の訓練などで日中が交流し、アジア諸国にも広げていくことを考えたい。

 もう一つ望むのは、防衛交流を軍事関係者だけにとどめず、一般にも開いていくことだ。例えば、日本の研究者やメディアが中国軍を見学したり、取材したりする機会を増やす。国民レベルで少しでも理解が進めば、それだけ的はずれな推測は減ってくる。

 歴史好きの人なら、中国の軍艦と聞けば「定遠」「鎮遠」といった名前を思い出すに違いない。清朝が誇る大戦艦だった。明治時代に日本の港を訪れ、その威容が日本人を驚かせた。

 日本はこれに負けじと海軍力強化に突き進み、後年、日清戦争でぶつかることになる。

 もちろん、いま求められるのは軍拡競争ではなくて、平和のための協力だ。「深セン」の名前がそのスタートとして歴史に刻まれるよう努力していきたい。

 


「日本マスコミによる、深センの取り上げ方が低調」という指摘を受け、あわてて「熱烈歓迎振り」を示した朝日社説。
「かつて清朝が誇る大戦艦が、明治期に日本を訪問しその威容が日本人を驚かせた」という、砲艦外交を讃えた一文から始まる最後の三行が、昨日当ブログで取り上げた「中国軍艦訪日は歴史のほこりを拭く」と全く同じ論調なほどの熱烈ぶり。

 熱烈さのあまりというか、元来の平和主義的体質というか、怪しい主張が多数。

>中国は積極的に国連の平和維持活動(PKO)に参加しているが、要員の訓練などで日中が交流し、アジア諸国にも広げていくことを考えたい。

 恐らく「軍事交流」で中日連合まで暴走してしまい、護憲という表向きの主張慌てて思い出し「PKO要員の合同訓練」まで表現を抑えたものと思われる。それにしても話をアジアに広げるのは暴走。


>もう一つ望むのは、防衛交流を軍事関係者だけにとどめず、一般にも開いていくことだ。例えば、日本の研究者やメディアが中国軍を見学したり、取材したりする機会を増やす。国民レベルで少しでも理解が進めば、それだけ的はずれな推測は減ってくる。

 人員を整理し再編した人民解放軍にとって「あるがまま」を見られるのは一番困る。10~20年前、射撃場からホテルまで経営していた人民解放軍のつもりで、つい筆が滑ってしまったのだろう。

 

 日本のマスコミとしては、たとえ数人でも「平和団体」が洋上デモをしないことにはその他大勢の国民の耳目は集められないので、取り扱いも地味にならざるを得ないものと邪推する。中国当局は、平和団体にデモをするよう指令を出しておくべきだった。


【雑感】また難癖の予感2【多数】

2007-11-30 19:42:24 | 雑感

 昨日の続報、また歴史問題関連の記事があり。


・日四大紙「侵華戦争」(訳註:いわゆる支那事変)をふりかえる
http://news.xinhuanet.com/world/2007-11/30/content_7171846.htm
・日軍南京攻撃の貴重な写真が見つかる
http://news.xinhuanet.com/world/2007-11/30/content_7171663.htm

 内容的には、日本国内の報道や、いわゆる「史実」を紹介することにより、日本人にとって古傷(だと彼等が信じているもの)を刺激するもの。
 福田内閣に対する瀬踏みだと思ったのだが、媒体によっては深センの訪日を友好ムードで取り上げているのを見ると、どうやら中国国内で、深センの訪日が面白くない一派がやらせている、と考えるようになってきた。

・関係改善の指標【新華網】
http://news.xinhuanet.com/world/2007-11/30/content_7172248.htm
・人民海軍艦艇初訪日検証【青年報】
http://news.xinhuanet.com/mil/2007-11/30/content_7171944.htm
・自衛隊武徳の文化と漢唐の軍風【青年報】
http://news.xinhuanet.com/mil/2007-11/30/content_7172157.htm

 直接中日の接近が嫌なのか、今回の深セン訪日で影響力が大きくなる勢力がきらいなのか、逆に同イベントで勢力が削がれるのかは不明。
 報道内容を見ると、シンプルに日本が嫌いなだけかもしれない。

 個人的には日本をけなしている方も、いささか見当違いな切り口から褒めている方も、迷惑なので他国をダシに使わず自分のケツは自分で拭いて欲しいもの。
 清末から支那が近代化した過程に外国が大きく関わり、特に古代中国の文物を保存していた日本の立場が独特だったので、つい持ち出したくなる(頼りたくなる)のは分かるが、支那の悲劇が繰り返されてきた根底にはその考え方がある事を忘れるべきではない。


11月30日

2007-11-30 19:41:42 | 歴史上の今日

・新華社(要約)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2007-11/30/content_7166482.htm

1847年:
ロンドンで共産主義者同盟代表大会開催。大会の委託にを受けマルクス、エンゲルスが『共産党宣言』を起草。

1948年:
劉伯承、小平指揮下第二野戦軍が重慶を解放。

 

・Wikipedia(抜粋)
http://ja.wikipedia.org/wiki/11%E6%9C%8830%E6%97%A5#.E3.81.A7.E3.81.8D.E3.81.94.E3.81.A8

1853年 - アナトリア半島の黒海沿岸に位置するオスマン帝国の軍港シノープをロシア黒海艦隊が奇襲し、停泊中のオスマン艦隊もろとも港湾施設から市街地まで徹底的に破壊。これ機にイギリス・フランスはクリミア戦争へ参戦。
1939年 - ソビエト連邦軍がフィンランドに侵攻、冬戦争勃発。