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第五話「単車男の最後(中編)」

 1945年1月ここ陸軍第四航空軍司令部では、太平洋戦争中最も卑劣な策謀が実施されようとしていた。
「我々はこれから帝国軍人の神聖な義務を遂行せねばならんのでね、失礼する」
じりじりと、残留要員ににじりよられる安藤元大尉を横目に富永中将は言い捨て、輸送機に向かった、その時。

バボボボボボボボ

 さっきとは別の単車の爆音が響いた。
 錨の紋章が付けられた九七式側車付自動二輪車、陸王改に跨っているのは、一航艦司令長官大西瀧次郎中将であった。陸王改の側車は、通常のものより長細かった。大西中将はゆっくり陸王改を降りると、仁王立ちになり一喝した。
「待てい!」
 新たな状況に追従できず、残留要員が混乱する。
 富永中将は気づかれぬように舌打ちすると、大西中将に近づき、敬礼して言った。
「これは肉弾攻撃の生みの親、大西瀧次郎中将殿。
海軍サンの特別攻撃隊の失態で、米軍に上陸を許してしまった陳謝ですかな?」
 死んでいった部下をけなされ、闘将大西中将の顔が朱に染まった。
「黙れ卑怯者。貴様のような奴の命令を御国の為と信じ、散っていった者達が哀れでならぬわ」
 富永中将の顔に、獲物を見つけた狐のような笑いが浮かんだ、揚げ足を見つけたのだ。
「卑怯もなにも、これから本官は、あなたの考案された特別攻撃に出撃するところなのですよ。大西中将殿、貴官はいつ特攻されるのです?
 それとも大西中将殿も、あの逆賊の仲間ですか?」
 富永中将の煽動で、安藤元大尉を囲んでいた残留人員が大西中将に目を向けた。
くっくっくっくっくっ
 大西中将が、含み笑いをもらした。思わぬ反応に、戸惑う富永中将。
「この後におよんで、大したお芝居だ。証拠を見せてやろうか」
「なに!」
「ほれ」
 言うがはやいか、大西中将は左手で富永中将の中将徽章を引っぱった。一瞬、富永中将は虎の仮面を被り、下にタイツ、裸の上半身の怪人に変化していた。やはり、裸の右肩に参謀肩章は浮いている。
 どよめく残留人員。
「おのれ大西、殺れ!」
「ケケー!」
 司令部要員が一斉に参謀肩章を引っ張った。次の瞬間黒覆面、黒い全身タイツを着た怪人に変化した。憲兵怪人に似ているが黒襟はなく、代わりに全員が参謀肩章に似たひもを右肩にぶら下げていた、さしずめ参謀怪人であろう。装備も三八式歩兵銃から、百式短機関銃になっている。
 残留人員は、算を乱して逃げ出した。
「ふははははは、我々の計画とおり貴様が体当たり攻撃を始めてくれたおかげで、ずいぶんと助かったよ、大西中将ドノ。礼を受け取ってもらおうか。撃て!」
百式短機関銃を構え、大西中将に発砲する参謀怪人。狂ったように高笑いを上げる富永中将、いや虎仮面。
 硝煙が薄れた時、大西中将の前には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が全身から血を流して仁王立になっていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
 しかし、単車仮面はゆっくりとくずれおちた。大西中将は、単車仮面を抱えおこした。
「遅れてすまん、安藤君。便衣隊が橋を爆破しおった」
「自分なら銃弾慣れしています、奴等を…」
 単車仮面の昆虫の複眼を思わせる目から、赤い輝きが徐々に失われていく。
 大西中将は、単車仮面を地面に横たえると、怒りに震えながら無言で立ち上がると錨の紋章が付けられた単車の物入れから、額に錨の紋章がついた異様な鉄鉢を取り出し頭に被った。一瞬大西中将が発光し、次の瞬間全身銀色の人影が立っていた。顔は口元だけが覗いており、目の部分は一枚の黒い色ガラスになっている。色のせいもあり、全体に機械的な印象がする。

ウィーン、キュイーン

 動く度に電動機の作動音がフィリッピンの空に響いた。
「瀕死の重傷を負いながら、海軍病院で奇跡的に命を取り留めた俺は、貴様等に対抗せんと極秘裏に空技廠に試製陸戦強化衣『』を開発させた!そして俺は試製陸戦強化衣『暁天』を装備し、貴様等の悪事を裁く『単車男』となるのだ!」
「おやおや、逆賊の安藤元大尉はお休みか。それにしても、ぶっさいくなものを大西中将ドノ、さてこの人数にどうやって対抗するのかな?」
「知りたいか、ならば帝国海軍の技術力と潮気を教育してやる」

 ヒュウッ、グバッ

 一瞬、風切音が聞こえたかと思いきや、次の瞬間輸送機が爆発した。
「なにっ!」
 単車男は試製陸戦強化衣『暁天』の右腕を前に突き出し、淡々と言った。
「只今の射撃見事なり!この試製陸戦強化衣『暁天』の右腕は九八指揮射撃盤も管制できるのだ。今のはマニラ湾に停泊している重巡足柄の二十糎砲だ」
「げっ!」
「ケケーッ!」
 次々に炸裂する二十糎榴弾、またたくまに参謀怪人は全滅した。
「ぬううう、大西!くらえ、虎空中後ろ回転蹴り!(ろーりんぐそばぁぁぁっと!)」
 怒りにふるえながら虎仮面は単車男に攻撃をしかけてきた。電動機の作動音と共にかわす単車男。
「飛翔ぉ!十字手刀ぉ! 俵返し! 月面宙返り蹴り! 飛行頭付き!(ふらいんぐくろすちょぉぉぉっぷ!ばっくどろぉぉぉっぷ!むーんさるときぃぃぃっく!だいびんぐへっどぱぁっと!)」
 次々に炸裂する、虎仮面の華麗な空中技。試製陸戦強化衣『暁天』の装甲鈑ははがれ飛び、電動機は悲鳴をあげ、関節からは潤滑油が漏れ、全身から薄く煙すら上げている。
「これで終わりだ!虎仮面、柄付螺回しぃぃぃぃぃぃ!(たいがーどらいばぁぁぁぁぁぁ!)」
「フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ!」
 虎仮面の長ったらしい決め台詞の隙を突き、『フレキシブルワイヤー』が虎仮面に巻きついた。
「見たか、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』陸助の石頭には想像もつかん装備だろうが。こう見えても試製陸戦強化衣『』は駆逐艦並みの出力があってな」
 大西中将は、ぐいぐいと『フレキシブルワイヤー』をたぐりよせ始めた。抵抗する虎仮面、『暁天』の電路は各所で短絡し火花を噴き始め、潤滑油は流血を思わせた。二人の足元の地面は、二人の出力に抗しかねえぐれていく。
ついに虎仮面は、『暁天』に羽交い締めにされた。
「は、放せ!どうするつもりだ」
「帝国海軍の技術力と潮気を教育してやるといっただろう?」
「いやもう充分ですよ、お願いですから放してください、大西中将殿」
 猫を被った虎仮面には構わず、大西中将は『暁天』に命令した。
「『暁天』飛行背嚢準備!」

キィィィィィ

高周波の金属音があたりを満たした。大西中将が乗ってきた陸王改の細長い側車が、金属音を上げながらゆっくりと架台を離れ浮揚していく。
 四秒後、大西中将が飛行背嚢と呼ぶそれは、地上一メートル程の高さに懸吊した。飛行背嚢は、鮫のような形をした不思議な飛行体だった。
「うわ、うわ、うわ」
 虎仮面が、訳の分からない叫び声を上げる。
「『暁天』飛行背嚢装備!」
 飛行背嚢はゆっくりと『暁天』の背後に近づき、『暁天』の背中と一体化した。大西中将は、眼前の色ガラスに表示される情報を素早く読み取った。「電路九個所切断、潤滑油不足、かなりやられたな、戦闘機動に支障なし、燃料はリンガエン湾まで片道充分だ、よしやれる」
「なにをする気だ、大西!」
「飛べるのだよ、『暁天』は。なにせ、空技廠が開発した機体だからな。そうそう、貴官の質問にまだ答えていなかったかな、富永中将。俺がいつ特攻するかだったか?」
 大西中将は、間をおいてゆっくりといった。
「今からだよ、貴官も一緒にな」
「ば、馬鹿!」
「貴官もついさっきまで、これから特別攻撃に出撃するといっとったじゃないか。噴進式だぞ、飛行背嚢は」
「よ、よせ、止めろ!」
「その言葉、散っていった者達に靖国で言うんだな」
 飛行背嚢の轟音が高くなり、暴れる虎仮面を抱えたまま『暁天』は浮き上がった。
 単車仮面が、わずかに顔を動かした。『暁天』の日本光学製のレンズがそれを捉え、大西中将に伝達した。
「おお、安藤君、生きとったか」
「大西…提…督」
「すまんが、この馬鹿が未練がましく暴れるもんで敬礼もできん。靖国で会おう、さらば!」
 単車仮面の昆虫の複眼を思わせる目には、『暁天』の鉄鉢からそこだけがのぞいている大西中将の口元に、満足した笑みが写った。
 試製陸戦強化衣『暁天』は、虎仮面を抱えたまま東方へ飛び去っていく。

 単車仮面 第六話「単車男の最後(完結編)」に必ず続く。なぜならば、第六話を先に書いてしまったからだ。
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