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単車仮面2 最終話「単車仮面最後の戦い」

 1948年12月22日ここネバダ砂漠のアメリカ陸軍秘密基地作戦室では、男二人のちょっとしたパーティーが開かれていた。銀髪の老人が、眼鏡を掛けた初老の東洋系の男にシャンパンを進めた。
 初老の東洋系の男は、グラスを掲げていった。
「第一次計画の成功に、乾杯!」
「乾杯!」
 銀髪の老人が、時計を見ていった。
「ヒデ、そろそろ君が吊るされる時間ダ」
「もうそんな時間かい、コーディ。では、元大日本帝国首相、陸軍大臣、参謀本部総長、陸軍大将にしてA級戦犯東条英機氏の冥福を祈って」
二人がグラスを小さくあげたその時。
「ストップ!オゥ!ノゥ!ファック!」
はるかかなたから、騒ぎが聞こえてきた。それはだんだん会場に近づいてくる。
 初老の東洋系の男は、ため息をついた。
「はるばるアメリカまで、ご苦労な事だ」
 銀髪の老人は軽く肩をすくめて、それに応えた。

ブオォォォォォーン

 二人のやり取りが終わるのを待っていたかのように、単車が会場のドアをぶち破って乱入して来た。シートには、当然安藤元帝国陸軍大尉が跨っている。なぜか、G-1ジャケットを着、単車は陸王ではなくオリジナルのハーレーであった。
 安藤元大尉は、ハーレーを降りると二人を指差し叫んだ。
「敗戦にあえぐ国民を欺き己一人アメリカに逃亡した貴様の卑劣な行動、全日本国民が許してもこの俺が許さん。東条英機元大将、いや、悪の秘密結社サンボのトジョー。そして、貴様の戦争責任、極東軍事裁判所が見逃してもこの俺が許さん。コーデル ハル元国務長官、いや、悪の秘密結社サンボのハール!」
 突然、老人と初老の男、いや東条英機とコーデル ハルは多重人格者のようにテンションを上げた。
「はるばるアメリカまでご苦労なことだ、飛んで火にいる夏の虫とは貴様のことよ」
「Ha! Ha! Ha! ”Summer stupid bags fly into fire for kill them self.(夏の間抜けな虫は、自殺するために自ら炎に飛び込む)” Haaaaa! Ha! Ha!」
 なにが可笑しいのか、笑い転げながらコーデル ハルが言った。
「オゥ、ヒデ、ワタシそれ知ってマース。エドゥ時代のトラベラー詩人がトマホーク…トーホクのマウンテンテンプルで詠んだ短い詩デース。Ha! Ha! Ha!」
「…もしかして、松尾芭蕉の事かい?コーディ」
「ソウデース、そのトラベラー詩人は、フロッグを応援したりとスパロゥと遊んだりする変な奴ディース。Ha! Ha! Ha!」
「…コーディ、松尾芭蕉が山寺で詠んだのは、蝉の鳴声で辺りの静寂さを強調した詩で。やせ蛙を応援したり、孤児の雀への優しい心を表現したのは小林一茶だよ」
「オゥ、「イイサ」 ミーン 「O.K.」 コバヤーシ、Haaaaa! Ha! Ha! Ha! Ha! Ha!」
 どうやら小林一茶の「いっさ」を「いいさ」に掛けて、英語では「O.K.」だと言いたいらしい。
 安藤元大尉が、押し殺した声で、しかし明らかに殺気を込めていった。
「トジョー、なんだこいつは」
「し、知らんのか。これがアメリカの小粋なパーティージョークだ!」
「Haaaaa! Ha! O.K. コバヤーシ、Haaaaa! Ha! Ha! Ha! Ha! Ha!」
「コーディ、コオオオオデイ!」
「オゥ、ソーリィ。でもワタシには区別ツキマセーン。死ぬ前にいい事を教えて上げマース。ジャップの慣用語デハ、「女中さんのお土産(メイドのミヤゲ)」でーす。
 ヒデ、「メイドのミヤゲ」ってあれだろ。旦那の手がついたメイドにギフトを渡して殺すやつだろ。ジャップもやるディスか」
「お前の国じゃそんなことしてんのか」
「当然ディース。ワタシもここに来る前3人目ニ、御土産を渡してきたディース。
 そうそう、いいことディス。モスコーは極東から手を付けることにしました。ピョンヤンはやる気モリモリマンマンディース」
「コーディ、いい年してお前…」

「おのれ、再び半島を戦火にまみれさせようというのか。そんな事はさせん!」
 次の瞬間、床の上には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
 が、東条とハルは余裕たっぷりだった。
「飛んで火にいる夏の虫といっただろう」
「貴方も、ルーズベルト同様葬ってあげマース」
「やはり、前大統領は貴様等に謀殺されたのか」
「Oops!知られチャ仕方ネェ。そうよ、我々の忠告を無視し、ソ連の懐柔路線を取ろうとしたのさあの男ハ。殺されてどうだったかハ、地獄で聞きなサーイ!Ha!」
 ハルのセリフと共に、作戦室に怪人が乱入して来た。
「Kee Kee!」
 怪人全員が黒覆面、黒い全身タイツを着用。憲兵怪人、参謀怪人に似ているが黒襟も参謀肩章もない、代わりに顔面に白く「MP」と書いてある、さしずめMP怪人であろう。装備もトンプソンになっている。
「Hey!、彼らは水草の実を食って育った今までの連中でハありまセーン。彼らはテキサスビーフを食ってマース、栄養が違いマース、栄養が」
「コーディ、水草の実ってもしかして…」
「コメとかいう、ネズミの餌のことディース」
 二人がアメリカ漫才をしている間に、MP怪人は全て倒されていた。
「ノォッ!ザッツインクレディボー!ビーフが…、テキサスビーフがネズミの餌に負けるなんてあってハならないことディース!」
 そう叫ぶと、ハルはネイティブアメリカン戦いの化粧を施し、頭部はバッファロー、背中にトマホークというよくわからんものに変化していた。
「お前の正体は…、バッファロー男…でいいのか?なんだそれ?」
「じぇろにもっ!」
 謎の掛け声と共に、単車仮面に襲い掛かるハル改めハール改めバッファロー(?)男。辛うじてかわす単車仮面。
「なばほっ!まにとぅ!嘘つかないっ!」
次々に炸裂する、バッファロー(?)男の連続攻撃。受け一方の単車仮面。バッファロー(?)男は背中のトマホークをひっつかみ叫んだ。
「これでフィニッシュでィース、!とまっほぅぅぅく、ぶぅぅぅめらんん…」
「単車キィィィック!」
 バッファロー(?)男の長ったらしい決め台詞の隙を突き、単車仮面が飛び蹴りを放った。
「はう」
 最後の言葉を残し、バッファロー(?)男は爆発した。

「次は貴様だ、トジョー!む、どこに逃げた!出てこい」
 東条の姿はなかった。探し回る単車仮面の声に、スピーカーから東条の声が響いた。
「ご苦労だったな飛蝗男、私はピョンヤンで仕事があるのでね、失礼するよ。なお、その基地は自動的に消滅する」
 ネバダ砂漠のアメリカ陸軍秘密基地は、大爆発をおこし消滅した。

ブオォォォォォーン

 ネバダ砂漠をハーレーがゆく、あちこちが焼けこげ煙をふいている。
「さすがに本場物は頑丈だ、いくぞタイフーン!」
 安藤元大尉は、ピョンヤンに向けてアクセルを開けた。


あとがき

 第六話のマ元帥もそうだったが、アメリカ人を出すと筆者はおちゃらけてしまい駄目である。いずれにせよ、あの戦争は特定の個人、組織に責任を問えるようなものではない。まったくナンセンスな史実であり、下手な小説よりよほどよく出来ている。筆者程度の筆力ではどうにもならないので、「単車仮面」はこれで筆をおく。
 というか、このおちゃらけた駄文で、さまざまな人々に「悪の秘密結社」の怪人になってもらったが、ちょこちょこその人々を調べながら、もし当時その人々にあって話したらそんなに悪い人じゃあないような気がしてならない。ごく普通の、仕事熱心な(なかには小心な)方々だったのだろうな、などと思えてしまいどうもこれ以上、いわば筆者の思い込みで、彼らなりに生きていたであろう人々を「変化」させるにしのびなくなってきた、というのが正直なところである。でも「試製陸戦強化衣『暁天』」の話は書いてみたい気もする。
 関係ないが、東条英機は、蝿男になってもらおうと筆者は考えていた。

2002年8月16日、閣僚靖国参拝への中国政府のリアクションを見ながら
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第七話「サンボの最後」

 1948年12月23日、巣鴨プリズンで東条英機大将はA級戦犯として絞首刑を執行された。刑を執行した米軍関係者のうち、一人として東条の正体が悪の秘密組織サンボ首領トジョーである事に気づいたものはいなかった。
 遺骨は遺族に引き渡されなかった。

単車仮面 完

 サンボは単車仮面が手を下すことなく、壊滅してしまった。結局単車仮面が倒したのは、蝙蝠男と蜘蛛男だけか?単車仮面はフィリッピンであのまま死んだのか?
 なんだこれ、変なの。なんか知らんが、終わってしまった。
 まあねえ、書いててつくづく思ったけど。誰か(またはどこかの組織が)をぶっ潰せばそれでめでたしめでたしってなしくみにはなってないんだよね、この世は。辻が、牟田口が、富永がいなければ戦争にならなかったとか、戦争に負けなかったとかにはなりっこない。それじゃ面白くないから、単車仮面にがんばってもらったけど。
 幼稚。あ、アメリカの映画は全部こうか。

合掌
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第六話「単車男の最後(完結編)」(ほとんど外伝)

 フィリピン奪回部隊司令部では、独自の美意識に基づいたスタイルのダグラスマッカーサー元帥が、スタッフを集め会議を開いていた。
 参謀達が、きびきびを現状を報告していく。
「制空権、制海権ともにこちらが握っております。特に敵航空戦力は海軍、陸軍ともに例の自殺攻撃で飛べる機体はほとんどありません」
「陸上は一部敵の頑強な抵抗はあるものの、ほぼ予定通り侵攻しております」
「敵は戦意が低く、装備も開戦時と変わりありません」
「フクバラハップの報告では、敵の司令官はゼネラル ヤマシタだそうです」
 情報担当の参謀の報告で、それまで上機嫌だったマッカーサー元帥の顔色が変わった。
「ヤマシタ、まさか…」
「イエス サー。トモユキ ヤマシタ、あの"タイガー オブ マレー"です。昨年の10月に満州からマニラに着任したようです」
 マッカーサー元帥は、不機嫌に黙り込んだ。
 彼の神経は、レイテ上陸戦から開始されていた日本軍の自殺攻撃に痛めつけられていた。「マレーの虎」この言葉は、マッカーサー元帥に不気味な怪人の姿となって重くのしかかっていたのである。
「休憩にしよう」
 マッカーサー元帥は、そういって司令部を出た。もちろん、独自の審美眼で選択したコーンパイプを咥え、自分の目で選択したレイバンを掛け、自分でデザインした帽子を被っている。
 外は南国の陽光が降り注いでいた。前線から遠く離れたこの司令部は、同じ島で今この瞬間もアメリカの若者が血を流しているとは信じられない程静かだ。
「…「マレーの虎」といってもただの人間だ、今の私に恐れる必要はない」
コーンパイプ、レイバン、軍帽という仮面を身につけ、自分にそう言い聞かせると、いくらか気が鎮まる気がした。
 しかし

キィィィィィ

 耳慣れない高周波の金属音が空から響き、マッカーサー元帥は空を見、口をだらりと大きく開け、従兵に聞いた。
「おい、あれはなんだ」
 コーンパイプが、下唇に貼りつきぶらぶらする。
 マッカーサーが指差す先には、銀色をした人型の飛行物体が飛んでいく。下に人らしきものを抱えているようだ。
「ジャップの新兵器では?」
「あぁ…」
 その頃、試製陸戦強化衣『暁天』の日本光学製のレンズも、マッカーサー元帥の姿を捕らえて、大西中将に伝達していた。虎仮面は、相変わらずもがいている。
「大西おろせ!いや大西中将殿、ください」
「ほう、よくわからんが、死ぬのはいやかな富永中将」
「あたりまえだ!いや自分にはまだ、とにかくおろせ!」
「よかろう、丁度いい、ここでおろしてやる。
『暁天』爆撃照準!目標、敵司令!」
「え?」
 混乱する虎仮面をよそに、試製陸戦強化衣『暁天』内蔵の電探が、情報を大西中将眼前の色ガラスに表示した。大西中将は情報を素早く確認すると、試製陸戦強化衣『暁天』をマッカーサー元帥への爆撃針路に乗せた。
「こっちに向かってきます!」
 従兵の警告を、マッカーサー元帥は下唇にコーンパイプをぶら下げたまま聞いた。
「なにをする気だ!大西!やめろ!おい!やめろください中将殿」
「ヨーソロー。今おろしてやるからそう暴れるな」
 大西中将は冷静に針路を維持し。
「テーッ」
虎仮面を放した。
 マッカーサー元帥は、恐怖に目を見開き謎の飛行物体が放り出した、虎の仮面を被り、下にタイツ、裸の上半身の右肩に参謀肩章をつけた怪人を見つめた。彼にとって不幸なことに、それはつい先程まで彼の神経を痛めつけていた「マレーの虎」のイメージそのものだった。マッカーサー元帥は泣きながら叫んだ。
「タイガー?ジーザス!オゥ ノゥッ!ヤマシータ カミカーゼ バンザーイ ノゥッ ノォッッッッ!」
 コーンパイプは、まだ下唇に貼り付いている。
 虎仮面も叫んでいる。
「どけぇぇ、アメ公ぉぉ、いやプリーズ ドウカ ドイテクダサーイ プリー…」

ゴイーン

 大西中将の照準違わず、虎仮面はマッカーサー元帥に命中し、間髪いれず虎仮面が爆発した。爆風でコーンパイプが、レイバンが、マッカーサー元帥オリジナルデザインの軍帽が、天幕が吹き飛び、ルソン島の空に火球が立ち上った。
「ぶへっっっくしょいぃ。誰か噂しちゅうき」
 その頃、第十四方面軍(尚武)司令官 山下奉文大将は、かなたにのぼる煙をみながら、故郷言葉でつぶやいていた。
 戦果を確認した大西中将は静かに呟いた。
「『暁天』針路、リンガエン湾、目標、敵侵攻船団」
 体にかかる遠心力を感じながら、大西中将は満ち足りた気持ちで思った。
「…今行くからな、席を開けておいてくれ」
 
 筆者も思わず力が入り、前、中、完結の三編になってしまった。しかも完結編には単車仮面が全く出てこない。
 単車仮面より、試製陸戦強化衣『暁天』の方が魅力的なような気がしてきた。
 いずれにせよ、亡くなられた多くの方々に合掌。
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第五話「単車男の最後(中編)」

 1945年1月ここ陸軍第四航空軍司令部では、太平洋戦争中最も卑劣な策謀が実施されようとしていた。
「我々はこれから帝国軍人の神聖な義務を遂行せねばならんのでね、失礼する」
じりじりと、残留要員ににじりよられる安藤元大尉を横目に富永中将は言い捨て、輸送機に向かった、その時。

バボボボボボボボ

 さっきとは別の単車の爆音が響いた。
 錨の紋章が付けられた九七式側車付自動二輪車、陸王改に跨っているのは、一航艦司令長官大西瀧次郎中将であった。陸王改の側車は、通常のものより長細かった。大西中将はゆっくり陸王改を降りると、仁王立ちになり一喝した。
「待てい!」
 新たな状況に追従できず、残留要員が混乱する。
 富永中将は気づかれぬように舌打ちすると、大西中将に近づき、敬礼して言った。
「これは肉弾攻撃の生みの親、大西瀧次郎中将殿。
海軍サンの特別攻撃隊の失態で、米軍に上陸を許してしまった陳謝ですかな?」
 死んでいった部下をけなされ、闘将大西中将の顔が朱に染まった。
「黙れ卑怯者。貴様のような奴の命令を御国の為と信じ、散っていった者達が哀れでならぬわ」
 富永中将の顔に、獲物を見つけた狐のような笑いが浮かんだ、揚げ足を見つけたのだ。
「卑怯もなにも、これから本官は、あなたの考案された特別攻撃に出撃するところなのですよ。大西中将殿、貴官はいつ特攻されるのです?
 それとも大西中将殿も、あの逆賊の仲間ですか?」
 富永中将の煽動で、安藤元大尉を囲んでいた残留人員が大西中将に目を向けた。
くっくっくっくっくっ
 大西中将が、含み笑いをもらした。思わぬ反応に、戸惑う富永中将。
「この後におよんで、大したお芝居だ。証拠を見せてやろうか」
「なに!」
「ほれ」
 言うがはやいか、大西中将は左手で富永中将の中将徽章を引っぱった。一瞬、富永中将は虎の仮面を被り、下にタイツ、裸の上半身の怪人に変化していた。やはり、裸の右肩に参謀肩章は浮いている。
 どよめく残留人員。
「おのれ大西、殺れ!」
「ケケー!」
 司令部要員が一斉に参謀肩章を引っ張った。次の瞬間黒覆面、黒い全身タイツを着た怪人に変化した。憲兵怪人に似ているが黒襟はなく、代わりに全員が参謀肩章に似たひもを右肩にぶら下げていた、さしずめ参謀怪人であろう。装備も三八式歩兵銃から、百式短機関銃になっている。
 残留人員は、算を乱して逃げ出した。
「ふははははは、我々の計画とおり貴様が体当たり攻撃を始めてくれたおかげで、ずいぶんと助かったよ、大西中将ドノ。礼を受け取ってもらおうか。撃て!」
百式短機関銃を構え、大西中将に発砲する参謀怪人。狂ったように高笑いを上げる富永中将、いや虎仮面。
 硝煙が薄れた時、大西中将の前には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が全身から血を流して仁王立になっていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
 しかし、単車仮面はゆっくりとくずれおちた。大西中将は、単車仮面を抱えおこした。
「遅れてすまん、安藤君。便衣隊が橋を爆破しおった」
「自分なら銃弾慣れしています、奴等を…」
 単車仮面の昆虫の複眼を思わせる目から、赤い輝きが徐々に失われていく。
 大西中将は、単車仮面を地面に横たえると、怒りに震えながら無言で立ち上がると錨の紋章が付けられた単車の物入れから、額に錨の紋章がついた異様な鉄鉢を取り出し頭に被った。一瞬大西中将が発光し、次の瞬間全身銀色の人影が立っていた。顔は口元だけが覗いており、目の部分は一枚の黒い色ガラスになっている。色のせいもあり、全体に機械的な印象がする。

ウィーン、キュイーン

 動く度に電動機の作動音がフィリッピンの空に響いた。
「瀕死の重傷を負いながら、海軍病院で奇跡的に命を取り留めた俺は、貴様等に対抗せんと極秘裏に空技廠に試製陸戦強化衣『』を開発させた!そして俺は試製陸戦強化衣『暁天』を装備し、貴様等の悪事を裁く『単車男』となるのだ!」
「おやおや、逆賊の安藤元大尉はお休みか。それにしても、ぶっさいくなものを大西中将ドノ、さてこの人数にどうやって対抗するのかな?」
「知りたいか、ならば帝国海軍の技術力と潮気を教育してやる」

 ヒュウッ、グバッ

 一瞬、風切音が聞こえたかと思いきや、次の瞬間輸送機が爆発した。
「なにっ!」
 単車男は試製陸戦強化衣『暁天』の右腕を前に突き出し、淡々と言った。
「只今の射撃見事なり!この試製陸戦強化衣『暁天』の右腕は九八指揮射撃盤も管制できるのだ。今のはマニラ湾に停泊している重巡足柄の二十糎砲だ」
「げっ!」
「ケケーッ!」
 次々に炸裂する二十糎榴弾、またたくまに参謀怪人は全滅した。
「ぬううう、大西!くらえ、虎空中後ろ回転蹴り!(ろーりんぐそばぁぁぁっと!)」
 怒りにふるえながら虎仮面は単車男に攻撃をしかけてきた。電動機の作動音と共にかわす単車男。
「飛翔ぉ!十字手刀ぉ! 俵返し! 月面宙返り蹴り! 飛行頭付き!(ふらいんぐくろすちょぉぉぉっぷ!ばっくどろぉぉぉっぷ!むーんさるときぃぃぃっく!だいびんぐへっどぱぁっと!)」
 次々に炸裂する、虎仮面の華麗な空中技。試製陸戦強化衣『暁天』の装甲鈑ははがれ飛び、電動機は悲鳴をあげ、関節からは潤滑油が漏れ、全身から薄く煙すら上げている。
「これで終わりだ!虎仮面、柄付螺回しぃぃぃぃぃぃ!(たいがーどらいばぁぁぁぁぁぁ!)」
「フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ!」
 虎仮面の長ったらしい決め台詞の隙を突き、『フレキシブルワイヤー』が虎仮面に巻きついた。
「見たか、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』陸助の石頭には想像もつかん装備だろうが。こう見えても試製陸戦強化衣『』は駆逐艦並みの出力があってな」
 大西中将は、ぐいぐいと『フレキシブルワイヤー』をたぐりよせ始めた。抵抗する虎仮面、『暁天』の電路は各所で短絡し火花を噴き始め、潤滑油は流血を思わせた。二人の足元の地面は、二人の出力に抗しかねえぐれていく。
ついに虎仮面は、『暁天』に羽交い締めにされた。
「は、放せ!どうするつもりだ」
「帝国海軍の技術力と潮気を教育してやるといっただろう?」
「いやもう充分ですよ、お願いですから放してください、大西中将殿」
 猫を被った虎仮面には構わず、大西中将は『暁天』に命令した。
「『暁天』飛行背嚢準備!」

キィィィィィ

高周波の金属音があたりを満たした。大西中将が乗ってきた陸王改の細長い側車が、金属音を上げながらゆっくりと架台を離れ浮揚していく。
 四秒後、大西中将が飛行背嚢と呼ぶそれは、地上一メートル程の高さに懸吊した。飛行背嚢は、鮫のような形をした不思議な飛行体だった。
「うわ、うわ、うわ」
 虎仮面が、訳の分からない叫び声を上げる。
「『暁天』飛行背嚢装備!」
 飛行背嚢はゆっくりと『暁天』の背後に近づき、『暁天』の背中と一体化した。大西中将は、眼前の色ガラスに表示される情報を素早く読み取った。「電路九個所切断、潤滑油不足、かなりやられたな、戦闘機動に支障なし、燃料はリンガエン湾まで片道充分だ、よしやれる」
「なにをする気だ、大西!」
「飛べるのだよ、『暁天』は。なにせ、空技廠が開発した機体だからな。そうそう、貴官の質問にまだ答えていなかったかな、富永中将。俺がいつ特攻するかだったか?」
 大西中将は、間をおいてゆっくりといった。
「今からだよ、貴官も一緒にな」
「ば、馬鹿!」
「貴官もついさっきまで、これから特別攻撃に出撃するといっとったじゃないか。噴進式だぞ、飛行背嚢は」
「よ、よせ、止めろ!」
「その言葉、散っていった者達に靖国で言うんだな」
 飛行背嚢の轟音が高くなり、暴れる虎仮面を抱えたまま『暁天』は浮き上がった。
 単車仮面が、わずかに顔を動かした。『暁天』の日本光学製のレンズがそれを捉え、大西中将に伝達した。
「おお、安藤君、生きとったか」
「大西…提…督」
「すまんが、この馬鹿が未練がましく暴れるもんで敬礼もできん。靖国で会おう、さらば!」
 単車仮面の昆虫の複眼を思わせる目には、『暁天』の鉄鉢からそこだけがのぞいている大西中将の口元に、満足した笑みが写った。
 試製陸戦強化衣『暁天』は、虎仮面を抱えたまま東方へ飛び去っていく。

 単車仮面 第六話「単車男の最後(完結編)」に必ず続く。なぜならば、第六話を先に書いてしまったからだ。
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第四話「単車男の最後(前編)」

 1945年1月ここ陸軍第四航空軍司令部では、太平洋戦争中最も卑劣な策謀が実施されようとしていた。

 陸軍特別攻撃隊がフィリッピンの空に溶けていった。飛行場で見送っていた人々は厳粛な表情のまま、持ち場へと戻った。司令部要員も、司令部へと向かっていく。飛び立っていく搭乗員にいつも訓辞していたとおり、いよいよ次は司令自ら特攻されるのだ、忙しく動きながら第四航空軍の皆が悲壮感と共に思った。司令部を除いては。

 司令部に入った途端、司令部要員全員が笑い出した。
「いやー、いったいった」
「見たかあいつらの神妙な顔」
「しかし司令、「君らだけを行かせはしない。最後の一機で本官も特攻する、諸君は既に神である」名演説でしたな」
「感動して泣いてたのもいたぞ」
 第四航空軍司令富永恭次中将が笑いながらいった。
「さて、馬鹿でも神サマは神サマだ、神サマに嘘をつくわけにはいかん。そろそろわれわれも「特別攻撃」するか、んん?」
「台湾にですな」
 再び笑い声があがった。
「まてまて、置いていく連中はどうする」
「なあに、われわれが汗をかかなくとも、アメ公がかってに始末してくれるさ」
「司令、連中にもう一発感動的な訓辞をお願いしますよ。とち狂ってシャーマンに殴りかかっていくようなやつ」
「まかせろ、豚も木に登るような訓辞をしてやる」
 三たび笑い声があがった。彼らからは、自分等の命令で一命をなげうち敵艦に体当たりしていった者達、これから絶望的な抗戦をおこなうであろう者達への敬意はまったく感じられない、むしろ軽蔑しているようだった。

 司令部の前には、司令官の特攻を前に後方要員全員が整列していた。出てきた司令部要員を前に、全員が敬礼した。それらしい表情をつくり、富永恭次中将が「最後の訓辞」を始めた。
「捷号作戦発令よりこのかた、我が第四航空軍は搭乗員諸君の一命を省みぬ奮闘、諸君の日夜を問わぬ献身により驕敵に多大なる損害を強いてきた。今ひとたびの攻撃で驕敵に大打撃を与え、この難局を転回し得ること必至である。しかし、連日の出撃により遺憾ながら第四航空軍の戦力は底をついている、よって本官を始めとする司令部全員により特別攻撃を実施する。
 これは第四航空軍最後の作戦行動となろう。だが我々の出撃後、諸君の軍務が終了するわけではない。海軍の奮闘及ばず上陸を許した残敵は、依然としてあなどれぬ勢力を維持しあり、山下大将の十四軍は各地で苦戦している。ここまで敵の侵入を許すおそれは充分にある。その時は、各々小銃をとり、小銃なくば銃剣を、銃剣なくば包丁を、包丁なくば徒手空拳にても、帝国陸軍軍人たるの本分を諸君等が示すであろうことを、本官は信じている。
 最後になるが、諸君等を苦楽を共にできたことは、本官の軍歴いや人生最大の快事であった。武運長久を祈る」
 官僚軍人富永恭次中将の面目躍如たる訓辞であった。官僚的修飾に満ちた文章で悲壮感をあおり、さりげなく死守を示唆し、その責任を海軍と十四軍に見事に転嫁している。突き詰めてしまえば「俺等は体当たりして死ぬ、海軍と十四軍が失敗して敵が来たら刺し違えて死んでもいいよ」としかいっていない。
 司令部全員が、特別攻撃輸送機に向かおうとしたその時。

ブオォォォォォーン

 飛行場に単車の爆音が響き渡った。
 輸送機と司令部員の間に割り込む一台の陸王、そして謎の帝国陸軍軍人、ざわつく残留要員。だが富永恭次中将を含む司令部は妙に落ち着いている。
「出たな、裏切り者」
 あごをつきだすようにして、富永恭次中将がいった。謎の帝国軍人が、押し殺すように応じる。
「黙れ。未来ある若者に自殺攻撃を命令しておきながら、さらには苦楽を共にした部下を見捨て自分等のみ敵前逃亡しようとする卑劣な行動、大元帥陛下が許してもこの自分が許さん。富永中将いや、悪の秘密結社サンボのトミナー!」
 富永中将はにやにやしながら切り返した。
「一体何の事かな?官姓名を名乗らん奴の言うことなど聞けないな。はて、君はどこかで見た気がする、…うーむ、二二六事件の逆賊安藤大尉に似ているな。ははん、さては銃殺執行を逃れ敵の特務にでもなったか。アメリカの狗の言うことなど、ますます聞くわけにはいかない」
 先程の訓辞で感激していた残留要員は、「逆賊」「アメリカの狗」と聞いて一斉に憎しみに満ちた目を謎の帝国陸軍軍人、いや安藤元大尉に向け、安藤元大尉を取り囲み始めた。形勢は圧倒的に安藤元大尉に不利であった。気が立っている残留要員は、既に富永中将の巧みな煽動で、安藤元大尉をアメリカのスパイだと思い込んでいる。しかし、単車仮面に変化して彼らを叩きのめす訳にはいかない、彼らはサンボではない。
「我々はこれから帝国軍人の神聖な義務を遂行せねばならんのでね、失礼する」
 じりじりと、残留要員ににじりよられる安藤元大尉を横目に富永中将は言い捨て、輸送機に向かった、その時。

バボボボボボボボ

 さっきとは別の単車の爆音が響いた。

この展開だと、単車仮面 第五話「単車男の最後(中編)」に続くような気がする。
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第三話「単車男登場」

 1944年10月、ここ一航艦司令部では草色の防暑服を着た司令長官大西瀧次郎中将が、一人瞑目していた。肩が震えている。大西中将の脳裏には、ついさっき自分が帽振れで送り出した25番(250キロ爆弾)を抱え、いかにも重たげに離陸していく零戦の映像がこびりついて離れなかった。
「俺もいく、俺もいくぞ」
 大西中将が涙をはらい、顔を上げたその時。

ブオォォォォォーン

長官室に単車の爆音が響き渡った。
 何事かと顔を上げる大西中将の目に、ドアを開け入室してくる帝国陸軍軍人の姿が写った。帝国陸軍軍人は無言で敬礼した。
「陸軍サンが何の用かな」
 答礼し、おだやかに大西中将が尋ねた。
「大西提督、統率の外道はお止めください」
「統帥の、外道?」
「爆装した艦戦を、搭乗員もろとも敵艦に体当たりさせる」
「…」
大西中将は、火を噴くような眼光で帝国陸軍軍人を睨み付けた。
「読めたぞ、貴様サンボの回し者だな。貴様等とはすっぱり手を切ったはずだ、この大西瀧次郎断じて悪事の荷担はせん!」
「違います提督、自分は…」
「問答無用!最後に海軍の栄光を守って、若者に死に場所を与えてなにが悪い、すぐに俺もいくのだ!」
 言うが早いか、大西中将は机の引き出しから額に錨の紋章がついた異様な鉄鉢を取り出し頭に被った。一瞬大西中将が発光し、次の瞬間長官席の後ろには全身銀色の人影が立っていた。顔は口元だけが覗いており、目の部分は一枚の黒い色ガラスになっている。色のせいもあり、全体に機械的な印象がする。

ウィーン、キュイーン

動く度に電動機の作動音が長官室に響いた。
「ふははははは、見たかサンボ。これぞ貴様等の悪事を挫くため、極秘裏に空技廠が開発した試製陸戦強化衣『暁天』だ!」

バグン!
 試製陸戦強化衣『暁天』の右腿の装甲鈑が音を立てて外側に開き、中から拳銃が架台ごと飛び出した。見た目は南部十四年式のようだが、様々な突起が追加され全く別物の拳銃のようにも見える。大西中将は右手で拳銃をひっつかび吠えた。
「冥土の土産に教えてやろう、この試製陸戦強化衣『暁天』の右腕は九十八指揮射撃盤も管制できるのだ。貴様には九十一式四十六糎徹甲弾などもったいない、この南部十四年式改で充分だ!」

ブバブバブバブバブバブバ

 瞬く間に全弾を連射しつくす南部十四年式改、立ち込める硝煙が薄れた時。
 長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
「正体を現したな、海軍の優秀な技術を手に入れようと甘言巧みに俺に接近し、帝国海軍軍人の潮気の前に目的が達成できぬと知るや俺の抹殺を図ったサンボ!」
 大西中将が、試製陸戦強化衣『暁天』の右手を一振すると、右手に長い鞭のようなものが現れた。
「瀕死の重傷を負いながら、海軍病院で奇跡的に命を取り留めた俺は、貴様等に対抗せんと極秘裏に空技廠に試製陸戦強化衣『暁天』を開発させた!そして俺は試製陸戦強化衣『暁天』を装備し、貴様等の悪事を裁く『単車男』となるのだ!」
 大西中将が右腕を一閃、鞭が空を切る。辛うじてよける単車仮面、鞭はそこにあった応接卓を粉々に粉砕した。
「見たか、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』思考の硬直した陸助には想像もつかん装備だろうが。」
「待ってください大西提督」
「聞く耳ぃ、もったんわぁぁ!フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ!」
大西中将の雄たけびとともに、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』が単車仮面の首に見事巻き付いた。
「ぐっ」
「さて、試製陸戦強化衣『暁天』の駆逐艦並みの出力にどこまで耐えられるかな?」
ぎりぎりと締まっていく『フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ』

「なにっ?」
困惑の声と共に、大西中将は試製陸戦強化衣『暁天』の出力を下げた。どさりと床に落ちる『フレキシブルワイヤー』
 単車仮面は元の帝国陸軍軍人の姿に戻っていた。

ゲフッ、ケッケッ、ゲフッ

 むせながら帝国陸軍軍人はいった。
「…大西提督をして、特別攻撃を決断させる事こそがサンボの深慮遠謀だったとしたら」
「な、なに…」
「サンボも独自に特別攻撃を考えていました、だが始めっから搭乗員の戦死を織り込んだ肉弾攻撃を陸軍から始めさせるのは自分たちの影響力低下につながる。そこで海軍の技術を入手する名目であなたに接近し、あなたに海軍から特別攻撃を始めるよう誘導した。
より完璧な偽装にするため、あなたをわざと逃がし丁寧に重傷まで負わせて。」
「…サンボの言うことなぞ信用できんわ…」
大西中将は力なくいった。
「自分はサンボではありません、よく見てください」
 大西中将は、改めて帝国陸軍軍人を見、墓場から生き返った死人を見たような表情をした。
「君は一体…いや、まさか…、まさか安藤大尉」
 安藤大尉と呼ばれた帝国陸軍軍人はうなずいた。
「二二六事件の軍法会議で銃殺された自分は、同志と一緒に満州のサンボ七三一研究所で飛蝗男として蘇生させられたのです。
 奴等は自分達に同調するよう、自分を脳改造しようとしました。しかし、同志と自分が一命を賭してまで糾そうとした日本を、あまつさえ東亜の民草を苦しめようとする奴等に、自分は死んでも同調してはならなかったのです。
 自分は脱走しました。追手として差し向けられた、かつての同志を倒して…」
「…だとしたら、私は、私は死んでいった若者になんといって詫びればいいのだ…」
 大西中将の目を覆った一枚の色ガラスから、涙が滂沱と流れた。
 単車仮面、いや安藤元陸軍大尉はかける言葉がなかった。

 「安藤君、やつらが誤算した事がある」
 大西中将は、額に錨の紋章がついた鉄鉢を脱いだ、鉄鉢の下から現れた大西中将の顔は闘将と呼ばれた元の顔に戻っていた。
「試製陸戦強化衣『暁天』とこの俺『単車男』だ。帝国海軍の技術力と潮気をサンボの奴等に教育してやる」

ブオォォォォォーン

 フィリッピンの砂浜を陸王『颱風號』がゆく、なりゆきでああなったが単車仮面の正体は筆者にも意外な人物であった。
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第二話「怪奇蜘蛛男」

インパール作戦で亡くなった英霊に合掌。

 1943年12月、ここビルマ方面軍司令部では、恐るべき・・・いや破廉恥な陰謀が実行にうつされようとしていた。

 細面の将軍が熱弁をふるっている。
「必勝の信念をもってあたれば敵は必ず退却する。まして英軍は弱い。天長節までには、インパールもコヒマも占領可能である」
「しかし、この作戦は危険性が多い。再考できないか」
ビルマ方面軍参謀長の問いに、細面の将軍は胸を張って答えた。
「盧溝橋以来弾雨をくぐってきた私の戦歴をかけ問題ない」
 細面の将軍の、根拠のよくわからない自信に、彼とは慮溝橋事件以来の付き合いであるビルマ方面軍河辺司令官がほとんど認可しそうになったその時。

ブオォォォォォーン

 ビルマ方面軍司令部に単車の爆音が響き渡った。
 司令部の面々は、窓に駆け寄り、絶句した。前庭には、陸王に跨り不敵に笑う謎の帝国陸軍軍人が。憲兵が三八式小銃を構えて、遠巻きにしている。
 細面の将軍が前庭に飛び出し、自説を中断された怒りもあらわに謎の帝国陸軍軍人を詰問した。
「貴様!ここをどこだと思っている!」
「ビルマ方面軍司令部」
「官姓名を名乗れ!」
「単車、仮面」
「・・・狂人か。憲兵!こいつを逮捕しろ!」
顔面蒼白になりながら、細面の将軍、牟田口廉也中将が叫んだ。
 殺到する憲兵、その時。
「トォァーッ!」
 掛け声とともに、謎の帝国陸軍軍人が陸王の座席からラングーンの空に飛び上がった。次の瞬間、前庭には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
「ば、化け物」
憲兵が一斉にうめいた。
 牟田口廉也中将が叫んだ。
「辻!この非常時に辻はどこにいった!」
「ツジボーいや蝙蝠男なら、この単車仮面が満州で倒した!知らんのか」
「史実とちがうじゃないか!」
「ふっふっふっ、東亜の平和を守るためなら単車仮面はどこにでも現れる、愛車『颱風號』と共に!。だいたい、補給はいったいどうするつもりなんだ、どうせ貴様の事だから「ジャングルに自生している草を食え」とか「牛を徴発して「駄牛隊」を組織し用がすんだらそれを捌いて食えばいい」くらいしか考えてないだろう」
「なぜジンギスカン作戦をそこまで知っている、軍機のはずだ。」
「・・・本気で考えていたのか、作戦名までつけて。インド義勇軍はどうする、ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物だぞ、食わせる訳があるまい。
 日印の兵士に無用の血を流さしめ。ビルマの百姓から貴重な労働力を奪おうとするお前のたくらみ、大元帥陛下が許してもこの自分が許さん。牟田口中将いや、悪の秘密結社サンボのムタグー!」
 単車仮面は、牟田口中将を指差した。
「うぬう、ムタグー!」
怪しい掛け声とともに、中将襟章を引っ張る牟田口中将。一瞬、牟田口中将もまた赤マスク、赤い全身タイツの怪人に変化していた。赤とはいうものの、頭のてっぺんからつまさきまで黒い格子縞が入っており、くも蜘蛛の巣を思わせた。が、右肩の参謀肩章は浮いている。
 事態の変転についていけず右往左往するビルマ方面軍の面々、そして憲兵。ビルマ方面軍の憲兵は、まだ憲兵怪人に入れ替わっていないのだった。
「お前の正体は、蜘蛛男だったのか!」
「くらえ!盧溝橋蜘蛛の糸!」
謎の掛け声と共に、単車仮面に両手から白い糸を浴びせる牟田口中将改めムタグー改め蜘蛛男。虚をつかれ、絡めとられる単車仮面。
「なにしに出てきたんだ、単車仮面とやら」
ゆっくりと単車仮面に近づき、鈎爪のついた右手を振り上げる蜘蛛男。
「これで終わりだ!佐藤(幸徳)の馬鹿野郎ぉぉぉぉ!」

ザッギン!

 飛び散る火花、吹き出す血しぶき、よろける単車仮面。だが、
「単車キィィィック!」
単車仮面は、蜘蛛の糸を自分の胸の肉と一緒に蜘蛛男に切らせたのだ。胸から血を流しながら、飛び蹴りを放つ単車仮面。
「俺は間違っていないぃぃぃぃ!」
 最後の言葉を残し、蜘蛛男は爆発した。爆風で中庭に面した窓ガラスが割れ、ラングーンの空に火球が立ち上った。

「ぶへっっっくしょいぃ。誰が俺ばうわさしったんだべが。」
その頃、三十一師団(烈)師団長 佐藤幸徳中将はくしゃみをしながら、故郷言葉でつぶやいていた。

ブオォォォォォーン
 ビルマの野を陸王『颱風號』がゆく、単車仮面の正体は次回明らかになるかもしれない、ならないかもしれない。
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第一話「単車仮面登場」

 1939年5月、ここ関東軍司令部では満蒙国境ハルハ河でおきたモンゴル軍との武力衝突を期に、おそるべき陰謀が実行にうつされようとしていた。
 眼鏡を掛けた、いかにも秀才然とした参謀が弁舌をふるっている。
「内地はでは事態不拡大などと弱腰だが、現場のわれわれは違う。皇軍は戦術において優れ、士気において優れ、訓練において優れ、装備において優れ、なによりも大和魂において優れている事を知っている。これに対し、敵軍は全てにおいて劣っている事も知っている。今が大日本帝国の威信をソ連に知らしめる絶好の機会である」
「しかし、二十三師団は編成されたばかりだが」
一人の参謀の言葉に、眼鏡を掛けた参謀はいきりたった。
「編成されたばかりだろうとなんだろうと、師団は師団、皇軍は皇軍であり、皇軍である以上不敗である」
 その場が、眼鏡を掛けた参謀に押し切られようとしたその時。

 ブオォォォォォーン

 作戦室に単車の爆音が響き渡った。
「やかましい!」
 青筋を立てて、眼鏡を掛けた参謀がドアを開け絶句した。ドアの外即ち廊下には、陸王に跨り不敵に笑う謎の帝国陸軍軍人が。
 憲兵が三八式歩兵銃を構えて、遠巻きにしている。
「貴様!ここをどこだと思っている!」
「関東軍司令部」
「なに!憲兵!こいつを逮捕しろ!」
顔面蒼白になりながら、眼鏡を掛けた参謀、辻正信中佐が叫んだ。
 殺到する憲兵、その時。
「トォァーッ!」
謎の掛け声とともに、謎の帝国陸軍軍人が陸王の座席から垂直に飛び上がった。次の瞬間、床の上には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
「ば、化け物。」
参謀の一人がうめいた。帝国陸軍は人間が一瞬で怪人に変化する状況など、公式には想定していない。辻正信中佐参謀が叫んだ。                                                     
「貴様!我が結社の七三一研究所から脱走した、バッタの能力を掛け合わされた飛蝗男!」
「その通り、東亜の平和を守るため、単車仮面として蘇ったのだ。日満蒙ソの民草に塗炭の苦しみを舐めさせようとするお前のたくらみ、大元帥陛下が許してもこの自分が許さん。辻参謀中佐いや、悪の秘密結社サンボのツジボー!」
「ぬう…殺れ!」
 いつのまにか、憲兵まで黒覆面、黒い全身タイツを着た怪人に早変わりしている。黒襟だけが憲兵のままであった、さしずめ憲兵怪人であろう。
「キキーッ!」
 奇声をあげ、憲兵怪人が単車仮面に襲い掛かる。
「トォァーッ!」
 謎の掛け声とともに、憲兵怪人を次々に殴り、蹴り倒していく単車仮面。またたくまに倒される憲兵怪人。
「残るはお前だけだ、ツジボー!」
息も上げず、単車仮面は辻正信参謀中佐を指差した。
「なかなかやるな飛蝗男…ツジボー!」
 怪しい掛け声とともに、参謀肩章を引っ張る辻正信参謀中佐。一瞬、辻正信参謀中佐もまた目と口元だけが空いた黒マスク、黒いマント、全身黒ずくめの怪人に変化していた。黒マスクの頭には、角か耳のような突起が二つある。こちらは単車仮面に比べて、いくらか洗練された印象があった。革帯には蝙蝠を図案化した金具までつけている。が、全体から右肩の参謀肩章が浮いている。
「お前の正体は、蝙蝠男だったのか!」
「ある、ふれっどぉぉぉっ!」
 謎の掛け声と共に、単車仮面に襲い掛かる辻正信参謀中佐改めツジボー改め蝙蝠男。辛うじてかわす単車仮面。
「ろびんっ!じょぉかぁっ!ぺんぎんっ!」
 次々に炸裂する、蝙蝠男の連続攻撃。受け一方の単車仮面。
「これで終わりだ、飛蝗男!ぽいっずん、あいびぃぃぃぃぃ」
「単車キィィィック!」
蝙蝠男の長ったらしい決め台詞の隙を突き、単車仮面が飛び蹴りを放った。
「きゃっとうぅまん」
 最後の言葉を残し、蝙蝠男は爆発した。爆風で書類が舞い、窓ガラスが砕け散る。

 ブオォォォォォーン

 満州の平野を陸王がゆく、単車仮面の正体は筆者もまだ考えていない。
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