あべちゃんの写楽生活

撮ることが楽しいのか、楽しいから撮るのか

古地図

2012年05月02日 00時49分00秒 | 写真

皆さんはNHKの「ブラタモリ」って見たことあります?

もう第三シリーズが終わってしまったんですが、

タレントのタモリさんが今の町から昔の町の面影

や痕跡を探して歩き回る番組なんです。

そこでたびたび江戸時代の地図が登場するんですが、

実は私、持ってるんです。

もちろんオリジナルではないですよ。

本として出版されているんです。

購入したのはもう10年以上前なので、今でもあるかは不明ですが。

そこで番組で紹介されていた、

紀尾井町は紀州藩、尾張藩、彦根井伊家の屋敷があった場所である。

新宿は江戸(東京)ではなかった。

両国橋から東は江戸じゃなかった。(だから両国)

ということを検証していたんです。

そこで「本所」の場所を見ていたとき、おもしろい場所をみつけました。

田んぼの真ん中に明らかに周りと違和感のある四角い

堀に囲まれた場所。

 

「人文社 江戸切り絵図」より

Cimg0007

わかります?「吉原」です。

堀の名前は「お歯黒堀」というらしいです。

遊女が逃げ出さないようにと設置されたといわれてます。

吉原は男以外は関係ないと思われがちですが、タモリさん

の説明によりますと、

当時の吉原はファッションの最先端の場所であり、江戸に

来た人は男も女もまず吉原見物をした。

季節ごとに花や木をすべて植え替えた。

旬ではないものはさっさと入れ替える、江戸っ子の「粋」を

感じる場所だったそうです。

ある種のテーマパークのようですね。

吉原の入り口がS字になっているのがわかりますか?

中が直接見えないようにとの工夫ではないかといわれてます。

では現在の地図を見てみましょう。

ちゃんと昔の町並みや道路が残ってますよね。

S字のカーブもちゃんと残ってますよ。

 

「GOOGLE MAP 2012年」より

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おまけ

今の徳川宗家(本家)の18代当主は会津松平家の人なんですよぉ。

17代徳川家正氏の養子になったんです。会津ってすごい。

コメント (2)
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