フクロウは夕暮れに

接触場面研究の個人備忘録です

神戸からKOBEへ

2007-01-20 11:58:23 | today's focus
NHK教養のETV特集「KOBEに学べ」

阪神大震災から数えてすでに12年(1995年も猪年だったんだ)。ぼくはそのとき、大阪にいましたから、当時のことはまだ鮮やかに覚えています。今年の震災記念の報道には見るべきものは一つもなかったと思いましたが、今日のETV特集は出色でした。そこで、接触場面とは関係ないのですが、接触場面を越えた話題ということで、少し書きます。

震災のとき、もっとも印象的だったことはこの国が震災にまったく無力であったということでした。そのために数多くの人が死んでいったのです。多くの人が国が何もしてくれないことに驚き、あっけにとられたし、とても深く憤慨したのです。大新聞も大テレビもひどいものでした。朝日なども、数日後の新聞で「復興の希望が見える」と事態を何も知らずに書いていたものです。

神戸の人々はたぶん自分たちで何かしなければ何も動かないということを心の底からわかったのだと思います。しかも神戸はお上よりは人の繋がりの中に文化をはぐくんできた土地柄です。神戸の人々は自分たちの街を復興計画に奪われるのによく対抗しました。

TVでは、17メートルの道路を造る計画を、7メートルの車道と10メートルの遊歩道にして、そこにせせらぎをつくることに成功した様子が紹介されていました。おそらく神戸の行政は、自分たちもまた被災者の一人であるという共通経験から、住民のねばり強い運動に理解を示したのだと思います。しかし、行政のトップダウン的な手法は変えなかった。「特例」的に譲歩しただけなのだろうという気がします。

驚いたのは、じつはこうした住民の復興まちづくりに、ニューオリンズの市議達が関心を示して、国際交流基金の招きで視察にやってきたことでした。なぜならニューオリンズでは、トップダウンの復興計画が、住民の猛反対を受けて、止まってしまっていたのです。自らも被災者である市議や議長はKOBEの住民運動を視察した結果として、ボトムアップの復興計画作りを始めます。まずは住民に計画を語ってもらおう。神戸のせせらぎの話が住民たちのあいだに拡がっていきます。自分たちもやれるかもしれない。

ニューオリンズは災害に遭って、旧来の手法でしか対応の方法をもたなかったわけですが、KOBEに学ぶことで、逆に行政は神戸よりも進んでしまいます。かれらはボトムアップの手法を模索しだしたのです。

話はニューオリンズに留まりません。先の津波で90パーセント以上の家がなくなったインドネシアの町もまたKOBEとの交流から住民たちによる復興が始まりつつあることが語られます(直前に見たニュースでマングローブを伐採して日本に輸出するエビの養殖を行っていた地域ほど被害が甚大だったことを知っていたので復興の話は聞くのは複雑な思いでしたが)。こちらは土の上に車座になりながらの話、ニューオリンズでは避難所のキャンピングカー、それに市が用意した素晴らしいコンフェレンス会場といった違いはありましたが、しかし語る言葉と表情は同じなのです。

KOBEの人々が語った、結局は、人の絆が大切で、絆を大切にするところから復興が始まるという考えが被災した世界の人々に水のように浸透していっているのです。これは今年初めて聞いた明るい認識だったと思います。
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