(秋の小さな庭~スケッチ~)
今日は第151回目のブログ更新記念日です。
え?150回目じゃないのって?
まあ4月1日で151って、丁度いい感じなので・・・。
いや~こんなに続くなんてね
なんか日々の気になることや、覚えておきたい昔のことや
お気に入りのもののことや、家族や暮らしのことをしまっておく場所として
なんとなく始めたブログだけど、約7ヶ月たって、振り返ってみても
こんなに続くとは本当に思わなかった。
だいたい3日坊主でアバウトな性格のるるは
取り柄といえば仕事が早いこと
だが
なぜ早いのかといえば、早く終わって
「ぼ~っと」していたいというのが
理由である、それ故やらねばならぬことは早く済ませようとがんばる訳で
自分で言うのもなんですが、段取りはなかなかのもんである
そんなるるが「ぼ~っと」できる時間を削って日記を書くのは
かなり画期的かもしれない、日記というより手紙に近いから
きっと続いているのかなあ、たま~にコメントも貰えるからね
それに文字を書くのは苦手だし、悪字というか下手な字をみたくないし
指1本でも活字が目の前に現れてくれるって本当にすごいよね
漢字もほぼ辞書いらずで変換、変換、だけだしね、体調が悪くても
指に怪我さえしなけりゃ結構、体力いらずだし、
これが仕事だとダメだけど・・・。
仕事だとパソコンを使ってでも体力気力が必要になるのよね
さて、150回記念は、なにを玉手箱にしまっとこうかなあ~。
高校、大学と8年間、男90%女10%てな環境で勉学に励み
大学時代には山に2ヶ月籠ってドーム屋別荘を建て
卒業設計は韓国のクーデターに散って消え、卒業はしたものの
就職難民になり、大学に1年居残って、更に男前に磨きを掛け
そして就職、コンビニエンスストアーな年中無休状態の
設計事務所勤務で肉体を痛めつけ、7年間勤めた後、退職し、
退職と同時に結婚し、1年半で子作りと同時に会社を作り、
ながら族だよ相変わらず・・・。
臨月で引越しをし、その前も、その後も引越し三昧の
どたばたハードな人生
そんな人生の中でもやっぱり土木作業員な時間だった
「あの秋の話」
も玉手箱に入れとこうと思う。
(秋の小さな庭~PLAN~)
2002年の秋のことである、長崎ハウステンボスが主催の
「スモールガーデンコンテスト」に応募した自転車男の案が
数多くの案の中からみごと審査を通過し
ハウステンボスの広場に3組の庭師たちが集まり、
それぞれが設計した、小さな秋の庭を3泊4日間で施工、
その後の審査で優勝者を決めるという試みに
参加することとなった。
選ばれた3組が予算を50万づつ貰って
設計案に必要な材料を調達
交通費宿泊費もその予算内でというものだった
これがかなり厳しい設定だった・・・。
というのも
この庭デザインに自転車男は循環式の流れを入れていたためである。
他の組のデザインには流れなどなかった・・・これが予想外に辛かった
我が組の人員は自転車男、るる、その当時の事務所のスタッフの女性
と当時中学生1年の娘の女3人と
男性は自転車男ひとりの4人の土木作業員だ。
てんやわんやで土やレンガや流れの設備、防水シートは業者に寄付させて
ベンチや橋などもろもろ材料を集めて、トラックを借りて、
自転車男の実家にポンプを沈める火鉢も借りて
植木屋で植木を仕入れ、メインの植物である秋の花に
ヒガンバナを選んだのであるが、苗しか調達できないため
田んぼに野取りに行き(これが結構土と根が固くおおごとやった)
土を掘りいためぬように包んで、枯らさぬように保管し運ぶ
ハウステンボス近くの安ホテルに泊まっての、3泊4日の肉体労働ツアーである
時間制限があったので、我がチームはかなりの突貫工事?で
作業を進めねばならなかった
るるは大学時代のあの別荘ドーム施工のことを思い出しつつ、
今度は「庭かい・・・。」
と思いつつあえぎあえぎ土を運び
中年女は土留めレンガを積んだのだった。
他の2人の女作業員は若い、自転車男でさえ、るるより1つ若い
だから多少動きが悪くても仕方ないじゃないの
なのに、キツそうに土を運ぶるるを若いやつらは鼻で笑う風情
いくらるるが若く見えるからって・・・(笑)
もうちょっと先輩を敬えよ、君らもるるの年になったらきっとわかる。
と言いたいが、るるの年には多分、彼女らは土方仕事はしないだろうなあ
って思いました、ちょっとちょっと~つまんないのである。
この庭造り。
図面屋家業だけじゃだめなんかい?
やっぱり実際に造ってみなきゃねえ
って
言う殊勝なことでなく、単に優勝賞金が欲しかったのが発端なのですが
結果は一等賞は該当者無しで
我がチームは2位銀賞を獲得・・・だから
トロフィーと名誉?だけで賞金は貰えなかったのだった。
でもにわか土木作業員にしてはよくやったと思うのよ、
仕事の合間に準備したんだもの、しかも2位入賞だし優勝者がいないくらい
審査もシビア~だったわけだしね。
(本棚のカップには汗と汗の記憶がある)
その庭は数ヶ月ハウステンボスの広場に展示されて、その後、会期終了時に
再び撤去に行き、前に住んでいた家の庭に材料を持って帰り、造り変えて移設した
「彼岸の庭~続編~」として再生(リ・クリエイション)されたのだった。
そして時々近所の住人とお茶会をし、赤鬼さんも青鬼さんも喜びましたとさ。
今は、次の住人さんの庭となって約2年、どうなっているのか一度見に行って
みたいと思うのだけど・・・。
作業日誌大公開です。
クリッ~ク
小さな秋の庭~彼岸の庭~
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