RURUのひとりごっち

「博多にわか」な「独り言」と「ごちそうさま」を鍋に放り込んでなんだか煮てみたら・・・ひとりごっちが生まれました。

ポアンカレも予想だにしない我が家の庭の形はポスト型

2007-10-28 00:03:25 | もうよういわんわ

(きんもくせい・・・金木土星はやっぱりまるいが花はドーナツ形といえる)

きんもくせいの香りのする坂道を
下りる手前にどんぐり公園がある
坂を下って駅までの途中には郵便局がある
郵便局に行くため、どんぐり公園を横切ろうとしたら
最近、我が庭に来なくなった三獣士の内の
ピッチに会った、帰りがけには
ゴン三郎もいたがトラの姿はなかった
ピッチは灰色の見たことない猫に追いかけられて
るるの足下まで飛んできた
追いかけていた猫は
るるの姿を見てあきらめて茂みに帰っていった
『久しぶりやん!ピッチどうしてたの?』

思わす声をかけてしまった
ピッチは
『うにゃあ』
と鳴いた
『ほんじゃまたね』

言って、るるは郵便局へ


(庭猫から公園猫となった3獣士。ゴンとピッチ)

帰りに公園の横を通ると
ゴン三郎もピッチといて
今度はゴン三郎と茶黒のこれも見知らぬ猫が
公園の水呑みをはさんで唸り会いをしている


(にらみ合いはあくまで何かを挟んでおこなわれる)

『あんたら喧嘩好き過ぎる!若いね?ん~縄張り争いか?』
そんなこんな、な中(どんな中?)
我が家の庭は、三獣士が来なくなって
平和を取り戻したと喜んだるるであったが

それも束の間の淡い夢であった
おとといのことである
なにやら庭がざわざわと
シランの根元でうごめく影、影、影。
デジャブ
数週間前三獣士たちが荒し放題にして
去っていった庭にまたも侵入者エイリアン達が
まじかい
デジャブ、デジャブ、デジャブ。
くわばら、くわばら、なんで!
である。
三匹の子猫がおる~
ありえん!
現実は奇々怪々
我が家の庭はなぜネコちゃんポスト化したのか?
そんなに居心地いいのか?
でか猫、大人猫なら追い出すところだが
なぜなぜ赤ん坊や子供に弱いのを知っている?
ずるいぞお前ら!知能犯?

次の三獣士は白、薄グレー、灰縞の
3匹様ごあんな~い、てかあ~。
ちゃうちゃう、案内はしません
やっと庭を取り戻したと思っていたのにさ。
立ち入り禁止の看板を立てるか?
猛犬の特大写真付きのさ、どうだろ?
だめか。
我が家の災難はこうして続いてゆくのだった


(新3獣士の初舞台・・・おまいらに食わせるタンメンはねえ

宇宙ノカタチはまるいのかまるくないのか
というのを確かめたいポアンカレも
予想だにしない事態である
ちなみにNHKの特集番組でやってました
ポアンカレ予想を解いた数学者の話
フィールズ賞を辞退して
研究所から失踪して隠遁生活しているという
理由はポアンカレ予想に没頭し過ぎて
解いた途端なにかがとりつき?
人格を変えてしまったらしい
まるで別人になってしまったと
彼を育てた一人の教師である数学者が語っていた

長い長いロープをお尻につけたロケットを宇宙に飛ばして
宇宙を一周して帰ってきたロケットのお尻の
ロープをはずして
それをひっぱり、ひっぱり、ひっぱりつづけて
全部回収できたなら宇宙の形はおおむね丸い(球形)

のであるという予想をポアンカレ予想というらしい
100年いろんな超優秀な数学者たちが挑んでも
証明できなかったが、ウイリアムサーストンという数学者が
幾何化予想というプログラムを作り出した
これがポアンカレ予想を証明する為の足がかりとなり
グレゴリーベレルマンというロシア人数学者が
4~5年前に証明論文を発表して2006年には
その証明に成功したと言うことが検証の為の
数学チームにより証明されたのだ

面白いのは殆どの数学者がトポロジー(位相幾何学)を使って
ポアンカレ予想を解こうとしたのに対し
ペレルマンは微積分と物理学の手法を使って解いてみせた
そのため
解の説明を求められてアメリカの壇上に立ったペレルマンの
解説を聞いた数学者達は
『まず、ポアンカレ予想を解かれた事に落胆し、
それがトポロジーではなく
(アメリカでは古い数学と見下されていた)
微積分を使って解かれた事に落胆し
そして、その解の解説が全く理解できない事に落胆した』
という。(NHK特集 2007年10月22日放送分 より。

そんなにすごい証明をやり遂げたのに
それなのに
ああそれなのに彼は人付き合いを拒み
隠遁生活を続けているという
何故なのかものすごく気になる
その事のほうがポアンカレ予想を
はるかに上回る謎であると思う

宇宙ノカタチが一本のロープで測ることが
できるかどうかは兎も角
わがやの庭の災難はポアンカレにも予想できぬ。
ちなみに新三獣士たちは旧三獣士たちの
いとこにあたると十分予想できるが
証明はこの先千年かかっても出来ない
というより謎は証明しないほうが丸く収まる
のだ・・・。


(ブルーベリーの鉢植えは完全に侵略者にのっとられていた


紅葉は家計簿でちっちゃい力士にエールを送る秋

2007-10-23 12:27:20 | もうよういわんわ

(我が家のトイレットペーパーは211M巻き超長持ちスマイル君はぜ・・・だぜ)

頭が痛いのでバッファリンを飲もうとして
薬箱をみたらあと1回ぶん2錠しかなかった
おいおい最近買ったと思うのに
そんなに飲んだ覚えは無い
最近娘もよくバッファリンは?と言いだした
頭痛もちの娘は頭痛もちと相場はきまっている
こんな時つかわんぞ相場はよ
それはともかく
遺伝しなくていいことは
きっちり遺伝子
じゃなく遺伝し
遺伝して欲しいことは遺伝しない
と相場は・・・。
そういえば母も頭痛もちだ
頭痛の種はやっぱり日々の暮らし

値上げ値上げ増税増税
福岡の健康保険料は何処の地方より高いと
新聞の投稿欄にあったが
はっきりいって
ただ高い!というより、べらぼうに高い!と言いたい
おまけに今年から市県民税も上がって
今日の新聞の1面は
福岡都市圏タクシー代値上げ
ガソリン代も上がったからね
そして輸入小麦が上がり、パンの値が上がり
我が家の朝食代も上がるのです
最近野菜も高いしね、朝食だけじゃない
何処の家庭も秋の紅葉は
家計簿見て済ませるに違いない

紅くそまった家計簿に秋の悲哀を見る日本

ああそういえば石油ファンヒーターも
去年の冬の終わりに壊れてしまった
ガスレンジの魚焼きも去年から壊れてるし
炊飯器はぶつぶつ独り言をつぶやくし
今年も年末が寒い怖い
とりあえずこんな感じで代表して~
ぼやいときました
バッファリン買いにいこ。

テレビでシティボーイズライブの放送があり
毎年楽しみにしているのでビデオり、見ましたさ
ここ10数年見続けている、ライブにはいけないが
テレビのおかげで見続けることができる
おおきに
『肉体のおとろえは~とどまることを知らず。』

舞台挨拶する大竹まことは比較的まだいける
おなかが出すぎて体育座りが出来ない斉木しげる
せりふを、おぼえきれないきたろう(前からだけど)
そして突っ込みがやわくなった大竹まこと
今年の題は「シティボーイズ2007モーゴの人々」
だが、でもでも、なんともいえずいい味なのである
この三人は死ぬまでシティボーイ図画を描き続けて欲しい
お笑いと演劇の狭間に生きる男たち
カッコいいじゃないの!?
ねぇ♪ずっと見ていきますわ
ファンとして(ファンとして以外なにがあるってか!)
ずっとね~シティジィGボーイズに乾杯です

金曜日夜中は相撲(角)界についての朝まで生テレビ
途中眠くなったら寝るぞと思っていたのに
眠りはやってこず、朝まで見てしまいました
相撲界は大きい力士が主になって
ねばりの技より力の相撲になってきたと言う
8秒以内で勝負がついてしまう
うっちゃりなどあまり使われない技も増えたと嘆く
相撲ではけいこと練習は違うらしい
けいこは個性の殺し方を学び
練習は個性の生かし方を学ぶ?とか
精神性は伝統と歴史の勉強
相撲道、角界は学校であり
相撲取りは巡業とけいこが本来の仕事
つまり授業!ね
本場所が試験!であるという、そうだったのね
納得したよ

だから留学生の朝青龍に
師弟関係や伝統や精神性の部分をちゃんと
教えてやれなかったがゆえ
授業をさぼってサッカーをしたのでしょ
さぼったことの罰則をけじめとして
何かカタチでやって見せる必要が
あったと言うことなんだろう
カタチというものを重要視しなければ
成り立たない世界だし、個性はこの際殺して
カタチを学ぶ、理解出来ないなら
学ぶふりだけでもしなきゃ
まわりが納得しないのである
学ぶということは自己否定から入って
最後には自己を開放する術を身につける事?
まあ伝統的学校というところは
どこも似たようなところだよね。
でもそれを学んだ人、そしてうまく身についた人は
学ばなかった人よりもちょっと素敵にみえたりするから
いいんじゃないのか、きっとモテちゃうんじゃないの?
学べよモテる為にも?(笑)

だけど興行が授業や試験だとお客さんは
参観に来る親なのか?
お祝儀や観覧代はごひいきさんへの授業料かい?
ちゃんこ鍋の意味は
ちゃん(父。師匠)と、こ(子、弟子)が
囲んで信頼を深めるってことらしい?
ガッツ石松さんが言ってたよ
OK牧場?ちゃん!大五郎!

今の相撲界人気がない理由を
外国人力士を負かす日本人力士がいない
という事だと言う人がいた、はたしてそうなのか?
るるは相撲の醍醐味は大きい力士を
小さい力士が技で負かすところにあるんじゃないかと思う
その取り組みが外国人同士であろうが、日本人同士であろうが
外国人力士と日本人力士の取り組みであろうが
小さい力士がんばれ~と思う
独身時代は会社から帰り着くと
かならず大相撲ダイジェストを見ていた
まあ時間が遅いのでそれしか見れないし
ビデオデッキもなかったし
千代の富士全盛の頃だった
若貴のころはもう見なくなっていた
最近はまったく見ない
見だすと面白くなるんだろうけど
相撲のムーブメントを起こすにゃ
小さい力士(幕下でもいい)にもっとスポットをあてて
技の解説を丹念にしつつ
スローモーション映像てんこ盛りで
やるってのはどうよ!だめかしら?
練習場はガラス張りでね・・・。






心のテーマソングは天国でも地獄でもないホテルプリズン

2007-10-19 00:09:00 | ほなそないしまひょ

(我がプリズンホテルの魔の庭と右手中指が立つ地上に浮かぶ雲助野郎)

だいぶ昔、楽しみに見ていたアメリカドラマシリーズ
「アリー my ラブ」の中で何話目か忘れたけど
弁護士アリー(Calista Flockhart演じる)
の通う精神科のセラピストが心のテーマソングを作っていて
アリーにも勧めるとかって話があったと思うんだけど
ウガチャガ、ウガチャガと踊る
不気味なダンシングベイビーが見えてしまうほど
(見てた人にしか解りませんよね)

都会人の疲れた心には自分を取り戻すテーマソングがいる
っていうことで
それで半都会人?(半魚人ではない)の
るるのテーマソングってなんだろう?
って考えてみたんだけど
ふか~く 静かに 眼をつぶって 
聞こえてくる音に集中すると
まず夕焼けに浮かぶ、細く延びたヤシの木のシルエット
その後ろには
白く浮かびあがるいくつかの塔を備えた邸宅のような建物

そして聞こえるファルセットの囁き

トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル 
トゥルル トゥルル ル~
トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル 
トゥルル トゥルル ル~

そうですあれです ホークス
じゃなくて~ イーグルス
ホテル・カリフォルニアじゃありませんか
この曲は日本でも大ヒットしたので
ちょっと古い人なら(笑)
たいていの人が鼻歌できるし、ホントに名曲で
愛すべき歌なのですが、何故この曲が
るるのテーマソング?って

不覚にも俯角から深くアプローチするとね
それはこの曲の歌詞にいたく痛く射たく
心を囚われてしまったからにほかならない
つまりロックのSPIRITとかいうのが
匂って来るからでしょ

この曲をもう一度歌詞を見ながら聴いてみるといい
きっとあなたも囚われの身になるでしょう

「He said, We haven’t had that spirit here since nineteen sixty nine」
「1969年からというものspiritは一切置いてありません」

そういわれるとますますその言葉が気になってくるでしょう
結局ここからは逃れられないって
でもここはステキな人ばかり?
天国でも?地獄でもなく?

トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル 
トゥルル トゥルル ル~
トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル 
トゥルル トゥルル ル~


夜の砂漠のハイウェイ
涼しげな風に髪が揺れて
コリタス草の甘い香りがあたりに漂う
はるか遠くに かすかな光が見える
僕の頭は重く 目の前がかすむ
どうやら 今夜は休息が必要だ

おやすみん




(CDジャケットのこのホテル実はビバリーヒルズにある・・・おい)





走る男と走らぬ女持久力タイトルマッチはコスモス級

2007-10-15 23:47:17 | ぼちぼちですわ

(そこに道があるから人はその道を走るのか?)

昨日の日曜日は佐賀の旧三瀬村と背振村までいった
自転車男は三瀬マラソン、正式には
第5回三瀬村『ざっといかんばい』林道マラソンに参加した
フルマラソンの部である、フルマラソンの部は415名の参加者
ハーフとウォーキングを含めると952名のエントリーがあり
標高400m~700mの高地、高低差300mの
過酷で厳しいコースを走る、走る、ひた走る訳である
走る男、自転車君はなぜ走りたいのか
聞いたことはないが、多分そこに道があるからだろうと思う
そこに道があっても万に一つも走らないるるは
とりあえず帰りの消耗自転車君の運搬係で一緒に行ったのである




それにしても日本人はマラソン(&ウォーキング)好きだ
1000人近い人達が、この佐賀の山の林道を走る、歩く
走る歩く、走る走るのである、いやはやである
しかし時は秋、木の葉も色付き始め、
空高く
筋雲に柔らかな日差しがそそぐ中
みんな森林のフィトンチットを浴びて
林道を行くのはいいことだね
と、走らない女はうなづきつつ見送る
とりあえず自転車君に
『頑張らなくてもいいからね~』
と、声をかけておいた

見送った後、一人でレンタカーに乗り
マラソン出発点から車で10分かからないところにある
「どんぐり村ルベール牧場」に10年ぶりぐらいで行ってみた
いやはや勉強熱心なことです(ランドスケープ屋の鏡)
(ほらね・・つまり昼寝に最適な芝生斜面地の角度をね調べるのよ)
牛や馬もいるし、芝生の丘に、ジャブジャブ池、ミルクプラントやら
レストハウスや森のホテル、遊具広場、パン屋もある
入場料は300円、ただいま秋の収穫祭開催中
マラソンのスタートが朝の9時で
どんぐり村開園時間が10時なので
らくらく車は入場門近くに止められたが
開園まで時間があるので車で本を読みつつ待った



(どんぐり村の牧場は空がまっこと近いのです

どんぐり村は以前と変わらずなかなかの景色だった
お天気も良くて子供たちも沢山遊んでいた
入場してすぐのところでどんぐりの実で
小さな人形作りのコーナーがあって
作ってみようと参加した
教えてくれたおじさんは福岡の西区から来てる
本業は運送屋さんでどんぐり人形は材料集めが大変
と言っていた、今年はどんぐりがすくなくてね~
ここにあるのはほとんど去年のですよ
と言いつつ
ほとんどおじさんが作ってくれたのだった


(どんぐり村でどんぐりの背比べ夫婦の人形制作

そんなこんなで昼寝の斜面地角度調査の時間が
あまり無くなってしまい、園内を散策したのち
パンを仕入れて、マラソン野郎のゴール地点へと
舞い戻った、思ったより早くにゴールできたと
戻ったときには10分違いほどでもう着いていて
ゴールの瞬間を愚妻は見逃したのだった
注)愚妻~(愚かな夫につかえる賢い妻の事)
これは西日本新聞に載っていた
あるスペイン在住の画家のエッセイに
書かれていた(カッコ書き)である
パクってみたかったので本人みずから愚妻と記すなり。
普通は夫がへりくだって使うものだけど
でもこのカッコ書きはへりくだっているとは言えないね


(斜面がきついと草滑りに最適とポニーも言うのです)

やっぱり愚妻(!)は思うのだ
42、195キロを趣味で走るエネルギーを
家庭生活と仕事にそそいでちょうだいな
それにほんまのとこ
走りすぎは健康に良くないんとちゃう?
と言いたいが
持久力は養われとります
まあ愚妻とコンビを組んで約20年
持久力は走らなくても養われる?
ふん、そうでしょうとも
まあマラソンコース・ハイキングコースの
プランニングなら自転車男におまかせ下さい
事前調査はバッチリです
てな宣伝文句でお茶をにごしとこう

どんぐり村の昼のコスモスと背振村の宵のうちのコスモス


(宇宙という名の花は名前に恥じぬよう空に近づくのさ






バロックの精神で自給率向上のオランジェリーを

2007-10-13 15:24:18 | ほなそないしまひょ



(ガラスの内部は楽園という名の外部空間)

黒川紀章氏が亡くなった
73歳だったそうだが
惜しい人をなくした
まだまだ元気で政界や建築界
あるいは芸能界でも活躍して欲しかったなあ
るるは大学生の頃
黒川紀章氏の大阪事務所で
短期間バイトをした
るるのバイト期間中に黒川紀章氏が
事務所に現れることは無かったので
残念ながらお会いしたことは無い
が大阪事務所の所長さんが
先生が大阪に来るというので
やたら緊張して
電話ばっかりかけている姿が
なぜか印象に残っていて
やっぱりすごい人なんだろう・・・と
バイト学生さんは思いました
会ってみたかったなあ

それはともかく
彼が若尾あや子に会った時
「きみの美しさはバロックだ
というセリフで口説いたと言う
知事選やら選挙後のテレビ出演でも
面白トーク全開で
イメージしていた感じとの
ギャップがかえって面白くて
常人には計り知れない
やっぱりすごい人なんだ・・・と
あらためて思ったのです
もっと生きて時代を騒がせてほしかったのに
残念です

ところで若尾あや子はバロックなのか?
どうかはおいといて
バロックは語源をポルトガル語の
Barocco(歪んだ真珠)に持ち
おもにイタリア、フランスを中心とする
17、18世紀の美術や建築の様式
バロック様式のことだけど

彫刻や絵画あるいは家具なんかのデザインが
総合芸術として捉えられているってところが特徴でもあって
ある意味フュージョンな感覚なんだと思うわけです
だけど建築を中心に据えていて
時代的には教会権力と絶対王制によって造られた
装飾過多な宗教建築や宮殿の様式を総称していて
一般的に荘厳なグロテスクなまでの豪華絢爛さ
のようにとらえられていると思う

そのフュージョンな特徴のなかで
あまり取り上げられないというか
意味が違うよと
言われるかもしれないが
人口楽園オランジェリー発達の話だ
19世紀には公共のウィンターガーデン(温室)
が熱帯植物園として登場するが
バロックの宮殿にはこのオランジェリーなる
柑橘系(オレンジ・ざくろ・月桂樹など)の
越冬用の建物があった
貴族やお金持ち達は工業化の進む中
異国の果樹や花といった植物を輸入して
栽培して我が庭に楽園を造り出そうとした
つまり外部空間の庭(それも異国情緒の)を
建築の一部にあるいは別棟としてつくる
これこそバロックの真髄じゃないの?
とかってに思っている
光差す建物の中に生い茂る緑、花々、果実
池や噴水や彫刻のあいだに憩いの広場や長椅子

外部空間と内部空間のフュージョンだ
外なんか?内なんか?どっちやねん
である
開閉式のオランジェリーは
1626年にドイツじゃすでにあったという
地面にレールを引いて上屋をスライドさせて
開放させると外部となる
すごいぜドイツッランド

人間は時代を超えて楽園を求める
象徴的に言いたいならば『美しい国』よりも
『幸福な国』を造らなけゃならんだろう
人は自然を愛しながら自然を破壊してきた
そして自然を恐れながら自然を模倣してきた
結局人間は自然に勝つことは出来ない
人が自然を愛する程に自然に愛されることはないだろう
無邪気なものに勝てる術などないからだ
邪気だらけの人間にとって幸福への方法論といえば
手に届くところに楽園を造る
そのくらいしかない

「一家に一つオランジェリー
である
そして自給自足するのだ
各家庭に温室があって
できるだけ食べられる植物を植える
近所の人たちとは違う種のものをつくり
交換し合えばコミュニケーションも図れて
ベリィグッドでしょ
国が農業に力を入れれないなら
個人で自給率向上じゃ~
特にこれからの建売住宅とマンションには
必ず開放式温室を付けてくれ
自宅を建てるって人も好きにつけてくれ

バロックの精神とは
「ふくらます」ってことじゃない?
違う
るるは勝手にそう思っている
バロックで女をくどいた建築家の訃報に
バロックを考えてみたりした
そして今から日本製オレンジ
温州みかんを食すのだ





ウルトラD級のビニール袋の秋刀魚の目玉

2007-10-12 12:15:57 | もうよういわんわ

(はすの池をみてレンコンが食べたいと想う人はOK、ふきを食べたいと想う人はNG)

ゆんべは安くなった
秋刀魚の塩焼きと
大根下ろしにレモン添えて
小松菜とあまりもんの白菜の煮浸しに
高野山胡麻豆腐に
デザートに梨とクリで
旬の秋の味覚で晩ご飯じゃ~
涼しくなったしね
夕飯のあとダイニンク椅子を三つ並べて
長椅子にして休憩しながら
なんとなく民法でやっていたテレビの洋画
『スピーシーズ種の起源』とやらを
おしゃぶりこんぶであごをきたえつつ
なんじゃこりゃーとあほらしくも見てしまったよ
エロチックSFホラーとかって映画だったが
人間の皮をかぶったエイリアン女が
遺伝子を地球にねづかすため男を探しに
ロスの街へと行くのだ
しかもそのエイリアン女を追う
精鋭?チームの一人の学者が
エイリアン女と知らずにまぐわってしまうのだ
ですぐに出産ぽ~んぽ~んである
なんじゃそりゃーです

いっそのこと
ファンタジーアドベンチャーエロチックSFホラー
推理サスペンススリラーロマンチックコメディ
ってな?
てんこ盛りジャンルミックスジュースフュージョンな
映画を見て観たいよ
エロ黒ナンセンスはつけないでもいいよ(笑)

どんだけーなB級映画
いやC調なウルトラC級映画としても
いいくさ、いいくさ
なんかもう
ありとあらゆるどんでんがえし驚愕、恐怖
ハラハラDoki×2、もんどりうって笑いつつも
うるうるの後、泣き叫び
ちゃぶだいひっくりかえして怒り
最後になごめる?
そんな人間の感覚のすべてをひきだしてくれるような
そんな映画を見たか~ばい。
『あるかいそんなもん
と一人突っ込みを入れながら
夜は更けてゆく
君も老けてゆくだろう
ほんまにね

秋刀魚をたべていて思い出したのは
先日テレビでレポートされていた
小倉の商店街の魚屋さん
魚の詰め放題500円ってやつ
ビニールにぎゅうぎゅうに詰められた
魚。魚。魚達
まるで花束のように袋から身体半分以上
飛び出しエビゾリにぐるりとその銀色の姿態を
広げる秋刀魚の間には、こぶりの赤魚たち
まさに魚のブーケである
しかしなんか違和感じゃ
かって命のあった泳ぎのプロフェッショナル
の姿態はビニールに透けて
なにやら異次元からのシュールなオブジェ
パンパンに膨らんだビニール袋に
死んだ魚詰め放題

確かに安い・・・安いが
いらん
と思わせる映像であった

レポーターの兄ちゃんは魚屋のおじさんに
博多の人にもなんかこの安さを提供したいなあ
と今日だけじゃなくこの日とこの日も大サービス
詰め放題企画をやってくれます
と言っていたが
みかんの詰め放題は抵抗無く普段もするがね
魚はだめさ
ウルトラD級な映像だもの
見たかったのはこれじゃない
なんかね
なんかね











花釣りで釣った魚で猫を釣って落款を押す日

2007-10-09 14:06:31 | ぼちぼちですわ

(苔むすほどワシは年取っちゃおらんがね・・・どてかぼちゃ君)


ゆんべの深夜に
やふからぼうに
あざあざあざあざと降る雨の
音を寝床で聞きながら
こうやって一雨降るごとに
秋が空気に浸透して
じわじわじわと深まってくる
なにか
田畑のまわりをのそのそのそと
髭をはやした秋の精霊が
恵みの種を大地に運び
われもわれもわれもと
実をつけて
ぽんぼんぽお~んと
ポップコーンのようにはじけるのだ
ありがたやあらたまやたまやで
神無月
神は無くとも身は育つ
巳は実は育つ
魅は育って
はじけろはじけろ秋

だいぶ昔
藤原新也のエッセイで
バリ島で花を食う魚がいると聞き
色とりどりの花をかばんに詰めて
釣りに出かけて
花を釣り針につけて釣り糸を垂れ
見事、空心菜という白い花で
アグンという魚を釣ったという
「花釣り」の話が印象的で忘れられない

花で釣った魚をエサに
猫を釣って
いやイルカを釣って
そしてペンギンを釣って
釣った獲物の腹に
花文字でデザインした
吾の落款を押しておく
盗まれても吾の獲物とわかるように
いやいやキャッチ&リリースで
逃がしてやるさ
でも花文字るるの落款は消えないのさ
それが何って?
それだけの話です

この夏の終わりから秋の初めにかけて
どうも考えがまとまらない
思考的スランプである
口から出てくる言葉が空々しい
黙っていられる人間がうらやましい
(誰とは言わないけど・・・。)
言葉なんておぼえるんじゃなかった
面倒に面倒を塗り重ねる
そういうことでしょ
言葉って?
ジプシー猫たちがうらやましい
猫になりたいなどというと
必ず一日中寝ていたいぐうたら願望でしょ
といわれたり
しょんべんくさい猫になりたいとは
変ってるね!?
と言う犬好きのやつもいるだろう
人間ほどしょんべんくさい動物はいない
というのにさ
お前がいっちゃんしょんべんくさいぜ
と言ってやりたいがそんな勇気は無い


(連続的相互作用のダイナミズムを表しているのよ・・・ふん)

猫族ほどしなやかな肢体をもっている
種はないとおもう
動きが美しい無駄が無い
獲物をみつけてとびかかる様は俊敏なだけでなく
芸術的波動を空気に与える
それにしても
ああそれにしても
脳みその量が少ないでしょう
猫の額っていうじゃない!?
などというやつもいる
君の脳みそがなんぼのもんじゃ
だいたい比率の意味もわからんのか
それに脳みそは分量できまるのか?
大きいほうがかしこいのか?
そうじゃないだろ~が
猫の脳みそに失礼じゃ
人間がなんぼのもんよ
地球はだれのもんよ

さあ~て
明日もなんとか生きていこう
しょ~もないひとりごっち
を呟きながら


(現実は可視的な形態と非可視的な形態として絶え間なく作用しあっている力の
2つのカテゴリーから出来ているのさ・・・BY三獣士・ゴンザ&トラ&ピッチ)


宵のうちにアドリア海に沈む夕日をがばい見たいこと

2007-10-04 13:46:15 | ぼちぼちですわ

(鋼鉄の相撲界・・・掃除はバットでなくブラシで)

今日の新聞で知ったこと
ハービー・ハンコックは仏教徒だということ
「8日のジャズライブチケットはほぼ完売らしい」

大宰府天満宮の飛龍天神ねぶたは
道真公が最難関文章博士試験に向かう姿
(鯉の背に乗って登龍門に向かう姿)を
形どってやがて龍になる光景だということ
「今頃になってやっと登龍門の由来を知りました!」

今日から気象庁が夜6時から9時のことを
「宵のうち」と呼んでいたのを
「夜のはじめ頃」と変更するということ
「またひとつ、宵、いや良い、日本語が消え行く。」

佐賀県武雄市の市職員途中採用試験4人枠に
162人志願者がいたということ
「がばい人気はここにも波及か!」

自転車旅行家の地球みちばた見聞録によると
マケドニアの通過は「デナル」アルバニアは「レク」だということ
バルカンの国々は
食事、買い物は現地通貨、宿代はユーロで払うらしいこと
だけどモンテネグロだけはほぼユーロが使えるらしいこと
「るるもアドリア海に沈む夕日を見てみたい~」

英国ブレア首相の後のブラウン首相は就任100日目
そつのない堅実さで結構政権順調らしいということ
「日本の新首相100日もつのか・・・どうかな。」

ミャンマーで亡くなったジャーナリストの長井健司さん
は至近距離から狙い撃ちされたであろうとのこと
遺体の硬直した右手には今もカメラが握られている
のではと推測されること
「一日も早く遺体を日本に返して下さい!」

今日はこのへんで・・・昨日寝てません

今週はいろいろあって
あまり時間もないのでこの辺で終了

10月1日の博多の空の鰯雲でお楽しみください。


(鰯や鱗というよりはラインダンスの人たちのように並ぶ雲)