礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

かうした地方を私は一型アクセントの地方といふ

2023-12-12 02:33:25 | コラムと名言

◎かうした地方を私は一型アクセントの地方といふ

 平山輝男『全日本アクセントの諸相』(育英書院、1940)から、第四篇「一型アクセントの系統」を紹介してみたい。第四篇は全三章からなるが、本日、紹介するのは、第一章「一型アクセントとは何か」である。
 文中、右側に傍線が施されている部分(「アクセントの山」の部分)は、太字で代用した。左側に傍線が施されている部分(「アクセントの「低い部分」)は、区別して表記することはしなかった。文中、傍点が施されている部分もあったが、これも区別しなかった。

    第四篇 一型アクセントの系統

      第一章 一型アクセントとは何か
 例へば「シ」と頭高に発音して「箸」を思ひ、「ハ」と尾高(下上)に発音して「橋」を感じ、これを前の「箸」と区別してゐるのは東京地方等の発音習慣を持つ人である。かうしたアクセントの上の習慣によつて同音異義の語をいひ分けるのは二音節語に二種以上のアクセントの型があるからである。
 第一篇から今迄述べて来た所は皆さうした種類のアクセントの型の区別が保たれてゐる地方であつた。但し近畿の大部やその他の地方に於て、名詞には区別があるのに、形容詞は一種の型で「暑い」も「厚い」も区別なく共に「ツイ」と頭高に発音し、他の三音節形容詞も皆「◎○○」となつてアクセントによる区別が全然無いものもあつた。或は又富山等のやうに「腫れる」も「晴れる」共に「○◎○」と中高的に発音して区別なく他の三音節動詞も原則として同じやうに発音してゐる所もあつた。
 これ等も皆一型ではあるが、それでも名詞には皆二種以上の区別があつた。又同じ品詞内でも例へば二音節形容詞は頭高一型だが三音節以上は二種だといふ地方も多かつた。こゝにいふ一型アクセント系統はそれ等を意味するのではない。
 地方によると名詞も動詞も形容詞も皆揃つて区別がなく、従つて「箸」と「橋」、「花」と「鼻」、「雨」と「飴」、「川」と「皮」、「柿」と「垣」と「蠣」、「着る」と「切る」、「振る」と「降る」、「腫れる」と「晴れる」、「暑い」と「厚い」等のやうな同音異義の語は素より他の総ての語をアクセントによつて区別する事にない所がある。かうした地方を私は一型アクセントの地方といふのである[1]。俗には無アクセント地方等ともいふが、仮令〈タトイ〉二つ以上の区別はなくとも或一つのアクセントのきまりは無い訳でもない。中には九州南部地方(都城市・志布志町〈シブシチョウ〉等中心)等のやうに尾高型一型を持つてゐて、原則として文節(橋本進吉先生の唱へられた語)[2]毎に卓立さぜるといふ習慣のものもある。これは二つ以上の型の区別こそ失つてゐるが典型的な一型アクセントといふべきであらう。
 尚、外に九州中部(宮崎市等中心)・南奥(福島市中心)等にも聴かれるやうな二音節なら「ナ」(鼻・花)のやうに稍〻第一音節を高めにし、三音節なら「ハケ」のやうに中の音節を稍〻高め、四音節なら「アサガオ」(アサカ°オ)(朝顔)のやうに中の二音節を稍〻高めるといふのが最も普通である。これ等は平板一型を基調としてゐるものゝやうで、決して極端な尾高や頭高乃至中高は普通の場合現れない。こゝに注意すべき事は稍〻高いといつても音節間の高低の差が東京・近畿その他のやうに歯切れよく(?)感じられる程ではなしに極めて微妙なもので、膨【フクラ】みを帯びるとでもいひ度い位であるから、これを二型以上のそれと混同してはならない。此の種のものは多く平板調を基本型(?)としてゐて、これに近い発音は仮令多少違つてゐても許容される(耳障りを土着人は感じない)といふ有様〈アリヨウ〉のものが多い。無アクセントの名を若し附けるたら前に述べた尾高一型よりも此の種のものにこそ適当であらう。これ等は已に祖語のアクセントを失つてしまつたのではあるが、現在かういふアクセント状態の下に行はれてゐる。
 その他、一型アクセントの中には稍〻特殊のものも見られるが、右の第二に述べたものが此の種のものでは最も一般的で割合広範囲に行はれてゐる。此の一型アクセントに就いては別に詳述しようと思ふ。

 最後のほうに、「これ等は已に祖語のアクセントを失つてしまつたのではあるが」とある。つまり平山は、「一型アクセント」というものを、「祖語」にあったアクセントが失われたものとして捉えているのである。こうした見方は、平山による「仮説」にすぎない。その後、今日に至るまで、この仮説が証明されていないことに注意したい。

*このブログの人気記事 2023・12・12(5位になぜか木村定光、10位になぜか森脇将光)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする