礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

平山輝男博士とアクセント分布の研究

2023-12-01 01:30:05 | コラムと名言

◎平山輝男博士とアクセント分布の研究

 日本方言学会編『国語アクセントの話』(春陽堂書店)は、1943年(昭和18)3月28日に発行された。部数、二〇〇〇部、定価は一円七〇銭。
 収録されている論文は三本で、順に、三宅武郎(たけお)「東京アクセントの成立について」、平山輝男「アクセント分布と一型アクセント」、金田一春彦「国語アクセントの史的研究」である。
 本日は、このうち、平山輝男「アクセント分布と一型アクセント」の一部、「九 むすび」の前半部分を紹介してみたい(91~94ページ)。
 平山輝男(1909~2005)は、宮崎県北諸県郡(きたもろかたぐん)中郷村(なかんごうむら)に生まれる。1958年3月、『日本語音調の研究』により文学博士(國學院大學)、1973年4月、東京都立大学名誉教授。

     む す び

 扨て〈サテ〉、一型アクセントの多くは二型以上の型を有つ東京・近畿系のアクセントが曖昧になり、遂に一型化して古代語のアクセントの型の相を完全に失つたものでありますから、東北の一型と九州の一型が仮りに似てゐても、直接の関係はなく、従つて古代語の問題にも関係ないのである事は勿論であります。その古代語のアクセント形式は今日近畿及び近畿系に残るアクセントとも一致せず、又東京及び東京系に残るアクセントとも一致せず、両方に或程度の共通性を有つものがあつて型の種類は名詞・動詞に於ては今日の近畿地方のそれよりは更に複雑であり、形容詞も亦東京系(近畿系は多く一型化)のそれよりは更に複雑なものではなかつたかと思ふのであります。
 主として古代語から東京・近畿の先祖の二大系統に分裂したアクセントは或は母音の影響を受け、或はアクセントそのものに存する山の滑りの現象にり或る語群は或同一の傾向に向つて変化したが、然し多くは東京系は東京系系としての俤〈オモカゲ〉を、かなり保つて変化を続け、近畿系は亦近畿系の特徴を保つ傾向を以て変遷の道を辿つた。
 その過程に於て交通上の影響は勿論有力なものではあつたが、それでもアクセントそのものに内在する一種の変遷の傾向はより有力であつた。
 そしてその変化過程の或る段階に於て、その地の言語習慣に適当な型の安定性を得たものは、かなり根強い立場を保つて今日に残つたのでありませう。
 已に〈スデニ〉述べました通り、九州西南部方言等では体言も用言も全く二型に統一されてしまつた。その中〈ウチ〉、鹿児島・長崎はかなり明瞭な型を保存したが、佐賀県の中部等は同じ二型でも、かなり高低の差が薄らいだものとなつてゐて、やがては、一型化してしまふ可能性が存するのであります。
 此の変遷過程に於て、不幸にして型の混同を生じ、或語群はその変化傾向が著しく、一方或語群の変化が或程度安定してゐるか或は活発を欠くかする時、そこに鉢合せを生じた事もあつた(東北の特殊型はそれか)。これは近畿系にも、東京系にも共通に現れた現象で、現在東北・北関・北陸・四国・九州等の一型地方はさうして生じたものでありませう。
 その外、一型化の現象は異なるアクセントの接衝する時、相影響して型の混乱を生じて多くの語に多様の型が聴かれるやうになり、次第々々にアクセント意識が麻痺して不知不識〈シラズシラズ〉にアクセント習慣の固定性を失つた事も考へられます。(その一型化一歩前の混乱しつゝあるもの、換言すればアクセントの型の影の最も薄いものを私は曖昧アクセントと称へたのであります。)

 平山照男は、この論文以前に、『全日本アクセントの諸相』(育英書房、1940年6月)という労作を発表し、学界の注目を集めていた(この本については、数回あとのブログで紹介する予定である)。
 すなわち平山は、すでに戦前において、日本語アクセントに関する有力な研究者であり、特に日本語アクセントの分布については、第一人者だった。
 しかし、そうだからと言って、この「むすび」で示されているような説明が正しいとは限らない。ここにあるような、アクセントの「変遷過程」に関する説明、特に「一型化」という言葉にあらわされている説明、すなわち、一型アクセントは「古代語のアクセントの型の相を完全に失つたもの」という説明は、あくまでも平山の「仮説」なのであって、論証されているわけではない。
 さて、上に引用した部分で、特に注意しなければならないのは、太字にした部分である。なぜか。それは、21世紀になって、なお、こうした平山仮説を支持し、それを、日本語の起源についての自説を補強するために援用した国語学者がいたからである。【この話、続く】

※昨日の昼ごろ、わが家に自生しているアサガオが、ひとつ、花をつけているのを見つけた。葉が4・5枚しかない単独の株で、花は2センチ弱、青色で五角形。今年、アサガオの開花を見るのは、おそらく、これが最後になるだろうと思った。

*このブログの人気記事 2023・12・1(10位の喫茶アネモネは久しぶり)

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