礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

大江健三郎氏は「一本調子」がかなり改まっている

2023-12-14 00:05:52 | コラムと名言

◎大江健三郎氏は「一本調子」がかなり改まっている

 年末のせわしない時に、「アクセント」の話が続いて恐縮である。
 キッカケは忘れたが、本年の7月ごろ、山口幸洋という在野の方言研究者の存在を知り、その著書『方言・アクセントの謎を追って』(悠飛社、2002年4月)を買い求めた。
 これが実に興味深い本で、「アクセント」という問題に目を開かれた。特に、「一型(いっけい)アクセント」と呼ばれるアクセントに関心を持った。
 本日は、その『方言・アクセントの謎を追って』の第四章「博士論文」から、「ギラ(一型アクセント的な会話のアクセント)との出合い」の節を紹介してみたい。

ギラ(一型【イッケイ】アクセント的な会話のアクセント)との出合い

 本川根町〈ホンカワネチョウ〉は高校卒業直後、寺田〔泰政〕さんに連れていって貰った旧井川村〈イカワムラ〉の隣であったが、本川根町の人達の会話をじっくりテープに取りながら観察するようになって、ぶっきらぼうな言葉の中に異様ではあるが何とも言えぬ親しみ深いアクセント調子が感じられて、これもまた好きになった。
 そして、井川の時にも聞いていた、大井川上流(静岡県駿遠国境山地)の会話全体の調子「ギラ」というものに一種謎めいた興味を持った。
 ギラとは、俗に言う「一本調子」のアクセントのことである。この「ギラ」という言葉(名詞)そのものも全国に類がない方言である。このあたりの人は一言言ってもすぐそれと分かるほどだが、何故か、標準語的なアクセントは、真似も出来ず、一本調子風にしか発音が出来ないのは、まるで外国語のようで、独特の特徴がある。
 同じ静岡県で、こういう話し方をする人達がいるということが第一不思議である。しかし、その「一本調子」は子供の頃からラジオの芝居や講談でも聞いている「塩原太助」の北関東の田舎言葉「尻上がり」の調子はいつまでも忘れられない。それと良く似ているとは、不思議なことがあるものである。
 新居〈アライ〉の町にも以前から紡績や海兵団の関係で全国各地の人が来ていて、私は早くから薪炭〈シンタン〉とか灯油の配達で、そういう各地から来ている人達と個々に話す機会が多かった。
 ちょうど、東京で村越吉展〈ヨシノブ〉ちゃん誘拐事件が起こり、犯人の言葉のアクセントが後で福島県とわかったが、その声がテレビで公開されて、アクセントの推理が話題になった頃、私もそれを北関東だろうと考えていた。
 ところで、新居の町の中で以前から親しいお客様の中にも、それに近い感じのアクセントの人がいたので出身地を聞いてみた。その人も北関東かと思えたが、あるいはと思って、「おじさんの出身は熊本県ですか」と聞いてみた。すると、「藁科〈ワラシナ〉だ」と言われてびっくりした。
私が熊本県ではないかと思ったのは、熊本県出身の野球の川上哲治〈テツハル〉、映画俳優の笠智衆〈リュウ・チシュウ〉のアクセントと似ていると思ったからだった。しかしそれが見事違って、静岡市在の藁科とは、これまた驚きである。
 藁科とは安倍川〈アベカワ〉支流藁科川〈ワラシナガワ〉のことで、ここには、静岡市旧大川村、旧清沢村〈キヨサワムラ〉がある。ここは例の旧井川村の隣に当たり、駿遠国境山地のギラ方言圏に入る。
 その後、旧大川村にも行って録音を採ったが、ギラ(一本調子の文アクセント)というものの根深さを強く思った。
 ギラという方言は駿遠山地だけの言葉であるが、ギラと同じ言葉調子は駿遠山地だけでなく、九州から、北関東、東北、八丈島と言った遠方にも広く話されており、現在テレビに出ている有名タレント、政治家にもそういう話し方をする人は沢山いるので、一度関心を持たれると良い。
 古くは歌手の春日八郎から、東京ボン太、ガッツ石松、前川清、政治家の渡辺美智雄、渡辺恒三〈コウゾウ〉、評論家の柳田邦男、立花隆、作家でも大江健三郎、立松和平〈タテマツ・ワヘイ〉氏等々そのアクセントはすぐわかる。大江氏、立松氏のように一本調子がかなり改まっている人もあるが、標準語的なアクセントはほぼ絶対に習得できないという点ではみんな共通しており、それは駿遠山地始め全国の一型アクセント方言のすべて同じなのは本当に不思議である。
 このギラと、浜名湖の「ア「メ」ンフルト……」とは一見似ているわけではないが、型の数が単純であること、どんな新語外来語でも自己のアクセントの型に変換してしまうという特徴においては共通点がある。あるいは? と私は思っているが、難しい話になってしまうからこの辺で止めておこう。

「ギラ」は方言で「一本調子」のこと。すなわち、一型アクセントを意味する。
 本川根町は、静岡県榛原(はいばら)郡にあった町で、現在は、同郡の川根本町(かわねほんちょう)。井川村・大川村・清沢村は、いずれも静岡県安倍郡にあった村で、現在は、静岡市葵区の一部になっている。山口幸洋によれば、本川根町・井川村・大川村・清沢村は、大井川上流の一型アクセント地域に含まれるという。
「新居の町」は、静岡県浜名郡新居町(あらいちょう)のことで、現在は、湖西(こさい)市新居町。在野の方言研究者・山口幸洋(1936~2014)は、ここで燃料店を営んでいた。
 作家の大江健三郎(1935~2023)は、愛媛県喜多郡大瀬村(現・内子町)の出身。同村は、一型アクセント地域に含まれる。なお、四国における一型アクセント地域は、愛媛県の一部以外にはない。

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