永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(104)その2

2018年12月22日 | 枕草子を読んできて
九一  職の御曹司におはしますころ、西の廂に  (104)その2  2018.12.22
 
 若き人々出で行きて、「男やある」「いづこに住む」など、口々に問ふに、をかしき事、そへごとなどすれば、「歌はうたふや。舞などはすや」と問ひも果てぬに、「まろはたれと寝む、常陸の介と寝む。寝たる肌もよし」。これが末いとおほかり。また、「男山の峰のもみぢ葉、さぞ名は立つ」と頭をまろばし振る、いみじくにくければ、笑ひにくみて、「いね、いね」と追ふに、いとをかし。
◆◆若い女房たちが出て行って、「亭主はいるか」「どこに住むのか」など、口々に聞くと、おもしろいことや、あてつけの冗談口などを弄するので、「歌はうたうのか・舞なんかするのか」と聞きも終わらぬうちに、「(俗謡)まろはたれと寝む、常陸の介と寝む。寝たる肌もよし」と歌い始める。この歌の先がたいへんたくさんある。また、「(俗謡)男山の峰のもみぢ葉、さぞ名は立つ」と歌いながら、頭をぐるぐる回して振るのが、ひどく気に食わないので、笑ってにくらしがって、「立ち去れ、立ち去れ」と追いたてるのが、たいへんおもしろい。◆◆

■まろ=男女にかかわらず自称代名詞。



 「これに、何とらせむ」と言ふを聞かせたまひて、「いみじう、などかくかたはらいたき事はせさせつる。えこそ聞かで、耳をふたぎてありつれ。その衣一つ取らせて、とくやりてよ」と仰せ言あれば、取りて「これ給はらするぞ。衣すすけたり。白くて着よ」とて、投げ取らせたれば、伏し拝みて、肩にぞうちかけて舞ふものか。まことににくくて、みな入りにし。
◆◆「これに何を取らせよう」というのを中宮様が御聞きあぞばして、「ひどくまあ、こんなひどいことをさせてしまったのか。とても聞いていられないで耳をふさいでいた。その衣を一つ与えて、早く向うへ行かせてしまえ」と仰せ言があるので、着物を取って、「お上がこれをお前に拝領させるのだぞ。着物がすすけてよごれている。汚さないで着なさい」といって、投げ与えたところ、伏し拝んで、なんとまあ、肩に着物を打ち掛けて拝舞の礼をするではないか。本当に憎らしくなって、皆奥に引っ込んでしまった。◆◆

■肩にぞうちかけて舞ふ=禄を肩にかけて拝舞するのは身分のある人の作法。



 後ならひたるにや、常に見えしらがひてありきて、やがて常陸の介とつけたり。衣も白めず、同じすすけにてあれば、いづちやりにけむなどにくむに、右近の内侍のまゐりたるに、「かかる者なむ、語らひつけて置きたンめる。かうして常に来る事」と、ありしやうなど、小兵衛といふ人してまねばせて聞かせさせたまへば、「あれいかで見はべらむ。かならず見させたまへ。御得意なンなり。さらによも語らひ取らじ」など笑ふ。
◆◆それから後、慣れたのかいつも馴れ馴れしく人目につくようにうろうろ歩き回って、それで、人々は歌の文句をそのまま「常陸の介」とあだ名をつけた。衣もきれいに着かえず、同じすすけ汚れたままなので、この前いただいたのはどこへやってしまったのかなど、みなで憎らしがるうちに、右近の内侍が参上している時に、中宮様が、「こうこういう者を、ここの女房たちは、手なづけて置いてあるようだ。こうしていつもやってくることよ」と、以前あった様子など、小兵衛という女房にそっくりそのまま話させてお聞かせあそばされると、右近は、「その者をぜひ見たいものでございます。必ずお見せあそばしてくださいませ。どうやら御贔屓であるようです。決してどうあっても私の方で手なずけて横取りしたりはしないつもりです」などと言って笑う。◆◆

■まねぶ=あった事柄や様子をその通り人に語り知らせること。