永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(104)その1

2018年12月19日 | 枕草子を読んできて
 九一  職の御曹司におはしますころ、西の廂に  (104)その1  2018.12.19

 職の御曹司におはしますころ、西の廂に不断の御読経あるに、仏などかけたてまつり、法師のゐたるこそさらなる事なれ。
◆◆職の御曹司に中宮様がおいであそばすころ、西の廂の間で不断の御読経があるので、仏の画像などをお掛け申し上げ、法師の座っているのこそは、その尊さは言うまでもない。◆◆

■職(しき)の御曹司におはしますころ=長徳四年(998)末から翌年長保元年正月までのことであろう。
■不断の御読経(ふだんのみどきょう)=一昼夜12人の僧に一時ずつ読経させる法要。



 二日ばかりありて、縁のもとにあやしき者の声にて、「なほその御仏供のおろし侍りなむ」と言へば、「いかでかまだきには」といらふるを、何の言ふにかあらむと立ち出でて見れば、老いたる女の法師の、いみじくすすけたる狩袴の、竹の筒とかやのやうにほそく短き、帯より下五寸ばかりなる、衣とかやいふべからむ、おなじやうにすすけたるを着て、猿のさまにて言ふなりけり。
◆◆二日ほど経って、縁のもとに、いやしい者の声で、「やはり、その仏のお供えのおさがりがございますでしょう」と言うので、僧が、「どうしてどうしてそんなに早くは」とか、あしらっているのを、いったい何者がこんなことを言うのかと立って出ていって見ると、年寄りの女法師が、ひどく汚れている狩袴で、竹の筒とかいうもののように細くて短いのをはき、帯から下五寸ぐらいで、衣といっていいのかどうか同じように薄汚れたのを着て、猿のような恰好で言うのだった。◆◆

■御仏供のおろし(ぶくのおろし)=仏のお供物のおさがり。
■すすけたる狩袴(かりばかま)=よごれて黒くなっている、狩衣の下に着る袴で、白い布製という。指貫より細く、身分の低い者が用いる。



 「あれは何事言ふぞ」と言へば、声ひきつくろひて、「仏の御弟子に候へば、仏のおろし給べと申すを、この御坊たちのをしみたまふ」と言ふ。はなやかにみやびなり。かかる者はうち屈じたるこそあはれなれ、うたてもはなやかなるかなとて、「こと物は食はで、仏の御おろしをのみ食ふか。いとたふとき事かな」と言ふけしきを見て、「などかこと物もたべざらむ。それが候はねばこそ、とり申しはべれ」と言へば、くだ物、ひろきもちひなどを、物に取り入れて取らせたるに、むげに仲よくなりて、よろづの事を語る。
◆◆「あれは何事を言うのか」と言うと、声をとりつくろって、「仏のお弟子でございますから、仏のおさがりをくれてやってくださいと申し上げるのを、このお坊様がたが物惜しみをなさるのです」と言う。その声が派手で優雅である。こんな者は打ちひしがれてめいっているのこそが、しみじみと可哀そうな気もするものなのに、いやに派手なことよと思って、「他の物は食べないで、仏のおさがりばかりを食べるのか。ひどく殊勝なことよ」という様子を見てとって、「どうして他の物もいただかないことがありましょう。それがございませんからこそ、おさがりを取り申すのでございます」と言うので、果物やのしもちなどを、何かに入れて与えたところ、ひどく仲良くなって、いろいろなことを話す。◆◆

■くだ物=「木(こ)だ物」の転。(「だ」は「の」の古形)。果物、水菓子。
■ひろきもちひ=薄く広くしたのし餅の類か。