落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

海の向こうで君が代が聞こえる

2008年08月01日 | movie
『サルサとチャンプルー』

昭和初期にキューバに渡った日本人移民たちの現在を辿ったドキュメンタリー。
とくに予備知識もなく観に行ったのだが、映画が始まってみると、最初から最後まで、ぐりは自分の祖父母のことを考えていた。映画に登場する日系1世が祖父母と同世代で、彼らがキューバに渡った時代と、祖父母が来日した時代はぴったり同じだったからだ。

ひとくちに日系といっても出身地は新潟・長野・広島・福岡・沖縄と全国各地に散らばっているし、故郷を離れた事情もそれぞれ違う。70年以上キューバに住んでスペイン語をひとことも喋らないという人もいれば、スペイン語とロシア語しか話せないという2世もいる。キューバ人と結婚して家庭を築きながら「わたしはやっぱり日本人」という人もいれば、日系人同士の間に生まれても「根っからのキューバ人」と評される人もいる。当り前だけど、みんな違う。日系人、というだけでひとくくりにはできないくらい、彼らそれぞれに自ら切り拓いて来た人生があり、世界がある。彼らの中に残された「日本」もそれぞれ違う。肥大化する日本、遠く淡くなっていく日本、変容する日本、交じりあう日本。
そんな日系人たちの話を聞きながら、おじいちゃんやおばあちゃんと話したい、と切実に思った。ぐりは彼らが日本に渡って来たときの事情やその後の経緯を、彼ら本人の口から聞いたことがない。彼らも話したがらなかったし、言葉も通じなかった。ぐりがそれを聞きたいと思い始めたとき、祖父は父方も母方も既に鬼籍に入っていたし、祖母もふたりとも歳をとり過ぎていて、母に通訳してもらっても会話が成り立たない状態だった。今となっては、その当時のことを語れる親族はもういない。淋しい。

たとえ日系人移民でなくても、在日コリアンでなくても、20世紀という激動の時代を生きた人のサバイバルにはみんなドラマがある。
この映画を観ていると、出自やルーツだけで人をカテゴライズすることの無意味さこそが、人間のいちばん人間らしい部分のような気がしてくる。それくらい、グッチャグッチャなのだ。結論とかまとめとか、そういう筋道らしきものはこの映画にはない。そこはドキュメンタリーとして素直に共感できた。無理にまとめないのもモチーフに対する誠実さだと思う。
けどヘンに暑苦しいナレーションがゴテゴテ多かったのはかなりいただけなかった。ところどころ「えっ?なんでっ??」ってくらい強引な発言が入って来て、せっかく感情移入してたのがさめてしまったりしてもったいなかったです。あとテロップの入れ方とか画面のレイアウトがダサかったのもちょっとなあ。誤字も多かったし。そこらへんはもっと神経遣ってほしかった。

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