落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

残念な話をしよう

2013年05月17日 | diary
残念な話をしよう。

先日、某政治家が「慰安婦は必要だった」「米軍は風俗店を利用すべき」といった発言をした反響が連日マスコミを賑わせている。
ぐりはこの政治家が政治家になる前、光市母子殺害事件の弁護団に対して起した懲戒請求騒動がきっかけで、弁護士とあろう人物にこれほどまでに知性と人権意識が欠如していてさえ、法律家としての職務が問題なく全うできている社会に驚愕したことがきっかけで彼を知ったので、今回の騒動についても正直まったく驚かなかったし、腹も立たなかった。
逆に、あのときと同じように、おそらくは彼の発言に無批判に同調し無関心なふりで沈黙する多くの人々─いわゆるサイレントマジョリティ─の存在こそが恐ろしく、悲しく思った。

彼の発言そのものの正誤はすでに問題ではない。
そもそも「慰安婦」という姑息な言い換え自体が人権侵害となっていることにも、日本のマスコミは決して触れようとしない。彼がいうように、古今東西世界中の戦場で女性に対する性暴力は横行していたが、彼女たちを「慰安婦」「女子挺身隊」などというもっともらしいパッケージに押し込めて、世紀をまたいで自分たちの犯罪を否定し続けているのは日本だけだ。
国際社会では、性暴力の犠牲者として拉致・監禁され、強制売春の被害を受けた人のことを「性奴隷」、英語で「sex slave」と呼ぶ。性産業を目的とした人身取引の被害者とまったく同じ表現だ。日本語では馴染みのない表現だし、ショッキングに感じる人も多いかもしれないけど、死ぬよりもつらい生き地獄を味わった事実をそのまま表現するとなると、どうしてもこういわざるを得ない。どう言い換えようとあったことをなかったことには決してできないのだから、あえてオブラートに包むことこそが被害者をより傷つけることになる。

日本政府は2007年にアメリカの下院外交委員会で「慰安婦問題の犠牲者に対し謝罪、賠償を行うべき」という決議がなされて以来、その事実を否定し、抵抗し続けているが、よしんば政府間で損害賠償が決着していたとしても、法的には個人が政府を相手に損害賠償を求める権利はそれによって何ら妨げられるものではない。政治家もマスコミもこの事実を伏せて、とにかく被害の矮小化にばかり汲々としている。
政府間でどんな取引が行われようと、被害者の受けた傷が回復されることなどあるわけがない。そのことが一番無視され、そして被害者を二重三重に傷つけている。貶めている。

某政治家は合法な風俗店を否定するのは風俗で働く女性への差別だとまで発言したけど、彼が弁護士時代に大阪・飛田新地料理組合の顧問弁護士だったことはよく知られている。
飛田新地は旧遊郭で今も日本有数の風俗街だ。経験上、風俗にはお詳しいおつもりでそうおっしゃったのだろうが、合法な風俗が聞いて呆れる。日本の風俗店で営業許可を取って合法に経営されている店は警察発表ですら半数以下、無店舗ヘルスのような曖昧な業態も含めば実情では違法営業の方が遥かに多いし、許可を取って営業していても店内では違法なサービスを従業員に強制している業者も珍しくない。
ぶっちゃけていえば、日本の合法な風俗店では建前上、性欲は消化できない。ザル法であっても風営法でセックスは認められてないから。

それからここが最大の誤解ポイントなのだが、某政治家以外の方でもどなたでも、風俗で働いてる人は積極的に自らその仕事を選んでやってるはず、好きでやってるはずなんだから、誰の性のはけ口になろうがそれが仕事だろう、どんな目に遭おうが自己責任だろうという認識がおかしい。
確かに風俗嬢になりたくてなった、なれて100%ハッピーという方も中にはいるはずだが、決して数は多くないと思う。ここではっきりいっておくが、風俗業といえば高収入というイメージがあるけど、今は完全な買い手市場で女の子は余ってるから、彼女たちの労働環境は坂を転がるよりもひどいスピードで劣悪化している。それでも不景気で正規雇用が減り、貧困から脱するため、受けたい教育の機会を得るため、家計を支えるため、やむにやまれぬ事情で一時的にその職業を選ぶしかなかった人も多い。誘拐や詐欺や人身取引やDVの被害に遭い強制的に風俗で働かされている女性も珍しくない。
決して全員がそういう人ばかりとまではいわないけど、あらゆる事情を抱えた彼女たちを十把一絡げにして「性欲のはけ口」呼ばわりはどう考えても偏見以外の何ものでもない。

ちなみにアメリカ軍は軍法で売買春を禁止しているが、これも長い歴史的背景がある。そこはぐりの守備範囲ではないのでここでは割愛するが、軍が売買春を認めたらそれがすなわち人身取引の温床になるのは既に旧日本軍が証明している。それは今も続いている軍隊の闇の歴史だ。つい5年ほど前にもイギリスの民間軍事会社が人身取引に関わったスキャンダルが報道されたけど、この前にも後にもPKOやODA関係者が人身取引の加害者となった事件は枚挙に暇がない。
そこにはいつも、国家事業で遠隔地に派遣された男性権力が、カネで地域の女性を蹂躙するという図式がある。某政治家の人権意識の低さはこのレベルでしかない。カネさえ払えば女性に何をしてもいいという発想が狂っている。

この騒動の最もつらいところは、女性をあくまでも性の道具としてしか見ていない、その価値観がこともあろうに人権を守ってくれるはずの弁護士や政治家に許されている日本社会の人権意識の稚拙さそのものだと思う。
某政治家だけじゃない。彼の発言が国際社会から批判されていることだけを問題視したり、慰安婦問題の正当化を擁護したり批判したりするだけで、ほんとうはどこが間違っているか見ようとしない、我が身に置き換えて考えない、そういう社会そのものが、とても恐ろしく、悲しく思う。

「慰安婦」Q&A アクティブ・ミュージアム

関連レビュー:
『セックス・トラフィック』
『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』 今枝仁著
『ハーフ・ザ・スカイ 彼女たちが世界の希望に変わるまで』 ニコラス・D・クリストフ/シェリル・ウーダン著