落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

全力で築き上げるもの

2012年11月17日 | movie
『その夜の侍』
久子(坂井真紀)が木島(山田孝之)の運転するトラックに轢き逃げされて亡くなってから5年後の夏。木島は毎日、久子の夫・健一(堺雅人)からの「お前を殺して俺も死ぬ」という脅迫状を受取っていた。
久子の兄・青木(新井浩文)は健一の身を案じて同僚の川村(山田キヌヲ)を見合い相手に紹介するが、健一はとりあわない。一方で木島から「健一に『殺す』と脅迫されている。警察に届けられたくなければ慰謝料を支払え」と脅された青木は・・・。
劇団THE SHAMPOO HATが2007年に上演した舞台劇の映画化。

たぶん、健一は久子をすごく大事に思っていたのだろうと思う。
5年経っても留守電に残された彼女のメッセージを繰り返し聞き、久子の衣類の残り香を貪るように吸い込みながら、彼女の面影を追い求める。
だが、画面上ではこの夫婦がふたり一緒にでてくるシーンがないので、実際にはどんなカップルであったかはまったくわからない。何しろ坂井真紀、1シーンしかでてこないからね。次の登場シーンではもう死んでる。
この映画のテーマは、こういう「本来向かいあうべき関係の欠如と回復」なんじゃないかと思う。
たとえば、木島と小林(綾野剛)は友人関係のようだが、異常に暴力的な木島と常識人の小林の間柄はとても対等には見えないし、何かと健一を心配する青木の心情を健一本人は微塵も顧みようとはしない。木島は健一に脅されながらなぜか健一本人に抗議しようとはせず、ふたりが向かいあうのはクライマックスのワンシーンだけ、それまで同じシーンに登場しても視線も交わすことがない。
だからどのシーンも会話はちぐはぐで噛みあわないし、登場人物がいくら語りあってもいつまでたっても結論には行き着かない。

それなのに小林は木島から逃げようとはしないし、青木は最後まで健一の傍にいようとする。
たぶんそこには理由はない。彼らはただそうしたいという欲求だけで相手に吸い寄せられていく。溶接の火花に吸い寄せられるコガネムシのように、危険だと知りながら離れることができない。
あるいは彼らは自らの目でカタストロフを確認したいのかもしれない。それか、ほんとうに取り返しのつかないことが起こらないようにと、心の底では祈っているのかもしれない。
はたして木島がどれほど暴力的でも、健一がどんなに自暴自棄になっていても、結局人はひとりで生きているわけではない。自分ではそのつもりでいても、人間はどこかで誰かとつながっている。

びっくりするくらい説明が全然なくて、このレビューを書こうとしてググって初めて設定がわかるくらいなんだけど。
いやこれムチャクチャよくできてます。最近観た日本映画の中ではトップクラスだね。つーても最近あんまり映画観てないけど。
でもホントに無駄がなくて、けどたっぷりこってり見応えがあって、全部が過不足なくまとまってる。それでいてきっちりと余韻が残る。ハイクオリティ。すばらしい。
この監督はTHE SHAMPOO HATの作家さんで映像は初監督らしいですが、とてもそうは見えない。カメラワークといいフレーミングといいライティングといいプロダクションデザインといい音響効果といい編集といい音楽といい、どのパートも完璧です。

堺雅人はかつて「小劇場のプリンス」と呼ばれたキラキラオーラは完全に消し去って「無口でちょっとキモイ中年男」に見事なりきっている。めっちゃリアルです。『ゆれる』の香川照之ばりのハマり役です。
山田孝之ってなんかあんまし印象にないんだけど・・・悪役っていうほど悪くないんだよね。木島くん。単に病的な自己中で救いがたく馬鹿なだけ。だから山田くんがすっごい頑張って悪人演技しててもあんま怖くない。そこは狙ってるのかどうなのかわかんないです。
ぐり的には新井浩文やっぱええなーと思った。この人好きなんだよね。うまいもん。間違いないもんね。画面に出てくるだけで安心します。もっと売れてほしーなー。けど坂井真紀の兄が新井浩文ってのは無理あるかなあ。だって新井浩文のが10コくらい年下だぜ。確か。

日本には死刑制度があって、それを支持する人は往々にして被害者感情や応報感情を根拠に持ち出すけど、言葉でいうほど復讐なんて単純なものじゃない。
たとえ復讐が成功したとしても、それは互いの人生の一段階でしかないし、どちらもこの宇宙にふたりきりの人間じゃない。復讐で何かが完結するほど、人の生き死には簡単じゃない。
健一も最後にその答えに辿り着く。
傑作。観てよかったし、たくさんの人に観てほしい。


とれたてのすじこ。翌日はらこ飯でいただきました。
今年は海水温が高い関係であまり鮭は穫れず、もうシーズンは終りだそうな。