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落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

砂の神殿

2007年02月11日 | book
『エクウス』 ピーター・シェーファー著 倉橋健訳

先日ダニエル・ラドクリフくんが出演するとゆー話題でちょこっと触れた戯曲。再読です。
前に読んだのはたぶん高校時代だと思う。思う、とゆーのは大雑把なあらすじ以外はろくに内容を覚えてなかったから、実をいうといつ読んだかはっきりせんのです。大丈夫かアタシ。
でもちょっと前からまた読もう・読みたいなとは思ってて、いい機会なので十ン年ぶりに手に取り。

主人公はダイサートという精神科医。彼は友人の裁判官からアランという17歳の少年の精神鑑定を依頼される。アランは勤めていた厩舎の馬6頭の目を衝いたという罪で起訴されていた。
丁寧な仕事ぶりで馬主からも信頼されていた少年がなぜそんな残酷なことをしたのか、その謎を解き明かすうち、医師はやがて自らの内面の病理にも気づかされていく。
シェーファーはこの戯曲のモチーフになった事件についての話を友人から聞き、その時の印象を基に物語を書いたという。だから状況説明などにはとくに変わったところはないものの、文面には描かれない、登場人物の内なる葛藤、決して言葉には表せない、自分自身に対する恐怖といった内省的なパートにはかなりリアリティを感じる。その「説明されない部分」こそがこの物語の最大のテーマであって、最初に読んだ時には消化しきれなかった部分でもある。だから印象に残らなかったのだろう。

読んでいる間じゅう、神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇少年を何度も連想した。
決して完全ではないが愛情あふれた家庭に育ちながら、ひそかに病んでいた少年の心に育っていった魔の信仰と性的な抑圧。
タイトルの「エクウス」とはラテン語で馬を意味するが、アランは馬に性的な興奮を感じ、同時に信仰の対象とみなしていた。それだけなら何の害もなかったのだが、もろく傷つきやすい子どもの心が破壊されるきっかけなど些細なことだ。他人にとっては「たったそれだけで?」と思われるようなことに、少年は絶望し、それが暴力に転化された。
なるほどこれは文学や映画ではなく、演劇というライブのメディアでこそ充分に表現されるべき物語だろう(映画化もされてるみたいだけど未見)。機会があれば是非とも生で観てみたいです。
しかし日本では劇団四季以外ではあまり上演されてないみたいだけど・・・やっぱ問題はヌードシーンかな?いまどきハダカがでてくる芝居なんかいくらでもありそーなもんだけど。