はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

鑑賞サイト 006:自転車

2006年03月14日 19時56分05秒 | 題詠100首 鑑賞サイト
自転車もバイクもシクロも自動車も嗚呼いつせいに奔るハーノイよ
                 髭彦 (雪の朝ぼくは突然歌いたくなった)

  ベトナムには惜しくも行ったことはありませんが、東南アジアの交通事情は、
  ある種F1レースのおもむきがありますよね。
  で、人はどうかというと、これも負けていない(これが一番?)
  このエネルギーを失って久しい極東人は、「嗚呼」と言うしかないのです。

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自転車に藤吉郎をしたがへて信長われは河土手をゆく
                     春畑 茜 (アールグレイ日和)

  素直に読めば、ガキ大将とその側近(それとも飼い犬)。
  でもここは字義どおり、信長が現代によみがえった、あるいは自転車が
  戦国時代にタイムスリップした、と読む方が遙かに楽しいです。
  「遅れるな、猿!」「おやかたさまぁぁ!」

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君の背を小さくつかみ自転車の荷台にすわる完熟トマト
                  水沢遊美 (ふんわりんさまの想ひ人)

  どうも僕には、言葉そのとおりに読んでしまう癖があるようで、
  この歌も、ちっちゃなトマトが懸命に、前の人の服を掴んでいる、
  といったイメージが頭を離れません。
  そう思わせてしまう、この歌の力に頭が下がります。
  これほど必死についてきたトマト、あだやおろそかには食べられ
  ませんよね。

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みずからの影を轢きつつ自転車の少年ななめに校庭を裂く
                     水須ゆき子 (ぽっぽぶろぐ。)

  水須さんの歌を読むといつも思うのですが、体温を感じさせる言葉の中から、
  一瞬きらりと、あるいはヒヤリとさせる何かが飛び込んでくる心地がします。
  この歌も、一読して袈裟斬りにでもあったような感触を憶えました。
  この感触を繰り返し味わいたい。そんな歌です。

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おもいきり踏んだペダルを踏みはずす。自転車なんて嫌いだ。恋も。
                        野良ゆうき (野良犬的)

  がくんという衝撃。空回りするペダル。ひっかけた足に残る痛み。
  まざまざと伝わってきます。
  自分が全て悪いだけに、余計に腹が立つ。恋も。
  3つの「。」が、事件と思考との、微妙な間を物語っています。


鑑賞サイト 005:並

2006年03月14日 19時02分14秒 | 題詠100首 鑑賞サイト

並縫いが全部終わらぬうちは裏表逆だと気づかずにいる
                         ドール (花物語)

  全部終わらないうちは間違いに気付かないでいる、ということは
  よくありますよね。
  いまさらほどくわけにも行かなくて、
  「えーい、このままでいいやあ!」
  と開き直ると、案外当初の予定よりうまく行ったり。
  ま、あくまで例外ですが。

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向き合ってたった二人で七並べやってるような会話じゃないか
           おとくにすぎな (すぎな野原をあるいてゆけば)

  「ハートの5いつまで止めてんのよ」
  「そっちこそクラブの10だせよな」
  「パス3回まででしょ!」
  「うっせえな、いいだろ1回くらい」
  …あるいは、無言で会話をしているのでしょうか。

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未来都市博物館の片隅にアルカリ性の埴輪が並ぶ
                    松本響 (春色ぶれす SIDE-D)

  ほとんど漢字の歌の中に、4文字のカタカナ。
  一見して、近未来を思い浮かべます。
  「アルカリ性の埴輪」とはなにか?
  それが並んでいるんですよね、未来の博物館に。
  人間って確か、健康なときはアルカリ性だったでしょうか…?

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おもいきり殺ってください。テーブルに並べられてるひよこ饅頭
                        みあ (言の葉たち)

  あ、あの、なにかあったんですか?
  と思わずおずおずと問いかけたくなってしまいます。
  冷静に考えれば、盆に並べられたお饅頭を食べて下さい、という意味
  なんでしょうが、なんだか、並んでいるひよこたちを拳でひとつひとつ
  潰していくような…
  すみません。過激な想像でした。

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不規則に命が剥がれ落ちそうでハチの毛並みを確かめている
                 田崎うに (楽し気に落ちてゆく雪)

  飼い犬(おそらく10歳以上?)の背中を、何度もなんども撫でている、
  そんな手が見えてきます。
  どんな生き物でも老いは哀しくて、でもだから周りの人は、今以上に
  命に敏感になるんですよね。
  上三句の、不安定でいて絶妙に保っているバランス感覚が素敵です。