■イージス艦事故 第2回海難審判 ずさん運行明らかに 2008年9月12日
十一日、横浜地方海難審判庁で開かれた、イージス艦「あたご」の衝突事故の第二回海難審判で、海上自衛隊側は独自の航跡図を提出し、漁船側の過失を強調したが、当直士官らの尋問では審判官から厳しい質問が続き、ずさんな運航実態が次々と明らかになった。 (イージス艦事故取材班)
「衝突しないよう祈るしかなかった」。衝突時の当直士官だった前水雷長長岩友久三等海佐(35)は、父子が犠牲になった清徳丸が、衝突直前にあたごの甲板の下に入り、姿が見えなくなった瞬間を振り返った。尋問では衝突直前まで清徳丸を十分に監視しなかった責任が厳しく追及された。(続く)
「衝突しないよう祈るしかなかった」。衝突時の当直士官だった前水雷長長岩友久三等海佐(35)は、父子が犠牲になった清徳丸が、衝突直前にあたごの甲板の下に入り、姿が見えなくなった瞬間を振り返った。尋問では衝突直前まで清徳丸を十分に監視しなかった責任が厳しく追及された。(続く)
吉清(きちせい)治夫さん(58)、長男哲大(てつひろ)さん(23)親子はもう戻ってこない。しかし、どんなにか言い逃れようとしても、つじつまをあわせようとしても決してそれはできない。真実は歪めることはできないから。あってはならない事故、2度と起こさないためにも事実をありのままに。
■“引き継ぎ うのみに” 前水雷長、一定の過失認める
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