真実一路くんのひとり言

だれがやっても同じやとあきらめず、一歩ずつ
長いものには巻かれず、真実を大切にして。

秘密保護法案 あたご事件裁けない

2013-12-04 | イージス艦衝突事件

 秘密保護法が制定されれば、自衛隊がかかわる事件・事故の原因究明、責任追及が著しく制約されかねない。5,6万件ともいわれる現行の防衛秘密が自動的に「特定秘密」となり、「その他重要な情報」(同保護法案)として防衛相の判断一つで事実上、無制限で指定でき、裁判などでの証拠資料が「封印」されてしまう。
 戦闘艦にとって制動能力などはいわば「軍事機密」。だが、イージス艦あたご衝突事件裁判では「防衛秘密」であっても公表せざるをえなかった。
 これらは海自艦の構造、性能、運用に関する重要情報であり、「防衛機密」に属する。秘密保護法が「特定秘密」として指定すべき範囲にあげているもので、指定されれば刑事事件での公表も制限される。暗黒裁判がまかり通るのである。
※参考 しんぶん赤旗2013年12月4日付

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あたご事件から5年 控訴審、近く結審

2013-02-19 | イージス艦衝突事件

冷たい海原で亡くなった二人が浮かばるような判決をしてほしいものだ。回避義務のある「あたご」に責任があるのは、はっきりしている。二人の大漁の喜びの笑顔が見える判決をしてほしいものだ。

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2013年2月19日(火)
漁師継いだ孫 奪った海自
あたご事件から5年 控訴審、近く結審
哲大さんの祖父 庭田重夫さん(81)語る


 「裁判所はこんどこそ自衛隊の罪を認めてほしい。そうでなければ2人は浮かばれない」。2008年2月19日、千葉県房総半島沖で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突、船長の吉清治夫さん=当時58歳=と長男、哲大(てつひろ)さん=同23歳=が死亡した事件。まる5年を迎え、哲大さんの祖父、庭田重夫さん(81)が、無念の日々を語りました。(山本眞直)


 治夫さんの妻で、哲大さんの母、幸子さん(57)は庭田さんの娘。「幸子は子どものときの大病が原因で障害が残り、病弱。そんな幸子の子どもだけに哲大はよくできた、かわいい孫だった」。千葉県北部の自宅で、哲大さんの思い出を話しました。

悲しみ今も


 幸子さんは事件後、実家の庭田さん宅で療養を続けています。2人を失った悲しみとショックから抜け出せずにいるといいます。


 庭田さんにとっても同じこと。「事件の2日前に、哲大は勝浦からこの家に来ていた」


 庭田さんは、勝浦市で漁に出る治夫さんたちから魚をもらう換わりに自家用で作る野菜や米をよく届けたといいます。08年2月17日、この日も哲大さんが、庭田さんからの連絡を受けて米を受け取りにきていました。30キロの米袋を二つ、車に積み込み、いつもの人懐こい笑顔と「じゃーね」の言葉が最後でした。


 2人の遺体は見つからず、法律上の「死亡確認」で葬式をしました。骨つぼには骨はなく「遺品めいたものを入れただけの到底、受け入れられないものだった」


 事件は2月19日午前4時6分すぎに起きました。横浜地方海難審判所(当時)は海上衝突予防法にしたがい、相手船(清徳丸)を右に見る船(あたご)が回避義務のある避航船であり、見張り不十分などから「あたご側に衝突の主因があった」と裁決しました。


 一方、横浜地裁は、「清徳丸が直前に右転したことが原因」とする自衛隊側の主張を認めて、事故当時の当直士官2人(業務上過失致死、同危険往来の容疑)を無罪にしました。


 検察は控訴。東京高裁でこれまで9回の公判が開かれ、昨年9月には一審でも行われなかった川津漁港での出張尋問も実施されました。被告側は公判で自衛隊に協力的な証人をよび、「清徳丸らは前日に飲酒して、居眠りをしていたのでは」などと証言させました。


 庭田さんは、やりきれないといった表情でこういいました。「治夫さんは酒が飲めない人で盆栽が趣味だった。哲大もアルコールはだめ」

浮かばれぬ


 哲大さんが漁師になるとき、相談に乗ったのが庭田さんでした。「高校2年生の頃だったか、『じいちゃん、俺、学校やめて漁師になり、お父さんの後をつぐよ』といってきた。高校を卒業してからで遅くないぞ、と言ったが中退して漁師を選んだ」


 治夫さんが体を壊し、幸子さんも病弱だったから「親の役に立ちたい、という思いがあったんだよ」。


 庭田さんは目をとじて、自らを励ますようにくりかえしました。「海難事故の専門機関である審判所の判断が正しい」「見張り不十分の自衛隊が無罪では2人は浮かばれない。海難審判と同じ判決がほしい」


 控訴審は近く結審し、6月にも判決というヤマ場を迎えています。




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「死人に口なし」とはこのことか

2011-05-12 | イージス艦衝突事件
 判決が検察側の示した航跡図を「信用できない」と切り捨て、海難審判所の裁決などを一方的に否定したのは問題です。「清徳丸」が沈没し、乗組員が直接航跡を立証できない状態にあることをいいことに、被告の主張を一方的に採用するなど、公正さを問われる裁判所のやるべきことではありません。まさに「死人に口なし」とばかりに、死者にむち打つような判決を認めるわけにはいきません。

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2011年5月12日(木)「しんぶん赤旗」
主張 「あたご」裁判
死者にむち打つ不当な判決

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」が2008年、千葉県沖で漁船「清徳丸」に衝突、沈没させた事件で、横浜地裁は業務上過失致死と業務上過失往来危険罪に問われた元当直士官2人に無罪判決を言い渡しました。
 衝突事故の原因が、「清徳丸」を右にみながら回避行動もとらず直進した「あたご」にあったことは海難審判所の裁決や防衛省の調査報告も認めてきたことです。それさえ否定し、判決が「清徳丸側に避航義務があった」としたのは、被害者と加害者をさかさまに描くことになります。

海難審判の裁決も
 事件は千葉県房総半島沖で08年2月19日、横須賀基地に向かって北上する「あたご」が、千葉県勝浦市から三宅島に向かっていた「清徳丸」に衝突、沈没させ、乗組員親子の命を奪ったものです。
 海上衝突予防法は、右側に相手の船をみる船が、右に回りこむなどの回避行動をとることを義務付けています。事故原因を調査した海上保安庁・海難審判所や防衛省の判断にもとづけば、「あたご」が衝突回避義務に従わなかったことが痛ましい事故の最大の原因であることは明白です。
 防衛省は事故直後から「『清徳丸』を右舷に見ていることからして…『あたご』に避航の義務があったが、『あたご』は適切な避航措置をとっていない」とのべていました。海難審判での裁決(09年1月)も、「本件衝突は、あたごが、動静監視不十分で、前方を左方に横切る清徳丸の進路をさけなかったことによって発生した」と断定しています。
 被告の「あたご」の元当直士官らが右方から接近する「清徳丸」の動静を監視し、適切な回避行動をとっていれば事故は起こるはずがありませんでした。にもかかわらず被告側が裁判になって、「清徳丸」の僚船船長らの供述にもとづいて検察側が作成した「清徳丸」の航跡図を否定し、「清徳丸が予想不可能な航行をしなければ、あたごの後方を安全に通過した」と主張しだしたのは、防衛省や海難審判の裁決がだした結論とも違うものです。
 判決が検察側の示した航跡図を「信用できない」と切り捨て、海難審判所の裁決などを一方的に否定したのは問題です。「清徳丸」が沈没し、乗組員が直接航跡を立証できない状態にあることをいいことに、被告の主張を一方的に採用するなど、公正さを問われる裁判所のやるべきことではありません。まさに「死人に口なし」とばかりに、死者にむち打つような判決を認めるわけにはいきません。

軍事優先正してこそ
 この事件で海難審判所の裁決が自衛隊の責任についても指摘していたことは重大です。自衛隊側の口裏あわせともいうべき隠蔽(いんぺい)工作も問題になりました。
 被告らが「清徳丸」に罪をかぶせたのも、軍事優先の意識にもとづく、おごりのためといわれても弁解の余地がないでしょう。


 巨大な自衛艦が小さな漁船を見下し、「そこのけそこのけ軍艦が通る」といわんばかりにルール無視を押し通す、軍事優先の体質とおごりを正さなければ安心して航行することも操業に従事することもできません。自衛隊の暴走を許さず、国民的監視を強めることがいよいよ重要です。



 

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驚きの判決!イージス艦衝突:「あたご」当直士官2人無罪 横浜地裁

2011-05-11 | イージス艦衝突事件

まったくもって驚きの判決だ。なぜ、無罪。「あたご」側に回避義務がなかったのか!

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イージス艦衝突
:「あたご」当直士官2人無罪 横浜地裁



イージス艦「あたご」の衝突事故の判決のため裁判所に入る後潟桂太郎被告(右)と長岩友久被告(左)=横浜市中区の横浜地裁で2011年5月11日、小林努撮影
イージス艦「あたご」の衝突事故の判決のため裁判所に入る後潟桂太郎被告(右)と長岩友久被告(左)=横浜市中区の横浜地裁で2011年5月11日、小林努撮影
清徳丸の航跡を巡る主張の違い(イメージ)
清徳丸の航跡を巡る主張の違い(イメージ)

 海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、漁船の2人を死亡させたとして業務上過失致死罪などに問われた自衛官2人(起訴休職中)に対し、横浜地裁は11日、いずれも無罪(求刑・禁錮2年)を言い渡した。検察側が作成した航跡図について、秋山敬(ひろし)裁判長は「看過しがたい問題点がある。前提とする証拠の評価が誤っており、検察側の主張を認めることはできない」と批判。弁護側の主張と同様、漁船の右転が事故を招いたもので、漁船に回避義務があったと判断した。


 ◇漁船に回避義務「航跡図に問題」


 起訴されたのは、衝突時の当直士官だった三佐、長岩友久被告(37)と、直前の当直士官だった同、後潟(うしろがた)桂太郎被告(38)。両被告はいずれも一貫して無罪を主張、清徳丸のGPS(全地球測位システム)機器が水没してデータを復元できなかったことから、同船の航跡が最大の争点となった。


 検察側は、清徳丸後方を航行していた僚船船長らの証言などを基に、衝突に至るまでの航跡図を作成。海上衝突予防法に基づき、清徳丸を右方向に見る位置にあった、あたご側に衝突回避の義務があったと主張した。


 弁護側は「検察側の航跡図は真実と全く異なる」と批判し、海難事故の専門家に依頼して独自の航跡図を証拠として提出。「あたご後方を通り過ぎるはずだった清徳丸が、衝突直前に大きく右転・増速したことが事故原因」と反論した。


 判決は、検察側航跡の根拠とされた僚船船長らによる「清徳丸は(僚船の船首から)左約7度、距離約3マイルに位置していた」との供述について「僚船船長は(検察官に)図面を指して『前方やや左にいた』とは言ったが自分から『7度』とは言っていない」と指摘。「恣意(しい)的に船長の供述を用いている」と述べ、調書化した供述の信用性を否定した。


 さらに長岩被告らの供述を基に、独自に航跡を特定。被告側の監視も不十分だったことなどを認めつつ、清徳丸が右転しなければ危険は生じず、直前になっても回避行動を取らなかったと指摘した。


 事故の再発防止のため原因究明をする海難審判の裁決は、長岩被告について「見張りが不十分」などと指摘する一方、後潟被告の行為に関しては「相当な因果関係があるとは認められない」と判断し、確定している。


 検察側は、後潟被告については、清徳丸などの漁船群を「停止操業中」と誤った引き継ぎをしたことから「長岩被告の回避措置を困難にし、衝突の危険性を生じさせた」として起訴していた。


 海自艦艇の海難事故を巡る刑事裁判は、30人が死亡した潜水艦「なだしお」事故(88年)以来2例目。この事故では元艦長と死者を出した遊漁船の元船長双方が業務上過失致死傷罪などに問われ、いずれも執行猶予が付いた有罪判決が確定した。【松倉佑輔、中島和哉】


 ◇解説…証言頼み 立証方法に疑問


 検察側が作成した航跡図の信用性を否定した横浜地裁判決は、漁船のGPS機器水没で航跡を再現するための物的証拠がない中、関係者の証言に頼らざるを得ない検察側の立証方法に疑問を呈した。


 検察側は、清徳丸が後方の僚船から見て「左約7度、距離約3マイル」を航行していたとの僚船船長らの供述から航跡図を作成。しかし、弁護側は図面を検証し、「航跡が『7度、3マイル』の位置にない」と追及した。


 航跡図作成の実務を担当した海上保安官や捜査を指揮した検事は、証人尋問で「誤差」などと釈明したが、論告の段階で検察側は「僚船船長らの供述は、あくまで平均値で一定の幅がある」と主張、軌道修正を図った。


 しかし、判決はこの供述を基にした航跡図の作成方法を問題視し、検察側の航跡図の信用性を否定。「両被告に過失があったとする検察側の立証は不十分」として、長岩友久被告の監視が不十分だったことを事故原因とした横浜地方海難審判所裁決(09年1月)と異なる結論を導いた。国が個人に刑罰を科すことを踏まえ、より厳密な立証が求められる刑事裁判の原則を重視し、捜査のあり方にも警鐘を鳴らしたとも言えるだろう。


 ただし、人命にかかわるような過失については、近年、かつてよりも積極的に刑事罰を科すという司法の流れがあり、検察側が控訴するのは確実視される。両被告の刑事責任は、東京高裁で改めて問われることになりそうだ。【松倉佑輔】


 ◇あたご衝突事故


 千葉・野島崎沖で08年2月19日午前4時6分ごろ、海自イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突、清徳丸船長の吉清(きちせい)治夫さん(当時58歳)と長男哲大(てつひろ)さん(同23歳)が死亡した。横浜地方海難審判所は09年1月の裁決で、あたご側に事故の主因を認め、所属部隊「第3護衛隊」(京都府舞鶴市)に安全航行の指導徹底を求める勧告を出した。横浜地検は同4月、業務上過失往来危険と業務上過失致死の2罪で自衛官2人を起訴した。

関連記事:<イージス艦衝突>遺族ぼうぜん、腕組み目を伏せ 無罪判決


 海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、業務上過失致死罪などに問われた自衛官2人に対し、横浜地裁はいずれも「刑事責任は問えない」と判断した。事故から3年余り。2人が死亡したという事実を意識してか、硬い表情を崩さず前を見つめる2人の被告。傍聴席の遺族は「無罪」の判決に対し、やり場のない怒りをこらえるように目を伏せた。【松倉佑輔、山下俊輔】(毎日新聞)
[記事全文]

あたご無罪「どうして」ショック隠せない地元 勝浦の漁師たち - 産経新聞(5月11日)

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海自あたご衝突裁判 2士官に禁錮2年求刑

2011-01-26 | イージス艦衝突事件
「そこのけ、そこのけ」「小型船がよけてくれるはず」この過信こそ事件の最大の原因。イージス艦、肝に銘ずべき。…父子漁師は冷たい海に眠ったまま…。

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2011年1月25日(火)「しんぶん赤旗」
海自あたご衝突裁判 2士官に禁錮2年求刑 検察 「過信こそ最大の原因」

千葉県房総半島沖で海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突、沈没させ、漁師親子が死亡した事件で業務上過失致死罪などに問われた「あたご」の元当直士官の長岩友久被告(37)=元水雷長=と後潟桂太被告(38)=元航海長=の論告求刑公判が24日、横浜地裁(秋山敬裁判長)で開かれました。検察側は両被告に禁錮2年を求刑しました。

公判で被告側は、「清徳丸が直進していればあたごの艦尾を通過した。衝突の原因は清徳丸の右転」と主張。

 論告で検察側は「根拠とする被告弁護側の航跡図に合理性がなく認められない。海上衝突予防法上、避航義務のあるあたごが漁船群の動静を注視し、早めに回避動作をしていれば衝突は回避できた」と指摘しました。


 そのうえで、両被告の公判での証言にふれ、「自分たちはミスを犯すはずがない、という過信を感じさせる証言がしばしばあったが、この過信こそが本件の最大の原因だ」と非難。漁船群の動静を注視せず、まんぜんとした操船の根底にあるのは「小型船がよけてくれるはず」という潜在意識の表れだとしたうえで、「冷たい海に投げ出され命を奪われた漁師親子、その家族の悲しみは深い。両被告の過失責任は免れない」と断じました。


 被告弁護団は、「求刑は検察の航跡図にもとづくもので、予想していたものだ。最終弁論でこれまで通り無罪を主張する」と語りました。


 公判を傍聴した遺族の一人、吉清祥章さん(21)は、「求刑は(二人の命に比べて)軽いと思う。検察が両被告の過信が衝突の原因という指摘はその通りだと思う。判決を見守りたい」と話しました。



 

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イージス艦「あたご」裁判 自衛隊側の証言にほころび

2011-01-11 | イージス艦衝突事件
衝突前にあたごで見張りに立った乗組員らの証言で被告側の証言は破たん。検察、被告側の質問に乗組員は事件当日の午前3時30分ごろに、水平線付近と周辺に三つの白灯を見たと証言。衝突直前のあたごが漁船を回避すべき避航船であることの立証なのだ。

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2011年1月10日(月)「しんぶん赤旗」
イージス艦「あたご」裁判 証拠調べ終わる
自衛隊側の証言にほころび
衝突前に漁船視認 航跡図に欠陥

 千葉県房総半島沖で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突、沈没させ、漁師親子が死亡した事件は来月19日で3年を迎えます。同事件で、業務上過失致死罪などに問われている自衛官2人の公判(横浜地裁・秋山敬裁判長)は昨年末に証拠調べが終了。今月中の論告求刑、最終弁論を経て結審となり、3月にも判決が出ます。
被告は衝突事故時の当直士官、長岩友久元水雷長・3佐(37)、後潟桂太郎元航海長・3佐(38)の2人。


 公判は16回開かれました。あたごと清徳丸の航跡の立証を中心に検察、被告(自衛隊)側双方の証人尋問、被告人質問が行われました。


 検察は、海上衝突予防法で漁船群を右に見るあたご側に回避義務がありながら、接近する清徳丸らの動きを正確に把握せず、衝突を防ぐ注意義務を怠り、漫然と航行を続けたことが原因と操船ミスをあげました。被告側は「衝突直前に清徳丸が右転、増速したのが原因」などとして無罪を主張しました。


 しかし衝突前にあたごで見張りに立った乗組員らの証言で被告側の証言は破たんします。


 検察、被告側の質問に乗組員は事件当日の午前3時30分ごろに、水平線付近と周辺に三つの白灯を見たと証言。衝突直前の午前4時6分に見張りに立った乗組員は右前方に三つの漁船と思われる白灯と赤灯を見たものの当直士官には報告しなかった、と証言しました。


 衝突直前のあたごが漁船を回避すべき避航船であることの立証です。


漁師は命がけ


 長岩被告は、午前4時の後潟被告との交代時にあたごの右前方に漁船群を確認しながら動静監視を十分にせず、見張り員や信号員に指示もせず、同船らを回避することなく進行しました。しかし同被告は公判で「自分の操船は百点満点ではないが、平均以上だ」と強弁しました。


 これには検察側証人として証言した独立行政法人「航海訓練所」の竹井義晴航海科長が、船舶の往来が激しい房総沖で自動操舵(そうだ)航行、しかも漁船群のなかを直進した操船について「(自動車の)スーパーカー感覚の操船だ。操船レベルは平均点以下だ」と批判しました。


 被告側代理人は「(清徳丸は)自動操舵で居眠りをしていたのではないか」など漁船の「暴走」を印象付ける質問を繰り返しました。証言に立った漁船の船長が「漁師は命がけだ。居眠りなどしない」「あたごがレーダーできちんと漁船を見ていれば衝突はなかった」と反論しました。


 一方、被告側が「清徳丸の右転と増速が原因」を立証するとしてもちだした宮田義憲元高等海難審判庁長官鑑定の航跡図の欠陥も暴露されました。


事故の原因は


 検察側証人として証言した海上保安庁横須賀海上保安本部警備救難課専門官は同鑑定について、「衝突時の清徳丸の速度24ノットは同船の速力限界を超えている」など合理性に欠ける恣意(しい)的な鑑定だと強調。被告代理人が検察側の航跡図との「誤差」を指摘したのに対し「衝突直前の航跡に至る問題を考えるべきだ。赤信号の交差点で右から車がきているとき、汽笛をならしながら相手によけろ、と(あたごが交差点に)突入したようなもの」と反論しました。


 公判を傍聴している海難事故に詳しい田川俊一弁護士は「問題は事故の主な原因がどちらにあるかだ。その点であたごの責任は動かない」としたうえで、こう指摘します。


 「被告側の清徳丸原因説には合理性がない。衝突直前にあたごに向かってスピードをあげる動機がない。被告側が『捏造(ねつぞう)』と強調する数字上の問題も海難事故ではありうる誤差の範囲内。陸上での秒単位で争う事故とは違う」



 

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イージス艦「あたご」初公判ー無罪主張に怒り

2010-08-24 | イージス艦衝突事件
あたご衝突:2自衛官、無罪主張「漁船に原因」 横浜地裁 毎日JP
海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で漁船の2人を死亡させたとして、業務上過失致死と業務上過失往来危険の両罪に問われた元あたご当直士官の自衛官2人(起訴休職中)は23日、横浜地裁(秋山敬裁判長)の初公判で、いずれも無罪を主張した。(続きはこちら

なぜ、無罪主張なのか。無罪などありえようはずがないではないか。
「あたご側の監視不十分が原因」という海難審判の裁決が下されている。漁師仲間の浜野浩之さん(25)は「納得できない。死人に口なしという感じで最悪だ」と憤ったという。事故当時の新勝浦市漁協組合長の外記(げき)栄太郎さん(82)は「無罪主張は予想していた通り。公正な判決が下されることを期待している」と。

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あたご初公判 「公正な判決期待」 YOMIURI ONLINE 
遺族や漁師仲間無罪主張に怒り
漁師の父子2人の命が奪われた海上自衛隊のイージス艦「あたご」と新勝浦市漁協の漁船「清徳丸」の衝突事故から2年半。業務上過失致死罪などに問われた当時の当直士官2人は23日の初公判で「検察によって作り上げられた過失」などと無罪を主張し、検察側と全面対決の構図となった。遺族や漁師仲間らは、2人の主張に対し、「納得できない」「尊い命が失われたのは事実」などと険しい表情を浮かべた。

 横浜地裁の初公判には、吉清治夫さん(当時58歳)のおいの会社員吉清祥章さん(21)(勝浦市川津)が傍聴に訪れた。哲大さん(当時23歳)とは、小さいときからよく遊んだ仲。「事故の真相を知りたい」と海難審判も毎回のように傍聴していた。


 祥章さんは、海難審判の裁決(昨年1月)で「あたご側の監視不十分が原因」と認定されたことを踏まえ、「ここ(公判)でまた無罪を言い続けようとしていることに腹が立った」と怒りをあらわにした。さらに、「(イージス艦と清徳丸の)2隻とも動いている以上、全くの無罪とは思えない」と続け、今後の公判では「自衛隊はレーダー記録などすべてを開示してほしい」と期待を寄せた。


 事故の際、清徳丸の1・8キロほど後方を航行していた僚船「金平丸」船長の市原義次さん(57)。自身が航路前に大きな船がいると認識して左によけた当時の状況から、弁護側の主張する清徳丸の航跡は実際とは違うと確信しているという。


 計7回に及んだ海難審判の大半を傍聴したが、今回の裁判には行かないつもりだ。「あたご側の監視不十分が原因」という海難審判の裁決に納得しているからだ。2人の無罪主張に、「真実は一つだけ。最後には何が正しいか分かる」と強調した。


 市原さんは、治夫さんと一緒に漁に出ると、無線のやりとりが楽しみだった。「今は無線の声が聞けないのがさみしい」。これまで2度の命日、現場近くの海に花とおにぎりを投げ込んだ。「まだ2人は海にいる。腹が減ってるだろうよ」と。清徳丸の前方約2キロを航行していた「幸運丸」船長の堀川宣明さん(54)は、初公判で2人が無罪を主張したと聞き、「尊い命が失われたのは事実」と語気を強めた。また、哲大さんと小学校以来の同級生で、哲大さんに刺激されてマグロ漁師になった浜野浩之さん(25)は「納得できない。死人に口なしという感じで最悪だ」と憤った。


 事故当時の新勝浦市漁協組合長の外記(げき)栄太郎さん(82)は「無罪主張は予想していた通り。公正な判決が下されることを期待している」と冷静に話した。

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八丈島沖・漁船転覆ー軌跡の救出

2009-10-30 | イージス艦衝突事件
なんと、奇跡的か!人間の生命力のすごさ、助け合うことの大切さ。


漁船転覆:「水を一口か二口飲んだだけだった」



救助された乗組員3人がいた第1幸福丸の後部船室=八丈島付近で2009年10月29日午後、第3管区海上保安本部提供
救助された乗組員3人がいた第1幸福丸の後部船室=八丈島付近で2009年10月29日午後、第3管区海上保安本部提供

 鎮西町漁協(佐賀県唐津市)所属のキンメダイ漁船「第1幸福丸」(8人乗り、19トン)の転覆事故で、4日ぶりに救助された甲板員3人が、入院先の伊豆諸島・八丈島(東京都八丈町)の町立八丈病院で「(救助されるまで)ペットボトルの水を一口か二口飲んだだけだった」と話していることが分かった。転覆当日か翌日に船室内でペットボトルを見つけ、3人で回し飲みしたが、それ以降は一切、水を口にしておらず、生還はまさに「奇跡」だった。
 同病院の複数の医師によると、水が入ったペットボトルは1本だけしかなかった。回し飲みしたが、味に違和感を感じたため、3人は全部は飲まずに捨てることで合意した。このため、下痢などの症状を引き起こさずに済んだという。
 村井邦彦院長(57)は「残りの期間、水を飲まずにいて生還できたのは奇跡的だ。水にぬれず、船室内でじっと動かずにいたことに加え、空気の密度や室内の湿度など良い条件が重なったのだろう」と話している。
 一方、救助された3人のうち、宇都宮森義さん(57)=静岡県下田市=が29日、見舞いに訪れた遠縁の浅沼好子さん(78)=同島在住=に「3人いたから助かった。『頑張ろう』と励まし合いながら過ごした。1人だったら死んでいただろう」と救助までの様子を語った。
 宇都宮さんは24日の転覆当時、船室で休んでいたといい、「あっという間にひっくり返った。怖かった」と振り返った。真っ暗で狭い船室に閉じ込められ、足を伸ばすのがやっとのスペースで3人が身を寄せ合っていた。のどの渇きと飢えでほとんど眠れなかったという。「駄目か」とあきらめかけていた28日午前、頭上からコンコンと船底をたたく音が聞こえた。思わず、そばにあった棒を手にしてドンドンとたたき返した。間もなく、第3管区海上保安本部の潜水士が船室のドアを開け、懐中電灯で室内を照らしたという。
 同病院によると、3人の退院は30日夕以降の見通し。退院後は3管のヘリコプターか巡視船で静岡県下田市の下田港へ向かう。海保による事情聴取の後、記者会見に臨む予定という。

関連記事:http://mainichi.jp/select/jiken/graph/20091028/index.html?link_id=RSH01 
      http://mainichi.jp/select/today/news/20091029k0000e040045000c.html?link_id=RSH02 

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海自護衛艦衝突 韓国コンテナ船と関門海峡で

2009-10-27 | イージス艦衝突事件

海自護衛艦衝突:関門海峡で韓国コンテナ船と 双方で火災



2009年10月27日 20時36分 更新:10月28日 1時20分



衝突事故で艦首が大きくゆがみ、炎が見える護衛艦「くらま」=関門海峡で2009年10月27日午後8時50分ごろ、本社ヘリから田中雅之撮影
衝突事故で艦首が大きくゆがみ、炎が見える護衛艦「くらま」=関門海峡で2009年10月27日午後8時50分ごろ、本社ヘリから田中雅之撮影
衝突事故で艦首が炎上する護衛艦「くらま」=関門海峡で2009年10月27日午後8時59分本社ヘリから、田中雅之撮影
衝突事故で艦首が炎上する護衛艦「くらま」=関門海峡で2009年10月27日午後8時59分本社ヘリから、田中雅之撮影

 27日午後7時56分ごろ、北九州市門司区と山口県下関市の間の関門海峡で、西に向かっていた海上自衛隊の護衛艦「くらま」(柏原正俊艦長、5200トン)と、東に向かっていた韓国船籍のコンテナ船「カリナスター」(7401トン)が衝突し、双方で火災が発生。コンテナ船は間もなく鎮火した。第7管区海上保安本部は業務上過失往来危険容疑も視野に、事故当時の状況を詳しく調べる。
 くらまの乗員297人のうち見張り員3人が軽傷を負い、コンテナ船の乗員16人(韓国人12人、ミャンマー人4人)にけがはないという。
 衝突現場は関門橋の東側で、くらまの艦首部分とコンテナ船の右舷前方がぶつかった。くらまは艦首が大破し、ペンキ缶などを入れた倉庫付近が炎上。コンテナ船は船首の右に穴が開き、積み荷から出火した。くらまは艦内に弾薬庫があるが、延焼は免れた。
 事故当時は晴れて風は弱く、視界は3~4キロ。同海峡は右側通行で、両船とも進行方向右側に回避する決まりになっており、7管は双方の乗員から事情を聴いている。
 コンテナ船は午後8時22分に自力で消火。くらまは現場近くに停泊し、門司海上保安部などが消火に当たった。7管は午後8時に関門航路を閉鎖し、段階的に再開した。
 海上自衛隊佐世保地方総監部などによると、くらまは25日に神奈川県相模湾沖であった海自の「観艦式」に参加。26日午後0時21分に海自横須賀基地を出港し、28日に佐世保基地に帰港予定だった。観艦式では、菅直人・副総理が乗艦した。
 コンテナ船は韓国・釜山港から大阪に向かう途中だったという。
 くらまは91年5月にも、山口県沖の伊予灘でタンカーと接触事故を起こした。82年10月には長崎県佐世保市の赤崎岸壁で、燃料の入れ替え作業後に爆発事故を起こしている。【木村哲人、佐藤敬一】 


 【ことば】▽くらま▽ 1979年に進水したヘリコプター搭載型護衛艦。全長159メートルで排水量5200トン。これまでテロ対策特別法に基づくインド洋派遣などを行ってきた。海上自衛隊の第2護衛隊群(佐世保基地)に所属する。海自護衛艦衝突:幅狭く海流速い「難所」 事故絶えず



 海自護衛艦衝突:幅狭く海流速い「難所」 事故絶えず
「海の難所」とされる関門海峡の早鞆(はやとも)の瀬戸で起きた海上自衛隊護衛艦とコンテナ船の衝突事故。防衛省は08年に千葉県野島崎沖で起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故以降、再発防止対策を進め、今年5月に公表した事故調査報告書で、見張りや報告・通報態勢の強化など再発防止策を掲げたばかりだった。防衛省は今回の事故の情報収集を急ぎ、原因の解明を進めている。(全文はコチラ

原因解明はこれからだが、大惨事になるところだった。海自よ、しっかりしろと言いたい。

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イージス艦衝突から1年 漁師たちの思いは

2009-02-19 | イージス艦衝突事件

あれから1年


千葉・房総半島沖で19日早朝、海上自衛隊の最新鋭イージス艦が、親子を乗せた小さな漁船と衝突した。漁船の船体は真っ二つに割れ、真冬の海を漂流した。何が起きたのか。どうして防げなかったのか。父と子の行方は――。現場の海域では必死の捜索が続いた。
「寒いよー、寒いよー」と二人は、冷たい海で叫んでいるのです。
腕を組み、肩を組み、冷たい海で叫んでいるのです。

…あれから1年、しんぶん赤旗が現地に取材








写真


自衛艦と衝突し行方不明になった漁船員の生還を祈る地元の人たち=19日午前10時14分、千葉県勝浦市の川津漁港で


友の漁船 帰らぬ港 “海自そこのけ体質変わらない” 

海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」が衝突、マグロはえ縄漁船「清徳丸」を真っ二つに引き裂き、吉清(きちせい)治夫さん(58)、哲大(てつひろ)さん(23)=いずれも当時=親子が冬の海に投げ出され、帰らぬ人となってから十九日で一年になります。親子船の舫(もや)い地、千葉県勝浦市・川津漁港を訪ねました。(山本眞直)


春一番が吹いたとはいえ海風は冷たく、時化(しけ)続きの漁港は出漁待ちの漁船で満杯です。


 「清徳丸も本当なら、そこのたまり場につながっているんだがね」。漁船の手入れをしていた、漁師歴五十五年の男性(70)は真っ黒に日焼けした顔に悔しさをにじませました。男性は吉清さん親子を探すために遭難海域の捜索に参加しました。「治夫さんの母ちゃん(妻)は体が弱いんだよ。だんなと後継ぎの哲大の二人を一度になくしてどうやって生きていくのか」


 魚価の低迷、燃料の高騰による採算割れなど、漁業を取り巻く厳しい状況のなか後継者難は川津でも深刻です。男性は「哲大の後継ぎはうらやましかった」といいます。男性の息子も後を継ぎましたが、「つり客相手の釣り船ならというのが条件だよ。マグロ漁は遠方までいかなければならないし、きついことを知っているから」といいます。


 若手の漁師(39)は「哲大とはよく一緒だったよ。仕事も一生懸命でこれからが楽しみだったのに」と悔しがります。


二度と起こすな


 「もうあのような悲惨な事故を二度と起こさないようにしてほしい」。十六日午後、清徳丸が所属する新勝浦市漁協の外記(げき)栄太郎組合長と同川津支所の市原義次理事(金平丸船長)は防衛省で浜田靖一防衛相にこう訴えました。


 海難審判の終結、事故から一年という節目に「どうしても伝えておきたかった」(外記組合長)といいます。


 横浜地方海難審判所は一月二十二日の裁決で、衝突の主因が「あたご」側にあったと認め、「漁船側に原因があった」とする自衛隊側の主張を退けました。防衛相への要請後、外記組合長と市原さんは口をそろえて海難審判をこう振り返りました。「審判で吉清親子の名誉は守られた、という思いです」。そこには審判での「漁船が進路を変更したのが原因」という舩渡健「あたご」艦長(当時)の主張への強い反発があったのです。


 市原さんは事故当時、清徳丸と一緒に船団を組んで操業していました。「金平丸」のレーダー、GPS(全地球方位システム)の航跡データを公表しました。


 「艦長や自衛隊はレーダーや航跡データの記録がないといいながら、審判で漁船が原因と言い出したが何を根拠に言えるのか。おれたちはレーダーや航跡を消すなんてことはしない。艦長から、せめて見張り体制の徹底を教訓にしたい、という言葉を聞きたかった」


墓前に審判報告


 海上自衛隊は、審判で最後まで責任を認めませんでした。ベテラン漁師はいいます。「自衛艦はそこのけそこのけで漁船によけさせる体質が染み付いているのさ」


 外記組合長、市原さんら漁協役員は二十一日、吉清さん親子の墓前で海難審判の結果を報告することにしています。(しんぶん赤旗09年2月19日から)

■イージス艦衝突事件 連載 

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