「無言館」って? 「ムゴンカン」と読みます。
なんやろとお思いでしょう。
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長野県上田市にある美術館です。
なぜ、そんな名前がついているのでしょうか。ここの館長さんが「『無言館』にいらっしゃい」という本にそのワケをかいています。
実は、その館長さんというのは、作家の水上勉さんの息子さんです。その人の名は、窪島誠一郎さんといいます。そのことを知ったのは、「同じ世代を生きて」(水上勉・不破哲三往復書簡」を読んで、巻末に窪島さんが父への思いや往復書簡について寄稿されていたからです。
で、そんな名前がついているワケは、
「無言館にならんでいる絵が、名にも語らずに黙っているからです。そして、なにも語らず黙っているけれども、その絵からはたくさんの言葉が伝わってくるからです。…それともう一つ、「無言館」という名前をつけた理由があります。
無言館の絵は、その絵が『おしゃべり』をしないだけでなく、その絵をみるわたしたちのほうもおしゃべりをせずに黙っているからです。無言館にやってくる人々は、みんな無言館の絵の前で立ちすくみ、何も言わずに静かに帰ってゆくのです。」
ということで「無言館」と名付けられたそうです。
では、いったいどんな絵がかざられているのでしょうか?
有名な人が描いた絵ではありません。
「そこには、戦争で死んだ画学生さんー美術学校で絵を勉強して途中で戦争に行って、そのまま戦場から帰ってこられなかった画家のタマゴたちの絵ばかりがならんでいるのです」
では、なぜその絵の前に立つ私たちまでが、無言のままそこに立ちすくんでしまうのでしょうか。実は、私も無言のまま、立ちすくんでいました。
「画学生たちがこの絵を描いたのは、かれらが戦争にゆく直前のことでした。召集令状を受けとって、あと何日かで戦場にゆかねばならない、そんなギリギリの時間に描かれたのがこの絵でした。画学生たちは心のどこかで、『絵を描くのはこれがさいごかもしれない』、あるいは、『戦場に行ったら生きて帰ってこられないかもしれない』と覚悟をしていたはずです。…生きているうちに一つでも満足のゆく作品をのこしてゆきたい、いい絵を描いてゆきたいとそのことだけを考えて描いていたのにちがいありません。だからこそ、画学生たちの絵には私たちの心をうつ『情熱』があふれているのではないでしょうか。」と館長さん。
伝わってくるんです。絵筆をもった愛の強さと情熱が、その絵から伝わってくるんです。
館長さんは、「ですから、画学生たちの絵の前に立った私たちは、あらためて『戦争』のむごさ、『戦争』の悲惨さ、『戦争』がどれだけ人間を不幸にさせるものかを考えずにはいられないのです。
そして、もう二どと戦争などという愚かな歴史を繰り返してはならない、今ある平和を大切にしなければならない、と言う気持ちにおそわれるのです。」と書いてます。
「もう一度、描きたい!」
その情熱が伝わってくる「無言館」です。その情熱を無にしてはならない。
「無言館」館長・窪島誠一郎さんは、やはり父・水上勉とち かけいでつながっている。
さあ、みなさん
戦没画学生の待つ「無言館」にいらっしゃい!(館長さんのよびかけです)
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