気ままに

大船での気ままな生活日誌

入江一子の青いけし 堀文子のブルーポピー

2017-06-30 10:33:16 | Weblog

おはようございます。

録画しておいた”日曜美術館/青いケシを描く、洋画家・入江一子 101歳のアトリエ”を見てびっくり。青いけし、またの名をブルーポピー。ブルーポピーといえば日本画家の堀文子と思っていたが、入江一子の青いけしもとてもいい。では、いきなり、おふたりのブルーポピーにご登場願おう。

堀文子のブルーポピー(成川美術館にて)

そして、入江一子の ”四姑娘山の青いけし” 立川中央病院に飾られている。

青いけしをアップ。

どちらも、とてもうつくしいブルーポピー。

おふたりとも、ご高齢で、堀さんが1918年生まれで、7月の誕生日がくると99歳、そして入江さんは1916年5月生まれの101歳である。現在も現役。どちらも、若き日に女子美で学んでいる。共通点はまだある。旅好きで、堀さんはイタリア、トスカーナ地方に長期滞在したり、ペルーやブラジルにも出掛けている。一方、入江さんは、50歳を過ぎてからシルクロードの旅で30か国以上、巡っている。

さて、ブルーポピー探しは何時? 堀さんは、なんと82歳のとき、ヒマラヤ(ネパール・ボカラ地区)を登った。一方、入江さんは、堀さんより前、1992年というから76歳のとき、中国四川省のチベット族自治州の四姑娘山に青いけしを訪ねた。お二人とも、すごい馬力!

番組では、入江さんが、その25年前の登山を思い出しながら、”回想四姑娘山の青いけし”の制作している様子を追う。

途中、当時の登山シーンの映像が流れる。きびしい山道で、入江さんは馬に乗っていかれたようだ。天候が悪化し、ベースキャンプに引き返そうとしたとき、ふと目をやった足元にブルーポピーが。早速、スケッチして、作品のもととなった。

そのときの感動をキャンパスにうつす。

この馬には私が乗っているんです。

当時の映像↓

こうして、”回想四姑娘山の青いけし”が完成した。

入江さんの言葉 絵がだんだんわかってくるんです。だから命がけで描いています。



堀文子さんのことば↓
「堀文子展 成川...」の画像検索結果

”群れない 慣れない 頼らない” 

”群れない”とは、いわゆる画壇に属さず、グループにも属さず、自分自身の意志決定だけで行動する。人にどう評価されようとかまわない。”慣れない”とは、同じような環境にいると、感受性が鈍ってきて、同じような絵ばかり描くようになる、進歩がない。そういうときは、外国に行き、気分転換する。そして、”頼らない”。

最後に箱根湿生花園のブルーポピー。毎年、5、6月に見に行っているが、今年は突然の病いの襲来でかなわなかった。



 

 
 
それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!
 
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子規のお気に入りの画家は文鳳と月樵

2017-06-29 09:12:33 | Weblog

おはようございます。今日は、子規の”病床六尺”からの話題です。

川村文鳳と張月樵(げっしょう)という江戸時代の画家を知っている方は少ないと思う。ぼくも初めて知った。”病牀六尺”を読むと、子規は、お二人が大変、お気に入りだったようだ。

はじめに、両画家の経歴をばらしてしまおう。関係者の中に有名人がいるので、少しは親近感が湧いてくるかもしれない。文鳳は、岸駒(がんく)の古参格の弟子だが、各派の絵を学んで独自の画風を確立し、国芳や国貞ら後代の浮世絵師に影響を与えたようだ。また、俳句もやり、蕪村らとも交流、俳画も描いたという。作品としては、”文鳳画譜””帝都雅景一覧””文鳳漢画”など画譜類が十数種、出版されているが、現存作品は極めて少ないという。

一方、月樵は、彦根城下で生まれ、長じて京に出て、蕪村を師とする月渓に師事。月渓はその後、応挙の門に入り、名を呉春と改める。月樵は応挙門下の芦雪と親しくした。その後、尾張名古屋に赴き、南画中興の祖、山田宮常の画風を目指す。尾張徳川家の御用絵師となり、城内の杉戸、屏風、襖絵を描いた。将軍家献上品、”孔雀と菊図”が、江戸南画の大家、谷文晁の目にとまり、江戸へ招かれたが、頑として名古屋を離れることはなかった。

では、”病牀六尺”(六)の記事を紹介しよう。

今日は頭工合やや善し。虚子と共に枕許(まくらもと)にある画帖をそれこれとなく引き出して見る。所感二つ三つ。余は幼き時より画を好みしかど、人物画よりもむしろ花鳥を好み、複雑なる画よりもむしろ簡単なる画を好めり。今に至つてなほその傾向を変ぜず。それ故に画帖を見てもお姫様一人画きたるよりは椿一輪画きたるかた興深く、張飛(ちょうひ)の蛇矛を携へたらんよりは柳に鶯のとまりたらんかた快く感ぜらる

というマクラがあって、次に、応挙と呉春(月樵の師匠)を比べ、自分は応挙の真面目さを好むと述べている。

画に彩色あるは彩色なきより勝れり。墨画(すみえ)ども多き画帖の中に彩色のはつきりしたる画を見出したらんは万緑叢中紅一点の趣あり。呉春はしやれたり、応挙は真面目なり、余は応挙の真面目なるを愛す。

応挙、それに呉春も現在でもよく知られた画家である。呉春はしやれたり、応挙は真面目なり、とあるが、wikiでも、”応挙及び円山派の写生画が、時に生真面目すぎて窮屈な感じを与えるのに対し、呉春の写生画には平明で都会的な洒脱な要素が加味されている”と同様な捉え方をしている。子規は”真面目なる”が好きとのこと。

そして、文鳳がいよいよ登場する。

”手競画譜”を見る。南岳、文鳳二人の画合せなり。南岳の画はいづれも人物のみを画き、文鳳は人物のほかに必ず多少の景色を帯ぶ。南岳の画は人物徒(いたずら)に多くして趣向なきものあり、文鳳の画は人物少くとも必ず多少の意匠あり、かつその形容の真に逼(せま)るを見る。もとより南岳と同日に論ずべきに非ず。

ここで、南岳に比べ、文鳳が優れるとしているが、この記事をみたどなたかが、それは全く逆だと反論したらしい。そのまた反論を(10)で書き、さらに怒りが収まらず(笑)、(11)、(12)と書き連ね、文鳳をほめちぎっている。子規の負けず嫌いな性格がよく出ている。その一部を抜粋してみよう。

(10)文鳳の方に絵の趣向の豊富な処があり、かつその趣味の微妙な処がわかつて居るといふことは、この一冊の画を見ても慥(たしか)に判ずることが出来る。尤(もっと)も南岳の絵もその全体の布置(ふち)結構(けっこう)その他筆つきなどもよく働いて居つて固(もと)より軽蔑すべきものではない。故に終局の判断は後日を待つこととしてここには『手競画譜』にある文鳳のみの絵について少し批評して見よう。

と、この手競画譜の一から十八画までの全批評を、病牀六尺の(10)~(12)で展開する。そして、こう結論する。

要するに文鳳の画は一々に趣向があつて、その趣向の感じがよく現はれて居る。筆は粗であるけれど、考へは密である。一見すれば無造作に画いたやうであつて、その実極めて用意周到である。文鳳の如きは珍しき絵かきである。しかも世間ではそれほどの価値を認めて居ないのは甚だ気の毒に思ふ

これだけではなく、さらに、(22)の記事にも文鳳が現れる。ここでは広重との比較もあり面白い。ふたりは景色画の二大家と言っても良いが、筆つきには広重には俗なところがあり、文鳳の上品な風情には比べものにならないと断じている。

大阪の露石(ろせき)から文鳳の”帝都雅景一覧”を贈つてくれた。これは京の名所を一々に写生したもので、その画に雅致のあることはいふまでもなく、その画がその名所の感じをよく現はして居ることは自分のかつて見て居る処の実景に比較して見てわかつて居る。他の処も必ず嘘ではあるまいと思ふ。応挙の画いた嵐山の図は全くの写生であるが、そのほか多くの山水は応挙といへども、写生に重きを置かなかつたのである。そのほか四条派の画には清水の桜、栂の尾の紅葉などいふ真景を写したのがないではないやうであるが、しかしそれは一小部分に止つてしまつて、全体からいふと景色画は写生でないのが多い。しかるに文鳳が一々に写生した処は日本では極めて珍しいことといふてよからう。その後広重が浮世絵派から出て前にもいふたやうに景色画を画いたといふのは感ずべき至りで文鳳と併せて景色画の二大家とも言つてよからう。ただその筆つきに至つては、広重には俗な処があつて文鳳の雅致が多いのには比べものにならん。しかし文鳳の方は京都の名所に限られて居るだけにその画景が小さいから、今少し宏大な景色を画かせたらその景色の写し工合が広重に比して果してうまくいくであらうかどうであらうか、文鳳の琵琶湖一覧といふ書があるならば、それには大景もあるかも知れんが、まだ見たことがないからわからん

さらに、(53)でも文鳳の”文鳳画譜”と”文鳳麁画(そが)”の感想を述べ、ここでは、崋山の”一掃百態”との比較で、文鳳に軍配を上げている。

さて、もう一人の月樵については、この(53)の後半だけに登場する。そして、尾張の月樵は、文鳳に匹敵すべき画家である、と書き、こう続けた。

その”不形画藪”といふのを見ると実にうまいもので、趣向は文鳳のやうに複雑した趣向を取らないでかへつて極(ごく)些細の処を捉まへ処とし、さうして筆勢の上については文鳳の如く手荒く画きとばす方ではなく、むしろ極めて手ぎはよく画いてのける処に真似の出来ぬ伎倆を示して居る

このほかにも、月樵のいくつかの半折物(はんせつもの)の感想を述べている。たとえば、寒菊の画でこれは寒菊の一かたまりが、縄によつて束ねられた処で、画としては簡単な淋しい画であるが、その寒菊が少し傾いて縄にもたれて居る工合は、極めて微妙な処に趣向を取つて居る、と専門的な批評。

とにかく月樵ほどの画かきは余り類がないのであるのに、世の中の人に知られないのは極めて不幸な人である。また世の中に画を見る人が少いのにも驚く

というわけで、自身も画家である子規は、文鳳と月樵に最大級の賛辞をおくっている。しかし、現在では展覧会などで、両画家の作品をみる機会はほとんどないのは残念である。

やっと、ネット等で探した両画家の作品(本文とは直接関係のないものも含むが)を載せておこう。

。。。。。。

文鳳 花鳥草木人物図押絵貼交屏風京博所蔵品データベースから)


月樵の不形画藪 愛知県図書館の(貴重和本デジタルライブラリー)でページをめくって閲覧できる。

これは↓、文鳳ではなく、相棒の南岳の絵。子規が知人から借用し、身近に置いていた、南岳の”南岳草花画巻”の一部。

 

子規の”果物帖”から。

(以上2点は子規展の図録より)

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東慶寺 紫陽花と半夏生

2017-06-28 09:18:53 | Weblog

ほんとに久し振りに東慶寺を訪ねた。見頃の紫陽花と半夏生を見ることができ、大満足、気分爽快!

山門前の石段脇の紫陽花

石段前の喫茶室の紫陽花も見事。

境内の小路に咲く紫陽花

アナベルも

本堂前にも。

本堂

本堂の左のスペースにネジバナがいっぱい。浄妙寺と報国寺のネジバナも咲いていることだろう。

さて、茶室前の半夏生も見頃に。白粉でお化粧を。



足元にはキキョウが。

八重ドクダミも!

半夏生の手前の花菖蒲田も見事なのだが、すでに見頃は過ぎていた。いくつかの花が残っていてくれた。


家内と1時間ほどのんびりしてから、鐘楼前の紫陽花をみて、石段の紫陽花をみて帰宅した。素晴らしい一日だった。

次は明月院を訪ねてみようと思っている。ひとつ、ひとつ、ゆっくりと。

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”雷の日”に雷神・藤井四段、新記録達成

2017-06-27 15:55:38 | Weblog

夏至の嵐”が過ぎ去ったあと、14歳の藤井聡太四段が公式戦28連勝し、30年ぶりに神谷八段の記録に並んだが、その5日後、奇しくも”雷の日(6月26日)”に新記録を達成した。それも、対戦相手は、19歳の増田康宏四段。プロ十代棋士はご両人だけで、東の天才、西の天才と並び称されている。それぞれ、風神、雷神といってもいい。おまけに、”名人”と並ぶ格の高いタイトル”竜王”を目指す決勝トーナメント1回戦での対戦。

風神、雷神、竜王と並び、すぐ頭に浮かんだのは、京都祇園の建仁寺。

俵屋宗達の国宝・風神雷神図屏風

海北友松の重文・雲龍図襖

舞台は整った。風神・雷神対決は午前中からはじまった。序盤は増田四段が優勢。解説の加藤一二三九段はあの一手が悔やまれるかもしれない、と藤井四段の敗戦もありうると。どきどき、新記録はなしかと悲観していたが、午後、中盤に入り、五分に持ち込んできたようだ。さらに、増田四段の長考1時間もあったようで、形勢は次第に、藤井四段に有利に傾いてきた。

夜の七時のニュースでも決まらず、九時のニュースが始まってもまだ、決着がつかない。しかし、藤井四段の師匠、杉本昌隆七段が、この情勢で負けたことはない、と藤井四段の勝利を予想した。そのあと、突然、速報が入る!

将棋の藤井颯大四段、29連勝、30年ぶり歴代最多の連勝記録を更新

風神(増田四段)のコメント しのげるかなと思ったが苦しくなった。


雷神(藤井四段)のコメント 途中、苦しくなったが最後に食いついた。

”雷の日”に雷神・藤井の勝利。雷の神(天神)、菅原道真の再来か。このまま勝ち進んで、竜王になってほしい。

雷神・藤井四段は愛知県瀬戸市出身。

瀬戸焼の雷神楽天市場より借用

同じ日、愛知県長久手市の田子ノ浦部屋宿舎で、相撲界の風神・雷神が名古屋場所へ向け、のろしを上げた。

稀勢の里

高安


今、愛知県が熱い!

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大船フラワーセンター さようなら、翡翠蔓(ヒスイカズラ)

2017-06-26 15:53:09 | Weblog

大船フラワーセンターが間もなく、休園に入る。老朽化対策の改修工事に入るということなのだが、何と、この際、ここの温室をなくしてしまうのだそうだ。なんてこった。

ということは、今日が温室の見納めになってしまうかもしれない。いつも、園内散歩のあとの締めは温室だったが、この日は〆の締め。しっかり、お別れしておかねば。

温室の華といえば、なんてたって、あの華やかで高貴な翡翠蔓(ヒスイカズラ)。直近で見たのは、今年の3月16日、いくつか花房をまだ残していた。その20日前の、2月25日にはたくさんの花房がみられ、見頃だった。両日のブログ記事に、すでに温室がなくなることを知っていたので、”これが見納めになるだろう”と書いていた。そして、悔しまぎれに、こう書き添えていた。”なんと、来年度、温室はなくなるらしい。なんてこった。全く、情けない神奈川県。予算を削るところはほかにいくらでもあるだろうに”と。

あれから、三カ月、さすがに、もうヒスイカズラは咲いていないだろうと思っていたが、な、なんと、ぼくのために、待っていてくれた。幾つかの花房だけど、ちゃんと別れの挨拶をしてくれた。ほんとに、おまえは、素晴らしいヒスイカズラだった。新宿御苑温室のヒスイカズラなんぞ足元にも及ばない、りっぱな横綱級のものであった。お相撲さんでいえば、明治時代なら常陸山、現代なら稀勢の里!

よくぞ、待っていてくれたヒスイカズラ、


華やかで高貴な翡翠色。

今度こそ見納めか。

。。。。。。

昨年のヒスイカズラは、これまで見たことない、見事な咲きっぷりであった。自分の運命を知っていて、前年に最高のパフォーマンスをみせてくれたのかも。日本一!と思わず声をかけたものだった。

2016年3月のヒスイカズラ

。。。。。

もう、見られない、さようなら、ハイビスカス。

さようなら、ブーゲンビリア。

さようなら、トーチジンジャー。

さようなら、睡蓮室。

 

7月2日が千秋楽。もしかしたら、その日、また訪ねるかも。 ヒスイカズラはまだ待っていてくれるだろうか。

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青と白と團十郎茶 アガパンサスとあじさいの小路

2017-06-26 10:21:17 | Weblog

おはようございます。今朝の散歩は、青と白のアガパンサスが咲き揃う川沿いの道。ソメイヨシノの桜道でもあるが、この一画だけは八重桜(関山)が植えられている。

八重桜に寄りそうように咲く青色のアガパンサス

白色のアガパンサスも。

Agapanthus(アガパンサス)は、ギリシア語の”agape(愛)”と”anthos(花)”が語源だという。愛の花

八重桜に寄りそう青色の紫陽花も”愛の花”のようだった。

ぐるりと回って、いつものソメイヨシノの川沿いの道へ。昭和11年の松竹大船撮影所開設記念樹の碑に紫陽花が寄り添っていた。

その横に、團十郎茶のような色合いの紫陽花が見頃を迎えていた。

朝顔の團十郎(入谷の朝顔市にて)

いずれ團十郎を継ぐ、悲しみの海老蔵。昨日、渋谷ブンカムラ・シアターコクーンでの公演”ABKAI 2017/石川五右衛門 外伝”の千穐楽を迎えた。5歳の娘さんも通行人で出演したらしい。カーテンコールが6回も!麻央さんのためにも、仕事でがんばってほしい。

おととし、新橋演舞場でみた海老蔵の石川五右衛門。↓

七月三日からは歌舞伎座で、かんげん君と共演。かんげん君は最年少での宙乗りにも挑戦するという。ぜひ観たい!この体力で行けるかどうか、それが問題(汗)。

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大船フラワーセンター 梅雨時の花々

2017-06-25 13:47:16 | Weblog

大船フラワーセンターも、あと二週間で休園。感謝週間がきのうからはじまり、その初日に行ってきた。花菖蒲、薔薇苑等、一部、報告したが、そのつづきの花散歩を。題して、”梅雨時の花々”。花とはいえないものもの含まれていますが、ご勘弁を。

2017年6月24日

薔薇苑のあとは、もみじ山の横の展示室へ。ここでは食虫植物展が開催されていた。ムシムシする梅雨時にはぴったりかも(笑)。



もみじやまの麓にはタマあじさい。つぼみのときが一番タマあじさいらしくて好き。

つばき園には入らず、池の畔に。そこの半夏生が見頃。半分化粧したというより、白ペンキを塗ったようなと言ったら叱られるだろうか。

半夏生(半化粧)

玄関前では、園長さんの花散歩がはじまるところだった。通常は日曜日だけだが、この日は”ありがとうフェスタ”の初日で特別。ぼくらは今回は参加せずに自由散策とする。

玄関前広場の蓮の花

蓮田の近くのアガパンサス も見頃に

地べたにはいつくばって咲く朝顔 ふたりは二輪草♪

鉄砲百合でズドン

芝生広場の脇にスカシユリ。ちょっとスカシてるかも。

芝生広場から先の花散歩は、次回報告の予定です。


(つづく)

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100メートル決勝にわくわく

2017-06-25 10:21:29 | Weblog

こんなにわくわくして、日本選手権の100メートル決勝をみたことがない。なにせ、決勝の舞台に現れた選手たちがすごい。リオ五輪のリレーの銀メダリストが三人、桐生祥平、ケンブリッジ飛鳥、山縣亮太。これだけでもすごいことなのに、最近、追い風参考ながら国内初の9秒台をマークした多田修平も入ってきた。さらに、予選、準決勝と10”06と好タイムで上がってきたサニブラウン・ハキームもあなどれない。それに、これだけのメンバーが揃えば、夢の9秒台も十分に期待された。

ぼくの予想は、桐生が念願の9秒台で走り、優勝。つづいて、ケンブリッジ飛鳥、多田修平というものだった。さて、8時半を回って、選手たちグランドに入ってくる。残念ながら、雨が降りだしていて、9秒台の記録はあまり期待できない状況になっていた。

選手たちが入場してすぐに、スタート。

アッと言う間の10秒。

はじめにゴールに飛び込んできたのは、伏兵、サニブラウン・ハキーム!そして、二位に多田。三位にはケンブリッジ。桐生はなんと4位に沈む。

これは世界選手権(8月、ロンドン)の代表選考も兼ねているので、桐生は三名枠に入れないことになる。残念なことだが、勝負の世界は厳しい。その代り、イキのいい18歳のサニブラウンと多田修平が出現し、ケンブリッジ飛鳥と共にロンドン行きが内定した。

優勝したサニブラウン。スター誕生!父親がガーナ人で、母親は日本人のアスリート一家。九秒台、一番乗りの予感!

多田修平

ケンブリッジ飛鳥 日本選手権連覇ならず。

桐生祥平 リレーメンバーには選出されるだろう。

。。。。。。

女子100メートルも、8連覇を狙う、福島千里が市川華菜に敗れるという波乱があった。

島千里(101)

市川華菜

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田中VSダル 歴史的投手戦

2017-06-24 18:25:46 | Weblog

ヤンキースの田中将大投手とレンジャーズのダルビッシュ有投手が、初の直接対決をするというので楽しみにしていた。実況中継は午前8時からBS1で。ところが、画面に現れたのは、まー君でもなく、ダルでもない、大きな顔をした青いビニールシートだった。雨天で試合が始まらない。一時間ほど試合を見て、フラワーセンターへ向かう予定だったのに。結局、試合は一時間以上遅れて開始し、ぼくが試合を見たのは、帰宅してからだった。11時半、画面には田中投手が。すぐスコアーをみる。8回表で、なんと0対0!まだ86球で完封ペースではないか!すごい投手戦になっていることがわかった。

この回も、ちょうど100球目で完封し、雄叫びをあげる田中投手。

そして、8回裏。当然、ダルと思ったが、マウンドに上がったのは別の投手。何故だ!と雄叫びを上げたが(汗)、ダルが上腕に張りを訴えたらしい。こうなったら、田中に久し振りの勝星を与えたいと思ったが、点が入らず、結局、ダルとの対戦は引き分けとなった。

結局、田中が8回3安打9奪三振無失点、ダルビッシュが7回2安打10奪三振無失点となった。奪三振数は合わせて19となった。

ほとんど互角の投手戦。何でも記録調べをする大リーグ。な、ななんと、過去100年で両軍先発が、3安打以下、9奪三振以上、無失点の投げ合いを演じたのは、1968年8月26日セネターズ-ツインズ戦以来2度目の出来事だという。素晴らしい歴史的投手戦となった!

ダルの雄姿

この歴史的投手戦を、何とか、垣間見ることができて、うれしい。

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大船フラワーセンター 55年のありがとうフェスタはじまる

2017-06-24 15:50:59 | Weblog

神奈川県立フラワーセンター大船植物園(ぼくの略称、大船フラワーセンター)がいよいよ7月2日をもって、来年3月31日まで一時閉園する。今日、6月24日から閉園までの二週間、55年間の感謝を込めた”ありがとうフェスタ”がはじまる。その初日に、まだ不自由な身ではあるが、家内と一緒に出掛けてきた。

久し振りの大船フラワーセンター。ブログ記録を調べると、何と3月16日以来、三カ月振りの復帰!やっぱり、植物園はいいね!

2017年6月24日

まずは玄関口に近い花菖蒲苑。ちょっとさびしい感じだが、ぼくにとっては今年はじめての花菖蒲!素晴らしい!

百周年(大正5年作出)品種の”白芙蓉

同じく百周年品種、”藤壺”。

花菖蒲苑のむこうは紫陽花。アナベル。

がくあじさい

かしわばあじさい

では、次に薔薇園に入ってみましょう。まだまだ咲いています。

マリアカラスも待っていてくれた。

オリンピックファイヤーも待っていてくれた。サンクス。

薔薇園を出て、木陰でひと休み。

”あら、ねむの木の花が”と家内の可憐な声。見上げると、こちらは、本物の(笑)可憐な花。

そして、目を広場の方に向けると、あの花が見頃になっていた!

なかなか、見頃に出会えない。

名前は学名だけ。アエスクルス パルウィフロラ。トチノキ科。

隣りのトチノキと一緒に撮ってみました。

いったん、ここで締めます。まだまだ、つづきますよ。

そうそう、おどろいたことがひとつ。帰宅して、テレビをつけたら、ここのニュースが!



(つづく)

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