気ままに

大船での気ままな生活日誌

どうだんつつじの落花模様

2014-04-30 21:46:10 | Weblog

茅ヶ崎美術館で観たい展覧会があったので、午後、出掛けたが、あいにくの休館。水曜日なのに何故?祝日の翌日は休みなんだって!そういえば、前日の29日は昭和の日だっけ、ショウワないな、なんて言いながら、雨上がりの、隣接する高砂緑地の松嶺苑内を散策した。そのとき、普段、気付かない風景をいくつか見付けた。

そのひとつ、どうだんつつじの落花。まるで霰みたい。


花はまだまだいっぱい咲いているのに。

お、おまえも・・・でも、落花したどうだんつつじではなく、別のもので、小さな花をいっぱい咲かせているだけだった。

苔のうつくしい季節になってきた。まるで世界地図みたいに。

地衣類の新緑もうつくしく。

ハートの年輪。美尻の年輪という人もいる。

臥龍梅は収穫の季節を迎えていた。

もちろん、つつじと大手鞠の季節でもある。

 帰り道、海辺の茅ヶ崎らしい民家の垣根をみつけた。

素晴らしい、雨上がりの午後だった。

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医は仁術展

2014-04-30 11:15:11 | Weblog

ぼくも観ていたが、テレビドラマJIN/仁はとても面白かった。現代から幕末にタイムスリップした脳外科医が、現代の医学知識をもとに、手術をしたり、ペニシリンもどきをつくったりして、江戸の人々を助ける物語だった。この人気ドラマにあやかった(笑)、展覧会、”医は仁術”が、科博で開催されている。

ナビゲーターは、ドラマで主役を演じた、大沢たかお。そして、会場に入るとすぐに、原作の漫画家、村上もとかのメッセージ・プレートが。それに、まず、じーん(JIN)ときた。前段で、この漫画を描く動機などについて述べたあとの文章だ。現代医療はiPSだ、STAPだと今まさに不老不死への扉に手をかけているような気がする。しかし、人間は必ず、死を迎える。今よりはるかに短命で、理不尽な死をみとらなければならなかった江戸期の人々の意外なほどの楽天性と、与えられた命の時間で人生を切り開いていくしたたかさ。江戸の人々の死生観は、現代の超高齢者社会を迎えながら、悩みの絶えない子孫たちに、うまく生きてゆくヒントを与えてくれるように思えてなりません(ほぼ原文のまま)。

さて、展覧会は、”医は仁術”のテーマの通り、日本の医学は、常に「仁」、すなわち“他を想う心”で進歩してきたというのがベースにある。江戸期の医学の進歩が豊富な資料で明らかにされる。展覧会場は写真撮影自由というので、パチリパチリ。それらを示しながら、簡単に紹介します。

まず、第一章では、いきなり、見慣れた浮世絵、国芳の”相馬の古内裏”が。そして、”麻疹を軽くする傳”など。この章は”病は、いつの時代も、身分の貴賤なく、人々を襲う”がテーマ。医療が未熟であった時代、人々は祈るしかなかった。そんな関係の資料が展示されている。

相馬の古内裏(国芳)。 骸骨絵は解体新書が出たあとなので、”科学的”に描かれているそうだ。

麻疹を軽くする傳 (錦絵)


第二章 東から西へ/医術の伝来
 東や西(漢蘭)から伝えられた医の知識、医術。それらを基に描いた人体図などを紹介。

五臓六腑図。

経路人形。

第三章 医は仁術/和魂漢才・和魂洋才の医 
この章がメイン。薬草研究から、薬の製造、人体解剖、牛痘、麻酔、手術、等、江戸時代の医学の進歩を追う。また、医術知識が広まり、 養生のような予防医学的概念も生まれる。

大和本草。 (貝原益軒) 日本本草学のはじまり。

薬屋さんの看板など。


薬の製造道具。

解体新書。


奥田木骨。木製骸骨。


生人形。 解体新書後、内臓をあらわにした人形が薬屋さんの看板などに用いられた。

手術道具。

栄西の喫茶養生記。

山脇東洋。 国内初の人体解剖に成功。

華岡青洲。 全身麻酔薬を開発。世界ではじめて麻酔での乳がんの手術に成功

さらに、第4章/近代医学と仁、第5章/現代の医とつづく。浮世絵から模型人形、木製骸骨まで多彩な資料を使っての、楽しい展覧会であった。

国立科学博物館近くの野口英世像の顔をアップで撮ってみた。”医は仁術展”記念で。

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明月院のGW

2014-04-29 18:29:50 | Weblog

昨晩は大船で中学校のミニクラス会だった。いつも、お酒を飲んで騒いだ翌日は、何故か物憂い気分になる。そんな日は静かな北鎌倉散歩が一番。明月院を訪ねた。GWなのに、観光客はまばら。でも、ぼくにとっては、明月院はまさにGWを迎えていた。何故かって。それはね。

まず、境内の新緑!

本堂の丸窓の向こうの庭も。花菖蒲の季節もすぐやってくる。ちょっと前にみたような気がするのに。

大手鞠も満開!

大手鞠にクロアゲハ。白と黒のブルース

黒蝋梅の花。♪黒い花びら静かに撮った。

紫木蓮はまだ見頃!

ほうの木の花も見頃! ほおー。

リスも見頃、食べ頃

にゃんこ展も見頃。北鎌倉古民家ミュージアム。みてきましたよ。


ミュウジアム裏山の藤も見頃!

藤といえば、一昨日の、大町の別願寺の藤も最高の見頃になっていました。安養院の大紫つつじは、まだ早かったです。もう一度、挑戦のつもり。

 

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松竹大船撮影所物語&君の名は

2014-04-29 11:21:27 | Weblog

鎌倉市立川喜多映画記念館で開催中の特別展、”女優大国/松竹大船撮影所物語”を観て、上映中の岸恵子主演”君の名は”(総集編、185分)も楽しんできた。

まず、”君の名は”について。言うまでもなく、この映画の原作は、菊田一夫のNHK連続ラジオドラマ(1952~)である。この放送時間帯には女湯が空になるという伝説が生まれたほどの大人気であった。映画は、53、54年に3部作として上映された。これも空前のヒットとなり、主演の岸恵子はこれをきっかけに一気にスターダムにのし上がる。この年に生まれた子に春樹、真知子の名が競ってつけられたという(笑)。また、真知子巻という、ストールの巻き方も流行ったようだ。

以上のことは、知ってはいたが、実際、この映画を観るのははじめて。どんな内容か、楽しみだった。いかにも連続ドラマ風で、はらはらどきどきさせながら物語は進む。真知子と春樹は東京大空襲の日に出会い、一目惚れするが、次ぎに数寄屋橋のたもとで出会ったときには、真知子は別の人と結婚する前日であった。ここから、二人の波乱万丈の物語が始まる。嫁いだ先の義母との葛藤、夫への不信から、春樹への想いが募っていく。

若き日の岸恵子を3時間も観られただけでもシアワセ。佐田啓二の美男振り、そして、淡島千景、月丘夢路、淡路恵子、望月優子ら往年の女優陣がみられるのもうれしい。第二部の北海道編で、春樹に恋したが、真知子の存在を知り、摩周湖に身投げするアイヌの娘が北原三枝とは!あとで一緒にみていたワイフに聞くまで気づかなかった。第三部は九州編で雲仙や阿蘇が出てくる。離婚もできず苦しみ悩み、病床に伏す真知子のもとに海外出張から駆け付ける春樹。ここで、希望の灯りをともしつつ幕となる。こういう物語だったんだとナットク。

映画のあと、展示物を見学。岩下岩麻、岡田茉莉子ら主演の映画ポスターが所狭しと貼られている。そして、ミーハーのぼくが興味をもったのが、大船撮影所のコーナー。当時の大船絵図があり、鶴田浩二、桑野道子らの住い、田中絹代の休憩所(鎌倉山に田中御殿があった)、俳優さんたちがよく利用していた食堂などの場所が示されている。でも、これらについては、ぼくも以前、調査しており(汗)、知っていることばかりだった。記事にもしている。

今朝の散歩でこれら松竹撮影所の面影を撮ってきましたので、以下に紹介します。

寅さんとひばりさんのモザイク画。

松竹撮影所開所記念で2200本の桜苗を贈呈した碑。昭和11年4月。

松竹大通橋の銘。

松竹離山通り

蒲田から大船に移転するとき、一緒についてきた浅野蕎麦屋さん。現在もある。

洋食のミカサも。その隣りが佐田啓二の奥さん(中井貴一のお母さん)になった娘さんがいた食堂”月ヶ瀬”があった。現在はない。

展覧会

君の名は。岸恵子と佐田啓二。

。。。。。。

松竹関連として、原節子桜の動静をご報告します(汗)。まだ、名残の桜はOKです!この分だと、5月突入は間違いなし。複数、残っています!5月5日が、これまでの最長記録です。



 

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近代京焼の幹山伝七&真葛焼の宮川香山

2014-04-28 08:37:45 | Weblog

東御苑の躑躅を観に行ったときに、いつものように三の丸尚蔵館に寄った。”佳麗なる近代京焼/有栖川宮家伝来、幹山伝七の逸品”展が開催されていた。部屋に入ってびっくり。白地に草花の写実的な絵が描かれた食器、酒器などがずらりと並んでいるんだもの。まるで花咲く野原に迷い込んだみたい。

幹山伝七(1842-90)は瀬戸の陶工の家に生まれ、彦根藩の湖東焼を経て、幕末に京都へ移った。明治に入り、西洋顔料を積極的に取り入れるなどして、幹山流の色絵磁器を完成させた。この近代京焼は評判を呼び、海外でも高い評価を得る。

さて、今回の展示品は、全盛期の幹山に有栖川宮家が一括注文したものとのこと。それらが旧高松宮家に委譲され、現在は三の丸尚蔵館蔵とのこと。

実際に毎日、使用されていたであろう食器類。食卓に招かれたお客さんのにこにこした顔が浮かぶよう。この花はなんですかとか、徳利で熱燗一本、出されたときは、熱さで草花がしおれなければいいあ、なんて、話題が尽きないだろうな。ああ、うらやましか。

色絵四季草花図食器

 

京焼ということで、思い出した陶工がいる。先日、横浜の歴博の常設で展示されていた宮川香山の真葛焼の5点。一見、毒々しい(笑)器だが、よくみると器に彫られている彫刻が素晴らしい。それに、それとは対極の植物絵の瓶などもある。ここには展示されていなかったが、”真葛焼/田辺哲人コレクション”などをみると、波山風のものも結構つくっている。

初代宮川香山(1859-1916)は京都の真葛ヶ原で生まれ、19歳で父の跡を継ぎ、色絵陶磁器を制作した。出発は京焼なのだ。明治3年(1870)に薩摩の御用商人に呼ばれ、開港横浜の野毛山に窯をつくった。翌年、さらに環境に適した土地(現、南区庚台、京急南太田駅近く)に移り、本格的に輸出陶磁器の制作を開始する。欧米人の嗜好に合わせた製品は評判を呼び、万博でも高い評価を得る。国内的にも内国勧業博覧会などで評価され、1896年に帝室技芸員となり、明治陶芸界をリードする存在となった。

ぼくをとりこにしたにゃんこ
 

こういう作品も、波山風

田辺哲人コレクションから

鎌倉の小町通りの吉兆庵美術館も、魯山人と共に香山作品を所蔵する。先日は特別展があり、展示されていなかった。

まさに、超絶技巧、明治工芸の粋ですね。三井記念美術館にも行かねばならぬノダ。

今日は田中将大登板。これからゆっくりみるんじゃ。

 

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八幡さまの躑躅

2014-04-27 21:23:30 | Weblog

三日連続、東京(根津神社)、葉山(花の木公園)、東京(東御苑)と見頃のつつじを観てきて、記事にしているのに、まだ鎌倉のつつじの記事がないのは片手落ちではないかと、大向こうから声があがりそう。そこで、八幡さまのつつじ記事でお茶を濁すことにした。

段蔓の桜並木は有名だが、”つつじ並木”はそれほど知られていないかもしれない。桜の根本に、何種類ものつつじが植えられ、最盛期には、なかなか見事なものでござんすよ。では、ご覧ください。

第二鳥居からはじまって、

ぶらぶら歩き、

第三鳥居まで。

途中には、

教会のバザールの前。

ぼくがよく寄る、カレーラーメンのお店の前。

突然ですが、クリンガー ”手袋シリーズ/行為”風に、斜めに観たり

ちょっと混じって。白組優勢ですが・・・

大紫つつじ。

鳥居をくぐって。源氏池の前のつつじは、こんなもんどす。

アオサギと大紫つつじ。大紫つつじといえば、安養院。明日、是非行かねば。つつじ記事、5日連続を狙うノダ。

 

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東御苑のきんさん、ぎんさん

2014-04-27 09:38:01 | Weblog

東御苑のツツジが咲く頃、隣接する”武蔵野の雑木林”に顔を出す、きんさん、ぎんさん。今年もお会いできましたよ。もちろん、金蘭、銀蘭のこと。金蘭は見頃、銀蘭も咲きはじめとなっていました。つつじを観る前に、広い雑木林を隈なく歩いて、いくつも見つけましたよ。きんさん、ぎんさんのように長生きしてね。

山つつじも見頃となった雑木林

金蘭

銀蘭

えびね蘭

ちごゆり

庭園の方では。


紫蘭

黄えびね蘭

そして、見事なシャガの群落

茶室前には牡丹も

日本タンポポもいいね。白タンポポはもう種に。

きんさん、ぎんさん、気を付けてね。そっと持ち去る、不届きものがいるらしいから。また、来春、お会いしましょう。

すばらしい東御苑でした。次ぎは花菖蒲かな。ああ忙しい(汗)。

 

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東御苑のつつじも最高の見頃

2014-04-27 08:40:39 | Weblog

3日つづきのつつじ見物となった。24日は根津神社、25日は葉山の花の木公園、そして26日は、東御苑。実は、はじめの根津神社とセットでここを予定していた。それがオバマ大統領訪日のとばっちりで、警備のため東御苑は、閉鎖されていたノダ。諦めきれず、何が何でもと決行したのでアッタ(汗)。

行って良かったです!最高の見頃を迎えていました。むしろ2日前でなくて良かったかも。まさに、本日、頂点に達していたノダ。ここは外国人のお客さんも多いが、皆、ニコニコ。本当によかったね、いちばんいい時に遭遇して。日本の印象度がぐーんと上がるぞなもし。

つつじの女王(ぼくがつけたあだ名)、根津神社と比べてみると、種類や本数では負けるかも知れないが、総合的に評価すると、東御苑に軍配を上げたい。ツツジ園の前には明治期に再建された諏訪の茶室、後方には”武蔵野の雑木林”そして、右手には池の庭園が拡がっている。どこからもツツジが見えるので、観客は分散して、混雑感がなく、ゆったりと鑑賞できる。 東御苑は、つつじの王様じゃ。

その上、ツツジの咲く頃は、雑木林には山つつじ、金蘭、銀蘭が咲き始め、庭園の奥にはシャガの大群落に驚かされる。加えて藤、牡丹や名残りのしゃくなげまで顔を出してくれるんだから、堪えられない。まるで、行ったことはないけど、天国みたい。ここ二、三日が勝負です。是非お出かけください。でも月、金と週休二日ですのでご注意を。同行できなかったワイフは火曜日に行くときっぱり決めた。ぎりぎりセーフか。でも、お天気も重要。

では、ごらんじろ。

まず、全体の位置関係から。池の庭園の向こうに、欅の大木の周囲に拡がるツツジ園。ツツジの向こうは雑木林。この舞台装置がいい。茶室はみえないが、右手奥。

近づいてみる。諏訪の茶室を背景に。


諏訪の茶室だけ観たい人のために(笑)

雑木林を背景に

ときどき緑もいい


緑に散らすのもいい

欅の木の下にお休み処が。


 すばらしい東御苑でした。また、その夜は、一番きれいな頃の(い、今もきれいですが;汗)、寅さんのマドンナ役で出演している松坂慶子さんをみられたし、幸せな日だった。

ととと、寅さん

 

 次回は金、銀さんの登場です。お楽しみに。

 

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立ちのぼる生命/宮崎進展

2014-04-26 09:53:00 | Weblog

うつくしい横須賀・衣笠の藤と葉山のツツジ鑑賞に挟まれて、うつくしいとはいえない、むしろその対極の美術展を観てきた。神奈川近代美術館・葉山館で開催されている”立ちのぼる生命/宮崎進展”。

ぼくは宮崎進の作品を少なくとも意識して鑑賞したことはない。展覧会に入る時点で、ちらしも観ていなかったので、どんな絵を描く人なのか知らなかった。”立ちのぼる生命”というタイトルから、生命賛歌の、明るい絵を想像してしまうが、そうではない。第一会場から始まって、どの会場にも暗い色調の抽象画ばかりが並んでいる。それも、コーヒー豆が入っていたような古い麻袋をひきさいて、絵の中に混入させたような絵。いったい、なんていう絵だと、はじめは思う。

しかし、宮崎進のシベリア抑留体験がこの絵画表現の原点となっていることを知ってから、それぞれの絵が何かを訴えてくる。おぼろげながらも分かるようになる。彼の言葉が、最後のコーナーでパネル展示されている。何かを描くというより、ここにあるすべてが、私そのものである。私はうまく整理され、均衡をつくるより全体が何かを表現するような仕事をしたい。また、こんな言葉も。シベリアの悲惨な生活は写実的に描くことでは絶対に表現できない、そんな思いから、シミだらけのぼろ布のコラージュ手法をとったのだとも。

”花咲く大地”という作品が三点セットで並んでいる。はじめ画題をみる前は血の色かと思った。そうでなくて、花の色であった。シベリアの、鉄のように凍りついた大地に、春がくると、一斉に湧き出るように真っ赤な花が咲くのだという。生命なぞ、あるはずもないと思わせるような、こんな死んだような大地から。この震えるような嬉しさは、最少限の食料をもらい、過酷な強制労働の中、やっと生き抜いてきた者でなくては分からないという。そんな嬉しさが込められた絵なのだ。まさに”立ちのぼる生命”なのだ。

ぼくらのような平和ボケの世代では、十分、宮崎進の感じていることが伝わらないと思うが、たまには、こういう言葉に耳を澄まし、こういう絵に目をこらすことも必要だと思った。

。。。。。

花咲く大地

泥土(中国の荒涼とした大地)よくみると、悲惨な風景が浮かんでくる。2004年サンパウロ・ビエンナーレ出品作品。

頭部(炭のように塗られた木材で)

横たわる

 

1922年、徳山市に生まれ、現在は鎌倉のアトリエで仕事。1967年、安井曾太郎賞受賞。

 

 

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葉山・花の木公園 つつじ最高の見頃

2014-04-26 08:06:44 | Weblog

横須賀しょうぶ園内のふじ苑の藤を観てから、逗子まで戻り、そこからバスで葉山の神奈川近代美術館に向かった。馴染みがなかったが、宮崎進展をみて(感想文は後ほど)、30分ほど歩いて葉山町役場脇の花の木公園に辿りついた。ここは、なかなかの躑躅の名所で、ぼくも、毎年のようにこの季節には訪ねるのだ。

花の木公園を囲む躑躅の生垣を目にしたとき、ぼくは、あっ!と声をあげてしまった。最高の見頃。まさか、こんなステキなグッドタイミングとは! ♪オー ユー・ニード・タイミン アー ティカ ティカ ティカ グッドタイミング トカ トカ トカ トカ この世で一番かんじんなのは ステキなタイミング♪ なんて川崎の先輩、九ちゃんの歌をつい口づさんでしまった。

そして、ツツジ公園の全景を見上げる地点に来たときには、もう、ぼくは、ぽかんと口を開けるのみだった。、オバマさんみたいに、”人生で一番、おいしいつつじ”というのは大袈裟だけど、人生で8番目くらい(ハヤマということで)においしいのつつじの花だった。 

公園生垣のつつじ


つつじ公園 左右、ふたつのブロックがある。右側は上まで登れる。

右側のツツジ

左側のツツジ

公園に入って観る

戦没者慰霊塔を望む

下りて、葉山町役場の池(明鏡止水)に映してみる

今までで一番の、葉山・花の木公園のツツジでしたよ。また、来年を楽しみに待ってます!

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