京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

お供物集積所?

2012年08月16日 18時05分51秒 | 社寺
今夜は、五山送り火。
お精霊さんを送り火とともに送ります。
それと同時に各家庭でお供えした供物を川に流していました。



でも最近は、鴨川に供物を流すのはいけません。
そこで京都市では、こういうポスターが貼られています。
最寄りの場所に供物を置くのです。



ここは、烏寺(からすでら)。
正式名は、熊谷山専定寺(くまがいざんせんじょうじ)。
建立は1200年初期なんだそうです。



昔、専定(せんじょう)法師という旅僧が、この辺りの松の木の木陰で休んでいると、2羽の烏(からす)が梢(こずえ)にとまり、このように話していました。

「今日は、蓮生(れんしょう)坊=熊谷直実(くまがいなおざね)の
 極楽往生の日である。我々もお見送りしようではないか」

すると、2羽の烏はさぁっと南の空へ飛び立ってしまいました。昔から烏は熊野権現の使いともいわれている鳥です、法師が不思議に思って蓮生坊の庵を訪ねたところ、なんと、烏が話していた同日、承元2年(1208)9月14日、同刻に蓮生坊が亡くなっていたのでした。

この話から烏寺と呼ばれるようになったのだそうです。
京男の窓から見えるお寺の屋根に、烏が止まって鳴いている時がありますが、まだそんな会話がきこえてきたことはありません。



なるほどポスターの右側の一番上に、烏寺と書いてあります。
供養をして処理なさるのでしょうね。



なんでこんなところを通ったのか?
カットに行ったのですよ。(笑)
帰りはタクシーで山に帰りましたけど。

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涼の演出

2012年08月16日 05時00分12秒 | 甘味・喫茶・その他


そういえば、今日は五山送り火。
お盆ももう終わりです。
暑さももう少しかな・・・。
今年はきつかった。
気象庁の長期予想でこんな猛暑予想だったかな?
過去の統計的な判断なんてのは、役に立たない時代なってきたかも。
自分の直観にたよった方がよさそうですね。


↑黒豆菓子「艶ほくろ」顔にはりつけたくなりますね

国は、国民の生活や生命を守ってくれないのがわかってきましたものね。
あまり頼りにしないで、自分で考え、対策を講じることです。
考えるために、切り捨てるのは、マスゴミかな。
京男はテレビを観なくなった。
新聞は、とうの昔から購読していません。
そうすると直観の感度が高まります。
必要な情報は入ります。
より現場に近い情報が。
世界の動きもわかりますよ。


↑蓮のつゆ


↑和久傳の蓮粉をつかったお菓子って好き

さて今日は、和久傳堺町店でお茶を飲んだ時の写真です。
猛暑に楽しむのは、かき氷じゃなくこういうお菓子とお茶がいいと思う。
特に「蓮のつゆ」は、とてもいい食感。
蓮の葉っぱに朝露が滴り、キラキラしている風情がとてもいい。
氷も添えてあるので、ほどよく冷えている。
和三盆糖のほのかな甘みがとてもいい。
かき氷やアイスクリームのようにすごく冷えている訳でもないのに涼を感じさせてくれるのはさすがだと思う。


↑つるりとした味わいがたまりません

ツルンとした喉ごしもたまりません。
食べているうちにやさしい気分になるのが不思議。


↑「金魚」金魚や浮草の景色を表現しているのね


↑「なにが金魚?」と思ったけど、でも金魚の形の水羊羹が出てきてもね・・・

もう一品は「金魚」。
ガラスの器に、水羊羹やゼリー、夏みかんが浮かんでいる。
それは金魚鉢をジーッとみている気持ちになります。
もちろん水羊羹のやさいい甘さと口当たりに涼を感じます。


↑水羊羹って久しぶりに食べる

こういう直接冷たいものというより、イメージで涼を感じさせる日本の感性が素晴しいと思いますね。

冷たい水出し煎茶や煎茶といただくのは悦楽ですね。
最近、洋風の冷たい甘味より、こういう甘味の方が落ち着きます。
なんか時間までゆっくり流れるように感じます。


「紫野和久傳堺町店」地図

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お盆ですね・・・

2012年08月15日 05時35分46秒 | 
昨年から今年にかけて身近で亡くなった人が多い。
それもまだ働き盛りの世代。
京男だって危なかった・・・。
まあ、私の場合、日帰りツアー程度だったけど。
そんな経験もあるのか、お盆という時期もあるのか、供養とかを考える。


↑本日の写真は、文章と全然関係ありません。内容が地味だしね。(笑)

5日の清水寺森貫主の法話もみょうに心にしみた。
「生」も「死」も繋がっていて、どちらも単独で存在しないと。
お釈迦さんは、その繋がりから脱する(輪廻)ために修行した。
そして方法を説かれた。それが解脱の方法。


↑京女と食べた霊麺?(冷麺)

彼岸も此岸も繋がっている。
というかレイヤーのように重なっているように観じます。
だから完全に独りぼっちなどということはない。
孤独になるなんて不可能なんです。
宇宙の全存在は繋がっているのですから。
肉体の中に入っているとそれが理解できない。
「あなたとわたしは同じで、繋がっている」なんて実感しないですから。
それがすべての苦しみの始まり。
理解したらとても気持ちが楽になるように思います。


↑リンデンバーム-LINDENBAUM-のデリカ

供養ってそんなに難しく考えないでいいと思います。
近江商人風の「三方よし」でいいのだと思う。
「送る人よし」「送られる人よし」「そして天(宇宙)よし」と。
送られる人が、こうしてあげたら嬉しいだろうと思うことをすればいい。
彼岸に行った(あるいは行く途中)の人からしたら、残された人が毎日悲しんでいるのはよくないと思います。残されてた人のことが気になって、本来行けるもっと高い次元に行けないでしょ。それって迷惑な話ですよ。
もちろんウンと悲しんでもいいのですが、ずっと悲しみ続けるのはよくないという意味です。
残された人たちが、幸せで笑顔の絶えない毎日を過ごしている姿を見せるのが一番の供養になるのではないでしょうか。
どんなに立派な戒名や仏壇、墓地があっても送られる人はちっとも嬉しくないかもしれません。
だから、あまり嘆き悲しまないでください。



戒名で呼びかけるより、生きていた時の名前で呼んであげる方がいい。
お供えも、例えば故人が焼き肉が好きなら、焼き肉を供えてもいいと思う。
野菜が嫌いな故人に、野菜を供えるのはかわいそう。
さりとて鯛の活け造りはちょっと・・・かな。
般若心経よりAKBの方がいいのなら、それもいいでしょう。
ついでに若いお嫁さんがセーラー服を着て、仏壇の前で踊りを奉納するのもいいかもね。他の先祖が怒るかもしれないので、単独の供養に限ります。
形式じゃなく相手の立場になって考えることが大切だと思いますね。



そうやって文句があるなら、化けて出てきて知らせてくださいと言えばいい。
もし出てきたらどうするの?
「ごめんね」と可愛く謝ればいいやん。



京都でこの時期、お墓参りをするニュースで流れる。
あれがよくわからない。
お精霊さんたちは、12日から16日まで各家庭に帰ってきますよね。
その時期にお墓参りに行っても、留守なんと違うかな・・・。
家で仏壇に向かえばいいのと違うかな。
それから、お精霊さんを千本ゑんま堂や六道珍皇寺に迎えにいくのか意味がわからない。仲介業者(お寺)に頼むという意味なのかな?
各家庭で12日にお墓に行って、お精霊さんを迎えにいけばそれでいい話だと思う。
迎えに行ったついでに掃除するのなら話しはわかるのだけど。
京女も同じ疑問を持っていた。
少なくとも私だけの疑問じゃなかった。
ちょっと安心。


↑リンデンバーム-LINDENBAUM-お店

京都独特のお作法なんだろうか?
他の地域はまた違うのかな?
なんかすっきりしない。

なんかややこしい話しですんません。
ダンダン話しがややこしくなっていくのでこのあたりでやめます。
おやかまっさんでした。

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ただ死んだだけでは、仏にならない!

2012年08月14日 05時18分07秒 | 風景
お釈迦さんは、インドの人ですよね。
そして仏教を始めた人。
でも現在のインドで釈迦といっても知っている人が少ないそうです。
インドの宗教は、ヒンドゥー教が約78%、イスラム教が13.4%なんだそうです。
仏教は、イスラームによる弾圧の結果、一時期滅亡したそうです。



お釈迦さんの時代以前に、インドのエリート階級では、ウパニシャッド哲学というのがあった。紀元前800~500年からありました。
このウパニシャッド哲学というのは、とても単純な教えだっと思う。
「おまえはどこから来たのか?今何をしているのか?これからどこへ行こうとしているのか?について考えよ」というものです。
もうひとつは、好きなことをすべてしてしまえというのだ。
「美食や愛欲に夢中になってしまえ、金もうけにも夢中になってしまえ、そのうち心が空っぽになれるから、早めにやってしまえ」というのである。その空っぽの心になった時に、はじめて悦び楽しむ暮らしができる。
そんな単純な教え。
でも実際はすごく難しい。



多分、お釈迦さんはウパニシャッド哲学も研究した筈だ。
それが下敷きになって、自分の考えをまとめた。
その考え方は、単純。
でも、大衆がついてこなかったのではないだろうか。
大衆は御利益を求めているからだ。難しい考え方などに興味がない。
それは、いまも昔も変わらない。

日本に入ってきてもそのままの考え方では、民衆がついてこなかった。
だから法然や親鸞の考えがでてきた。
簡単にいうとどんな人も真言を唱えれば救われると。
その真言の一例が「南無阿弥陀仏」なのです。
こんな事情で仏教は、うまく大衆のニーズに応えて生き残ったと思われます。

でも本来のお釈迦さんの考え方は、そうではなかったように思う。
人間は、悟らないと成仏できないということです。
これは厳しいですよ。
ただ死んだら、死体になるだけなんですから。


↑六道珍皇寺にある小野篁が冥土行きに使ったとされる井戸

「涅槃(ねはん)」という言葉がありますね。
あれは、ふたつの意味があります。
1.悟るという意味
2.亡くなる


↑冥土行き井戸のアップ

1の悟るという意味でもふたつの悟り方がある。
1.有余(うよ)涅槃/身体をもって悟る
2.無余(むよ)涅槃/身体が無くなる悟り

お釈迦さんは、このふたつの涅槃を目指された。
涅槃状態になれば、カルマ(業)からも解き放たれる。輪廻から解き放たれる。
つまりもうこの地上に生まれて修行する必要がないマスターの状態・・・殿堂入りみたいなものかな。



では、悟りとはなんでしょう?
これもふたつにわかれる。
1.目的格のない悟り
2.目的格のある悟り 例、○○について悟る

これ以上書いていたら長くなるので省略します。

この仏教に対して、日本の本来の宗教である神道はどうでしょう?
神道では、人間は死んだらもれなく神になります。
神道の方が寛容かも。
この神道に新興宗教である仏教が習合していったということです。
これが日本のすごいところですね。
いつの間にか、仏教も死んだら仏になるとなってきました。

※今日は、清水寺のうら盆法話、森清範貫主さんのお話しを聴いて、その印象を文章にしたものです。だから単語以外は創作です。悪しからず。

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繋がっている

2012年08月13日 04時13分43秒 | 社寺・和菓子
本日の記事は、8月5日清水寺の森貫主の法話を聞いて感じたことを書いてみます。
以下はお話しをできるだけテキスト化してみました。



亡くなった死者と、われわれ生者は繋がっている。
決して別々のものではない。
物理的に見ると別々に見えますけど。



過去・現在・未来を三世(さんぜ)といいます。
この三世も別々ではないんです。
三世は繋がっている。
もうすこしわかりやすくいいますと三世といいますのは、「昨日」「今日」「明日」なんです。



そう考えたらどうですか。
「今日」という日は、「昨日」からしたら「明日」でしょ。
「昨日」からしたら「今日」は「明日」でしょ。
実際に生活していますとどこまでいっても「今日(こんにち)」なんです。

「昨日のこと」が「今日」になる。
「今日のこと」が「明日」になる。
これが「昨日」「今日」「明日」の繋がりです。



ただ「明日」のことはわからない。「昨日」のことはどうしようもない。
どこまでいっても「今日」だけ。

これが「現在」「過去」「未来」も同じに考えられます。
いずれも単独で存在していない。


↑景清爪彫りの観音

日蓮聖人が『開目抄(かいもくしょう)』という書物に、三世について書いておられます。
過去世にどのような「善因善果」をつんだかを知りたかったら、それがどのような「現在の結果」となっているか見ればわかる。
また「来世」に良い結果が顕れるか、悪い結果が顕れるかを知ろうとしたら、現在「悪因を行っているか」「善因を行っているか」を見なさい。

「明日のこと」を理解するには、「今日なにをするか」によって決まる、「明日」が見えますということです。
「昨日のこと」を知ろうとしたら、「今日の姿を見なさい」ということです。
「今日の姿」を見たら、「過去の姿」も見えるし、「明日の姿」も見える。
どこまで行っても「今日」しかない。



ここからは、京男の解釈になります。
この三世は、現代の素粒子物理学の考え方に似ている。
過去や未来は、現在にたたみ込まれているというのです。
しかも素粒子レベルの世界では、人の思い(想い)で結果を決定できるという。
オカルトのような話しですね。

結論は「いまとここ」で「大慈大悲心(だいじだいひしん)」で生きるということになります。
大慈大悲心は、人間のもつ、小さい慈悲心のことではありません。
大宇宙の法則のようなものです。わかりにくいかな・・・。
「愛」と「愛情」の差とでもいったらいいのかな。
「愛」より上の「無償の愛・区別しない愛」的なものかもしれません。
それを人間も持ちながら生きなさいということかな。


↑長久堂「筧の水」

そう言われても、此岸(三次元)で肉体を持ちながら、大慈大悲心を持つというのは大変なことかもしれません。
だから尊いのです。
人間は「万物の霊長」といわれています。
そのことを自覚しなければいけません。
単なる動物の「長」ではなく、「霊の長」なんですから。
いま政財界を見ると単なる「動物の長」のように見えます。
21世紀になって12年もなるのに、20世紀以前の近代的な生き方ばかりしている。嘆かわしいですね。
「万物の霊長」に相応しい生き方をしていないと、人類にとって不都合なことがどんどん目の前に出現するように思う。


↑きんとん、粒あん

なんかいつもの調子と違う!
お盆だからかな・・・。
まだ書き残していることがあります。

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陶器神社?

2012年08月12日 00時41分35秒 | 社寺


もう終わってしまったけど、陶器市の時に撮った写真です。
若宮八幡宮社(わかみやはちまんぐうしゃ)といいます。
通称「陶器神社」五条坂にあったからでしょうね。
この神社の周辺には、清水焼きの窯元がたくさんあったので、陶器関係の寄進も多かったのでしょう。


↑最近、旧暦の七夕を飾る神社が多くなったように思う。



御神輿も陶器で飾り付けてあります。
これは結構珍しいかも。




↑大きな奉賽(賽銭)の土管?普段はなかったかも。

この神宮は、天喜元年(1053)に創建されたようです。
「前九年の役(ぜんくねんのえき)」の少し後の時代。
そう言われても「前九年の役」ってあまり憶えていないですね。
「 後三年の役」もありましたね。
確か平等院も同じ時代にできたのだと思う。
このあたりの日本史がややこして、私は高校の時、世界史を選択してしまいました。
世界史では「カノッサの屈辱」ですね。
スペインでいうと「エル・ジド」の時代ですね。
こうやって世界史と対比させていくと面白いです。
この面白いさが高校の時にわかっていたらな・・・。


↑本殿


↑フト右を見ると姿見がある

この姿見ってアイデアだと思う。
立て札「身も心も美しく」とある。
神社やお寺にこういう仕掛けを置いておくのはいいことだと思う。
神や仏の前に出るのに結構ダラシノナイ格好をしているものね。
あまり人のことは言えませんけど。
最近の日本人、身なりも心も貧相で薄汚れている。
これは老若男女は関係ありません。
白人の影響か、飲み食いしながら平気で歩くし。
熱中症対策だからといって、人前でラッパ飲みはいけませんね。
そういえば、この後、急速に気分が悪くなったんです。
慌ててタクシーに乗り家に帰りました。
予想移動に体力がないんだ。



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六波羅蜜寺の迎鐘

2012年08月11日 04時45分33秒 | 社寺


ここは、六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)。
六道珍皇寺のすぐ近くにあります。
西国三十三箇所17番、洛陽三十三所観音霊場15番、都七福神(弁財天)、神仏霊場巡拝の道118番となっていて、いつもお参りの人がおられる。





ここでも「迎鐘」をやっていました。
六道珍皇寺に比べるとまだまだマイナーかも。
いつだったか、この鐘の動画を掲載した気がします。



このお寺は、教科書によく出てくる「空也上人像」が有名。
お坊さんの口から6体の阿弥陀仏が出ている写真を見たことがあるでしょ。
あの6体は「南無阿弥陀仏」の6字を象徴している。
そうそう近所の学校の工事の振動で壊れかかったことで問題になっているそうです。



この六波羅蜜寺は、建物が朱色なのでなんとなく派手な感じがします。


↑阿古屋塚

あれっ?朱い屋根がついている。
いままでなかったのに。
この阿古屋は、歌舞伎や浄瑠璃の「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」の遊女阿古屋です。
平家滅亡後,鎌倉の源氏方に追われる平家の侍大将悪七兵衛景清と,その愛人五条坂の遊女阿古屋の物語を描いたもの。
最近、坂東玉三郎のやつを観ました。
取り調べで阿古屋が琴、三味線、胡弓を聞かされ心の動揺を探られるというものがたり。衣装が独特でした。
景清は、清水寺に「景清爪彫りの観音」というのがあります。
たぶん2010年7月末の私の記事にでてきます。


↑平清盛公乃塚

これは、本当に清盛のものかどうかわからないらしい。
でも大河ドラマの関係で演じる俳優がお参りにきたそうです。
阿古屋塚も坂東玉三郎がお参りにきたというニュースを見た憶えがありますね。



六波羅蜜寺でも水塔婆を書いたはりました。
こちらは、珍皇寺より空いていました。
穴場かも。(笑)



おっと下が濡れていた!
これはちょっと危ないのですよ。


↑弁才天堂

奥に銭洗い弁才天というのもあります。
ここは、御利益いっぱいのお寺ですね。
人気があるのがわかります。

↑こんなのもなかったな。いつからできたんだろう。

京男は、御利益が多すぎるとちょっと引いてしまいますけど。
この後、若宮八幡宮社と陶器市に行ったのですが、熱中症的な雰囲気がしてきたのであわててタクシーに乗り家に帰りました。
思ったより体力が無くなっていますね。
心は、以前と同じなのに。

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オショライサン・ナビゲーション・システム?

2012年08月10日 05時30分28秒 | 社寺


今日の記事は、昨日の記事の続き的な内容。
7日、機嫌良く写真を撮りに行こうとしたら、カメラのトラブルで行けなかった六道珍皇寺の「六道まいり」の画像です。
毎年、同じような画像なので行かなくてもいいようなものですが、行けなかったとなると意地になりますね。





京都のお盆の行事は、お精霊さん(おしょらいさん)※をお迎えに行くことから始まります。
迎えるお寺は二カ所。
千本ゑんま堂(引接寺)と六道珍皇寺・・・最近、いろんなお寺でもお精霊さんの迎鐘なんかを設定しているところがあります。
昔は、二カ所だったと思います。
※「お精霊さん」とは、死者の霊魂。精霊の尊敬語。京都語特有の表現かも。



珍皇寺での手順は
1.参道で高野槙を購入
2.先亡の法名(戒名)俗名を水塔婆に書いてもらう
3.迎え鐘を撞く
4.水塔婆を線香で浄める
5.地蔵堂前で備え付けの高野槙で水回向の後、その場所に置いておく
6.購入した高野槙を家に持ち帰る
ようするにお精霊さんが家に無事帰ってこられるように、ナビゲーション登録作業というような意味合いと理解していいかも。
お精霊さんが彼岸にお帰りになる時は、送り火で送るのだから間違いないでしょう。
初盆を迎える家庭は特に丁寧にします。
でないとこの世に帰ってくる時、道に迷う?らしいのです。

2012.8.9六道珍皇寺 迎え鐘


お精霊さんは、自動的に12日の夜に帰ってこられます。
13日の朝食から16日の朝食まで精進料理でお精霊さんと家族が一緒に食事します。そして16日五山送り火で向こうへお帰りになるというのがお盆行事。


↑先亡の法名(戒名)俗名を水塔婆に書いてもらう


↑先亡の法名(戒名)俗名を水塔婆に書いてもらう

仏壇のお供えもきっちりと決まっています。
最近は、やっている家庭は少ないかも。
大体仏壇や神棚がない家庭も多くなったと思います。
子供もそういう宗教行事を経験しないで育つから、途絶えてしまうのかな。
夏休みで旅行に行ったりする家庭も多いかもしれませんね。
そういうのでいいのかな・・・。




↑水塔婆を線香で浄める


↑地蔵堂前で備え付けの高野槙で水回向の後、その場所に置いておく

この六道珍皇寺が建つ辺りはその昔 、阿弥陀ヶ峰山麓一帯(清水から今熊野辺りの東山山麓)の鳥辺野(とりべの)呼ばれた東の葬送地への入口 へ続く道に面して建っていたことから「六道寺」とも呼ばれていた。
平安時代は、人が死ぬか死にそうになったら、鴨川か、このあたりに亡骸をすてにきていたそうです。もちろん墓なんてなしです。
鴨川も死体の捨て場所だったらしいですよ。
三条河原なんかは、石川五右衛門が釜茹でになった場所でもある。これは事実だったそうです。
だからそんな場所に住宅は不向きなんです。
繁華街は、そういう住宅街でない場所にできたらしい。
京都は、歴史的に見ると大きな心霊スポットなのかもしれませんね。
繁華街でよく店が変わる場所がある。
その場所はあまりよくない歴史がある場所なのかもしれません。
そんなことを言うと非科学的と言われそう。
でも科学というのは、4%しかわかっていない範囲の話しでの科学ですから、まことにたよりない話しだと思う。

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大当たり!?

2012年08月09日 05時05分54秒 | 風景・和菓子

↑出て行く時の難所。暑い時に登りたくない。


↑これが壊れる前の画像

暑い鍋底で用事があり、下山する。
お約束の時間まで時間があったから、六道珍皇寺で写真を撮ろうとした。
交差点で写真を撮った直後にPowerShot S100がおかしい。
レンズが入ってくれない。
「困った コマッタ コマドリシマイ」
交差点で修復しようとしても、なんともならん。


↑レンズが戻らなくなった。底蓋が開いているのは電池が入っていないという表現をしたかった。こうなると哀れな感じになりますね。


↑こんなメッセージがでて・・・

しかたなくタクシーに乗り、再び山へ。
作業室からキャノンに電話して、事情を説明。
シリアル番号をつたえると「それは不具合がでているロットです」とのこと。
「業者が引取にいきます。こちらでチェックし、もし該当したら無料で修理します」とのこと。
あとでネットの情報を見ると「高温多湿環境の影響等によるストレスでレンズ内部の部品が断線し」とある。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。カメラが到着し次第、対処します」と言えないのかな・・・。
夏休みで修理が遅くなるかもしれません・・・そんな会社の事情なんかつたえる必要がない。
どうしてそう上から目線なのか?
無料でというのも言う必要ない。
当たり前やろ!!保証期間中なんだから。
なんぼ京都の夏が暑くても、高温多湿といわれう環境じゃないぜ。
大企業の姿勢は好きになれへん。
ちょっとむかっときた。


↑確かに該当だ

そんなことをしていて、結局、タイムリミットになった。
Panasonic DMC-LX3を持って外出。
なんかこちらの方が落ち着くのはなぜかな・・・。
しかも、メンテナンスしたから安心感があります。

当然するなら宝くじ程度にしてほしいものです。

ちょっと記事的に寂しいのでいまごろの生菓子をどうぞ。


↑長久堂「露地の朝」


↑みじん羹、白こしあん

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2対1?

2012年08月08日 04時19分17秒 | 


連日の酷暑、たまに外出してもランチにいつものようにエスニックというのも暑苦しい。
そういう時は、そばが食べとうなります。
もともと、京男はそばの方が好きなんです。
京女といるとどうしてもうどんになってしまう。
そんな彼女ですが、さすがに夏にあんかけは食べないな。


↑特田舎そば(冷)天ぷら付

先週末、酷暑中の墓参りをすませ、デパ地下で買い物をする前にランチ。
どこにいくにも週末だから早く考えないといけない。
並ぶのは絶対に避けたいしね。
いつもの永正亭に急行。
計算通り座れる。
座った次の瞬間、お客さんがつめかけ満席。
二人ともそばを注文。


↑田舎そば(温)天ぷら付

京女は、温かい田舎そばを注文。
結構、気に入っているのかな。
私は特田舎そば。
なにが違うって?
写真で比べていただいたらわかりますが、卵黄の有無ですね。
以前に書いたと思いますが、「温」と「冷」では、出汁の濃度が違います。
確かに冷たいそば汁の方が濃くなっています。


↑季節の野菜天せいろ

これは、違う日の京男だけのランチ。
高島屋の7階の尾張屋での食事。
私だけの時はこういうものを食べている訳じゃない。
外が土砂降りだっただった。
だから永正亭にも行けなかったのですよ。

タイトルが「2対1」になっていますが、これは値段なんです。
この尾張屋一人分と永正亭の二人分が同じ値段なんです。
すごいでしょ。
さすがに尾張屋の方はそれらしい顔つきをしているけど。
漆器の漆が剥がれていたりしていないのもいい。


↑値段は同じだったけど、野菜天にしてしまった

食べた後、自動的にそば湯もでてくるしね。
ただ悲しいかな百貨店の上なんです。
だいたいあの京回廊は、どうも好きになれない。
あの薄暗くて入り組んだ通路はいやや。
あくまで個人的感想ですけど。

あの日は、お子様同伴のお母さんときっと実家の両親なんだろうな・・・が食べに来ていた。
このお店に入るということは、ある程度裕福なんだろう。
お子様が早く食べてしまってウロウロしだした。
しかも大きな声をあげて。
それに対して親たちは何も言わない。
ああいうのが多くなった。
我が家では考えられないのです。
夫婦どちらでも、視線が合えば子供がジッとしましたから。
そういう風に躾けました。
大体子供をつれて、高級なお店には入らなかったけど。
子供が自分で注文したものは、残さず食べるのがルールでした。
だから永正亭のおばちゃんからいつも感心されましたよ。
おたくのお子さんは、しずかに綺麗に食べるとね。
インド料理なんかでも、ナンでお皿を綺麗にするように食べることを仕込みました。
いまでもそうしていると思います。もちろん私たちもです。
お皿を綺麗にするナンを残しながら食べるのは、コツがいりますよね。(笑)



よく親子連れのお母さんが子供に「食べたくなかったら、残していいよ」と言っていますよね。そういう親は、自分の料理も残している。自分たちはいいけど、それを下げた調理場の人は、悲しいじゃないですか。
京男も二、三回汁物を残したことがある。
水不足の年だった。味噌汁を飲んだらカビ臭かった。びっくりして回りのお客さんを見渡したけど、普通に食事していた。出汁をとる水ぐらい浄水器を通してほしいですよね。サラダの野菜を洗う水も。
そういう時は、残します。「もう二度とこないから!」という意味を込めて。

なんか今日はいらんことを書いてしまった。
おやかまっさんでした。

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京のきまぐれ花火

2012年08月07日 05時11分31秒 | 風景・和菓子


いま、他府県では花火大会のシーズンですね。
京都市内(京都府としてならたくさんありますけど)では、花火大会はしませんね。
花火の似合わない街なのかも。
京都市内は、狭い道や古い木造住宅が多く、火事を恐れます。
護摩焚きだって、年々貧弱になってきている。
鴨川で打ち上げ花火もできないしね。



鴨川の床あたりで、若い子が打ち上げ花火をして問題になったことがあります。
いまでは、花火やバーベキューは禁止になりましたけど。
火を使わないからといって、鴨川のところで流し素麺をされても困るけど。
そう言えば、鴨川の岸でカップルが等間隔に座るのはまだやっているのかな?
日が暮れてからあの近辺を通らないから、わかりませんが。
怖くないのかな・・・あの場所。
見えないから気楽に座っていられるのでしょうね。



京都市内で花火といえば宝ヶ池。
時々、国立京都国際会議場で打ち上げ花火をするのです。
宝ヶ池公園で打ち上げされる。
でも夏とは限らない。
なぜ?
しらべると国際会議があったりした時に主催者側の要望で業者にレセプションにあわせて、打ち上げ花火をあげるそうです。


↑千本玉寿軒「涼風」

修学院あたりの事務所が職場だった時、よく残業をしながらみていました。
ある時、あの事務所で台風の時だったかな、窓からUFOが見えたことがあった。
仲間と「あれUFOじゃない?こんな風で飛行船はないだろうし」と会話。
普通なら騒ぐじゃないですか。
でも急がしかったので作業を続けたのを覚えている。


↑これは最強のわらび系の和菓子ですね。口の中にいれるとフワッとなくなります。

そういえば、祗園祭の宵山の時も残業していた。
屋台で夜食を買いに行くのですよ。
悲しいですね。
そういえばクリスマスだってそうだ。
年末で連日徹夜の毎日で、クリスマスというよりクルシミマスだった。
二十歳代は修行の時、しかたないですよ。
仕事も一人前にできないのだしね。


↑わらび粉、くずやき

やっぱり日本の花火はいいですね。
「日本の夏」「キンチョウの夏」という感じがします。


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投げた薬は届かなかった?

2012年08月06日 03時21分02秒 | 社寺
昨日の早朝、清水寺にあがってきました。
昨年までと違い、段取りが違った。
いままでなら、なんでもなく行けたのに。
大講堂にS画伯さんとご一緒しました。
いつもこの記事に来ていただいているすーさんも来られていました。
足動力の自転車で清水坂をあがってこられた!すごい!
帰りのタクシーの車中から見るすーさんの姿が神々しかったですよ。


↑「すーさんを探せ!」この中にすーさんの後ろ姿が映っています

森管長の法話を聴いておりました。
やっぱり話がうまいと思います。
何回かに分けてメモのお裾分けをします。



今日は「投薬」の話。
「投薬」という言葉はご存知ですよね。
実は、仏教にでてくる言葉なんですよ。

お釈迦さんは、悟った後、インドのご縁のある地区に行脚された。
80歳の時、パーヴァー(現在のウッタル・プラデーシュ州のガンダク川西岸にある町パドラウナ)で鍛治屋チュンダの出したキノコ料理で食中毒になり、これはもうあかんと思わはったのでしょう。近くの村のクシナガラで娑羅双樹の下で危篤状態になられた。
※この場合の娑羅双樹は、インド特有のものです。ナツツバキとは全然違います。


↑ヒマラヤマッシュルームタルカリ(マッシュルームのカレー)。お釈迦さんは、こういうカレーをお食べになったのかも。胡麻のナンが美味しそう!

その時、お釈迦さんのお母さんが天上で知り、地上へ急行されました。
このお母さんは、摩耶夫人といいます。お釈迦さんを産んだ時の産後の肥立ちが悪く一週間ほどで亡くなっていたのです。
『リトル・ブッダ』という映画では、歌を歌いながらお釈迦さん(成人の仏陀役は、キアヌ・リーブス)を産むシーンが印象的だった。しかも誕生した仏陀がすぐに歩いていたものね。足跡から花が咲くんです。
亡くなった摩耶夫人にかわって、妹のマハーブラジャーパティーさんが仏陀を育てるのです。
高校の宗教の時間に級友小林君は「ハマー ブラジャー パンティー」と憶えていた。確かに私もそう憶えていたけど・・・・。
この小林君はテストの答にそう書いて、宗教の藤原先生に怒られていました。



なんの話だったっけ?
涅槃シーンに戻ります。
天上の摩耶夫人は、息子の命を助けるためではなく、お釈迦さんがもっと長生きして、少しでも多くの人を救うためにと、赤い袋にドラゴンボールに出てくる「仙豆」みたいな薬を入れ、お釈迦さんに飲まそうと天上から急行。
あまりにも慌てていたので、袋を三つも用意してしまった。
もう時間がない!
しかたなく、摩耶夫人は袋を地上のお釈迦さんに向かって投げました。
「給料袋」と「玉袋」は付いたのですが、肝心の「赤い袋」は、近くの樹に引っ掛かり、結局間に合いませんでした。

この時のことを「投薬」といいます。
すおく話がながくなりました。
森管長は、こういう法話をされたのではありません。
念のため。
リトル・ブッダ 【HDマスター】 [DVD]
クリエーター情報なし
IVC,Ltd.(VC)(D)

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まさる君、暑いね・・・「世間」考

2012年08月05日 03時20分46秒 | 風景
屋外は酷暑。
日の出の時は、ヒグラシが鳴いて音として涼しいのですが、午前8時ぐらいには、クマゼミが勢いよく鳴く。
でも元気よく鳴いているクマゼミの声を聞くとちょっとホッとする。
クマゼミまで弱々しくなくとちょっと不安になります。
こうなると用事がないのに外出いなくなる。
部屋にジッと閉じこもり身体が夏眠状態。
しかし思考は活発に動きます。
この時期のBGMは「水琴窟」ね。
風鈴よりも涼しくなる。


↑世間代表という感じがする

さて今回は、世間について考えた。
「三方よし」という言葉がある。
近江商人の教え、「売り手よし」「買い手よし」そして「世間よし」というものです。商売の心得として必要だと思う。
こんな簡単なことも実行されない世の中になりましたね。
いまの世の中、「株主よし」と「CEOよし」だけのように見える。
社員や協力してくれている派遣社員やパート従業員の満足なんて微塵も配慮していない。使い捨ての発送のようにみえます。
すべての会社がそうじゃないと思いたいけど。
21世紀になって12年経ちました。
いつまでも20世紀以前の発想を続けていてうまくいく訳がない。
きっとこれから世界的に激変が起こるでしょう。


↑神のお使い「海猿」じゃなかった「神猿(まさる)」

さて「三方よし」の「世間よし」というのがあります。
この「世間」とは、仏教用語であり、出世間(しゅっせけん)とあわせてこの世を二分して見る言葉である。移り変り、破壊を免れない迷いの世界という意味。
この「世間」は、西欧的「社会」とちょっと違いますよね。


↑新日吉神宮(いまひえじんぐう)の境内にある「スダジイ」という木

さらに、日本ではこの用語は一般名化して、「この世」「世の中」「社会」のことを表す用語として使われている。転じて歴史学者の阿部謹也は、日本社会が Society の訳語としての「社会」に当てはまらない性質があるとして、旧来の「世間」の呼称を採用し、西欧的「社会」との比較研究としての「世間論」を展開した。また、「世間」と書いて「よのなか」と読むこともある。


↑このスダジイの木からしたら、足下?にこんな岩が転がっていたらいややろな・・・。

「世間」は、悪い意味ではないけれど、もともと仏典のサンスクリット語の意味からすると「他と区別して、真理を覆い隠す」みたいな意味があるらしい。
自分と他者を区別して、真理を覆い隠す。それが「世間」で、それを破壊するというような意味らしい。
人間は、そういう状態に慣れてしまって、当たり前と思っている。
だから、苦しみが生じるといういうのです。

「出世」という言葉がありますね。
「地位や名誉、権力やお金を得る」ことじゃないのですよ。
そういう三次元的な欲望から解き放つという意味なんです。
「出家」というのも同じような意味。
でもそうなっていないのが、現在の世界。
澄んだ目で身分がおかれている世界を観ないといけませんね。



近江商人の「三方より」にかわって考えたのは以下のようなことです。
●「五方より」
「売り手よし」「買い手よし」「社会よし」「地球よし」「天よし」
いま、「地球よし」つまり地球の環境にとって「よし」ということは言われるようになりました。
それに加えて「天よし」も必要なんです。
小さい時、祖母から「お天道様が見てるデ。悪いことをしたらアカン」とよく言われたものです。
現在の社会のエリートたちは、そんな非科学的なことを言われて育たなかったのかな・・・。「企業コンプライアンス」が・・・なんてカタカナ語で言ってごまかすのはよくないのではないでしょうか。
弁護士に法律をさぐらせ、抜け道があったら実行するなんてのは最低のやり方ですね。企業のトップの人間性の問題は大きいと思う。
組織は、99%がトップで決まるのですから。

※本日の写真は、新日吉神宮境内

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七味麦めし?

2012年08月04日 05時07分45秒 | 
そろそろ夏休みの時期です。
学生は、長男だけになりました。
大学から電話があり「お昼になにか買って帰ろうか?」とのこと。
父親が買いに行けないからなんですよ。
「お金はあるの?」と京男。
「銀行で現金を出してきたら行ける」とのこと。
彼は、小銭しか持っていかないらしい。
偉いな・・・。


↑麦めしに七味をかけてみました。このお店の七味は香ばしくも辛くもないな・・・。


↑タンのカケラ入りスープ

長男とランチはするのは珍しいから、私が四条あたりに行くことにする。
「何を食べる?」と一応質問する。
想像通り「何でもいい」とのこと。
私の学生時代とエライ違いや。
先日、京女と次女がタンを食べに行ったそうだ。
その店はまだ行ったことがないので、行くことにする。
マルイに8階に行くなんて初めてだ。
阪急の時代に行ったことがありますが。


↑牛タンシチュー定食

行ったお店は、「牛たん伊之助」牛たん専門店なんだそうです。
昔、こういう仙台系のタンをよく食べた。
狂牛病事件でお店が少なくなりました。


↑グツグツ煮えておりました。あせって食べてはいけない雰囲気。

さて私は牛タンシチュー定食、長男は牛タン炭焼きととろろ定食を注文。
長男の牛タン炭焼きの辛子味噌というのがちょっと気になった。
久しぶりの牛タンは、美味しかった。
やっぱり京男は、肉食なんだ。
忘れていましたね。


↑大きな塊が食べたいな・・・

こういうのを食べているともっと大きなタンの塊が食べとうなりました。
腹一杯食べたい。
昔は、そんなに高くなく食べられたのにな。
家でつくるのも面倒だし。
最近、調理をする作業がとてもやりにくい。
手が腱鞘炎で力が入らないし。
早く治さないとね。
松葉杖もなくさないといけません。


↑牛タン炭焼きととろろ定食

食べ終わって、MOSAIC DINING(7・8階をそういうらしい)を見学。
高い単価なのい驚きました。
高島屋の7階もそうだけど、家族連れをターゲットにしていないのかな・・・。
長男に各々の店の売上を予想していました。
「なんでそんなことがわかるの?」と長男。
「専門だから」と京男。
彼は、父親の能力や仕事を理解していないかもね。(笑)
「いずれにしても、こういうレストランはこれから厳しいだろう」と解説。
もう百貨店の時代は終わったのかも。


↑タン炭焼きは、軽く塩味でした

そうそうご飯をお代わりする時、長男が店員さんを呼んでも店員さんは反応しない。
私が呼ぶとすぐにくる。
彼は、最近の若者風やね。
発声がしっかりしていない。
口の中でボソボソ言っている。
声は腹から出さないとね。
そして「気」をのせて。

なんだか意味不明の記事になってしまいました。
すんません。

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4%

2012年08月03日 06時05分48秒 | 和菓子
猛暑ですね。
そういう時は、ブラインドを降ろして太陽光線を少なくし、クーラーを稼動。
しかも今年からは、扇風機やサーキュレーターも稼動。
音は、「水琴窟」のCDをエンドレスで聞こえています。



水底でじっとしているイメージかな。
こういう音を聞いていると気分が落ち着きます。
そうしながら原稿を書いております。
思考があちらこちらにユラユラ漂っている。



フト「4%」という単語が頭に浮かぶ。
全宇宙・・・といっても我々の宇宙ですが・・・で完全に説明できるのは、たった4%なんだそうです。
その4%で科学者は、物理やすべての現象がすべてわかったような顔をしている。
4%の外には、どんなことが展開しているのだろう?
我々の身体のことだってよくわかっていない。
きっとそれも4%ぐらいしかわかっていないのだろう。
脳も3%しか使っていないそうです。
あとの97%は、何をしているのだろう?



人間の意識ってなんだろう?
物質の「波動性」と「粒子性」とはどういうことなのだろう?
人間の身体はどこまでが自分なんだろう?
生命とはなんだろう?
考えだすと切りがない。
なにもわかっていないのです。



知りたいことがいっぱい。
でも考えて答えがでないだろう。
ひょっとして「考える」のではなく「観じたら」理解できるのかな。
しかし96%は、自分の身体や意識に存在する。
それは事実なんです。
見えない、聞こえない、触れない、味わえない、匂いもしないだけかも。
だからといってない訳ではない。
あるわけでもない。
さて、どうやって観じようかな。


↑長久堂「水琴窟」


↑黒糖吉野羹、あかごしあん玉、備中鹿の子豆入

その前に晩ご飯を食べよう。(笑)

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