京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

乗ってみたいな宝船

2008年12月17日 04時57分02秒 | 社寺


タカラブネというてもお菓子屋さんと違うし。
あの会社はつぶれて社名がかわったな。
シュークリームをよう食べたな。
ヒロタのシュークリームも。
そういえば最近シーシーズのシュークリームを食べてないな。





話題が脱線してしもた。
もとに戻します。



ここは、上賀茂神社(正式には賀茂別雷大神/かもわけいかづちのおおかみ)。
雷(いかづち)の神さんです。昔の人は雷さんがこわかったんだろうな。
その本殿にお正月に登場する宝船です。
氏子さんが毎年つくって奉納したはるんやそうです。



宝船(たからぶね)とは、七福神が乗る宝物を積み込んだ帆船。
または、その様子を描いた図のことで新年をあらわす季語でもある。



宝船には珊瑚・金銀・宝石など、様々な宝物が積み込まれているという。
そのため宝船はおめでたい船とされ、この船に七福神が乗っている様子をかたどった置物などが縁起物として親しまれている。その帆には「獏」の字が書かれることもある。
小さい時、床の間に「打ち出の小づち」や「宝船」がおいてあった。
ひそかに池に浮かべようとねらっていたな。
打ち出の小づちは、結構振っていてスポッと抜けたことがあった。
内緒やけど・・・。



また、宝船が描かれた図には
「なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな」
(永き世の遠の眠りのみな目ざめ波乗り船の音のよきかな)
という回文歌などが書かれることがあり、正月の2日にその絵を枕の下に入れて寝ると良い初夢を見ることができると言われます。
※回文ってわかりすか?後ろから読んでも同じようにつくった文章。



数年前に初夢で、目の前でえべっさんが踊っているのを見たことがあるな。
その後ろでいっぱい商品が売れているんですよ。
夢を見ながら(夢の中の自分と、その夢の中の自分を見ている自分もいるんです。便利でしょ)
「えべっさん、私の商売は小売業と違うんやけど・・・ソフトの仕事やし。でもそんな仕事があるのをえべっさんは理解してないだろうな・・・」
と夢の中で思っていたのを昨日のことのように覚えています。



この宝船、初詣の時、この宝船をくぐって参拝すると無病息災で過ごせると伝えられています。
イメージでくぐった感じで
「来年一年、無病息災でした。ありがとうございます!」
と願いましょう。
来年なのにもう終ったイメージでお願いするのが、神さんにお願いするコツです。
神さんは、時間の観念がないそうですから。
お願い事は、過去完了形でお願いしてみてください。
それからお賽銭は、5円(御縁)が基本。
5円が10回→50円
5円が100回→500円
5円が1000回→5000円
10000回以上になったら、ゴールド会員になれるかも・・・。
コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

気づいたら冬

2008年12月16日 04時09分19秒 | 和菓子


なんかバタバタしているうちに今年も終りそう。
なんにもできてへんな~。
まあ、あせっても仕方ないけど。
またちょっと冷むなってきた。


二條若狭屋「里の冬」
聖護院かぶらを見ると京都では、千枚漬を思い出す。
意外と自分では買わへんタイプのお漬物。
贈るのが多いかも。
千枚漬は食べごろがむつかしい。


上用、こしあん


二條若狭屋「初雪」
落ち葉の上に雪が積もった情景かな。
まだ京都市内では、雪は降ってない。
霜はあるけど。


黒砂糖きんとん(山芋入)、黒つぶあん



亀屋良長「柚子万頭」上用(柚子入)、黒こしあん
柚子をリアルに表現した上用万頭。
ほのかに柚子の香りがします。


紫野源水「里の秋」
なんかかわいい家やね。
ふるさとの情景みたいなもんを感じますね。
京男や京女のふるさとは京都市内やけど。


薯蕷製、小豆こしあん入
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

たぬきうどんで暖まろ~

2008年12月15日 04時24分32秒 | 


京都でたぬきうどんといえば、ちょっと大きめの短冊に切ったお揚げさんがのったうどんをとろみをつけ、
おろし生姜をのせたものね。
これは京都以外では、通じないうどん。
京都以外で「たぬきうどん」と注文すると「ハイカラうどん」がでてきます。
ハイカラうどんは、天カスがのっただけのうどん。
天ぷらのタネなし→タネぬき→たぬき・・・となったみたい。
京都人は、こういうあんかけ系が好き。
「けいらんうどん」や「のっぺうどん」も「カレーうどん」もそうやね。



↑カレーうどん。カレーとわからんね。色が薄いからかな。お揚げさんがいっぱい。



この日は、京女と二人連れ。
彼女は、カレーうどんを食べました。珍しい。いつもたぬきなのに。
ということで私はたぬきうどん。
それとおいなりさんを二つ頼む。
なんかお揚げさんばっかりやね。好きなんですよ。



これがたぬきうどんね。
美味しいんです。



お揚げさんもいいお揚げさんです。
きっと近くのお豆腐屋さん製だろうな。
京都のお揚げさんは、やっぱり美味しいと思う。
スーパーで買ったらそうでもないけど、お豆腐屋さんで買うと美味しいですよ。



こういうお店はまだ結構残っています。
テイクアウトも店で食べることもできます。
お赤飯やおはぎも売っている時がある。



このお店は、タクシーの運転手さんも多いかな。
ということは美味しいのね。
このお店は、三十三間堂の並びにあります。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

抹茶ソフトを食べる

2008年12月14日 06時15分19秒 | 甘味・喫茶・その他
ここは、いつか茶壺の形の抹茶アイスモナカの店。
店内でちょっとした喫茶があるのです。
前から気になっていた。
義母が入院している病院へ行く途中にあるんです。
京女と双子君たちとチャレンジ。



これは「宇治茶パフェソフトDX(500円)」
宇治茶ソフトにフルーツやミルクゼリー、フレークなどがトッピングさrている。
白玉と丹波大納言、栗、ハートのウエハースと豪華なパフェ。
値段はとてもリーズナブル。



「宇治茶ソフトカップ(200円)」
下にコーンフレークが入っています。



これが「宇治茶パフェソフト(330円)」
ワッフルコーンに宇治茶ソフト、白玉、白玉と丹波大納言、栗、ハートのウエハース。
この値段でいただけるのがとってもお得。



しかもこの抹茶ソフトクリームはとてもあっさりしている。
普通こういうものを食べると後口が悪いものなんですが、すっきりした後味。



祇園あたりで並んで食べるパフェよりよほどいい。
ちょっと辺鄙な場所かもしれませんが。
抹茶の生チョコもいいですよ。


大谷園茶舗地図
コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

くぎぬきさん、たのんまっさ

2008年12月13日 04時10分23秒 | 社寺


ここは、西陣にある家隆山光明遍照院石像寺。
通称釘抜き地蔵。
結構久しぶりなんです。







でけたんが弘仁10年(819)、弘法大師さんがつくらはったお寺と伝わっています。
本堂に安置してある本尊釘抜地蔵尊は弘法大師が唐から日本に帰ってきやはったとき、
船に積んできた石に彫らはったらしい。
その当時は、種々の苦しみを抜き取ってくれはるお地蔵さんという意味で、苦抜地蔵というてたらしい。
まあ、その時代にいたことはないからようわからへんけど。



以前の記事で言い伝えを書いたから同じのをコピペします。
昔(新しい情報では、奈良天皇の御代1555~58)、市内の大商人、紀伊国屋道林が突然、両手に激痛を覚え、いろいろな治療を試みるけど治らへん。しゃーないし、このお寺の評判を聞かはって、願をかけに行かはった。



そしたらその夜、夢にお地蔵さんが出てきやはった。
「あんたさんが、前世で、人を呪って、わら人形で釘を打ったむくいや」
と言わはって、手にささった釘を抜かはったら、なんと朝には痛みがとれていた。
紀伊国屋さんは、びっくりくりくりくりきんとんや~。
ほんで、お江戸に行って高級食料品を売らはったらしい。(→紀ノ国屋)
それから和歌山からミカンを船に積んで、お江戸で本と交換して本屋を作らはった。(→紀伊国屋書店)
というのは、京男の創作です・・・。
お寺に飛んで行かはったら、なななんと!
ご本尊の前に朱に染まった八寸釘があったそうなん。
それ以来「釘抜き地蔵」と呼ばれるようになったそうなん。



八寸というても前菜と違うよ。
呪いの人型に刺す釘の長さ。
よう素人呪い人は、ホームセンターで釘を買いに行くんですわ。
その時、5寸とか8寸を5センチとか8センチと間違わハル。
違いまっせ。5寸→約15センチ、8寸→約24センチ。
ホームセンターで15センチの釘は売ってないかも。
(東急)ハンズはどうやろ・・・。







これは、「お百度参り」用の竹串ね。
これでお堂の周りの回数を数えますねん。
本来、お百度は百日間毎日参拝するやけど、急を要する祈願の時は、一日に百度参るという形で参らはるらしい。
境内にいるとたくさんの現役熟年の方々がきやはります。



なんでみんな苦しまなアカンのやろ・・・。
ちょっと考えてしもた。
といいながら、お義母ハンの件をお願いしておりました。



長州力みたいな顔のお不動さんもやはった。



↑おまけ

釘抜き地蔵地図
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

だいこ炊きどうえ~!

2008年12月12日 05時12分33秒 | 社寺


ここは千本釈迦堂(大報恩寺)。
ここは古くからあり、吉田兼好の『徒然草』にも登場します。
鎌倉初期の安貞元年(1227)、義空上人によって開創された真言宗智山派の寺院。本堂は前の戦争(もちろん応仁・文明の乱)にも奇跡的に火災を免れて創建当時の姿をとどめ、国宝に指定されている。本尊の釈迦如来も創建当時のもので行快の作。



本堂建立にあたった大工棟梁の妻、阿亀(おかめ)内助の功をしのぶ塚があります。
この話しは納得してないけど・・・。



ここで12月7~8日と「大根炊き」をやったはりました。
京都人的には「だいこ炊き」といういいかたかな。



本来は、聖護院大根にこんな風にカラメルで梵字を書いて、お釈迦さんを偲んだもの。
なんでか?
12月8日はお釈迦さんが菩提樹の下で悟りを開いた日なんだそうです。
もともとはこの聖護院大根だったらしいのですが、
・年々参拝者が多くなり聖護院大根の数を確保できなくなった
・ながく煮ると煮崩れる
というような理由で長大根でつくったはります。



この梵字は「バク」釈迦如来をあらわしています。
真言は、「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク」。



この大根炊きをいただくと、中風封じや健康増進を防ぐそうです。
中風(ちゅうふう・ちゅうぶ)というのは、最近あまり使わない言葉。
昔の病気だから現在はないかというとそうやない。
脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血等)の後遺症のことをいいます。
半身不随、片まひ、言語障害、手足のしびれを指す言葉。
「よいよい」ともいう。これも最近あまりいわへんね。





午前中の早い時間だったせいもあり、行列は少なかった。
今回は、脳梗塞で倒れた義母に大根を持って行く計画。
いつかこの大根炊きの時、お義母さんとばったり会った年もありました。



ついでに私も食べてみた。



よく味がしゅんで美味しく炊けていました。

病院に持って行き、一口食べてもらいました。
早よ、ようなってね。
コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泉涌寺の様々な形

2008年12月11日 05時28分20秒 | 社寺




泉涌寺は、境内に色んなお寺がある。
面白い形がいっぱいあります。
とても数時間で観れない。



これは、御座所庭園にある蹲踞(つくばい)。
獅子がとまっています。
どういう意味なんやろ。



これも御座所庭園にある蹲踞。
さすがやね。よくみると菊の御紋や。



この門なんかも御所っぽい感じがするな。



月輪陵(つきのわみささぎ)
四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓が営まれている。
近寄りがたい荘厳さがありますね。





仏殿
この仏殿、前の戦争(もちろん応仁の乱ね)でほとんど焼失し、現在の仏殿は、寛文8年(1668)徳川四代将軍家綱によって再建されたものだそうです。
実に堂々とした造りですね。



仏殿の側にある「浴室」
きっと蒸し風呂なんだろうな。



楊貴妃観音堂
大門入って左にあります。
このお堂に安置されている聖観音像は、像容の美しさから、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造顕された像との伝承を生み、楊貴妃観音と呼ばれて来たそうです。
別に楊貴妃を祀ったものではなさそう。



あなたも200円でべっぴんさんになれる!
いまからでも遅ないかも。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

憧れの大天ざる~♪

2008年12月10日 05時14分19秒 | 


ある日、京女と二人のランチタイムだった。
京女の好みのおうどんもいいけど、この日は大黒屋へ。



彼女は「ふきよせそば」
小海老や豆ホタテの入ったかき揚げ天ぷらと蕎麦蜂蜜入り真蒸揚げ物、
三つ葉と紅葉おろしね。
そやけどすごいな、彼女は昔、そばアレルギーだった。
このお店のお茶はそば茶なんやけど、それでも頭が痛くなっていた。
それがなんと!子供を産んでから治ったんです。
すごいですね。



私は、食べそうで食べない「大天ざる」。
これ実は憧れだった。
大体これでお腹が膨れないというのもある。



これに関しては、思い出がある。
長女が小さい時、海老が嫌いだった。
いまの長男もそうだけど。
その海老嫌いの長女がここの天ざるの海老の天ぷらを食べてから好きになった。
すごいことです。
女房の兄さんのところの長男もそうやったらしい。
やっぱり美味しいものは美味しい。子供でも理解できる。
わが家の長男はまだ食べれない。
まあ、食べてもらわんでも構へんけど・・・。



ここのそばは、色が薄い上等さんです。
コシはしっかりあります。



揚げたての海老は美味しいな~。



そばもコシがありいい感じ。
贅沢させてもらいました。
この後運ばれてきたそば湯もいただきました。

お酒が飲めたら、まず天ぷらとにしん棒甘煮やそば味噌で飲むだろうな。
それからそば寿司を少々、ざるそば、そば湯となるだろうな。
子供ができても京男はアルコールアレルギーが治らへん。(哀)
大黒屋本店地図
コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しっかり祈願した方がええかも

2008年12月09日 04時55分33秒 | 社寺

↑大師堂

昨日の今熊野観音の続き。







観音寺は「頭の観音」ともいわれ「ぼけ封じ祈願」のお寺なんだそうです。
拝んどかな、あかんエ。
「つっこみ祈願」というものいるかも。
「ぼけ」と「つっこみ」・・・漫才か~!







黄色い絨毯が敷き詰められていました。
なかなか心地よいですね。



この塔は「医聖堂」と呼ばれ、日本の医学の発展に貢献した人々を祀っており、奈良・平安時代から江戸時代までの122人の医家の氏名が刻まれた碑が塔の傍に建てられている。明治以降の医家の氏名は刻まれていないそうです。
122人の中には貝原益軒、前野良沢、杉田玄白、華岡青州、高野長英、緒方洪庵など一般によく知られている人の氏名がありました。
そういえばここは、醫道顕彰会と関係あった。
醫道顕彰会は昭和59年(1984年)に発足、奈良時代以降明治に至るまでの日本の医道各界で貢献された122の先哲、貝原益軒、前野良沢、杉田玄白、華岡青州、高野長英、緒方洪庵をはじめ、一般的に知られている人が多いですね。ここに醫道顕彰会の初代会長の平澤興・元京大総長、武見太郎・元日本医師会会長らとともに名を刻まれた。



平澤興先生懐かしい、もう一度会いたいな。
お会いした時、こんな言葉をいただいた。
みなさんにおすそ分けします。

・人物の四つの型
人物の四つの型について言うと、
一つは、やせ我慢をして、文句を言わぬ人。
二つは、素直に考えて文句を言わぬ人。
三つには、ありがたさを見つけて自分で考え直して文句を言わぬ人。
四つには、何を言われても、拝んでゆける人。
こんな人こそまさに大賢は大愚に似たりで、こうなればそれは達人の心境であり、大した者である。

・情熱と独想
情熱と独創と実行がなければ仕事をしているとは言えない。
情熱とは、仕事に対する興味と、希望と、喜びをもって、全力的にぶつかることである。

独創とは、いいつけられたことをやるだけではない。
それはたんなる経験では駄目で、寝ても覚めても考え、ひたすら仕事に対して一層よりよきことを考え出すことである。
ただ一生懸命に真面目にやるとか、熱心に仕事をするだけでは駄目で、独創とは与えられた仕事に生命をかけてよりよき道を見つけることである。
絶えず新しい事を考えて創造せよ。

実行とは、覚悟を決め、肚を据えて、目標に向かって進むことである。
かしこいことを言うだけではだめである。
実行が出来なければなにもならぬ。結局実行により成就する。

情熱と独創と実行により人間は成長する。人生に無駄はないのである。

・情熱
情熱は年と関係ない。
年をとっても、情熱は衰えるものではない。ただその燃え方は、若人と老練の人とでは違うのである。

若人の燃え方は花火式で、煮ても焼いても、びくともしない強さと、耐久力に乏しい傾向がある。

老練の人の燃え方は、いわば奥殿にともるご燈明の如く静かではあるが、その明るさとねばりにおいては、絶対のものがある。

年をとってもなお花火をもっておるが、同時にご燈明も持っているのである。

人生にはご燈明の如き情熱がなければならぬ。人の見えないものまで見る鋭さ、更に見えたものをより深く、とらわれずに考えてみることである。
これはものの道理を知る上において、何よりも大事なことである。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今熊野観音の紅葉

2008年12月08日 05時19分36秒 | 社寺


泉涌寺・・・今熊野観音
もう紅葉も終ってしまいました。
でも写真が残っています。





ここは、泉涌寺の境内、今熊野観音。
もともと、泉涌寺より大きなお寺だったそうです。



子まもり大師
大師ハン、私らも守りまっさかい、しっかり子供らを守ったってね。



ここは本堂。



弘仁年間(825年頃)に弘法大師さんが熊野権現の化身から観音霊地の霊示を受けはって、嵯峨天皇の勅願により観音像を刻んで本尊とし草堂に安置したのが当寺の創始といわれている。
また、斉衡年間(854~857年)に左大臣藤原緒嗣が伽藍を造営したとも伝えられています。



後白河法皇は本尊を深く信仰し、霊験により持病の頭痛が平癒したので、本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられ、以来、頭痛、中風、厄除けの観音として繁栄してきたといいます。

写真が多くなるので明日の続きます。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九条ねぎがいっぱい!暖まる~!

2008年12月07日 05時29分43秒 | 
寒いね~。
こんな時は、暖まる食べ物が一番。
ということで、祇をん萬屋に行きました。
ここは、ねぎうどんで有名なんです。
いつか来たときは、ねぎうどんだったから今回は違うメニューを注文してみる。



これが「えびなうどん」
ねぎうどんにお揚げさんがのっているだけなんです。
写真ではわからんやろけど、ねぎの量が半端やない。
ねぎはもちろん「九条ねぎ」。
九条ねぎは、京都の伝統野菜。
九条ねぎはまだ九条あたりの畑でとれます。
旬は、ちょうど今ごろが美味しい。
生でこれだけ入れても美味しい。
お揚げさんもお出汁も美味しい。ねぎに負けてないんですよ。



これは「ねぎあんかけうどん」
これは京都人の好みだろうな。
ねぎうどんをあんかけでトロミをつけてあるんです。
写真ではわかりにくいけど。



おろし生姜がたっぷりのっています。
まぜまぜしていただく。



とってもとってもねぎがあります。
小さい時の京男なら泣いてしまうやろな。
はい、小さい時ねぎも苦手な食べ物でした。



やっとうどんがでてきました。
うどんは、京風のうどん。
いわゆる腰のない年寄り仕様のうどんやね。
辛いカレーを食べても汗の出ない京男でも、このおうどんを食べると汗がでます。
身体もぽかぽか~♪
南座の役者さんや舞子さんや芸奴さんが食べハルのがわかります。
ノドがスッとするし。


祇をん萬屋地図



南座では、顔見せが始まっているし。
早いね。時間の経つのは。



自分の名前がないか探してしまいました。(笑)
コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ひっそりとした紅葉

2008年12月06日 05時26分27秒 | 社寺


泉涌寺・・・来迎院
ここも泉涌寺の境内のお寺。
同じ名前で大原にお寺があります。
あそこの方が紅葉で有名。
でも人が多いだろうな。
ここは大丈夫!



弘法大師が唐土で感得した三宝荒神を奉安して開いたと伝えられ、今も大師ゆかりの独鈷水がある。400年後の健保6年(1218)、月翁智鏡(がっとうちきょう)長老が堂宇を開創して泉涌寺子院とした。



高所に建つ広幅殿荒神堂には、木像荒神坐像一躯・木像護法神立像五躯(共に重文)が奉祀され、古くは皇后宮の安産祈願所となり、現在も信者が多い。また本堂に霊元天皇の御念持仏であった幻夢観音菩薩坐像も祀られているそうです。
よく見えなかった。
ここも不気味なほど静かでした。



布袋さん(ギターとか歌を唄ったりしません)がたくさんいやはりました。
なんやろね。
船でもなさそうやし。
どちらかというと鳥居じゃないかな・・・。
不思議やね。





ここにもきれいな紅葉がありました。
静かに楽しめます。





やっぱり人は少ない方がいい。
あまり少ないと不安にはなりますが。



なお境内一角に赤穂義士・大石義雄建立の茶室「含翠軒(がんすいけん)」があり、念持仏・勝軍地蔵尊は本堂に祀られている。
院内庭園には小さいながらも独特の雰囲気をかもし出しており、殊に晩秋の紅葉はすばらしいそうです。
今回は、入りませんでした。



上を見ると輝くような紅葉。
いい雰囲気でした。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

紅葉の絨毯!

2008年12月05日 04時30分44秒 | 社寺・和菓子


泉涌寺・・・善能寺
ここは、泉涌寺の境内にある善能寺。
ここまで来ると観光の人もまったくいないんです。
ちょっと恐いぐらい。
由来を引き写しておきます。



鎮守社の下段に現存する善能寺は、大同元年(806)弘法大師の創建といわれ、元西八条猪熊二階堂町に在り、平城天皇の勅願寺であった。天文24年(1555)、後奈良天皇の叡慮により泉涌寺山内に移された。



本尊は観世音菩薩で、また枳尼(だきに)尊天を祀る最初の寺ともいわれ、国稲荷神の本地仏としての信仰がある。
戦後バンダイ号をはじめ航空殉難者のみ霊をお慰めする祥空殿を建律し、御回向を続けている。
古くより洛陽三十三観音の一つに数えられ、多くの参拝者でにぎわったという。
近年、洛陽三十三観音の復興とともに、18番札所となった。



悲しいかなバンダイ号がわからない。





お堂の奥には池がありました。
水はなかったけど。





右奥に紅葉の絨毯状態があった。
誰もいなかったので座って楽しませてもらいました。


二條若狭屋「枯葉」


外郎、黒粒あん
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都五山、万寿寺の不思議

2008年12月04日 05時38分52秒 | 社寺
万寿寺というのが不思議だった。
かつて京都五山の第五位だった。
京都五山は、南禅寺(別格)、天龍寺(第一位)、相国寺(第二位)、
建仁寺(第三位)、東福寺(第四位)、万寿寺(第五位)ね。
京都五山は、臨済宗の寺格、官寺制度なんです。
足利尊氏や弟の足利直義などは禅宗を信仰したため、五山も足利将軍家が帰依していた
夢窓疎石が中心となって京都の寺院から新たに制定された。
臨済宗の寺格で京都観光寺の人気投票じゃないんです。
ここまでは、京都人も知らない人が多いだろうな。



京都五山の万寿寺以外は、いまも堂々たるお寺。
ところが、いまの万寿寺は、東福寺の塔頭(たっちゅう)なんです。

塔頭(たっちゅう)とは、禅宗の開基、高僧、祖師(開山)などの墳墓およびそれを守り、
祀るために中心伽藍(寺院の中心的な建物)周辺に設けられた小寺院のこと。
単に大寺の山内に立つ末寺をさす場合もあります。



万寿寺は、平安時代後期、白河上皇が六条内裏に建てた六条御堂にさかのぼる。
京都五山に昇格したのは、室町時代。永享6年(1434年)の火災後、衰微した。
天正年間(1573年~1592年)には五山第4位の東福寺の北側にあった三聖寺の隣地に移転した。
これは三聖寺の開山が万寿寺と同じ十地覚空と東山湛照であった縁によるものという。



三聖寺は鎌倉時代には禅宗式の大伽藍を持つ有力寺院であったが次第に衰微し、
明治6年(1873年)に万寿寺に合併された。
明治19年(1886年)には万寿寺が東福寺の塔頭となり、21世紀に至っている。



『東福寺誌』によると、明治14年(1881年)に東福寺の仏殿が焼失した際、
万寿寺にあった釈迦三尊像を東福寺に移して新しい本尊とした。
これが現在東福寺の本堂に安置される本尊釈迦三尊像で、元来は三聖寺に安置されていたものである。



このほか、東福寺境内にある愛染堂と仁王門、万寿寺入口にある鐘楼(以上、各重要文化財)も
もとは三聖寺の建物であった。昭和10年(1935年)には京都市電と東山通、
九条通の開通により境内が分断され、万寿寺は東福寺の飛び地のような位置に置かれることとなった。
なるほど・・・。
ここは、非公開なので中はみれません。
あまり広くなさそうですね。
わが家よりは広いですが。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久々のインデアン

2008年12月03日 05時10分52秒 | 


そういえば、しばらく普通の(?)カレーを食べてない。
インド料理は、実家の両親にせがまれて先日行ったけど。
やっぱりカレーライスを食べたい。
打ち合わせに行く前にインデアンの前を通ったのでフラフラ入った。
インデアンというてもいつも大阪で食べるインデアンカレーと違います。
カレーが全然違うしね。



相変わらずBGMはKBSラジオや~。
ベタベタの京都ローカル。
これも味わいやね。



この日は、エビ入り野菜カレーを注文。
待つことしばし。



来ました!
野菜カレー炒めがご飯にのっているといえばそうやけど。
食べてみるとサラッとして美味しい。



ご飯も固くで好きなタイプ。



野菜のうまみをカレーがうまくひき出しているんです。
ひさびさに満足。
インデアン地図



この後、京都ホテルオークラで打ち合わせ。
煎茶と和菓子のセットをいただきました。



どこの上生菓子がわかりません。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする