ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

農民の世界歴史(連載第41回)

2017-04-25 | 農民の世界歴史

第10章 アジア諸国の農地改革

(2)朝鮮半島における農地改革

 朝鮮半島における農地改革は第二次大戦後、日本の植民地統治からの解放後に本格化するが、建国が南北で異なる体制に分裂した関係上、必然的に農地改革も全く別の理念と枠組みで進められた。従って、農地改革においても分断の影響は著しい。

 その点、北朝鮮では当初から社会主義体制が樹立されたため、農地改革も社会主義的革命理念に沿って実行された。従って、これは本来「第8章 社会主義革命と農民」で扱うことが適切であったが、便宜上ここで触れておく。
 北朝鮮建国以来一貫して世襲的に支配権を維持する金一族は初代金日成の祖父の代までは小作人だったと見られ、元来農民出自であり、金一族体制はある種の農民王朝的な性格を持つ。そのためか、農業政策には建国以来、関心が高いと言える。
 ただ、ソ連の強い影響下に成立した北朝鮮農業政策の基本路線はソ連式の集団化であり、その路線に沿って急速な集団化が進められた点ではソ連や中国とも類似している。しかし、本格的な集団化の開始は朝鮮戦争休戦後、1960年代以降のことである。
 そこでは中国の人民公社制度にならった青山里方式と呼ばれる協同農場化が推進された。加えて、建国者金日成が提唱する「主体思想」を反映した「主体農法」なる食糧完全自給策が追求されるも、科学的な農法を軽視した高密度作付けや化学肥料の過剰使用などにより、元来農業適地が稀少な北朝鮮の農地は消耗が進んだとされる。こうした集団化の失敗はソ連や中国よりも深刻で、後に農村飢餓の要因ともなる。
 1994年の金日成没後も集団化の枠組み自体は不変と見られるが、その枠組み内で一定の農業改革が積み重ねられていることについては、続く章で社会主義的農業の改革を概観するに際して、中国との対比で改めて取り上げてみたい。

 これに対して、南の韓国では資本主義的枠組みでの自作農創設を目指した農地改革が積み重ねられたが、それは戦後日本のように占領下ではなく、樹立されたばかりの不安定な新興独立国によって内発的に行なわれたため、地主の抵抗や政情不安もあり、必ずしも容易に進まなかった。
 韓国の農地改革も米国の軍政下で着手されたが、韓国の米軍政は日本占領よりも一足早い1948年には終了したため、以後は最初の独立政府である李承晩政権に引き継がれた。1950年の農地改革法が根拠法律である。その基本理念は「小作禁止」ということにあり、有償土地分配を通じた自作農創設が目標とされた。
 ところが、同年に重なった朝鮮戦争は改革に水を差し、かつ戦時財源確保のために導入された臨時農地取得税は農地を取得した農民にとっては負担であった。結果、現物償還が奨励されるありさまであった。
 とはいえ、韓国の農地改革は戦争の苦難の中で実現され、従来の地主制はひとまず解体された。こうして小規模自作農の創設が成った点では日本とも共通するが、韓国では専業農家が多いこともあり、小規模農家の経営は容易でなかった。
 そこで、軍事クーデターで政権に就いた朴正煕大統領は60年代の干害による農村の困窮や高度成長下で広がった都市との経済格差の改善などを目指し、70年代からセマウル(新村)運動と呼ばれる農村振興策を打ち出した。
 これを通じて農家の所得増大を目指すとされたが、運動自体は長期政権を狙う朴大統領の全体主義的な統治の基盤強化という政治的な側面が強く、その具体的な成果については議論の余地がある。
 70年代後半頃になると、小規模農家が困窮や担い手不足から離農して農作業を第三者に委託する形態が増加している。これはある面から見れば逆行的な再小作化現象とも言えるが、農家が農地を貸し出している面をとらえれば資本主義的な借地農業の初発現象であり、受託者が資本企業化されればまさしく資本主義的借地農業制に展開していく芽を持っている。

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農民の世界歴史(連載第40回)

2017-04-24 | 農民の世界歴史

第10章 アジア諸国の農地改革

(1)戦後日本の農地改革

 社会主義的な農地改革が断行された諸国を除くアジア諸国の中で、最も早くに革命的な農地改革が実行されたのは、戦後日本である。しかも、それは内発的ではなく、主として米国主導の占領下で断行された「横からの革命」であったことに最大の特色がある。
 その点では、やはり戦後、ソ連軍占領下で断行されたドイツのユンカー制解体と類似した経過であるが、日本の場合は資本主義的な枠内で自作農を創設するための農地の再分配として純化されていたことも特徴的である。
 それ以前の日本の近代的農地制度は、明治維新後の地租改正を契機に急速に築かれた。すなわち、金納地租の負担に耐えられない小農民が土地を富農に譲渡して小作人に落ちていくケースが続出することで、江戸時代にはむしろ制限されていた大土地所有制が短期間で構築されたのである。
 ただ、大土地といっても狭い国土の日本では、ドイツのユンカーやラテンアメリカのアシエンダ地主のように自ら農場経営に当たるのではなく、地主は都市部に住み、小作料のみ徴収する不在地主型が多かった。
 不在・在村いずれにせよ、地主らが小作料に依存して生計を営む寄生地主制は戦前日本における農村の貧困の要因であり、戦後の占領政策においては最初に着手された改革策となった。占領軍による農地改革は二次にわたって実施される。
 その方法は、不在地主の全所有農地、在村地主の所有土地の相当部分を強制的に政府が買収し、小作人に廉価で譲渡するというものであったが、新憲法29条3項に「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と規定していながら、戦後のハイパー・インフレーションにより、地主からの買収は実質無償に等しくなり、結果としては社会主義的な農地改革に近い効果を持った。
 この改革は占領軍の超法規的な統治の下、1947年から50年までのわずか3年間で断行され、全土の小作地のほぼ80パーセントが小作人に分配された。これにより、従前の地主制度は解体され、戦後の日本農業は小土地家族農を軸とした自作農制に大転換されたのである。
 この過程は、あたかも明治維新後の地租改正後、急速に小農民層が没落していった過程をひっくり返し、今度は地主層が急速に没落していく結果となったので、実質においては「革命」と呼ぶに値するものであった。
 その経済的効果として、農村の生活水準は向上したが、実際のところ、農地の細分化により個々の農家の生産力には限界があり、兼業農家の増加、政府の保護政策による価格競争力の低下という構造問題を引き起こした。
 むしろ、日本の農地改革はその政治的な効果が大きく、土地を得た農民たちが持てる者の仲間入りを果たして保守化し、共産党のような革命政党の傘下を離れて互助的な協同組合にまとまり、戦後再編された新たなブルジョワ保守系政党の強固な支持基盤となったのであった。

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共産論(連載第27回)

2017-04-23 | 共産論[改訂第2版]

第4章 共産主義社会の実際(三):施政

(6)裁判所制度は必要なくなる:There are no needs for the court system.

◇共産主義的司法制度
 三権分立論の祖にして自らも司法官であったモンテスキューは、司法権を“恐るべき権力”とみなし、「裁判権力とは言わば無」という象徴的な表現で司法権の徹底的な抑制を説いたのだが、ブルジョワ国家では文字どおりに裁判権力を無にすることはできないことを彼は知っていたからこそ、そう比ゆ的に説いたのだった。
 ブルジョワ国家で裁判権力を無にできないのは、資本主義的貨幣経済では個人にとっても企業体にとっても「資本」となる金にまつわる紛争・犯罪が絶えることはあり得ないからにほかならない。実際、殺人のような生命に対する犯罪ですら、その動機ないし背景には金銭問題が絡んでいることが極めて多い。
 これに対して、貨幣経済が廃される共産主義社会では当然にも、金にまつわる紛争・犯罪は皆無となる。とはいえ、およそ人間社会に紛争・犯罪は付き物であるとすれば、紛争・犯罪を公的に処理する司法権力の必要性自体はなくならないであろう。
 しかし、司法制度の内実は大きく変革される。すなわち、現在我々が当然のように受け入れている裁判所という権威主義的な制度は必要なくなるだろう。それに代えて、より抑圧的でない紛争・犯罪処理制度が現れる。
 こうした共産主義的紛争・犯罪処理制度―これを広い意味で共産主義的司法制度と呼ぶことは許されるだろう―は、三権分立という発想を採らない民衆会議体制の下では、「独立」の権力ではなく、民衆会議が掌握する民衆主権の一内容ということになる。以下では、その一端を素描してみたい。

◇衡平委員と真実委員会
 共産主義的紛争・犯罪処理制度の二大支柱は、衡平委員と真実委員会である。いずれであれ、裁判所のように「判決」という形で上から強制的な解決を与えるシステムではなく、より緩やかで仲裁的な解決を目指すシステムである。
 衡平委員とは民事・家事紛争に際して、紛争当事者の間に入って双方の主張を聞き取り、調停を行なう専門委員である。原則として単独で対応するが、複雑な事件など必要に応じて二名で担当することもできる。
 ちなみに、貨幣経済が廃される共産主義社会では当然にも金銭をめぐる紛争は消滅し、法的紛争の大半は家族・親族関係の家事紛争になると予測されるため、衡平委員のような制度は適合的なはずである。
 他方、真実委員会は犯罪の真相解明に当たる合議制機関であり、特に重罪に当たる犯罪行為に関して捜査機関が捜査を遂げた後、後で述べる護民官による請求を経て招集される。機能としては、刑事裁判の真相解明に相当するが、刑事罰等の処分を下すことはなく、真相の解明・確定のみを行なうものである。(※)
 なお、衡平委員は法律家の中から各市町村ごとに任命される常勤職であり、真実委員会はより広域の地域圏ごとに法律家のほか、有識者、代議員免許を有する一般市民の中から事案ごとに選任される非常勤職である。いずれも民衆会議によって任命される。

※少年非行事案の処理に当たる少年委員の制度も想定されるが、詳細は未検討のため、ここでは割愛する。

◇矯正保護委員会
 犯罪の処理に関して最も重要なことは、刑罰という制度が廃されることである。資本主義社会において犯罪の大多数を占める金銭絡みの犯罪全般が根絶されれば、なお残る少数の犯罪は刑罰をもって制裁されるべき罪悪というよりも療法的な対応で臨むべき一種の病理であるとの科学的な犯罪認識が民衆の間にも広く行き渡るだろうからである。そうなれば、刑罰制度に代わる新しい科学的な矯正処遇の諸制度も発達していくはずである。
 それに対応して、犯罪行為者に対する矯正保護処遇を課する合議制機関として矯正保護委員会が置かれる。この制度は、先の真実委員会による解明を経て、犯罪行為者に対して医学的・心理学的・社会学的な調査を経て最適の処遇を課することを目的とする。この場合も、刑罰のような強制処分ではなく、被害者をも加えた当事者間の一種の合意に基づいて決定される。

◇護民官及びオンブズマン
 護民官とは古代ローマにおいて平民の権利利益を擁護することを重要な任務とした古い歴史を持つ公職であるが、裁判所なき共産主義的司法制度において新たにこれをよみがえらせることができる。
 ここでの新たな護民官は各地域圏ごとに任命される人身保護官として純化され、逮捕状、捜索令状その他捜査機関が請求するあらゆる令状の発行、それら強制処分に対する事後的な不服審査、特に保釈の決定権を持つ。さらには、捜査機関が捜査を遂げた事案の証拠整理と真実委員会の招集権も持つ。
 一方、オンブズマンは、あらゆる公的職務に対する監察と苦情処理、人権救済に当たる独立監察官であって、全土及び地方の各圏域民衆会議に常置される。その監察対象に聖域はなく、衡平委員や真実委員会、矯正保護委員会も不服審査対象である。
 特に真実委員会の審決に関しては護民官に対する再審議の勧告権も付与し、オンブズマンの勧告を受けた護民官は真実委員会を再招集することができる。これは裁判制度における再審に相応するプロセスである。

◇法令解釈委員会
 あらゆる紛争・犯罪処理のプロセスにおいては、該当する法令の解釈をめぐって争いが起きることもある。三権分立テーゼの下では、立法府が立法した法律の解釈を独立した司法権に丸投げするという処理が常識化しているが、民衆会議体制はそのような非民主的・無責任な対処はせず、法令解釈に関する紛争を審理する機関として、各圏域民衆会議に設置される法令解釈委員会がある。
 これは民衆会議の一機関ながら、憲章(憲法)はじめ、法令全般に関する最終的な有権解釈権を持つ特別の委員会であり、その委員は全員が法律家で構成され、民衆会議特別代議員の地位を持つ。特別代議員は民衆会議の審議に参加するが、票決権は持たないオブザーバー職である。

◇民衆会議弾劾法廷
 唯一例外的な裁判所制度として、民衆会議代議員及び民衆会議が任命する公職者の汚職、職権乱用等の職務犯罪を審理する特別法廷を設置する。ただし、弾劾法廷の判決は刑罰ではなく、公民権停止・剥奪という形で示されるので、刑事裁判所よりは行政裁判所に近い性格を持つ。
 民衆会議弾劾法廷は事案ごとに各圏域民衆会議の決議に基づいて設置される非常置の法廷であり、捜査・訴追に当たる検事団及び判事団は民衆会議が任命する法律家で構成される。

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南アフリカ憲法照覧(連載第61回)

2017-04-21 | 南アフリカ憲法照覧

Police

第二〇五条以下は、警察の任務と統制に関する規定である。憲法上、警察に関する規定がこれほど充実している憲法は珍しいが、これもアパルトヘイト時代、人種差別的弾圧の先兵を務めた警察の立憲的統制が重要課題であることの現れであろう。

205. Police service

1. The national police service must be structured to function in the national, provincial and, where appropriate, local spheres of government.

2. National legislation must establish the powers and functions of the police service and must enable the police service to discharge its responsibilities effectively, taking into account the requirements of the provinces.

3. The objects of the police service are to prevent, combat and investigate crime, to maintain public order, to protect and secure the inhabitants of the Republic and their property, and to uphold and enforce the law.

 警察業務と題する本条は、警察の組織・任務について規定している。それによると、南ア警察は国家警察として国・州・市の各レベルで機能する一元的組織である。連邦制を採用する国としては珍しい構成と言える。

206. Political responsibility

1. A member of the Cabinet must be responsible for policing and must determine national policing policy after consulting the provincial governments and taking into account the policing needs and priorities of the provinces as determined by the provincial executives.

2. The national policing policy may make provision for different policies in respect of different provinces after taking into account the policing needs and priorities of these provinces.

3. Each province is entitled —

a. to monitor police conduct;

b. to oversee the effectiveness and efficiency of the police service, including receiving reports on the police service;

c. to promote good relations between the police and the community;

d. to assess the effectiveness of visible policing; and

e. to liaise with the Cabinet member responsible for policing with respect to crime and policing in the province.

4. A provincial executive is responsible for policing functions —

a. vested in it by this Chapter;

b. assigned to it in terms of national legislation; and

c. allocated to it in the national policing policy.

5. In order to perform the functions set out in subsection (3), a province —

a. may investigate, or appoint a commission of inquiry into, any complaints of police inefficiency or a breakdown in relations between the police and any community; and

b. must make recommendations to the Cabinet member responsible for policing.

6. On receipt of a complaint lodged by a provincial executive, an independent police complaints body established by national legislation must investigate any alleged misconduct of, or offence committed by, a member of the police service in the province.

7. National legislation must provide a framework for the establishment, powers, functions and control of municipal police services.

8. A committee composed of the Cabinet member and the members of the Executive Councils responsible for policing must be established to ensure effective co-ordination of the police service and effective co-operation among the spheres of government.

9. A provincial legislature may require the provincial commissioner of the province to appear before it or any of its committees to answer questions.

 政治的責任と題する本条は、警察に対する政治責任を規定している。とりわけ各州が国家警察の運営・監督に関与する権限と制度について詳細に規定する。これは州警察を持たないがゆえの策として、国家警察を州と協調的に管理運営する趣旨である。

207. Control of police service

1. The President as head of the national executive must appoint a woman or a man as the National Commissioner of the police service, to control and manage the police service.

2. The National Commissioner must exercise control over and manage the police service in accordance with the national policing policy and the directions of the Cabinet member responsible for policing.

3. The National Commissioner, with the concurrence of the provincial executive, must appoint a woman or a man as the provincial commissioner for that province, but if the National Commissioner and the provincial executive are unable to agree on the appointment, the Cabinet member responsible for policing must mediate between the parties.

4. The provincial commissioners are responsible for policing in their respective provinces —

a. as prescribed by national legislation; and

b. subject to the power of the National Commissioner to exercise control over and manage the police service in terms of subsection (2).

5. The provincial commissioner must report to the provincial legislature annually on policing in the province, and must send a copy of the report to the National Commissioner.

6. If the provincial commissioner has lost the confidence of the provincial executive, that executive may institute appropriate proceedings for the removal or transfer of, or disciplinary action against, that commissioner, in accordance with national legislation.

 警察業務の統制と題する本条は、警察の指揮系統に関する規定である。それによると、大統領→警察担当閣僚→国家警察総監→州警察長官となる。国家警察総監は大統領が任命する。州警察長官は国家警察総監の権限に服する。

208. Police civilian secretariat

 A civilian secretariat for the police service must be established by national legislation to function under the direction of the Cabinet member responsible for policing.

 警察官房長と題する本条は、警察担当大臣の指揮下で警察行政を統括する背広の警察行政官に関する規定である。防衛官房長に相応する役職である。

Intelligence

第11章最後の二か条は、諜報機関に関する規定である。軍・警察に比べ簡素ながら、諜報機関に関する規定が憲法に規定されるのも珍しい。

209. Establishment and control of intelligence services

1. Any intelligence service, other than any intelligence division of the defence force or police service, may be established only by the President, as head of the national executive, and only in terms of national legislation.

2. The President as head of the national executive must appoint a woman or a man as head of each intelligence service established in terms of subsection (1), and must either assume political responsibility for the control and direction of any of those services, or designate a member of the Cabinet to assume that responsibility.

 諜報機関の設置及び統制と題する本条によると、いかなる諜報機関も法律に基づき大統領によってのみ設置され、大統領がその統制・指揮に政治責任を負う。

210. Powers, functions and monitoring

National legislation must regulate the objects, powers and functions of the intelligence services, including any intelligence division of the defence force or police service, and must provide for —

a. the co-ordination of all intelligence services; and

b. civilian monitoring of the activities of those services by an inspector appointed by the President, as head of the national executive, and approved by a resolution adopted by the National Assembly with a supporting vote of at least two thirds of its members.

 権限、任務及び監察と題する本条は、あらゆる諜報機関の協調、大統領が国民議会の三分の二以上の承認に基づき任命する監察官による監察を法律をもって定めるべきことを規定している。

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不具者の世界歴史(連載第15回)

2017-04-19 | 不具者の世界歴史

Ⅲ 見世物の時代

中近世日本の盲人組織
 中近世日本の障碍者の中で、視覚障碍者は特別な地位を持つようになっていた。いわゆる盲官の制度化である。その起源は9世紀、視覚障碍者を集めて琵琶や詩歌を教授していた自らも失明者の皇族人康〔さねやす〕親王の没後、近侍していた視覚障碍者らが盲官に任命されたことにあるとされる。その最高職を検校〔けんぎょう〕といった。
 さらに室町時代、足利一門でもあった明石覚一検校が幕府公認の盲人互助組織として当道座を創立したことで、視覚障碍者の組織化が進んだ。ただし、当道座は女性の加入を認めなかったため、女性視覚障碍者専用の座として瞽女〔ごぜ〕が組織された。
 こうした視覚障碍者の組織は楽器演奏を中心とする芸能組合的な性格が強く、欧米のフリーク・ショウほどの派手さや興行性はないものの、互助的な一種の職能組合として発達を遂げていった。特に当道座は検校を頂点に複雑な階級制をもって規律される日本的な身分制組織となる。
 ちなみに、映画『座頭市』で知られる座頭も当道座の上位階級の一つであり、まさに中世的職能組合である「座」の性格を反映した名称と言える。
 江戸時代には民衆統制の手段として、幕府は当道座を保護し、視覚障碍者の加入を奨励したため、座は隆盛を極めた。統率者たる検校の地位と権限は高まるとともに、階級の売買慣行により金銭腐敗も進んだ。また金融業務さえ認可されたため、武士相手の高利貸となる検校も現れるなど、当道座には当初の目的を越えた逸脱も見られた。
 もちろん、検校の中には本業である音楽や鍼灸で名声を博した「正統派」検校も多数いた。中でも独特の地位を築いたのは国学者となった塙保己一検校である。彼は検校となるに必要な素養である音楽や鍼灸などの本業が苦手だったため、やむなく視覚障碍者ではハンディーの多い学問の道に進み、そこで才覚が花開いた稀有の人であり、視覚障碍を持つ学者の先駆けでもあった。
 一方、瞽女は当道座のように幕府の公認を受けなかったため、地方ごとの民間の座としての性格が強く、三味線演奏を中心に地方巡業の旅芸人一座として活動した。一部は地方の藩から屋敷の支給や扶持などの公的庇護を受け得た一方で、収益のためいかがわしい性的サービスに依存することもあったようである。
 いずれにせよ、こうした盲人の組織化は中世的な座の形態の限界内ではあれ、視覚障碍者が手に職を身につけ、生計を立てるための手段としてはほぼ唯一のものであった。それを幕藩体制が公認・庇護した限りでは、これも障碍者保護政策の先取りと言える側面を持っていたのである。

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不具者の世界歴史(連載第14回)

2017-04-18 | 不具者の世界歴史

Ⅲ 見世物の時代

芸人としての障碍者
 不具者が悪魔化された時代とまだ並行する形ではあるが、欧州では障碍者が娯楽としての見世物に動員されるような潮流が起きてくる。大衆芸能の誕生である。大衆芸能のすべてが障碍者によって担われたわけではもちろんないが、初期大衆芸能で、障碍者は重要な役を演じた。その中心は、重度身体障碍者である。
 例えば、イタリア人の結合双生児ラザルスとヨアネスのコロレド兄弟は欧州各地からトルコまでツアー活動をした。英国チャールズ1世の宮廷にも招聘されたかれらの活動はまだ大衆芸能として明確な形を取っていなかったが、かれらより少し後の世代になるドイツ出身の芸人マティアス・ブヒンガーは、障碍者大衆芸人の草分けである。
 ブヒンガーは生まれつき両手両足を欠く重度障碍者であった。そのような障碍にもかかわらず、彼は練達の手品師でもあり、カリグラファー(西洋書道家)、楽器演奏家でさえあった。彼は当初、北ヨーロッパの王侯貴族相手の芸人として活動した後、渡英し、ジョージ1世の御目見えを願うも実現せず、アイルランドに移って大衆芸能活動を開始したのである。彼はたちまち大人気を博し、時の人となった。
 ブヒンガーは重度障碍にもかかわらず、四回結婚し少なくとも14人の子を残したほか、多数の愛人との間にも婚外子を残したと伝えられるほど、私生活もまさしく派手なる芸人であった。おそらく現代まで含め、ブヒンガーは障碍者芸人として最も成功した人物である。
 こうした障碍者芸人をはじめ奇抜な見世物で大衆を沸かせるショウはフリーク・ショウと呼ばれるようになるが、こうしやショウの発祥地はテューダー朝時代の英国だったと言われている。その後、フリーク・ショウは資本主義の発達とともに、19世紀の英国と米国で隆盛化し、ショウ・ビジネスとして確立されていく。
 その時代のことは後に別の形で言及するが、こうしたフリーク・ショウに動員される障碍者は上述のように重度身体障碍者が多かった。これは、重度身体障碍者の外見が悪い意味で大衆の興味を引いたからにほかならない。
 その面だけを眺めれば、フリーク・ショウは現代的基準では人権上も人道上も許容できない障碍者差別的な興行と言えるが、障碍者福祉の観念もなく、まだ悪魔化の時代も去っていなかった状況下、それまではほぼ自宅に閉じ込もるか、最悪抹殺されていた重度障碍者たちにとって、大衆芸能は生き延びる手段であった。
 その意味では、フリーク・ショウは障碍者にとってはある種の「社会参加」の萌芽であり、それが隆盛化していく時代―見世物の時代―とは、障碍者を「保護」する次代への架け橋ともなるような新時代であったとも言えるのである。

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不具者の世界歴史(連載第13回)

2017-04-17 | 不具者の世界歴史

Ⅱ 悪魔化の時代

高貴な醜形者たち
 容姿の美醜評価は文化的な美意識の規準によるところが大きいとはいえ、当該民族集団の価値尺度に照らして明らかに醜形とまなざされる人間は、社会的には不具者に等しい扱いを受ける運命にあってきた。悪魔化の時代には、まさに悪魔とみなされたかもしれない。
 これについても、一般庶民の実例は記録に残らないため、何も語ることはできないが、ここでは歴史上記録に残された高貴な醜形者のうち、成功者と失敗者をそれぞれヨーロッパと日本の事例から二人ずつ取り上げてみよう。

 まずヨーロッパからは、いずれも大国の王妃の事例である。一人は、英国テューダー朝ヘンリー8世の四番目の王妃となったアン・オブ・クレーブスである。彼女はドイツのプロテスタント上流貴族の娘で、反カトリックの宗教改革を断行したヘンリー8世にふさわしい妃をという重臣トマス・クロムウェルの差配で嫁いできた。
 ところが、事前に宮廷画家ハンス・ホルバインに美しく描かせたアンの肖像画と食い違う醜形であったことに激怒したヘンリーにより半年で離婚となり、クロムウェルは責任を問われ処刑、ホルバインも追放という宮廷を揺るがす大醜態に発展してしまう。
 写真の発明がまだ遠かった時代ゆえの悲劇と言えるが、実際のアンはさほど醜形ではなかったとの証言、単に身勝手なヘンリーの好みに合わなかっただけという説もある。少なくともアンは性格は善良で、離婚後も死去するまで英王族として遇され、ヘンリー自身も罪悪感からかアンに所領と年金を保障して面倒を見たのであった。
 一方、スペインのボルボン朝カルロス4世の王妃マリア・ルイサ・デ・パルマは醜形を逆手に取って成功者となった。彼女も元来はさほど醜形ではなかったとされるが、度重なる出産と加齢により次第に容色が酷く衰えたされる。
 実際、著名な宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤが手がけたマリア・ルイサの肖像画は王妃の肖像画としては異例なほど醜さを強調したものとなっている。マリア・ルイサは弱体な君主である夫に代わって宮廷を支配し、事実上女王のごとく傲慢に振舞っており、国民の評判は悪かった。
 ゴヤの筆致はこうした彼女の悪性格を率直に反映したものとも言われるが、マリア・ルイサ自身はこうしたゴヤの筆致に立腹するどころか、満足していたと言われる。自身の権勢への絶大なる自信からかもしれない。
 しかし、晩年のマリア・ルイサはナポレオンのスペイン支配に屈し、退位を強いられた夫とともに国外に亡命、フランスを経て、イタリアで客死する運命をたどった。

 日本からは、まず大成功者として豊臣秀吉が挙げられる。秀吉の容姿に関しては様々な説があるが、「猿」という有名な蔑視的異名からしても、醜形だったと考えられる。ある程度客観的な外国人による描写でも、ポルトガル人司祭ルイス・フロイスは、秀吉の容姿について「低身長かつ醜悪な容貌の持ち主で、片手には六本の指があった」と記している。
 価値尺度の異なる外国人からも、秀吉は醜形とまなざされていたことになる。ちなみに六本指とは手足の先天性形状異常である多指症を示唆するものであり、これが真実とすれば秀吉は軽度ながら身体障碍者でもあったことになろう。
 とはいえ、日本人にとってはよく周知のとおり、秀吉はこうしたハンディーをものともせず天下人となり、全国の大名にその威令を行き渡らせたのであった。彼自身、「予は醜い顔をし、五体も貧弱だが、予の日本における成功を忘れるでないぞ」と誇ったと伝えられるように、醜形を逆手にとって成功者となったようである。
 秀吉とは対照的に失敗者となったのは、徳川家康の六男松平忠輝である。彼は武将として有能だったが、終生にわたり父家康からその容貌を理由に嫌悪されたと言われる。その容貌とは、生まれた時、「色きわめて黒く、まなじりさかさまに裂けて恐しげ」というもので、家康はそのために忠輝を捨て子扱いしたと伝わる。
 これは脚色まじりの中近世特有の大袈裟な悪魔化描写であり、信憑性は疑問である。ただ、伊達家との姻戚関係構築のため、幼い忠輝を伊達政宗の娘と政略的な幼児婚に供したのは、ある意味で「捨て子」であった。
 ちなみに、家康は同じく疎外した次男結城秀康が梅毒の進行で鼻が欠けてしまったのを付け鼻で隠しているのを知り、「病気で体が欠損することは自然であり、恥でない。武士は外見ではない。ただ精神を研ぎ、学識に富むことこそ肝要」と諭したと伝えられる。
 これは伝説的な逸話に近いが、「見目より心」の格言にも通じる武士道的な価値基準を示している。家康が別の息子の忠輝を容貌のゆえに疎外したとすると、逸話とも矛盾するので、忠輝疎外には他の理由があったのかもしれない。
 疎外されながらも、やはりプリンスであった忠輝は越後高田藩75万石の大大名に栄進しているが、家康死去の直後、兄の2代将軍秀忠によって大坂夏の陣の際の遅参等を理由に改易されてしまう。以後は長い配流余生を静かに送り、最期を諏訪で迎えるが、享年92歳は近世異例の長寿で、家康の男女多子の中で一番最後まで生き延びたという点では、忠輝は「成功者」だったのかもしれない。

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「遡及逮捕」と無罪推定

2017-04-16 | 時評

千葉県下で外国籍の少女が誘拐・殺害された事件は、地元小学校保護者会長氏が死体遺棄で逮捕されるという衝撃的事態に発展した。ミステリードラマ顔負けの思いがけない人物だったため、注目の高さはわかるが、現時点では「死体遺棄」の容疑にとどまっている。

最近の警察の殺人事件捜査として、このように時間的には後の死体遺棄容疑でまず逮捕し、取調べを経て本命の殺人罪で再逮捕するというやり方が常態化しているようである。これは別件逮捕とまで言えないが、本来一体的な殺人・死体遺棄を分割して、後ろの死体遺棄から遡っていくというややずるいやり方である。

業界的にどう呼ぶのか知らないが、あえて言えば時間的に遡る「遡及逮捕」である。おそらく本命の殺人容疑が固まっていないので、まず簡単な死体遺棄で挙げておいて、取調べで殺人を自白させてからおもむろに殺人罪で逮捕しようという算段なのだろう。その限りでは、別件逮捕の変則版とも言える。

そもそもすでに拘束した人を(釈放せずに)「再逮捕」するというのも手品のようで不思議な日本の慣例であるが―すでに留置されている人に改めて逃亡や罪証隠滅の危険は生じないはずだから―、それをおいても死体遺棄から遡るやり方は自白偏重捜査の名残ではないかと懸念される。

だが、もっと問題なのは、死体遺棄で逮捕されただけで早くも殺人の「犯人」と断じて、報道洪水を起こすメディア総体である。このような推定無罪無視の早まった犯人視報道は日本の犯罪報道の宿痾だが、いっこうに正される気配がないのはどうしてだろうか。

こうした報道悪習が数々の冤罪事件を生み出してきた歴史は、顧みられていない。冤罪確定の時だけ一転して「さん」付けでもって名誉回復報道をしても時遅すぎ、かつ白々しい。たとえ今回は冤罪でないとしても、推定無罪は全事件において貫徹されるべき例外なき鉄則である。

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南アフリカ憲法照覧(連載第60回)

2017-04-13 | 南アフリカ憲法照覧

Defence

第二〇〇条以下には、軍の目的や指揮系統、組織等に関するかなり具体的な規定が収められている。これは、先述したように軍に対して憲法的統制を及ぼす趣旨である。

200. Defence force

1. The defence force must be structured and managed as a disciplined military force.

2. The primary object of the defence force is to defend and protect the Republic, its territorial integrity and its people in accordance with the Constitution and the principles of international law regulating the use of force.

 防衛軍と題する本条は、軍の性格と目的について定めた総則的規定である。第二項で、憲法と国際法に従うことが明記されている。

201. Political responsibility

1. A member of the Cabinet must be responsible for defence.

2. Only the President, as head of the national executive, may authorise the employment of the defence force —

a. in co-operation with the police service;

b. in defence of the Republic; or

c. in fulfilment of an international obligation.

3. When the defence force is employed for any purpose mentioned in subsection (2), the President must inform Parliament, promptly and in appropriate detail, of —

a. the reasons for the employment of the defence force;

b. any place where the force is being employed;

c. the number of people involved; and

d. the period for which the force is expected to be employed.

4. If Parliament does not sit during the first seven days after the defence force is employed as envisaged in subsection (2), the President must provide the information required in subsection (3) to the appropriate oversight committee.

 政治的責任と題する本条は、軍に対する政治の優位性を定めている。すなわち、防衛担当閣僚の任命、大統領の派兵権及び議会への報告義務である。軍の暴走を防ぐ趣旨である。

202. Command of defence force

1. The President as head of the national executive is Commander-in-Chief of the defence force, and must appoint the Military Command of the defence force.

2. Command of the defence force must be exercised in accordance with the directions of the Cabinet member responsible for defence, under the authority of the President.

 防衛軍の指揮と題する本条は、軍の指揮系統について簡潔に定めている。すなわち、最高司令官大統領→防衛担当閣僚→防衛軍総司令部である。オーソドクスな文民統制の原則でもある。

203. State of national defence

1. The President as head of the national executive may declare a state of national defence, and must inform Parliament promptly and in appropriate detail of —

a. The reasons for the declaration;

b. any place where the defence force is being employed; and

c. the number of people involved.

2. If Parliament is not sitting when a state of national defence is declared, the President must summon Parliament to an extraordinary sitting within seven days of the declaration.

3. A declaration of a state of national defence lapses unless it is approved by Parliament within seven days of the declaration.

 国防の状態と題する本条は、軍最高司令官大統領が軍の展開状況等の現状を宣言し、議会で承認を得る義務について定めている。これも、第二〇一条で定める軍の政治的責任の一環である。

204. Defence civilian secretariat

A civilian secretariat for defence must be established by national legislation to function under the direction of the Cabinet member responsible for defence.

 防衛官房長と題する本条は、防衛担当閣僚の命令下で機能する文官についての規定である。これも、文民統制を徹底する趣旨である。

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「ハンバーガー外交」を

2017-04-12 | 時評

朝鮮戦争危機をメディアで煽る専門家を称する人々には辟易する。専門家というなら、なぜ軍事衝突を回避するための知恵を出さずして、戦争シナリオばかり並べてみせるのか。

思えば、第三次世界大戦化の危険もあった朝鮮戦争が休戦して60年以上が過ぎ、戦争の惨状を知る人も少なくなった。当時を知る人なら、戦争危機を煽るような真似をしないだろう。戦争を知らないから、ゲーム感覚でシナリオを描いてみせることができるのだ。これこそが、本当の「平和ボケ」症状である。

その点、トランプ大統領は選挙中、朝鮮の金正恩委員長と“ハンバーガーを食べながら”核交渉したいと言っていた。また、プーチン大統領を好感し―その是非はともあれ―、対露関係改善を目指すことも事実上の公約だったはずだ。いずれにせよ、首脳の直接対話で危機を解決するのは良いことである。

もっと熾烈だった米ソ冷戦時代ですら、米ソ首脳が直接対話で危機を回避した事例は、キューバ危機をはじめ数多い。冷戦終結直後、93‐94年の朝鮮半島危機でも、当時のクリントン政権はカーター元大統領を特使として派遣し、金日成主席(当時)と直接交渉して危機を収めた。

近年の首脳たちは友好国同志なら必要以上に「蜜月」を過剰演出する一方、敵対国相手となると直接対話を避け、互いに非難の応酬を繰り広げることが多い。為政者らもコミュニケーションが苦手な傾向にあるのかもしれない。

トランプの公約に良い点があったとすれば、首脳対話で解決しようとする姿勢の一端が見えていたことだが、どうもここへ来て撤回され、安易な軍事攻撃で事を済まそうとする流れが見える。早くも見えてきた政権の行き詰まり打開策だとすれば、あまりにもあざとい。

「ハンバーガー外交」、大いに結構ではないか。少なくとも、アメリカは正副大統領経験者級の特使を派遣して、説得に当たることくらいはできるはずである。

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