ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

共産論(連載第46回)

2017-06-24 | 共産論[改訂第2版]

第8章 新しい革命運動

(1)革命の主体は民衆だ(続)

◇「プロレタリア革命」の脱構築
 著しく困難な「プロレタリア革命」など潔く断念し、労働者階級の側から資本主義に順応するということがいわゆる「社会民主主義」の道であり、実は今日の世界の残存共産党(ソ連邦解体以降も残存する各国共産党)の多くも、「現実主義」の名の下、明示的または黙示的にこのような社民主義的転回を図ってきたところである。
 しかし、ここではそうした自己放棄的なあきらめの「現実主義」には乗らず、どこまでも共産主義への道を模索してみることにしたい。そのためには「プロレタリア革命」を従来とは異なる名辞と方法論とによって、脱構築しなければならない。

◇「搾取」という共通標識
 ここで最初に確認すべきは、共産主義革命の潜勢的な中心主体はあくまでも労働者階級だという鉄則である。ところが、上述のように今日の労働者階級は深く分断されている。しかしこれを再統一することを可能にする標識がある。それが第3章でも論じた「搾取」である。
 その点、資本主義的用語法では「搾取」の意味を矮小化し、極端に隷従的な低賃金労働の場合に限定しようとするが、第3章でも見たように、相対的な高賃金の労働者でも実際には様々な名目でかなりの不払労働を強いられており、「搾取」されているのであった。
 搾取されていることにおいて、一般労働者層と上級労働者層、一般労働者層中の安定層と不安定層、さらには民間労働者と公務労働者の間にも本質的な差異はない。差異があるとすれば、搾取の表れ方である。すなわち低賃金搾取で生計が立たず貧困に陥るか、高賃金搾取によって生計は立つが疲労困ばいし、過労死/過労自殺に至るか、その差にすぎない。
 また安定層と不安定層の差異も、正規労働者に対する解雇規制の緩和や正規労働者の賃金抑制―中小企業では従来からそうなっている―によって一挙に相対化されていく。
 他方、現職労働者層と退職労働者層の世代間対立の止揚はなかなか困難である。しかしこれも「搾取の日延べ」という観点から一定の解決はつくように思われる。
 つまり、退職労働者層の年金給付額は、納めた保険料とともに現職当時の賃金水準を標準に算定されるから、現職時に低賃金で搾取されれば将来の年金受給額も低水準にとどまる。このように老齢年金とは老後まで続く「搾取の日延べ」にほかならない。このことは、受給と負担の関係が完全に対応する自己責任主義的な所得比例方式の年金制度が導入されればいっそう明瞭になる。
 従って、現職労働者が着々と納めた年金保険料に支えられた年金収入でのうのうと暮らす退職者というイメージは正確でない。現実には年金だけでは足りず、生活難に陥る高齢者も多い。それは将来のあなたや私の姿かもしれないのである。

◇民衆の革命
 それにしても、「労働者階級」というようなくくり方がもはやリアリティーを持ちにくい時代である。そこで「搾取」を共通標識に統一されるべき新しい名辞として、「民衆」を提示してみたい。民衆こそ、共産主義革命の主体である。
 ちなみに、「民衆」の類語に「大衆」がある。しかし、ここでは「民衆」と「大衆」を明確に区別する。「大衆」とは政治的に覚醒しておらず、浮動的であるがゆえに扇動されやすく、最悪の場合ファシズムへ誘い込まれるバラバラの個人から成る群衆、言わば烏合の衆にすぎない。
 これに対し、「民衆」は政治的に覚醒した革命的階級として連帯・結合した諸個人の凝集である。その中核を成すのは賃労働者であるが、それに限らず貧農・小農、無産知識人、零細資本家等々、およそ資本の法則に痛めつけられ、共産主義社会の実現により活路を見出さんとする人々全般を包摂するのが「民衆」である。
 そして今日では、各国ともこうした民衆こそが人口構成上もおおむね多数派を形成しているのである。よって、このような真の―少数派をも包み込んだ―多数派たる民衆の名において実行されるのが、共産主義革命である。要するに、それは「民衆による、民衆のための、民衆の革命」という標語にまとめることができるであろう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

共産論(連載第45回)

2017-06-23 | 共産論[改訂第2版]

第8章 新しい革命運動
Chapter 8  The New Revolutionary Movement

共産主義を青い鳥に終わらせないためには、古い革命の常識(=武装したプロレタリア革命)を破る新しい名辞と方法論を伴った新しい革命運動が必要である。それはどのようなものであり得るか?


(1)革命の主体は民衆だ:The leading actors of revolution are the common people.

◇「革命」という政治事業
 前章まで、共産主義社会の実際をかなり具体的に叙述してきたつもりであるが、その共産主義はそもそもいかにして実現されるか、という大問題がまだ残されている。この大問題を解決できなければ共産主義などしょせん手の届かぬ青い鳥にすぎないことになろう。
 そこでまず、第1章で論じたことを振り返ってみたい。そこでは、資本主義の生命力は強く、自壊するようなことはないが、この「近代的な」経済システムは重大な限界を露呈している、と論じた。
 従って、もし我々が資本主義に異議を申し立てるにとどまらず、資本主義に見切りをつけ共産主義社会の実現を本気で望むならば―あえて望まないという方には、本章及び次章は不要かもしれない―、ひとまず「革命」という政治事業によって人為的に資本主義と決別しなければならないのである。では、その革命を誰が主導するのか。この問いに対する回答をめぐっての議論である。

◇マルクス主義的模範回答
 「正統的」と目されるマルクス主義の理論によれば、共産主義革命の主体は労働者階級(プロレタリアート)である。この回答は政治経済学的にはなお間違ってはいない。というのも、資本主義はその表面の姿形をどれほど変えようと根本的な次元ではブルジョワジーとプロレタリアートの階級対立を止揚し得ないからである。
 今日、発達した資本主義諸国では労使協調路線が定着してきているが、これは「右肩上がり」の時代の総資本が労働分配率を高め、相対的な高賃金経営を実現し得た蜜月時代の名残にすぎず、日本における「失われた10年」や世界大不況のような経済危機に直面すればたちまちにして賃金奴隷制の過酷な構造が表面化してくる。
 資本の論理に最も痛めつけられるのは賃労働者たちである、という事実はほとんど世界中で普遍的な政治経済学法則である。となると、資本主義を最終的に終わらせることに最も強い理由を持っているのも賃労働者=賃金奴隷たちであって、共産主義社会の実現を目指すプロレタリア革命とは賃金奴隷たちの蜂起だということになりそうである。

◇困難な「プロレタリア革命」
 しかしながら、以上はあくまでも政治経済学的な理屈のうえでの革命主体論であって、社会力学的に見ると「プロレタリア革命」はもはや成立し難い。なぜか。まず何よりも今日の労働者階級はこれを一つの階級的利害だけでまとめ上げることができないほど深く分断されているからである。
 この分断は第一に、現職労働者の内部で一般労働者層と上級労働者層との二極化という形で生じている。前者はおおむね現業部門のノン・キャリア労働者であるが、後者は将来の経営幹部候補のキャリア労働者である。この両者は同じ労働者であっても置かれている位相が異なっており、上級労働者は全般に高学歴・高賃金であり、賃労働者でありながら将来の経営幹部候補として資本の論理を完全に身につけ、管理職の道を歩むエリートである。かれらは一般労働者層に対して優越的であり、時として敵対的でさえあり得る。
 この分断は株式会社制度の発達とともに長い歴史を持つが、それに加え、近年は一般労働者層内部でも相対的な安定層と不安定層の二極分解が目立ち始めた。安定層は労組に加入し、何とか団結力を保っているが、不安定層は未組織で断片化された非正規労働者が多く、両者の利害は対立しがちである。
 さらに現代では国や地方自治体のような公権力も多くの賃労働者を雇用しているが、これらの公務労働者(いわゆる公務員)は民間資本の活動を監督する立場にあって、学歴・賃金水準も相対的に高く、賃労働者はこうした官民のセクターによっても分断されている。ただし、公務労働者内部も民間以上に明瞭な一般職と上級職の階級差、近時は常勤の安定層と非常勤・有期の不安定層によっても分断されてきている。
 こうした現職労働者内部の分断に加えて、老齢年金制度の整備に伴い、現職労働者層と退職労働者層の分断も深まっている。すなわち将来の年金受給額が減少する恐れのある現職労働者の納付する年金保険料で退職労働者の年金収入が担保されるとなれば、明瞭に世代間対立が表面化する。
 以上のような階級内分断はまた、ブルジョワジーとプロレタリアートの階級差をかなりの程度相対化することにも成功している。今日のブルジョワ階級の代表格である企業経営者層の多くは上級労働者層(場合により、一般労働者層)の中から昇格・抜擢されるが、このことによりプロレタリア階級とブルジョワ階級の間が階段―決してなだらかとは言えないが―で連絡していることになる。さらに、貯蓄の一部を投資に回している退職労働者は、プチ投資家階級としてブルジョワ階級に包摂されているとみなすこともできる。
 このように、実は「ブルジョワジー対プロレタリアート」という対立図式も―本質的には止揚されないまま―相当に液状化してきている。
 そのうえに、労働者階級自身の意識の中でも資本主義への同化が著しく進行している。このことはマルクスも、つとに『資本論』第一巻の中で「資本主義的生産が進むにつれて、教育や伝統、慣習によってこの生産様式の諸要求を自明の自然法則として認める労働者階級が発達してくる」と予見していたところであった。今や、労働者階級が資本主義をほとんど血肉化してしまっている・・・・。
 かくして「プロレタリア革命」なるものはもはや全く不可能とは言わないまでも、そのままの形では実現可能性の乏しいプロジェクトだと言わざるを得ないのである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

100億人の地球時代

2017-06-23 | 時評

国連の人口予測によると、世界人口は現在の76億人から2050年に98億人に増え、2100年には112億人に達するという。特にアフリカでの増加が著しく、2100年時点で現時点の3.5倍、45億人に飛躍するというである。

国別では2024年頃までにインドが中国を抜き首位となり、日本は現在の11位(1億2700万人)から次第に順位を下げ、2100年には8500万人で29位になるとされる。

これをみると、21世紀の人口爆発は先発諸国における貧困解消的な20世紀の人口爆発とは異なり、先発諸国を後追いする後発諸国での貧しさと同居した人口爆発現象である。

それは当然、地球環境のいっそうの悪化を背景に、食料・水不足を惹起し、飢餓や食糧・水争奪戦争を誘発する恐れが強い。筆者はもうこの世にいないが、2100年頃の世界を想像すると恐ろしいものがある。

国連は「持続可能な開発目標」の履行が課題などと優雅なことを言っているが、資本主義体制に手をつけないままでの持続など到底無理であろう。私の願望的予測によれば、2100年前後には世界共産主義革命が勃発することになっているが、人口爆発による持続不能性も革命促進要因となるだろう。

とはいえ、共産主義社会も100億人の地球を維持することができるかどうか、確信は持てない。共産化による貧困の根絶がアフリカやインドにおける人口爆発を抑制することにより、世界人口を適正規模に回復することをことを願う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

南アフリカ憲法照覧(連載第66回)

2017-06-22 | 南アフリカ憲法照覧

Financial and Fiscal Commission

第二二〇条以下は、独立機関としての財務会計委員会に関する規定である。

220. Establishment and functions

1. There is a Financial and Fiscal Commission for the Republic which makes recommendations envisaged in this Chapter, or in national legislation, to Parliament, provincial legislatures and any other authorities determined by national legislation.

2. The Commission is independent and subject only to the Constitution and the law, and must be impartial.

3. The Commission must function in terms of an Act of Parliament and, in performing its functions, must consider all relevant factors, including those listed in section 214(2).

 設置及び任務と題する本条によれば、財務会計委員会は国その他公的機関の財務会計に関して勧告を行なう独立の専門機関である。それは憲法と法律にのみ服し、中立でなければならない(第二項)。

221. Appointment and tenure of members

1. The Commission consists of the following women and men appointed by the President, as head of the national executive:

a. A chairperson and a deputy chairperson;

[Para. (a) substituted by s. 2 of the Constitution Fifth Amendment Act of 1999.]

b. three persons selected, after consulting the Premiers, from a list compiled in accordance with a process prescribed by national legislation;

c. two persons selected, after consulting organised local government, from a list compiled in accordance with a process prescribed by national legislation; and

d. two other persons.

[Sub-s. (1) substituted by s. 7(a) of the Constitution Seventh Amendment Act of 2001.]

1A. National legislation referred to in subsection (1) must provide for the participation of —

a. the Premiers in the compilation of a list envisaged in subsection (1)(b); and

b. organised local government in the compilation of a list envisaged in subsection (1)(c).

[Sub-s. (1A) inserted by s. 7(b) of the Constitution Seventh Amendment Act of 2001.]

2. Members of the Commission must have appropriate expertise.

3. Members serve for a term established in terms of national legislation. The President may remove a member from office on the ground of misconduct, incapacity or incompetence.

 任命及び委員の任期と題する本条は、財務会計委員会委員の任命等に関する細則である。それによると、委員は正副委員長を含め、第二項で適切な専門資格を持つ9人の委員で構成され、すべて第一項の手続きに従い大統領が任命する。大統領は罷免権も有するが、罷免は委員の非行、無能、執務不能の場合に限られる(第三項)。委員会の独立性を守る趣旨である。

222. Reports

The Commission must report regularly both to Parliament and to the provincial legislatures.

 報告と題する本条は、委員会が国会と州議会の双方に定期に報告する義務を課している。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

農民の世界歴史(連載第49回)

2017-06-20 | 農民の世界歴史

第11章ノ2 社会主義農業の転換

 20世紀後半期のソ連型の国家社会主義体制は、農政の面でも生産力・生産性双方において限界をさらしていた。最初に大きな転換に動いたのは中国である。中国では毛沢東の没後、文化大革命の大混乱を収拾する過程で台頭した改革開放派政権により、従前の中国農政の中核マシンであった人民公社制度の解体が断行された。
 人民公社に代わって導入されたのは生産責任制と呼ばれる仕組みである。これは、従来の農業集団化を改めて家族農に戻したうえ、各農家が政府から生産を請け負い、その生産物の一部を政府に納入した後、残余は自由に流通させることを認める制度である。
 政府への納入義務が課せられる点を除けば、市場経済的な農政の仕組みが復活したとも言えるが、これにより人民公社時代の生産性の低さが解消され、農民の生産意欲を動因として農業生産力が回復・増強されていったことはたしかである
 しかし、これで問題が解決したわけではなく、小規模農家の貧困は解消されなかった。かれらの生活改善の打開策は、都市への出稼ぎであった。いわゆる「農民工」であるが、これは社会主義を標榜する体制下における資本主義的な潜在的過剰人口の事例の発現と言える。まさに、社会主義と市場経済を掛け合わせた「社会主義市場経済」の特殊産物である。
 しかし、農民は都市に定住しても、人民公社時代の都市/農村分断政策の名残として、農民には都市戸籍が与えられなかったため、都市ではある種の不法滞在者として、社会保障等のサービスを受給する資格がないまま放置されてきた。これに対し、政府は農民工の都市戸籍切り替え策でしのいているが、都市に合法的に定住する農民工の増加は離農による農業生産力の低下という資本主義諸国同様の構造問題をいずれ生じさせるだろう。
 これに対し、本家本元ソ連では、その晩期になっても農業集団化政策は固守されていたが、1991年のソ連解体は集団化の一挙解体の契機となった。集団化の中核マシンだったコルホーズは伝統的な家族農への回帰と株式会社形態を含む農業法人制、さらには協働型の農民農場制に置き換えられていった。
 1990年代から2000年代にかけて、こうした脱集団化政策がロシアを含む独立した旧ソ連構成諸国全域で推進されていった。その進度や結果は各国によって異なるが、全体として市場経済を前提とする資本主義的な農政への移行が進展していった。これも農業資本主義の時代の趨勢と言えよう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

農民の世界歴史(連載第48回)

2017-06-19 | 農民の世界歴史

第11章 農民の政治的組織化

(3)日本の農協政治

 総体としては資本主義体制を維持しながら、小土地農民を協同組合に組織化して、農業市場を政府が管理する体制で現在完了的に長期的な成功を収めたのが、戦後日本である。それは農協政治とも呼ぶべき独特の体制であった。
 日本の農協の沿革は戦時中に戦争目的で組織された生産統制組織に由来するが、占領軍は農地改革後の農政の中心組織として、取り急ぎこの旧制を衣替えした新たな農協組織を創設することとした。そのため、日本の戦後農協制度は家族農を中心としながら、中央統制的かつ行政直結型の独異な組織として発達した。
 それは、農地の売買・賃貸を厳しく制約して大土地所有の出現を阻止する農地法と、米麦を中心とした主食農産品の流通を政府が管理し、農家の所得を確保する食糧管理制度とリンクしつつ、混合経済的な管理農政の中核組織として機能したのである。
 同時に、中央指導部(中央会)を中心に全国にくまなく組織された農協が農政を政治的に指導する保守政党の集票マシンとなって、戦後のほとんどを占める保守優位体制の下支えともなったのである。その点、戦前の小作人を中心とする貧農らが社会主義的政党を組織し、農村にも共産主義思想が浸透していた流れを断ち切り、農村部を保守の牙城、まさしく「票田」とするうえで、農協制度は極めて重要な役割を果たしてきた。
 また農協は系列金融機関や病院組織すら傘下に持つ農村の総合サービス組織でもあり、中国の旧人民公社のレベルまではいかないが、農村生活の制度的基盤でもあった点で、おそらく他のいかなる類似組合組織よりも、高い団結力を保持してきた。
 しかし、1990年代以降、新自由主義・自由貿易主義の潮流が日本にも及んでくると、農協の状況も変貌する。すでに、60年代末から自主流通米制度が存在したが、1995年の食糧管理制度の実質的廃止により、農産物を農家が自由に流通させることができるようになったのは大きな転換点であった。
 さらに、09年の農地法大改正による農地の賃貸自由化は資本主義的な借地農業に道を開き、農協のライバルとなり得る株式会社を含む商業性の強い農業生産法人の増加を促進した。2016年には農協法の大改正により、聖域とも言える中央会の監査・指導権が削除され(将来的に廃止)、農協の分権化が図られた。
 内部的にも、離農・後継者断絶による組合員減少により、票田機能も期待できなくなり、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に代表される自由貿易主義の波に政治的に抵抗することも困難になる中、日本の農協政治は重要な岐路に立たされているところである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

共産論(連載第44回)

2017-06-17 | 共産論[改訂第2版]

第7章 共産主義社会の実際(六):文化

(5)シンプル・イズ・ザ・ベスト:To be simple is the best.

◇シンプルな社会文化
 共産主義を好意的に受け止める人々の間でも、共産主義社会を完全自給自足の農村共同体のようなイメージでとらえる人が少なくないかもしれない。しかし、それは仮説上の原始共産制のイメージであって、近代をくぐり抜けたポスト近代の共産主義社会は決して牧歌的な自給自足社会ではない。
 とはいえ、これまで見てきたように、共産主義社会では、商品に始まって貨幣、国家とそれらにまつわる諸々のものから大学に至るまで、現存する様々な事物と諸制度が廃止されていくので、かなりシンプルな社会になることは間違いないだろう。
 そこで、文化的な面でも、シンプル・イズ・ザ・ベストが象徴的な標語となる。この場合のシンプル(simple)という語には様々な含みがある。

◇四つのシンプルさ
 まず貨幣と国家、すなわち所有にまつわる長い歴史を持つ二つの価値観念が廃されることは、所有をめぐる社会の価値観を決定的に変えるであろう。
 「持つこと」は、資本主義社会におけるように最重要の価値であることをやめ、「持たざること」が恥ではなく、むしろスマートさの象徴となるであろう。持たざる者=シンプル(庶民的)な者は文化的にも主役である。
 それとともに、地球環境に配慮しつつ必要なモノを必要なだけ生産する共産主義的計画経済の下では、大量消費を志向する消費文化は姿を消すこと確実である。それに代わって、必要なモノだけをそろえてできるだけ長持ちさせ、廃棄物を出さないシンプル(質素)な消費文化が高度に発達、定着していくと考えられる。
 さらに商品生産と経済競争の消滅は、資本の差異化戦略の結果、年々ほとんど不必要なまでに複雑な多機能・自動化が進められていく機械製品をよりシンプル(簡素)で高齢者や障碍者などの機械弱者にとっても使いやすいものに変える可能性がある。これは、機械におけるバリアフリー化であるが、第5章でも論じたように、社会全般のバリアフリー化が進むにつれて、健常の強者標準の文化から弱者配慮の文化へと変化するであろう。
 また商品生産の廃止は、「売れない」モノでも少数の需要者が存在する限り生産中止とせず、少数の人のために生産を続けることを可能にする。このような意味でも、共産主義社会は多数者‐大きな物に目を奪われるのでなく、少数者‐小さな物にも等しく目配りがなされる社会である。そうした点で、共産主義はあたかも幼い子どものように偏見が少ないという意味でシンプル(純真)な文化価値を育むであろう。

◇人間の顔をした近代
 以上のように、ポスト近代の共産主義は、近代を全否定して反動化していく方向とは異なり、近代の成果面は継承しつつ、それをシンプリファイ(simplify:シンプルの動詞形)し、商品の顔ならぬ人間の顔をした新しい近代文明―それこそポスト近代文明と呼ぶに値するもの―を拓くであろう、と予測することは許されるのではないだろうか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

共産論(連載第43回)

2017-06-16 | 共産論[改訂第2版]

第7章 共産主義社会の実際(六):文化

(4)競争の文化は衰退する:The competitive culture will have declined.  

◇資本主義的生存競争
 資本主義的文化価値として商品価値と並んで重要なものは競争であろう。これは資本主義社会の主人公である商品が、言わば生産者間の競技場でもある市場を通じて販売される競争の賭け金であることと密接に連関している。
 こうした競争は資本主義社会の基軸である市場経済の原理であると同時に、一つの文化価値としても我々の人生そのものを規定しているのである。
 実際、資本主義社会では資本間の経済競争以外にも、試験、コンクール、コンペティション、競技会から選挙に至るまで、あらゆるものが競争的に編制されている。資本主義社会に産み落とされた者は生まれたその日から生存競争にさらされ、ライフ・サイクルの各段階ごとにふるい落としの審査にかけられ、人生の勝敗を分けられていく。
 こうした競争の文化の中では、競争において他人を蹴落とすことに罪悪感を持たないことが美徳となる。それは〈私〉の勝利であり、〈私〉には何の罪責もないことなのだ。
 このような価値観が支配的であれば、社会的に協力して何か一つの事業を成し遂げようというような風潮は消失し、人間は互いに競争的な関係に立つバラバラの原子と化す。地域コミュニティーも解体し、隣人同士も未知の異邦人のように見えてくる。これは実際、しばしば「集団主義」の精神風土が強いと指摘されてきた現代日本社会でも起きていることである。
 資本主義が高度に発達した社会の人間は孤独である。かれらはそれ以上分割不能な個‐人に切り縮められて、豊かな消費生活と引き換えに「巨大な商品の集まり」の中に埋没していく。一方で、かれらがひとたび生存競争に敗れれば人生やり直しは困難であり、〈居場所〉を失い、社会的に排除され、周縁化されていく。しかし競争に勝ち残った者も決して心底満足しているようには見えず、内心にはぽっかりと空虚な穴が開いているのではないだろうか。
 「生き辛さ」を訴える声が強いが、これは競争の文化が競争の「負け組」の側に生じさせる社会病理的な症状である。その反面で、競争の文化は競争の「勝ち組」の側にも「虚しさ」のような病理症状を生じさせているのである。

◇共存本能の可能性
 競争至上主義者の信念とは裏腹に、人間は元来必ずしも競争的な動物とは限らないのではないかと推定させる証拠もある。例えば、競争とは英語でコンペティション(competition)であるが、この語の語源は「com:共に」、「petit:追求する」であり、その原義に最も対応する日本語は「競争」ではなく、「切磋琢磨」であろう。
 「切磋琢磨」にはライバルの他人を蹴落とすというニュアンスはなく、むしろそれは共に励まし合いながらお互いを磨き上げていくといった意味合いである。このコンペティションが資本主義の手にかかると、身もふたもない生き残り競争の意味にすりかわってしまうのだ。
 もう一つの例はカルテルである。カルテルは資本主義的競争を阻害する資本間の違法な謀議として取り締まりを受けるが、跡を絶たないからこそ罰則をもって取り締まられるのである。
 表では競争を賛美する資本が裏ではなぜ競争を回避しようとするのであろうか。ライバルを蹴落とし潰すという資本主義的競争を純粋に貫いていった場合の最終結果は競争に勝ち残った一者がすべてを取る、つまり独占という無競争状態である。競争の結果、無競争が生じる―。ここに資本主義的競争の自己矛盾がある。この矛盾を回避するには競合する資本間でカルテルを結んで共存し合うしかない。これも資本に内在する一つの共存本能であろう。
 こうした例は競争的動物と見える人間に共存本能とも呼ぶべき本性が備わっていることを示唆するもののように思われる。実際、近年の行動経済学は、人間には利己性のみならず、利他性が備わっていることも明らかにしている。

◇共産主義的切磋琢磨
 共産主義社会は無競争のぬるま湯社会だという批判もあるが、共産主義社会でも先ほど述べたような意味でのコンペティション=切磋琢磨が否定されるわけではない。共産主義社会で重視される社会的協力は決してぬるま湯ではなく、むしろ人々に切磋琢磨の価値を教えるであろう。
 そうすれば試験やコンクールの意味合いも変化するに違いない。試験はふるい落としのための道具ではなく、各人の適性を発見するための尺度であったり、教師自身が自分の指導法の成果を検証するための手段となるであろうし、コンクールは参加者がライバルの失敗を密かに期待し合う妬みの場ではなく、お互いの腕前を披瀝し評価し合う祝祭のような場に変化するであろう。
 オリンピックのような競技会の持つ意味合いも変化する可能性がある。それは選手を送り込む各国間のメダル獲得競争、スポンサー企業間の利権獲得・宣伝競争であることをやめ、大会に参加する選手やチームが純粋に競技に没入し、観客が観戦を純粋に楽しむスポーツの祭典として原点回帰していくのではないだろうか。
 生産の領域でも、第2章で見たように、計画経済の適用がない分野では自由生産制が採られるうえに、共産主義経済では交換価値の観念が消え失せ、使用価値中心の世界となるのであるから、いかに良質で使いやすく長持ちするモノを生産するかというモノの真価をめぐる一種の競争関係は残る。
 共産主義社会では概して、競争は言わば「共走」に変化していくであろう。

◇究極の自殺予防策
 競争の文化の衰退に伴って、精神文化の面でもいくつかの重要な変化が生じると予測される。
 まず、競争に敗れ、人生やり直しもままならず死を選ぶ人は大幅に減少するであろう。もちろん共産主義社会でも自殺はゼロになるまいが、自殺の原因の多くは純粋に実存的なもの(病苦や死別など)に限られていくであろう。この点で、共産主義は精神科のどんな名医よりも自殺予防に威力を発揮するはずである。
 もう一つは宗教に救いを求める人が減るかもしれないということである。“困ったときの神頼み”は世界共通現象であるから、「困りごと」の多い社会ほど人々は神に祈るのである。
 資本主義的競争に疲れ果て、自殺はしないまでも、“癒し”を求めてスピリチュアルなものに惹かれる人たちは少なくない。それが資本主義的な心的外傷を実際に癒している限り―ここでもまがい物をつかまされる危険は大いにあるが―、マルクスの有名な箴言にもかかわらず、宗教は阿片以上のものである。イスラーム圏の宗教熱は、そのことの最も苦くも力強い例証である。
 しかし、切磋琢磨の共産主義的「共走」の文化は社会的な「困りごと」を減らし、宗教の役割を現在の哲学が果たしているようなそれに限定していくであろう。
 共産主義が無神論であると言われるのもそのような意味においてであって、決して「宗教弾圧」などを含意するものではあり得ない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

不具者の世界歴史(連載第26回)

2017-06-14 | 不具者の世界歴史

Ⅴ 参加の時代

障碍者スターダム
 ノーマライゼーションの思潮が生じた頃と機を同じくして、障碍者五輪=パラリンピックが誕生している。1960年、第一回大会とみなされるローマ・パラリンピックが開催されたのである。ただし、当初はパラリンピックと呼ばれず、障碍者競技会の先駆者であった英国のストーク・マンデビル病院の名にちなみ、国際ストーク・マンデビル競技大会と銘打たれていた。
 パラリンピックの名称で定着するのは、1988年ソウル大会以降のことであり、一般のオリンピックと同年・同一都市での連続開催方式も定着した。以来、パラリンピックは回を追うごとに盛況となり、商業的な面でも最も成功した障碍者競技大会となっていることは、周知のとおりである。
 こうしてパラリンピックの定着に至る過程では、リハビリテーション医学の発達に伴い、20世紀初頭頃より、リハビリ目的での障碍者競技が出現してきたことがあった。とりわけ大量の傷痍軍人を輩出した第一次世界大戦は、リハビリを兼ねた障碍者競技が発展する契機となった。これを土台として、傷痍軍人に限らず、障碍者全般を対象とする各種競技が発達していくことになる。
 それに加え、20世紀後半期以降、現在まで続く技術革新は、従来であれば想定できなかったスポーツへの身体障碍者のアクセシビリティーを高め、障碍者のスポーツ参加を飛躍的に促進した。これもまた、「参加」の時代を象徴する現象と言えるであろう。
 今や、有力なパラリンピック選手はスター的存在として、メディア上でも頻繁に取材・紹介され、一般にも知られるようになっている。障碍者スターダムの誕生である。もっとも、歴史を振り返れば、前近代から近世にかけても、障碍者芸人のようなある種のスターは存在してきたが、好奇心の対象としてのフリーク・ショウのスターではなく、社会の真っ当な関心を引く障碍者スターダムの出現は、パラリンピックの隆盛によるところが大きい。
 とはいえ、現行パラリンピックと一般オリンピックとは主催団体が異なり、あくまでも一般五輪の日程終了後に追加的な形で連続開催するという方式にとどまっており、両大会の間にはなお明確な一線が引かれている。
 このような分離開催方式は、ノーマライゼーションという観点からは、なお不充分さが残り、両大会の完全な統合化、さらに種目の性質によっては障碍者・非障碍者混合競技の創設なども将来的な課題として数えられるであろう。
 一方で、パラリンピック選手のように持てる身体能力を伸ばして社会的に活躍できるスター的障碍者とそれがかなわない重度障碍者の社会的格差という新たな問題も生じており、このような障碍者間格差は、後に言及する現代的な形態で再現前しつつある優生思想に何らかの刺激を与える可能性もある。
 障碍者スターダムという点では、芸術・芸能分野も活躍舞台となり得るが、現状、この分野での障碍者スターの姿はあまり見られない。ここには、かつての見世物的な障碍者芸能への否定的な意識が働いているかもしれない。
 しかし、絵画などアートの世界では障碍者アートが注目を集めたり、1987年創設の中国障碍者芸術団のように国際的に高い評価を受ける障碍者主体の総合芸術集団の活動など、旧式の見世物とは異なる障碍者固有の芸術活動も見られるようになっている。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

不具者の世界歴史(連載第25回)

2017-06-13 | 不具者の世界歴史

Ⅴ 参加の時代

「保護」から「参加」へ
 障碍者を「保護」するため、施設で隔離・管理するという施策は今日でも大なり小なり継続されているが、そうした中で、別の視座が開かれてきた。それは、障碍者を一般社会に受け入れようという潮流である。その端緒は1960年代以降に現れたノーマライゼーションの思潮と実践である。
 この思潮の発祥地は北欧、特にデンマークであった。これは、障碍者を社会から隔離するのではなく、かれらが一般社会で健常者とも対等に暮らしていけるよう社会の側を改良する必要があるという社会改良主義的な発想に基づいており、北欧で有力な社会民主主義とも合致する考え方であった。
 この思潮は欧米諸国を中心に拡散され、その最初の国際的集約として、1975年、国際連合(国連)における「障碍者の権利宣言」に結実した。これは従来、先行する国際人権条約上明確でなかった障碍者の基本的人権を改めて確認する意義を持つ国際宣言であった。
 十三項目の宣言文の中でも、「障碍者は、その家族または里親とともに生活し、すべての社会的・創造的活動またはレクリエーション活動に参加する権利を有する。障害者の居所に関しては、障碍者の状態によって必要とされ、または、かれらがその状態に由来する改善のため必要とされる場合以外、差別的な扱いを受けない。もし、障碍者が施設に入所する絶対の必要性がある場合でも、そこにおける環境や生活状態は、同年齢の人の普通の生活に可能限り似通ったものであるべきである。」とする第九宣言には、ノーマライゼーションの思想が盛り込まれていると言える。
 同時に、この宣言文においては、「障碍者がすべての社会的・創造的活動またはレクリエーション活動に参加する権利」として、「参加」に言及されていることが注目される。これは、障碍者が「保護」されるばかりでなく、より積極的に社会に「参加」できることの保障を求めるものである。
 この「宣言」を起点として、1981年は「国際障碍者年」に指定され、83年‐92年期を「国連・障害者の十年」と位置づけ、初めて障碍者の権利向上が国際的な共通課題として明示された。
 ところで、「参加」の権利を明言した「宣言」には、ノーマライゼーション=対等化からさらに進んで、障碍者を積極的に社会に迎え入れるインクルージョン=包摂化の思想が現れていた。しかし、インクルージョンを空理念に終わらせないためには、社会の側でも様々な障壁を除去していく必要がある。
 その最初の一歩は段差解消に代表されるようなバリアフリー化であるが、それにとどまらず、様々な道具・設備の規格を障碍の有無を問わず広く普遍的に使い勝手のよいものにしていくユニバーサル・デザインの理念と実践も現れた。これには、20世紀末から21世紀にかけて進展した情報技術革新が反映されている。
 そうした新展開を踏まえつ、2006年には国連障害者権利条約が採択された。これは障碍者の基本的権利を網羅的に保障するとともに、いまだ「宣言」にとどまっていたものを法的効力を持つ条約に高めた意義を持つ。
 そこでは、物理的なバリアフリーを越えて、障碍者が様々なサービスを享受するうえでの可能性・容易性を広げるアクセシビリティーの権利が明示されていることも大きな前進点である。21世紀前半期は、この条約を踏まえた障碍者の社会参加の時代に入ったと言えるであろう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加