ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版](連載第23回)

2024-04-30 | 世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版]

三 汎アメリカ‐カリブ域圏

(11)ベネズエラ

(ア)成立経緯
主権国家ベネズエラ共和国を継承する連合領域圏

(イ)社会経済状況
安定した農業生産を軸とする共産主義経済が確立される。経済的主軸であった石油は世界共同体による共同管理体制下に移され、極端な石油依存経済からは脱却する。持続可能な農業が発展し、食糧自給力が回復する。

(ウ)政治制度
共和国時代は集権制の強い名目的な連邦国家であったが、州を準領域圏とする純粋の連合領域圏となる。連合民衆会議は、各準領域圏から人口に比例した定数抽選された代議員で構成される。

(エ)特記
北部はカリブ海に面しているため、環カリブ合同領域圏の招聘領域圏であるとともに、アンデス山脈北部にも位置するため、アンデス合同領域圏(後述)の招聘領域圏ともなる。これに伴い、隣接するガイアナとの領有権争いの対象であったエセキボ地域は、環カリブ合同領域圏との合同管轄域となる。

☆別の可能性
連合領域圏ではなく、より集権的な統合領域圏となる可能性もある。

 

(12)ブラジル

(ア)成立経緯
主権国家ブラジル連邦共和国を継承する連合領域圏

(イ)社会経済状況
南米随一の工業力を維持する。一方、積年の宿弊であった汚職は貨幣経済の廃止に伴い激減し、もう一つの宿弊であった構造的貧困はも解消する。アマゾン地域の自然環境と先住民の生活基盤を脅かしていた森林乱伐は、持続可能的計画経済に基づく森林保護政策の導入により抑止される。

(ウ)政治制度
連合民衆会議は、各準領域圏から同数抽選された代議員で構成される。アマゾン地域の先住民は部族ごとにアマゾン先住民自治体を構成し、連合民衆会議にはアマゾン先住民自治体からも代議員を派遣することができる。

(エ)特記
共産主義革命後、アマゾン地域に残存していた文明非接触部族は順次接触を開始し、文明社会と協調関係を保持する。主権国家時代は開発優先政策ゆえに軽視され、迫害もされたかれらの生活は、自然サイクルと調和した持続可能的生活様式の一つのモデルとして再評価される。

☆別の可能性
アマゾン先住民自治体が統合され、単一の自治体として連合に参加する可能性もある。

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弁証法の再生(連載第10回)

2024-04-26 | 弁証法の再生

Ⅲ 唯物弁証法の台頭と変形

(9)唯物弁証法の教条化
 唯物弁証法はマルクスの遺稿整理・解説者となった刎頚の友エンゲルスの手を経て、いわゆる「マルクス主義」における理論的な基軸となるが、その過程で次第に教条化の傾向を見せる。そうした弁証法の教条化の第一歩はまさにエンゲルスに始まると言える。
 一般に他人の遺稿整理というのは困難な作業であり、とりわけマルクスの「悪筆」に悩まされながらの作業は至難を極めた。結果として、エンゲルスはマルクスのいち「解説者」を越えた「解釈者」とならざるを得なかったようである。
 エンゲルスはマルクスの思想を「科学的社会主義」という標語のもとに総括するのであったが、その基本定式として唯物弁証法とそれに基づく歴史観である唯物史観とが据えられた。エンゲルスによる図式的なマルクス解釈はわかりやすかったため、19世紀末の労働運動・反資本主義運動の中にいち早く吸収され、風靡することとなった。
 かくして、唯物弁証法はそれ本来の意義が充分に咀嚼されないまま、とみに政治思想化していくことになる。想えば、弁証法は古代ギリシャでの発祥時から政治と無関係ではなく、弁証法に関わったゼノンやソクラテスは政治犯として捕らわれ、犠牲となった。
 近代における唯物弁証法も同じ宿命を負うようであった。しかし、唯物弁証法はロシアという意外な地で一つの政治体制教義として安住の地を得ることになる。ロシア革命後、ロシアを中心に樹立されたソヴィエト連邦の体制教義に納まったからである。
 それはマルクスとロシア革命指導者レーニンの名を二重に冠し、「マルクス‐レーニン主義」と称されたが、実質上はレーニンを継いだスターリン体制下の教義である。
 もとよりスターリンは哲学者ではなく、典型的な政治家であり、哲学的素養には欠けていた。このような政治家による哲学の消化不良にありがちなのは、ご都合主義的な単純化である。特にスターリンは、エンゲルスの弁証法三定式のうち第三項「否定の否定」を否認した。
 実は、この第三項こそは単純な形式論理としての「二重否定」を超えた弁証法的止揚の言わばジャンプ台を成す部分であるのだが、これを否認するということは弁証法そのものの否認に等しい。しかし、スターリンがこれを否認したのは、まさに自身の独裁体制の「止揚」を恐れたからにほかならない。
 これによって、唯物弁証法はその動的な性格を失い、ソ連という既成の体制—中でもスターリン独裁体制—を固定化し、その正当性を保証するための手段的な教条へ変形されてしまうのである。以後の唯物弁証法はこうした教条的変形からの脱出が課題となった。

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世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版](連載第22回)

2024-04-20 | 世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版]

三 汎アメリカ‐カリブ域圏

(10)環カリブ合同領域圏

(ア)成立経緯
カリブ海を囲む地域の島嶼諸国と中米大陸側のベリーズ、カリブ海に面した南米のギアナ三国に加え、周辺に散らばっていた欧米の海外領土がすべて独立する形で成立する合同領域圏。その範囲は、旧カリブ共同体を形成していた地域にほぼ相当する。

(イ)構成領域圏
合同を構成する領域圏は、次の9圏である。

○ジャマイカ
主権国家ジャマイカを継承する統合領域圏

○ケイマン
旧英領から独立する統合領域圏

○ベリーズ
主権国家ベリーズを継承する統合領域圏。合同の中で、唯一中米大陸部に所在するが、英語を公用語とするため、スペイン語圏の中央アメリカ連合には加入しない。

○東カリブ‐アンティル
小アンティル諸島に属する独立小国(トリニダードトバゴは除く)に加え、欧米の海外領土がすべて独立したうえで、改めて成立する連合領域圏。結果、旧独立諸国は連合を構成する準領域圏に移行する。連合公用語はエスペラント語で、各準領域圏は英語、蘭語、仏語のいずれかを公用語とする。

トバゴ
トリニダードトバゴ共和国に属したトバゴ島が分離したうえで、成立する統合領域圏

トリニダード
トリニダードトバゴ共和国の本島に当たるトリニダード島単独で成立する統合領域圏

○ギアナ
南米大陸北東部に所在する独立国のガイアナとスリナム、さらに旧フランス海外領土のギアナが合併して成立する連合領域圏。三つの準領域圏の公用語がそれぞれ英語、蘭語、仏語と分かれているため、連合公用語はエスペラント語を指定。フランスが旧ギアナに設置したギアナ宇宙センターはフランスと世界共同体の共同運営機関に移行する。

○ルカヤン
地理上のルカヤン群島を構成する独立国バハマと、その南東の英領タークス・カイコス諸島が独立したうえ、合併して成立する統合領域圏。共に金融で著名であるが、貨幣経済の廃止に伴い金融は廃絶、自給自足的な島嶼共産主義となる。

○バーミューダ 
旧英領から独立して成立する統合領域圏。合同内では最北に位置し、地理的にはカリブを越え出ているが、地政学的な理由から、環カリブ合同領域圏に加入した。ここも英領時代は金融で繁栄したが、ルカヤンと同様の経緯となる。

(ウ)社会経済状況
この地域の島嶼は、主権国家か西欧諸国の領土かを問わず、ほぼ観光と金融に依存する経済構造であったところ、貨幣経済廃止に伴い、回復された自足的な農漁業を基盤としつつ、合同内で持続可能的計画経済を運用する。また、北アメリカ連合領域圏との経済協力を通じて工業製品を調達する。

(エ)政治制度
合同領域圏は、圏内各領域圏の民衆会議から選出された同数の評議員で構成する政策協議会を常設し、圏内重要課題を討議、共通政策を協調して遂行する。政策協議会は、ジャマイカのキングストンに置かれる。この地域の言語は多種にわたるため、合同全体の公用語はエスペラント語。

(オ)特記
この合同領域圏に属する領域圏は、歴史的にほぼ例外なく旧奴隷貿易の結果、解放黒人奴隷を中心に形成されたことから、政策協議会が所在するキングストンには奴隷貿易記銘館を置き、奴隷貿易の歴史の記録と犠牲者の顕彰を行なう。

☆別の可能性
ベリーズが参加せず、中央アメリカ連合領域圏に加入する可能性がある。また、トバゴが分離せず、高度な自治権を保持する準領域圏として残留し、トリニダードトバゴが複合領域圏となる可能性もある。あるいは、トリニダードトバゴが東カリブ‐アンティル連合領域圏に加わる可能性など、多様なバリエーションが想定できる。

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世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版](連載第21回)

2024-04-16 | 世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版]

三 汎アメリカ‐カリブ域圏

(7)キューバ

(ア)成立経緯
主権国家キューバ共和国を継承する統合領域圏。20世紀初頭以来の米国租借地だったグアンタナモ米軍基地は、北アメリカ領域圏との協約に基づき、撤去・返還される。環カリブ合同領域圏(後述)の招聘領域圏となる。

(イ)社会経済状況
主権国家時代末期には、共産党一党支配下で市場経済化が進められ、資本主義的な階級格差が広がり始めるが、「共産党に対抗する共産主義革命」によって、貨幣経済に基づかない真の共産主義社会が実現する。旧共産党体制時代の社会主義的な生産体制が脱構築的に継承され、汎アメリカ‐カリブ域圏内でのモデルとなる。

(ウ)政治制度
共産党体制時代の人民権力全国会議は、一院制の全土民衆会議に転換される。「共産党に対抗する共産主義革命」により一党支配は終焉し、旧支配機構であった共産党及びその傘下組織は解体される。

(エ)特記
キューバ革命の歴史的意義が自由に論議されるようになり、その暗黒面の調査研究が進展する。

☆別の可能性
共産党の支配力が強力なため、共産党支配体制が遷延し、世界共同体に包摂されない可能性もある。

 

(8)ハイチ

(ア)成立経緯
主権国家ハイチを継承する統合領域圏。合衆国領有小離島だったナヴァッサ島も編入される。環カリブ合同領域圏の招聘領域圏となる。

(イ)社会経済状況
資本主義時代は、西半球でも最貧レベルにして、ギャング支配などの混乱にも見舞われていたが、貨幣経済のない世界では、経済が再建される。元来主流的であった自給農業が成り立つようになり、環境的に持続可能な農業のモデルともなる。

(ウ)政治制度
主権国家時代は連邦国家ではないにもかかわらず、二院制であったが、革命後は全土民衆会議の一院制に転換する。

(エ)特記
ハイチの社会混乱を防止するため、世界共同体平和維持巡視隊が暫定的に駐留する可能性がある。

☆別の可能性
現状のハイチの政治社会混乱が進行して将来完全に破綻した場合、世界共同体の直轄自治圏として再建される可能性もある。

 

(9)ドミニカ・リコ

(ア)成立経緯
主権国家ドミニカ共和国と、モナ海峡を挟んで隣接するアメリカ合衆国自治連邦区プエルト・リコがアメリカから分離したうえ、合併して成立する統合領域圏。環カリブ合同領域圏の招聘領域圏となる。

(イ)社会経済
資本主義時代にカリブ海域では最大規模に発展していたドミニカ経済と、アメリカ領時代に発達した経済を基盤に統合された持続可能的計画経済が発展する。特に医薬品産業を軸とする。持続可能的農業は主にドミニカ地域が担う。

(ウ)政治制度
主権国家時代のドミニカ共和国と米自治領時代のプエルト・リコはともに二院制であったが、統合領域圏となるため、全土民衆会議の一院制に転換される。

(エ)特記
主権国家時代、ハイチからの密入国を阻止するためにイスパニョーラ島内で隣接するドミニカ共和国が設置していた国境壁は撤去され、ドミニカ・リコ領域圏との境界線は原則的に開放される。

☆別の可能性
プエルト・リコがドミニカと合併せず、単立の領域圏となる可能性、またはドミニカと緩やかな合同領域圏を形成する可能性もある。

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弁証法の再生(連載第9回)

2024-04-13 | 弁証法の再生

Ⅲ 唯物弁証法の台頭と変形

(8)エンゲルスの唯物弁証法
 マルクスの共同研究者にして終生の友でもあったエンゲルスは、マルクスとの死別後も20年近くにわたって活動し、その多くが未完ないし未出版に終わっていたマルクスの遺稿の整理と解説に当たり、マルクス思想の継承と普及に貢献した。
 おそらくエンゲルスの存在なくしては、マルクスは没後、完全に埋もれた思想家に終わったのではないかと思えるほどであるが、そうしたエンゲルスの思想史的貢献の一つに唯物弁証法の定式化がある。その点、マルクスは、彼が批判的に継承したヘーゲルに似て、弁証法の定式化はあえて試みず、それを思考の前提として扱っていた。
 これに対して、エンゲルスは唯物弁証法の定式化に踏み込んでいる。それによれば、唯物弁証法定式は①量より質への転化②対立物の相互浸透③否定の否定の三項にまとめられる。エンゲルス自身、この定式に逐条的な解説を施しているわけではないが、いくらか私見をまじえて解釈すれば、次のようである。
 「第一項:量より質への転化」とは、量的な変化が質的な変化をもたらすという一見すると矛盾律であるが、これは例えば生体の細胞をはじめ、分子の量的な集積が質的に新たな物質を生み出すような例を想起すれば、判明する。
 「第二項:対立物の相互浸透」は、およそ対立物は相互に相対立する関係性によってその存在が規定される相関関係にあり、実体的に対立するのではないという関係論的存在論である。
 「第三項:否定の否定」は形式論理学における二重否定—それは消極的な肯定である—とは似て非なるもので、あるものを全否定することなく、対立物の止揚により高次の措定に至るというヘーゲルにおける止揚の簡明な定式化である。
 これら三項は、各々別個独立の定式なのではなく、第一項の量より質の転換の過程に対立物の相互浸透があり、その結果として対立物の止揚による新たな境地が拓かれるという動的なプロセスが表現されているとみることができるだろう。
 ただ、これだけのことなら特段の独創性は認められないが、エンゲルスは唯物弁証法の適用範囲を自然界も対象に含めた一般法則として拡大しようとした—未完書『自然の弁証法』がその綱領である—ところに独創性がある。このような一般法則化は、マルクスがあえて試みなかったことである。
 この点で、エンゲルスはマルクスよりも教条主義的な傾向が強く、後に弁証法の代名詞のごとくなった「マルクス主義」はマルクス自身ではなく、エンゲルスによって最初に体系化されたと言い得るのである。このことは唯物弁証法の普及に寄与するとともに、その教条化にも力を貸したであろう。

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世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版](連載第20回)

2024-04-08 | 世界共同体通覧―未来世界地図―[補訂版]

三 汎アメリカ‐カリブ域圏

(5)メキシコ

(ア)成立経緯
 メキシコ合衆国を継承する連合領域圏

(イ)社会経済状況
メキシコ合衆国時代の宿疾であった麻薬組織犯罪とそれに絡む暴力、政治腐敗は共産主義革命による貨幣経済の廃止に伴い、消滅する。また構造的な貧困問題も解消し、かつては貧困最下層を形成した先住民の地位が向上し、連合民衆会議代議員としても進出する。

(ウ)政治制度
北アメリカ連合領域圏に類似し、各準領域圏から抽選された代議員で構成される連合民衆会議が設置されるが、先住民との混血人口が多いため、特に先住民自治体代表制度は設けられない。

(エ)特記
マヤ文明人の末裔民族が多い南東部のチアパス準領域圏には、革命前のチアパス州時代からサパティスタ民族解放軍によって組織された事実上の自治的革命解放区が成立していたが、連合領域圏の成立に際して発展的に解消される。

☆別の可能性
可能性は低いが、アメリカのメキシコ国境四州が分離して、独自の連合領域圏(ボーダーズアメリカ)となるのではなく、メキシコ連合領域圏に編入される可能性もある。

 

(6)中央アメリカ

(ア)成立経緯
南北両大陸の間をつなぐいわゆる中央アメリカに位置するグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマの6つの主権国家が連合し、それぞれを準領域圏とする一つの領域圏に発展する連合領域圏。ただし、この地域で唯一英語を公用語とするベリーズは連合せず、後述の環カリブ合同領域圏に加入する。

(イ)社会経済状況
世界共同体創設前は、先住民層を中心に貧困が構造化し、白人系富裕層が経済的権益を独占する階級構造が支配的で、北米への大量移民送出地域でもあったが、共産主義革命による貨幣経済の廃止により、そうした不平等な構造は解消される。それに伴い、大量移民も過去のものとなる。また麻薬取引の消滅に伴い、南米方面からの麻薬密輸中継地としての役割も過去のものとなる。

(ウ)政治制度
連合民衆会議は6つの準領域圏から同数ずつ抽選された代議員で構成され、各準領域圏代議員団長が連合代表者会議を構成する。政治代表都市は、コスタリカのサンホセ。なお、かつてはこの地域の各国で白人支配層と結んで政治的な発言力を持ち、しばしばクーデターで軍事独裁政権を樹立しては時に先住民殺戮を伴う凄惨な内戦を主導した軍は、常備軍の廃止を規定する世界共同体憲章に基づきすべて解体される。

(エ)特記
当領域圏の形成に当たっては、かねてより常備軍を廃止し、比較的安定した政情にあったコスタリカが大きな役割を果たす。

☆別の可能性
6つの主権国家がそれぞれ単立の領域圏となったうえで、緩やかな合同領域圏を形成する可能性もある。また、その場合、ベリーズが合同に参加する可能性もある。

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弁証法の再生(連載第8回)

2024-04-02 | 弁証法の再生

Ⅲ 唯物弁証法の台頭と変形

(7)マルクスの唯物弁証法
 ヘーゲル弁証法へのヘーゲル学派内部からの内在的な反発を示したフォイエルバッハに代表されるいわゆる青年ヘーゲル派は、その影響下の学徒のうちから、ヘーゲル弁証法をいっそう深層的に批判・超克しようとする急進的な思潮を生む。その代表者がマルクスであった。
 マルクスはフォイエルバッハを通じて、初めから内在批判的なヘーゲル弁証法を摂取していた。そのため、その出発点はフォイエルバッハと同様、ヘーゲル弁証法の精神優位的な観念論的性質を批判的にとらえることに置かれた。
 そのうえで、フォイエルバッハと同様に物質の優位性を認めていたが、フォイエルバッハの唯物論にも、物質の把握がなお観念論的かつ無時間的であるという難点を見出す。言わば、「観念論的唯物論」である。これを超克し、より純粋な唯物論—言わば、唯物論的唯物論—を抽出しようとしたのがマルクスであったと言える。
 マルクスがこのように思考したのは、フォイエルバッハの弁証法はへーゲル的な思考の方法論としての域を出ておらず、弁証法をより動的な歴史論に適用することを躊躇していると考えたからであった。そこから、マルクスは弁証法を唯物史観へと昇華させた。
 実のところ、ヘーゲルも弁証法を歴史に適用して独自の史観を示していた。ヘーゲルによれば、世界の全展開は精神の営みとして生じる葛藤、さらに葛藤を克服し完成を目指していく総合の弁証法的運動の中で形成される。
 より具体的には、歴史は奴隷制という自己疎外に始まり、労働を通じて自由かつ平等な市民によって構成される合理的な法治国家という自己統一へと発展する「精神」が実現する大きな弁証法的運動だというわけであるが、このようなヘーゲル史観はマルクスによれば、頭でっかちの逆立ちした思考である。
 マルクスの唯物弁証法は、物質に基礎を置き、中でも生産力を歴史の動因とみなす立場から、生産力の発展に照応して歴史が展開していくことを説いた。また一つの社会の編成も、生産力をめぐる生産諸関係を土台に法律的・政治的上部構造が照応的にかぶさるという形を取る。
 その点、ヘーゲルが晩年に『法の哲学』という視座から示した家族→市民社会→国家という人類社会史も、マルクスからすれば、物質的な視座を欠き、法律的・政治的上部構造にしか目を向けない片面的な体のものである。
 こうして、マルクスにより唯物弁証法という新たな領野が開拓されたわけだが、このような物質優位の弁証法の創出は、弁証法を形式論理学より格下げしたアリストテレス以来、発達を遂げてきた諸科学—特に経済学—と弁証法を結合させる意義を持つ思想史上の革命とも言える出来事であった。

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