ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

地球沸騰時代と思想氷河期

2023-07-31 | 時評
全世界に及ぶ現下の記録的猛暑に対して、国際連合のグテレス事務総長は、もはや地球温暖化ならぬ「地球沸騰の時代(the era of global boiling)」が到来したと評した。これは、気候変動の新たな段階が国際的に宣明されたものと読むことができる。
 
しかし、そうした新段階に立ち向かう思想の貧困さは、沸騰どころか氷河期のレベルにある。国連当局者も含め、世界の主流の頭の中は相変わらず、資本主義一色である。資本主義的な経済成長率が絶対的な経済指標として幅を利かせている。
 
地球沸騰への危機感と経済成長礼賛のどちらがかれらの本心なのか。間違いなく後者だろう。しかし、経済成長を礼賛しながら「地球沸騰」を大袈裟に高調するのは自己欺瞞である。まさにそうした経済成長至上思想が地球沸騰をもたらしている大本だからである。
 
「地球温暖化」の時代に風靡した「経済成長と環境保全の両立」という聞こえの良い中和テーゼも、「地球沸騰」の時代にはもはや無効である。「地球沸騰」を鎮圧するには環境に配慮した計画経済(言わば環境共産主義)への全世界的な移行以外に本質的に有効な選択肢は存在しない。
 
「地球沸騰」の新段階では、そのような決然とした考えが大きく台頭することが望まれるが、楽観はできない。本質的・根本的に思考しようとする人間の思考習慣が衰え、既成の表層的な思考で済まそうとする惰性的な思考習性がはびこっているからである。熱心な環境活動家でさえ、その大半は資本主義市場経済を信奉し、共産主義計画経済は想定もしない。まさに思想氷河期である。
 
思想氷河期はソ連邦解体以降、過去30数年にわたり拡大されてきた精神現象であるので、これを簡単に打破する方策はない。あるとすれば―決して望まれることではないが―、「地球沸騰」が一層過熱して「地球燃焼」にまで進展―すでに地中海域では燃焼中―、まさに生存危機に立たされて人々が覚醒することかもしれない。
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近代科学の政治経済史(連載第65回)

2023-07-25 | 〆近代科学の政治経済史

十二 生命科学と生命科学資本・生権力(続き)

生命科学資本の興隆
 生命科学は当初、生命現象に対するより精緻で純粋な知的探求の試みであったが、間もなくその経済的な実用性が明らかになってくると、資本との結びつきを強めていくようになり、生命科学資本と呼ぶべき新たな資本を誕生させた。
 その最初の実例は、医薬資本の興隆である。これは当然、近代的な医薬学の発達と関連している。製薬と薬剤の販売は古来、商業活動の一環として行われてきており、19世紀には、欧米の資本主義国で、今日まで存続する多くの製薬資本の母体会社の設立が相次いだが、製薬は当時の重厚長大型資本主義経済の中ではまだマイナー分野であった。
 そうした中で、近代的な医薬学、中でも感染症学の発展は、抗生物質(抗生剤)をはじめとし、従来は打つ手なしであった感染症に対抗する薬剤の開発の契機となった。これは新興の製薬会社にとっても、マイナーな製薬会社から医薬資本へと飛躍する動因であった。
 一方、分子遺伝学の誕生は文学的創造の世界でしかなかった遺伝子工学を現実の実用科学として成立させた。中でも遺伝子組み換え技術の開発は食糧生産の在り方に変革をもたらし、そうした技術を保有する食糧農業資本の発達をもたらした。
 食糧農業資本は、とりわけ第三世界での農業経営にも関与し、従来の家族経営的農業を資本主義的に再編し、世界の農業を支配する力を蓄積する農業資本として確立されてきている。
 遺伝子工学は翻って医薬学においても変革をもたらし、1980年代以降、インスリンや成長ホルモン、さらにはワクチンなどにも遺伝子組み換え技術が応用されるようになり、種々の遺伝子組み換え製剤を生み出している。
 こうした生命科学の実用的発達はバイオテクノロジーと総称される先端技術を確立したが、そうした生命現象の機微に深く立ち入る科学技術を生命科学資本が保有し、営利目的で駆使することの危険性も増しており、生命倫理的規制の必要性が高まっている。
 特に、後述するゲノムプロジェクトの完成により、より自由自在な遺伝子改変を可能とするゲノム編集技術が開発され、操作的に新たな生命を誕生させることが可能となったことは、生命科学が倫理的な極限域に達したことを示している。

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