事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

今月の名言2017年9月号PART4 ワンダー・ウーマンの悩み

2017-10-03 | 芸能ネタ

PART3「度量と民度」はこちら

「胸が小さすぎる、お尻が小さすぎる」

あの「ワンダーウーマン」でタイトルロールを演じたガル・ガドットが、原作ファンから反対されて。彼女はこの言葉を演技力と運動神経でみごとに吹き飛ばしてみせた。彼女が「マッドマックス/怒りのデス・ロード」のフェリオサ役をシャーリーズ・セロンと争っていたとは知らなかった。ガドットがやっていたら、どんなフェリオサになったろう。まあ、マッドマックスもワンダーウーマンも傑作になったのだから結果オーライ。にしても、ガドットの胸とお尻が小さいとは、アメリカ人の基準というのはよくわからないのでした。

「今年もお声をかけて頂きまして、ありがとなし。」

福島県会津若松市で行われた「会津藩公行列」に4年連続して招待された綾瀬はるかのコメント。「八重の桜」が彼女にとってどれだけだいじな作品だったかが理解できる。こういうファンサービスは、なんというか、綾瀬はるからしくていい。ちなみに、東北人の基準からすると、綾瀬はるかはとてつもなく巨乳です。

「英語が上手いと17億人に伝わるけど、絵が上手いと70億人に伝わる」

Twitterで評判になっている、ある中学の美術教師が発した言葉。SNSでは、よくこういう“いい話”が語られるんだけど、これホントなのかなあ。まあ、架空の話だとしても説得力のある言葉だ。

PART5「フィールドを去る」につづく

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無冠の男PART6 最終回

2017-09-05 | 芸能ネタ

PART5はこちら

仁義なき戦い」シリーズで演技者としても頭角を現した松方弘樹の全盛期といえば、わたしはやはり70年代だと思う。

「脱獄広島殺人囚」

暴動島根刑務所

「強盗放火殺人囚」

実録外伝 大阪電撃作戦

沖縄やくざ戦争(これは千葉真一の映画でしたけどね)

そして代表作

北陸代理戦争

に至る作品群は、菅原文太や高倉健の全盛期と遜色ない。しかし、残念なことにすでにやくざ映画に客が集まる時期はとっくにすぎていたという不幸。時代劇も、華麗なチャンバラは黒澤明の「用心棒」に蹴散らされ、一種のダンスに近い祝祭の場は失われてしまっている。

しかしその祝祭に最後までこだわったのは、二流の剣劇スターの息子だったという巡り合わせ。彼が最後まで映画に恩返しがしたいと言い続けたあたり、泣ける。

きらびやかな、虚飾の世界である映画と、それを支えた芸能界の汚濁を一身に引き受けた、まさしく最後のスターを描いて、この評伝はすばらしい。紹介はできなかったけれども、萬屋錦之介が成田三樹夫に向かって

「お前の芝居は流れていて面白くない」

と言い放って大げんかになったとか、ロケ隊が泊まったホテルの隣の部屋に鶴田浩二がいて、松方たちが女性と色っぽいことをしているのを鶴田が壁に耳をつけて聞いていたとか、笑えるネタがてんこ盛り。映画好きな人なら、読み逃せない一冊。校了直前に松方が亡くなってしまったということも含めて、きわめてドラマティックなありようも、松方弘樹の評伝としてふさわしい。

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無冠の男PART5

2017-08-29 | 芸能ネタ

PART4はこちら

あの「十三人の刺客」の話も。監督、三池崇史の証言。

「山形県庄内町にセットを組んで、ラスト五十分の立ち廻りだけに二十日かかりました。東映版(63年。主演片岡千恵蔵)の敵は五十三人ですが、僕のは二百人にしました。松方さんを東映版にはない『年寄りなのにいちばん強い』キャラクターにしたのは脚本の天願大介さん(今村昌平の長男。現日本映画大学学長)と僕です。松方さんの殺陣になると、俳優たちがみんなぞろぞろ見に来るんです」

三池さん、庄内映画村(現スタジオセディック庄内オープンセット)は庄内町じゃなくて鶴岡市にあるのでよろしくね。それはともかく、あの映画では確かに松方弘樹の殺陣だけが他と歴然と違っていた。“時代劇の伝統”をひとりで背負っているかのように。

「僕は諸先輩のまねをしているだけです。それぞれの色や味があるんです。(嵐)寛寿郎さんには寛寿郎さんの、阪妻さんには阪妻さんの色があって、千恵蔵先生も右太衛門先生もそれぞれの型があって違うもの。うちの父親も、勝(新太郎)さんもしかりです。若山(富三郎)さんも上手いですよ、立ち廻り。富兄ぃはとくに槍が上手かった」

松方は左利きを矯正するために他人以上の努力をしていたのである。日本一立ち廻りがうまい役者と言われていた、近衛十四郎の息子としてのプライドもあったわけだ。

柳生一族の陰謀」は、巷間伝えられていることが本当だったことがわかりました。

「錦兄ぃの芝居に誰もついていけないんですよ。錦兄ぃが120%の熱演じゃなくて80%くらいまで落としてくれると、みんなついていけて、そのシーンはすごくバランスがよくなるんです。でも錦兄ぃは全力で、120%出し切ってやりますから、共演者がアップアップなんです。」

このバランスの悪さこそが、あの映画を傑作たらしめたのかもしれないのだが(笑)。以下次号

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無冠の男PART4

2017-08-28 | 芸能ネタ

PART3はこちら

松方弘樹といえば、お若い方々には映画スターというより、巨大マグロを釣ったり、“あの人”のそばで汗を拭いていた印象が強いかも。

「(天才たけしの元気が出るテレビ!に出演を決めたのは)ビートたけしという男に会ってみたかったからです。1%の賛成もなかったけど自分で決めました。」

「たけしさんとは、収録が終わると毎回飲んでました。バイク事故を起こす直前もじつは一緒でした。毎週、たけしさんの馴染みの寿司屋でスタッフみんなで飲んで、そのあと川崎堀之内のたけしさんの行きつけのソープランドに行くんですよ。表方さんも裏方さんもみんな引き連れ、ソープを貸し切りにして、しまいには、スタジオに堀之内のソープの社長さんが迎えに来るようになりました(笑)。」

なんて番組だ。そして、フライデー編集部襲撃事件の話になる。

「謹慎中のたけしさんから京都の僕の家に電話がかかって来たんです。東京からポルシェで走ってきたけど、タイヤがパンクしそうだって。すぐに迎えに行って、京都西山の家へ連れてきて、たけしさんはそれからずっと僕の家にいました。僕も苦手なMCをやらされて、『戻ってこい、たけしさん!』って叫んでました。ホントは僕の家にいたのにね(笑)」

そういうことだったのかあ。知らなかったなあ。いい話です。かと思えば……

「(昭和残侠伝 吼えろ唐獅子)僕も意気に感じて頑張ったんです。初号試写の日、映画が終わって、場内が明るくなるとみんな手を叩いてくれて……ホッとしました。すると健さんが『弘樹ちゃん、よかったねぇ。女遊びすると、お芝居うまくなるんだね』とこう言ったんです。初号試写ですから撮影所長以下全部いるわけですよ。場内が静まり返りましたね。(略)健さんはものすごくバリアを張る人で、ぜんぜん男らしくない。“男高倉健”はまったく虚像です。僕はほんとうに先輩方に恵まれましたが、高倉健はそのなかで唯一、好きになれなかった先輩です。」

これも知らなかった。おわかりだろうか、文章でこうなのである。よほど高倉健についてはいい思い出がなかったのがうかがい知れる。以下次号

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無冠の男PART3

2017-08-26 | 芸能ネタ

PART2はこちら

遅れてきたスターである松方は、常識外れっぷりでも先輩たちを踏襲している。

「酒についていえば、先輩たちはみんなブランデー飲んでいました。(江利)チエミさんにしても水原弘にしてもお嬢(美空ひばり)にしてもほとんどの人がブランデーなんです。当時はXOなんてとても手に入りませんから、ヘネシー、マーテル、レミー(マルタン)、この三銘柄なんです。で、あとはジョニ黒があったり、それがウイスキーでは最高級でした。当時はいまみたいに焼酎飲んでいる人はひとりもいません。あれは消毒薬で、飲むもんじゃなかった。」

……悪かったな消毒薬ばっかり飲んでて(笑)。にしても、大酒飲みは大酒飲みとつるむんだねえ。お嬢はともかく、水原と江利チエミは酒で死んだんじゃないか。松方にしても、ウイスキーのボトル二本を連日空けるという酒豪ぶり。

「(勝海舟収録時)毎週、収録が終わると十数人で赤坂、六本木を飲み歩きましたね。北村総一朗は酒癖が悪くてどうにもならなかった(笑)。小林桂樹さんも飲んだらすごいからね、あんな顔して一番イケイケだからね。ショーケンは飲んでも飲まなくても変わらずあんな感じ。」

……意外だ(笑)。

酒豪方面のネタが出れば、当然別の方面のネタも。

「そのころ(60年代初頭)、僕がちょっと恋仲になった芸妓さんがいたんです。彼女は十代だったと思うなあ。そのころのお茶屋(花街で芸妓を呼んで遊興する店。東京の「待合」)はおおらかというか、お風呂もお茶屋で入れてもらえて、それで彼女と一緒に寝るわけです。寝ているうちに、寝物語でその芸妓さんが市川右太衛門さんの落とし胤だって打ち明けたんです。びっくりしましてね、俺は殺されると思って……というのも、市川右太衛門さんというのは、片岡千恵蔵とともに僕らにとっては天皇陛下より偉い人ですから。だから、僕は干されるというよりたぶん殺されてしまうんじゃないかって。おそらく本妻のお子さんじゃないと思いますけれど。」

ということはこの女性は北大路欣也と腹違いの姉妹ということになる。へー。以下次号

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無冠の男PART2

2017-08-25 | 芸能ネタ

PART1はこちら

伊藤彰彦は松方について

「遅れてきた最後の映画スター」

と規定している。現代劇から時代劇に転ずればすでに凋落が始まり、任侠映画ややくざ映画で親分の役をやれるときには客は消え、Vシネマの帝王となった途端にこのメディアも雲散していたと。

確かにそのとおりだ。彼は常に少しだけ遅れている。しかも遅れた分だけ先輩たちをデフォルメしたようなスターらしいふるまいが際立ち、マスコミに指弾されたりしている。若い時分からのとんでもないエピソードをいくつか紹介しよう。

・(所属する映画会社が倒産したため、近衛十四郎は実演に走り、日本全国を回る。子役として帯同していた松方は)
「父親と母親がヒロポンを打ってた。ヒロポンはそのころ非合法じゃなくて、薬局で売ってました。列車の中で父親と母親は、自分たちが打ったついでに僕にも打ったらしいんです。小学校上がったばかりの子供にですよ(笑)。それで僕がイっちゃったらしいんです。『列車から飛び降りる!』ってスーパーマンみたいな格好したって(笑)。」

あの、近衛さん無茶がすぎます。そして、その近衛十四郎が、東映という会社ではけっして恵まれていないことを松方は知ってしまう。

「京都の都ホテルにプールがあって、近衛さんが僕を連れていってくれたんです。そのとき、プールの向こう側にいた親子を見たとたん、近衛さんが飛んでって、へいこらお辞儀をするんですよ……この人、いったい誰なんだろうって……あとからわかったんですが、頭を下げた相手は市川右太衛門先生、隣にいたのはその息子たち、北大路欣也とお兄ちゃんだったんです。……自分と同じくらいのこの子供には負けたくないって思いましたね」

上下関係にきびしい東映城の伝統と、松方の屈託が理解できる。以下次号

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「無冠の男 松方弘樹伝」 伊藤彰彦著 講談社

2017-08-24 | 芸能ネタ

何度も語ったお話ですみません。

独身だった二十代のころに、日教組全国事務研に出るために滋賀県大津に向かった。会場の近くにあったのがかの有名な雄琴温泉。なにしろ開会の挨拶で主催者が

「誘惑の多い土地だとお聞きしております」

とご披露するくらいメジャー。会場がどっと沸くくらい有名。当時、日本一と言われたソープ街だったのである。

もちろんわたしはまじめに研修していたのでそんなところには入らなかったが、いやほんとに入らなかったのだが(もちろん大事なことなので二度言いました)、しかしその場を見学するくらいはいいだろう、と誰かが言い出し(わたしではありません……確か)、タクシーを飛ばして、なんだかよくわからないけれども竹林がつづく道を雄琴へ向かった。

おー。そういうお店がいっぱいありますねえ!

タクシーの運転手がやわらかい関西弁で

「ほら、あれが近衛十四郎さんのやってはったお店です」

「へー」

この感激はわたしの世代が下限だろうか。近衛十四郎といえば、かつて東映時代劇で活躍し、のちに「素浪人月影兵庫」「素浪人花山大吉」(NET……現テレ朝)で絶大な人気を誇ったスターだ。そして彼の長男が松方弘樹であり、次男が目黒祐樹なのである。

松方弘樹の評伝であるこの「無冠の男」でも、そのソープの件は語られている。

「近衛さん(松方は父のことをこう呼ぶ)は十六歳から演劇の世界しか知りませんから、騙されっぱなしでした。後年になって、雄琴でソープランド(「千姫」)を僕と一緒に経営したり、亀岡で釣り堀を経営したりしましたが、いつも騙されていました。」

……松方も共同経営者だったのか!

さてこの「無冠の男」(講談社)は、かつて松方の代表作である「北陸代理戦争」の背景を徹底的にルポした伊藤彰彦による聞き書きである。これがめっぽう面白い。信じられないようなエピソードもてんこ盛り。以下次号

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「全裸監督 村西とおる伝」 本橋信宏著 太田出版

2017-04-22 | 芸能ネタ

五社英雄村川透につづく、映画監督評伝シリーズ第三弾。

業界騒然の書。業界とは、AVだけにとどまらず、映画界、芸能界すべてにおよぶ。村西とおるがいかに影響力を持っていたか、いかに破滅的な人生を歩んできたかがこの本で思い知らされる。

「お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません」

の名文句で知られる村西監督の自作自演(それはほとんどが本番ファックということだけど)シリーズが、いかにして生まれたか。奇矯な性格と独特のトークにはどのような背景があったのか。かつて盟友だった著者の本橋信宏の筆致は時に冷たく、時に血がほとばしるほど村西に寄り添っている。

極貧の福島時代。英語教材のセールスマンとして無類の才能を発揮し、日本一の売り上げを記録。独特の嗅覚でビニール本の販売に手を染め、ひたすら儲け、そして破産。AVへの進出、逮捕、復活……

世にこれほど数奇な人生を送った人はいないだろう。天国を知り、地獄を味わい、性懲りもなくふたたび天国をめざす。

事業欲、というものがどうしても捨てきれない人はいる。団鬼六がまさしくそうだった。耽美的な情愛小説に安住していれば団には違った評価があったかもしれず、村西にしても軽妙な味わいのAVを安直に製作していれば、少なくとも数十億の借金を背負うこともなかった。それでも彼らは、宿痾のように事業に走る。地方公務員には考えも及ばない世界。

黒木香、松坂季実子など、看板女優たちとの“交流”もすごい。セックスの有無がまったく意味をなさない世界における恋愛とは。

残念なことに、わたしは彼の作品を一本も見たことがなく(本当なんです)、だから実はAVフリークの半分もこの評伝を楽しめなかったのだろう。それでも驚愕の面白さ。女性にもおすすめできます。これを手に取るのは勇気がいるだろうけれども。

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今月の名言 2017年2月号 オスカーを抱きながら。

2017-02-28 | 芸能ネタ

2017年1月号「CHANGE」はこちら

「ハリウッドは国籍で差別しません。年齢と体重では差別がありますが」

アカデミー賞授賞式における司会ジミー・キンメルのジョーク。確かにジョークではあるけれど、これは真実だ。アメリカという国は移民がつくった、という断定はネイティブ・アメリカンに失礼だが、少なくともハリウッドは移民がつくったのである。

それはユダヤ人のマネーとショービジネスのセンスだけでなく、ナチスの脅威から数多くのヨーロッパの映画人がハリウッドに逃げ込んだことで、アメリカ映画界は芸術的にも評価されるようになった。現在もなお、国籍を問わずに多くの才能をかき集め、だからこそ全世界に発信できるメディアたりえているのはベースボールと双璧。そんなハリウッドが、恣意的に特定の国を狙い撃ちしている状況に危機感を持たないはずがない。

もちろん、内心ではトランプを支持する映画人もいるだろう。でも、そこをクリアするのがギャグの質だ。巨大で滑稽な権力者を揶揄するテクニックにおいて、アメリカ人ほど才能に恵まれた人たちはいない。その意味で、彼らは健康だし、日本人がとても及ばないところだと思う。

「(メリル・ストリープに)すてきなドレスですね?イヴァンカですか?」

言えないよこれは(笑)。

もっとも、この授賞式における最高の名言は

「LA LA LAND」

作品賞の発表で、プレゼンターのフェイ・ダナウェイがウォーレン・ビーティとともに。「俺たちに明日はない」のボニー&クライドの登場はうれしい。それにしてもすごいミス。でも、結果として「ラ・ラ・ランド」の日本における爆発的なヒット(らしいです)の後押しをしてくれたわけだ。

「これは真実だ。フェイクじゃない」

フェイクではない作品賞を受賞した「ムーンライト」のバリー・ジェンキンス監督がオスカー像を手にして。こちらも、見なくっちゃ。

PART2「笑えないジョーク」につづく

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追悼ビル・パクストン。

2017-02-27 | 芸能ネタ

アカデミー賞の前代未聞のミスは「今月の名言」でやるとして、こんな大騒ぎの陰でひっそりと亡くなった映画人を追悼。鈴木清順じゃないです(あの人が本気で水戸黄門をやるつもりだったのか、誰も追悼記事でふれてくれないんだな)。

ビル・パクストン。名前は知らなくても、顔を見れば

「ああ、この人」

とわかってもらえるはず。

あまりにも「エイリアン2」でのお調子者キャラがはまっていたので、以降の作品でどんなシリアスな演技を見せても

「てへ」

と舌を出しているような気がした。

伍長だか軍曹に何度も怒られながら、でも軽口をやめられず、

「ハドソン!」

と指で呼びつけられるシーンには笑ったなあ。そして戦闘シーンでのうろたえっぷりも素晴らしかった。

61才。あまりにも若い。

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