アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

「わたしをみつけて」と九九

2017年10月03日 | 生活
九九を暗記(暗唱)できるかどうかというのは、算数の素質とはあまり関係なく、さらには数学の素質ともほとんど関係ない。掛け算の概念がわかったら暗唱できるというものではなく、逆にわからないからといって暗唱できないということはない。

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ただ覚えて再生できればいいので…
我が家でいうと九九を覚えることについては「はなひめ>こじろう>またろう」だった。はなひめはクラストップくらいに早く、またろうはドンケツ。けれど数学の素質だったらこの逆順だ。

またろうは家でも相当練習させてそりゃたいへんだった。これは九九の暗記に必要な能力の何かが大きく凹穴だったということだろうけど、まぁそうやって必死にフォローすればみんなより後からであってもなんとかなって、いったん身についたあとはそこんとこまったく問題ない(算数の苦手意識はけっこう長引いたが)。はなひめについては、何かフォローした記憶はない。

そんなふうに、さっと覚えられる子ならそのまんま、かなり覚えられない子は要サポートにしても、最終的には大方の子が身につけることができるはずの九九。どってことないんだけど、身についてなかったら超不便。

九九も身についてない子というのは、よほど能力の凹穴が深刻(かつ数字や暗記に関わるもの)であるか、でなければ親のフォローがない子であろう。

* * *

「わたしをみつけて」という小説の中で、主人公の女性は外からみるとベテランの真面目な准看護師だけれども、その実、非常に自己評価が低くていつもびくびくしてる人。生まれてすぐに捨てられて施設で育ち、しょっちゅう移動させられる生活だったのが災いして、「いい子じゃなかったので捨てられた(生まれてすぐなんだからそんな話じゃないのだが)」「いい子でいないと見放される」というような感覚をずっと引きずって大人になってしまったのだ。

びくびくおどおど自己評価が低い、ということはいつも人の顔色を窺ってその意向に沿って行動するような、真面目な勤務態度には利するところがあるかもしれないが、要するに強く出てくる人には反発できないので、そんなにいい話じゃないのだ。話の中では、横暴な医師のいうなりになって患者の利益が損なわれるシーンがいくつか出てくるし、こういう人がもしまた別のシチュエーションにいたら…たとえば悪い男がくっついてきたりしたらDVへまっしぐらに落ちていく危険があるだろう。

つまり常に自分に自信がなくて「いい子でいなきゃ」の人というのはある意味危険でさえあるのだけど、でもそういう人が大人になってからそこを脱却するのってほんとに難しいと思う。

この小説では、その難しいことが起こるんです…まぁ小説だからねといってしまえばそうなのですが…

その象徴として使われているのが「九九」。この主人公、そのくらいの時期に転々としていたり学校に通っていない時期があったりで、「九九」がすっとんじゃったらしい。特に素質的に数馴染みが悪いとかではないらしく、朝のルーチンで入院患者のバイタルを取って回ると、12人分をメモもなくまとめて看護記録につけたりしているのだが。そして「九九」ができないことが恥ずかしく、それは絶対知られたくないと思っている。(掛け算しなきゃいけないと、こっそりメモしてすごい勢いで足し算したりして誤魔化してるの)

この主人公が変わる大きなきっかけとなった人物が二人あり、ひとりは新しく来た師長。
この人は、めちゃくちゃ仕事ができて、やるべきことをやってない人がいると看護師にでも医師にでも厳しいのだが、
ただ厳しいだけじゃなくて、ひとりひとりへの目配りが行き届いていて、個々の事情もくみ取ってくれつつ、
非難することがあっても人格攻撃したりとことん追い詰めたりはしない。

まず、「必要なことについては声を上げる」ということを見て、学んだところへ、

通勤途中でたまたま知り合った男性が入院して来るところが変化の鍵となる。

そのおじさんは、通りすがりのアパートで児童虐待っぽい声が聞こえてきたらばどうしても気になって別の日にも様子を見に行ってしまうような人。
(そのことがきっかけで知り合いになった)
入院になったら自分の体のことをまず心配すればいいのに、そんな見ず知らずのうちの児童虐待疑いの行く末を気にしていたりしている。
あるとき、お見舞いに来た孫にその人が九九を教えているシーンに出くわし、九九を知らないことがバレてしまう。

すると、そのおじさんは夜中までかかって万年筆で几帳面な小さい字びっしり「九九カンペ」を作って渡してくれたのだ。

「気に障ったらわるいんだけど、九九をひらがなで書いたんたよ。九九ってね、こうやってくりかえし唱えて覚えるしかなくてね。たいへんだけどね。でもできたほうがいいよ。ただおぼえるだけのことだから。」

純粋に自分のために何かしてもらったという感激から出発して九九の暗記にトライしていくうちに、
このまま勉強して正看護師の資格をとろうかという前向きな気持ちが出てくる。
知は力なり。

この主人公にとって九九というのは、「愛情」「力」両方の欠落の象徴だったわけで、それが埋まったときにピースがはまる。

小説の最後は、主人公が、自分が必要と思う主張をきちんとするシーンで終わる。

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